幕あい Part H やってみなきゃ、分かんねーだろ

【493.8】


 あんなバケモノ、敵う訳ない。


 既に軍の遠征隊は8割が死に、戦線を崩壊させ撤退を始めている。

 この様子なら、撤退完了まで更にあと半分ほどの人員を失うだろう。


 俺達ハンターギルドは当初7人という人数だけで軍から馬鹿にされたが、人数がどうとか、そういう問題じゃなかった。

 どれだけ頭数があっても無理だったんだ。


 精鋭7人でハンターギルドの戦力を知らしめようなんて夢のまた夢だ。

 既にジェシカとグスを亡くし、残るはアーヴィン、イヴァン、エルビス、カイル、そして俺の5人のみ。




 エルビスがアーヴィンに呼びかける。


「アーヴィン、作戦は失敗だ!

 我々も撤退しよう!

 このままじゃ全員やられるぞ!!」


「くそッ!

 2人の仇、討ちたかったが……」


 アーヴィンは、赤く光る瞳を遠くで蹴散らされている軍の遠征隊に向けた。

 そして、我々の方に向き直った。

「みんな!

 俺達は、撤退する遠征隊の援護をする!

 彼らの戦力では犠牲が増えるばかりだ!

 一緒に来てくれ!!」


 何故だ?

 今なら俺達だけは確実に撤退できる。

 軍の遠征隊なんて、そこまでして守るやつらじゃないだろ。


「もう軍のことはいいだろ!?

 遠征隊は遠征隊、俺らは俺らだ!」

「ダメだ!

 見殺しにはできない!!」

 こうなるとアーヴィンは頑固だ。




 遠征隊のしんがりを発見した。

 彼らに近づくその間にも、ゴミのようにバタバタと後ろから順に死んでいっている。


 裁定者の攻撃は防げない。

 不気味な音とともに心臓がえぐられる。

 見つかって狙われたら最後、確実に致命傷を負うのだ。


「城壁の影から奇襲をかける!!

 ヒット&アウェイだ!

 二手に分かれよう!

 俺とクレイモアとエルビスは奴の左側から、イヴァンとカイルは真後ろから接近!

 俺達が囮になる!

 イヴァンは視覚妨害で援護を頼む!

 カイルは隙を見て炎を叩き込んでくれ!!

 攻撃は1回が限度だ!

 終わったらそれぞれ射程外まで離脱!!」


 散開し、裁定者に近づく。

 2人の別動隊は右へ回り込み配置についた。


「クレイモア、速度頼む!」

「ああ!」

 アーヴィンとエルビス、そして自分に移動速度上昇の強化魔法を三重掛けする。

 身体が耐えられる限界のスピードだ。

 狙われたら即死なのに囮って……本当に絶望的だな。


「エルビス、お前には苦しい役回りを押しつけて、すまんな」


 アーヴィンの言う苦しい役回りとは、つまり壁役のことだ。

 エルビスの肉体再生は、彼自身がどんなにダメージを負っても瞬時に再生する。

 しかし、攻撃を受けたときの痛みを麻痺させてくれるものではない。

 それは地獄の苦しみだろう。


「気にしないでくれ。そういう能力だ」

「……よし、行こう!!」




 エルビスを先頭に、3人で横方向から裁定者目がけて突進する。

 しかし、一瞬のうちに奴は我々に気付き、こちらに向き直った。


 直後、イヴァンの視覚妨害が裁定者から視力を奪う。

 同時に俺達は真横へ飛び、イヴァン達の反対側に回り込むようにして接近を続ける。




 ゴンッ! ゴンッ! ゴンッッ!!




 視界が閉ざされた裁定者が、正体不明の魔法を乱発する。


 それにしても、あの攻撃は一体何なんだ?

 魔法の発動が目に見えない。

 攻撃範囲はそこまで広くないようだが、当たれば胸に穴を開けられ致命傷……。




 裁定者の正面に到達した。

 ……初めて裁定者に接近できた!


 エルビスが物質生成で肉と骨でできた帯を作り、裁定者の頭部をスッポリと覆い縛る。


 これで物理的にも視界は完全に奪った。


 3人で身体に斬りつける。

 今のうちに可能な限りダメージを。




「ギャアアアアア、アギャアアア!!!」




 まさに赤子のような悲鳴を上げ、裁定者がのたうち回る。

 気味の悪いやつだ。


「退くぞ!!」


 3人が4、5回渾身の斬撃を加えたが、どのくらい効いているのかは分からない。


 軍の遠征隊は、そのほとんどが裁定者の縄張りを抜けた。もう十分だろう。


 裁定者が力を溜めるような挙動をする。

 直後に頭部の肉壁が触らずに飛び散った。


 クソッ……。

 視野の回復が早いな。


「ヒュグ・エルミ・アギス!!」


 カイルの炎属性魔法が最大出力で放たれる。

 炎の渦が裁定者を呑み込み、空気を焦がしてゆく。


 この一撃で、カイルのMPは空っぽだろう。

 彼らも撤退を開始した。

 しかし直後、裁定者がイヴァン達に掌を向けた。




 ゴンッ!




 カイルが血を吐きながら倒れる。

 肩を貸しながら、イヴァンが移動を続ける。

 まだイヴァンの視覚妨害魔法はかかったままだ。

 見えていないはず。

 炎の軌道を認識したのか?


 だとしたら、マズい!


 裁定者がもう一方の掌を撤退中の我々に向ける。

 後ろでエルビスが向き直り、両手を広げた。




 ゴンッ!




 エルビスの胸元にポッカリと穴が開く。


「ぐっ……おおお!!」


 エルビスは肉体再生で胸の穴を修復した。

 エルビスのMPはあと何回もつ?


 裁定者の縄張りの外までは、あと少しだ。

 裁定者の意識は我々に注がれている。

 イヴァンは縄張りの外へ出た。

 迂回してこちらに合流しようと走っている。

 その横に、カイルの姿はない。


 恐らく既に事切れたのだろう。




 裁定者が再び掌をこちらに向けた。

 アーヴィンがそれに気付き、俺を庇うように覆い被さる。


 ゴンッ! ゴンッ!


 同時に3人は王都の城壁を越え、下方に転げ落ちた。

 奴の縄張りから抜けたのだ。


 転げ落ちる直前、何か小さな影が視界を高速で通り過ぎた気がしたが、あれは何だ?




「……っく……」


 落下時に頭を地面に打ちつけた。

 周囲を見回すと、少し離れた場所でアーヴィンとエルビスが倒れている。


「……ごふっ!!」


 アーヴィンとエルビスが同時に血を吐いた。

 エルビスは苦しそうに魔法を発動し、自身の肉体を再生させる。

 だが、アーヴィンは……。


「アーヴィン!!

 おいっ、しっかりしろ!!」


 アーヴィンの胸元に大きな空洞が開き、血が吹き出ている。

 これは……どう見ても致命傷だ。


「エルビス!

 アーヴィンを治療してくれよ!!」

「無理だ!

 肉体再生は他人には成功しない!!」

「やってみなきゃ、分かんねーだろ!

 一か八か!!」

「俺には無理だ! 無理なんだ……!」

「クソッ! ふざけんな!

 何で俺を庇ったんだよ!!

 アーヴィン!! おいッ!!?」


 アーヴィンはひゅーひゅーと口から音を漏らしている。


「兄貴!!」


 イヴァンが合流した。


「もう……ダメなのか……」

 イヴァンは、アーヴィンの額に手をやり、彼を見つめる。


「……ふぅっ……ふぅっ……!!

 ……頼む」


 絞り出すように、アーヴィンが呟いた。


「ああ」

 イヴァンは、アーヴィンの額から掌を少し浮かせ、目をつぶった。


 何だ? 何をしている?


 しばらくすると、イヴァンの掌が光り始め、アーヴィンの頭部から小さな黒い水玉のような、シャボン玉のようなものが浮き出てきた。


「おいイヴァン……何してんだよ……」


 イヴァンは黒い半透明の球を掌で大事そうにかかえた。

「黒いんだな……。

 これは兄貴の魂。

 肉体が死ぬ前に……」


 イヴァンは掌を自分の胸元へ押しつけた。

 見ると黒いシャボン玉は無くなっている。


「兄貴は死なない。

 俺の中で、生き続ける」


 イヴァンの黒い瞳が、赤く色を帯びた。

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