第7章 旅の終着点

第7章 Part 1 王都防衛戦

【500.6】


 今日は6月29日。

 あれから数日間、私達は旧王都攻略の準備を進めている。


 いつものように消耗アイテムの購入や、装備品の修繕・新調、そして情報収集……。


 正直言って、お金は結構持っている。

 国王陛下から頂いたありがたい支度金が100ゴールド。

 ユニークターゲットである地竜の討伐報酬を含めたハンターギルドからの収入がおよそ470ゴールド。


 そして、王都地下街でジャックがギャンブルに興じた結果が、マイナス43ゴールド。


「俺は今日から3日間は出発しねえぞ」

「はぁ!?

 大損こいた癖に、あんた何言ってるわけ!?」

「大損したからこそだ。

 俺は旅の運勢を直前のギャンブルで占う。

 今出発すると、旅路が荒れる。

 運気は周期だ。

 この数日を超えれば、また運が巡ってくんだよ」



 ……格好良いことを言っているつもりだろうか。

 本当は明日あたり出発しようと話していた矢先だったんだけど。

 しかし、真面目な顔でジャックは頑なに出発日にこだわっている。


 仕方が無いので、あと数日王都に滞在することになった。




 アーサーが王国軍、そしてギルドから得てきた情報によると、まず注意すべき魔物は、ワイバーン。

 群れで行動する翼竜だ。

 こいつらは、旧王都に巣を構え、一部はその周辺エリアも縄張りにしている個体がいる。

 よって、今回の旅路で最初に戦うことになるのは、旧王都までの道のり、つまり北レーリア街道で遭遇するワイバーンだろう。


 そして、旧王都に到着してからは、ワイバーン達の親玉、ユニークターゲットの飛龍。

 これは他のワイバーン達とは厳密には別種で、ワイバーンを従えて王宮の中心にそびえる天楼の根元に巣をはっている。


 加えて、ユニークターゲットの裁定者。

 こいつとは絶対に戦わない、見つかってもいけない。


 旧王都の地下には、最初に大陸で魔物が発生し封鎖された大洞穴が存在する。


 ここから先は、ハンターギルドが「満ちる凶気」と命名した全く別のエリアで、巨大な鍾乳洞の中に合計4層の空間が広がっている。

 ここまで来ると、魔物の強さが尋常でなく、通常の魔物さえ他のエリアでのユニークターゲットに相当する危険度を有するそうだ。


 更に各階層のボス格であるアルラウネ、マグマゴーレム、ディヴァインアジテーター、不定形の王の4体がユニークターゲットに指定されているが、生態や攻撃手段などの情報も多くはない。

 何よりこのエリアの魔物は、直接人々に危害を加えうる存在ではないため、討伐対象とされておらず、よって報酬も設定されていない。

 つまり、戦う必要の無い敵ということだ。


 ハンターギルドのメンバーも、殆ど誰も足を踏み入れていないらしい。

 この大洞穴「満ちる凶気」を踏破した先に、ラザード島があるのだ。

 道のりは遠い。


 恐らく旧王都に空渉石があると思うので、一度そこで戻ることはできるだろうが、それでも危険で長い旅路となる。


 つかの間の休息も、悪くない。






 そう思っていた翌日だった。


 朝早くから周囲が騒々しい。

 どうやら多数のワイバーンが要塞の近くに飛来してきたようで、王国軍の兵士達が出動し始めた。

 客間の外の通路に慌ただしい足音が響いている。


「やっぱこの町も魔物の被害が深刻だな」

「僕、ちょっと外の様子を見てくるよ」

「気を付けてね、アーサー」

「zzz……」


 部屋の外に出たアーサーが衛兵に止められ、そこで言葉を交わしている。

 やがてアーサーは客間へ引き返し、私達に告げた。


「今までに無い大規模な魔物の襲撃だって!

 僕たちも討伐に加勢しよう!!」




 地下街から外へ出てみると、そこには混沌たる光景が広がっていた。

 要塞の上空を飛び回る数百のワイバーン達。

 東の方角からは、新たな群れが続々と到着しつつある。


 なぜ、いきなりこんなことに……。




 ドドドド……。




 朝日に照らされながら、東の見張り塔がワイバーン達の突進により崩れ落ちた。

 考えている暇はない。

 今は1匹でも多くワイバーンを狩り、被害を食い止めないと。


 旋風と土埃を上げて、すぐ近くにワイバーンが1匹舞い降りた。


「行こう!!」


 アーサーが標的に向けて走り出す。

 私達も後に続いた。


 地上に降りたワイバーンは、体長5メートルほど。

 この種の中ではそこまで大きな個体ではない。

 翼を広げながら、こちらを威嚇している。




 アーサーの短剣が流れるような弧を描き、ワイバーンの喉元へ迫る。

 ワイバーンの反射速度は速く、剣撃を鋭い爪で撃退しようとするが、更にそれを突風が払いのけた。

 ジャックの風操作だ。


 ワイバーンは首にアーサーの剣を食らい、その直後、私の楔が胴体へめり込む。

 楔は貫通せず、ワイバーンの腹部に傷を負わせたのみだ。

 出血はそれほど多くない。

 表皮が硬いのだろう。


 メリールルが後方に回り込みながら、腕部の部分龍化を発動する。

 流石にこの混戦の中で身体全体を龍化させたら、魔物と間違えられる可能性が高い。

 もどかしいが賢明な判断だろう。


 ワイバーンは尻尾に体重を乗せて時計回りに一回転し、周囲を囲む私達を薙ぎ払おうとした。

 最も近づいていたアーサーが左腕にダメージを受けるも、すぐに治癒魔法を発動する。

 ジャックと私は、ジャックの形成した水の壁により直撃を防いだ。

 その直後、ワイバーンの胸元を、龍化したメリールルの右腕が貫いた。


 ギュオォォォ……。


 ワイバーンは断末魔をあげながらその場に倒れ伏した。

 まず1匹。空にはまだ無数の影が舞っている。




「これ、キリがないじゃん!!」

「それでも1体ずつ狩るしかない!

 ジャック、近くを飛んでるワイバーンを落とせない?」

「ああ、任せろ!」


 すぐ近くで戦っている兵士達の後方に向けて滑降してきたワイバーンに狙いを定め、ジャックが風を操り飛行を妨害する。

 ワイバーンは彼らに向かう軌道を逸れ、私達のすぐ前方に落下した。


「すまねえ!!

 そっちの奴は頼む!!」


 王国の兵士は、ガラム帝国に比べて魔導師クラスの人員が少なく、その多くが甲冑で武装した剣士達だ。

 彼らは腕力にものを言わせてワイバーンを屠っている。


 私達は再びワイバーンと対峙する。

 さっきより大きな個体だが、また3人で隙を作り、メリールルが必殺の一撃を打ち込むのが効果的だろう。


 しかし、状況はそう甘くはない。

 新たに2匹のワイバーンが接近してきた。

 腕部を龍化させているメリールルを標的にしている。


「MP使うけど、ま~いっか!!」


 メリールルが腕部に魔力を集中させ、接近する2匹のワイバーン目がけて大きく横にスイングする。

 ワイバーン達はこれを躱すものの、強烈な冷気が彼らを逃がさなかった。

 ワイバーンの頭部を包み巨大な氷の壁が形成される。

 ワイバーン自身は完全に凍っておらず身体をばたつかせるが、すかさずその首元をジャックの水の刃とアーサーの短剣が掠める。


 2体の胴が氷壁に埋まった頭部から離れ、地面に崩れ落ちた。


「なかなかやるじゃないか!」


 クレイモアだ。

 ハンターギルドのメンバー達も戦闘に加わっているらしい。


「クレイモアさん、こんな事って王都では頻繁に起こるんですか!?」

「私の知る限り、初めてだね。

 発端に心当たりが無くはないんだが……今はそれよりも駆除を優先しよう」


 会話をしていた矢先、クレイモアの側方からワイバーンが突進してきた。

 クレイモアは、肩から背負った分厚い大剣に手をかけた。


 そして、正に一瞬。

 気付いた時には、大剣は振り下ろされていた。

 突進していたワイバーンが綺麗に両断され、クレイモアの左右へ鮮血を散らしながら倒れ込む。


 一撃ですか……。

 そんなに筋肉ムキムキな体つきじゃないのに。

 副本部長、恐るべし。


「止まっている暇はないぞ!!」


 クレイモアは、もう別のワイバーンに照準を定めている。




 王都の混乱は治まるどころか、更に激しさを増している。

 私達が7匹目のワイバーンを狩る頃、上空に一際大きな影が現れた。

 体長は50メートル近くある。


「あれが飛龍?」


「いや、あれはワイバーンの中での巨大な個体、群れのリーダーだね。

 飛龍はワイバーンとは別種なんだ。

 ワイバーンは腕に翼膜がついて羽になっているけど、飛龍は腕とは別に背中に翼が生えてる。

 氷龍と同じように」


 巨大なワイバーンは急降下を始めた。


 狙いは崩れた見張り塔の近く、地下への階段か?

 あの辺りは兵士達も密集している。

 兵士達もそれに気付き、防御陣形を取り始めた。あれを物理的に止める気だろうか。


 しかし、ワイバーンと彼らが接触することは無かった。

 突如、雷光がワイバーンの巨体を穿つ。

 悲鳴を上げながらワイバーンは地面に落下した。


 黒いローブをなびかせながらシャラ・キソウが落ちたワイバーンに近づく。

 まだ元気があり、暴れる巨大なワイバーンの爪と尻尾をかいくぐり、彼は再度電撃を浴びせた。

 そして動きが鈍ったワイバーンの胸元に、シャラの黒いダガーナイフが突き刺さる。

 シャラは噴き出す鮮血を浴びながら、開いた傷口に強烈な蹴りをめり込ませた。


 ブチブチと肉の裂かれる音を上げ、巨大なワイバーンは動かなくなった。




 おおーーっと、周囲から歓声が上がる。

 この町では兵士とハンターギルドが良好な協力関係にあることが、彼らを見ていてよく分かる。


「相変わらず見事だ」

「……ダガーでは心臓まで届かんな」

 シャラが表情を変えずにクレイモアの賛辞に応える。


「その戦い方では不満かい?」

「いや、十分だ」




 ひときわ巨大なワイバーンを倒したことで、戦場の士気が上がっている。


 討伐されたワイバーン達はすぐに蒸発するため、周囲には負傷した兵士のみが目に付く。

 それでも相当数のワイバーンを倒しているはずだ。


「すげえ!! 誰だ、やったの!?」

「ハンターのシャラ・キソウだ!」

「ギルド最強の名前は伊達じゃねえな!!」

「よし!もうひと仕事だ!!

 ハンターに遅れを取るなよ!」


 新たに飛来するワイバーンは少しずつ減ってきている。


 このまま一気にワイバーン達を駆逐し、王都の平穏を取り戻す。


 そう思い、皆が一様に力を漲らせたその頃、「それ」は現れた。

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