第6章 Part 9 ハンターギルド本部

【500.6】


 翌日、当初の予定よりずっと遅くなったが、私達はハンターギルド本部へ赴いた。




「話は聞いているよ。

 さ、入ってくれ」


 出迎えてくれたのは、30歳前後の赤髪の男だった。

 その煌めくような赤い髪は、レピアとよく似ている。


「私はハンターギルド本部副本部長の1人、クレイモア・カヴォートだ。

 よろしく」


 やはりレピアのお兄さんだ。

 雰囲気も彼女と似ている。

 落ち着きのあるレピア。そんな印象が頭に浮かぶ。


「南レーリア支部のチーフ、ドロシーです。

 クラン支部長からの特命で来ました」

「アーサー・エルシアです」

「ジャック・フラーレンだ」

「メリールル・ビゼーでーす」


「ありがとう。こちらも自己紹介しよう。

 みんな、来てくれるかい?」


 数人の男女が集まってきた。


「シャラ・キソウ。副本部長だ」

 金髪の男の人だ。

 副本部長はクレイモアと彼の2人いるようだ。

 歳はクレイモアと同じくらいだろうか。

 俺に話しかけるな、という強い拒絶オーラを感じる。


「私はサリー・クラウス。エルダーです!

 仲良くしてね!」

 短い黒髪の少女。

 元気そうで、格闘家のような格好をしている。


「チーフのエドワード・マーティンです。

 長旅ご苦労様でした」

 茶髪のおじさんだ。

 この人がギルドマスターなのかと思っていたが違った。


「俺はぁ~……ヒック!

 ……フォートレス。

 チー、ヒック! ……チーフだぁ」

 大丈夫かこの人? 酔ってる?

 緑髪の大男で、ワインボトルのようなものを持っている。


 本部にいたのは以上の5人だった。


「あれ……?

 ギルドマスターの方は居ないんですか?」

「マスターのイヴァンは、訳ありで今は休んでる。

 気にしないでくれ」




 私達は大きな会議室に通され、帝都貴族区での魔物退治のところから、レピア失踪に至るまで、詳しく事情を説明した。


「まずは妹のこと、親身に探してくれてありがとう。

 副本部長ではなく兄として礼を言うよ」


 クレイモアが深々と頭を下げる。

「いえ、私達もレピアさんには色々お世話になりましたから」


 テーブルを囲む全員を見回し、クレイモアが話をはじめた。


「さて、これからどうするかだが。

 まず、我々が抱えている疑問を整理しよう。


 1つ目、『写し身の悪魔』は駆除されたのか?

 レピアは倒したと言っているが、これが本当なのかどうかは、現状断定できない。

 メネラニカ家に確認をとってみれば判明するかも知れないが、もしメネラニカ家での被害が全て解決済みならば、可能性は2つ。

 本当に写し身の悪魔はメネラニカ家でレピアによって駆除され、現在のレピアは写し身の悪魔と無関係に行動しているか、もしくは、写し身の悪魔が標的をメネラニカ家当主からレピアへと変更し、レピアは既に奴の手に落ちたか。


 2つ目、レピアはなぜ死を装い消えたのか。

 先ほどの可能性の後者であるなら簡単だ。

 自分は駆除済みだと我々に誤認させたいという、写し身の悪魔の思惑によるものだろう。

 しかし前者であるなら、我々にも君たちにも、そしてガラム支部の皆にも全く心当たりがない。

 そしてこの場合、レピアが特殊魔法を使ったという矛盾も残る。


 3つ目、写し身の悪魔は、どのような能力を持っているのか。

 他者を捕獲し、その姿を真似るというのは、戦闘後のレピアが言っていたことだったね。

 もし、その時既にレピアがヤツの手中にあったのだとしたら、この説明も信用できない。

 何か別の能力を隠している可能性がある。

 テレポートが写し身の悪魔自身の能力ならば、捕獲者を真似るなどという次元のものではない。


 そして、どうすればレピアを救出できるのかも定かではない。


 ここまでは良いかな?」


「はい。異論ありません」


「では、私の見解を話そう。

 レピアは写し身の悪魔に敗北し、捕獲、又は操作されている。

 そうでないと現在のレピアの行動に説明がつかない。


 あの子が使える魔法は強化魔法のみだ。

 特殊魔法は短期間に使えるようになる代物じゃない。

 それに何より誰にも説明せずに支部を去る筈がない。

 そして、我々が『写し身の悪魔』と呼んでいる敵は、恐らく魔物ではない」


「魔物じゃない?

 どういうことですか?」


「まず、エルゼ王国でもガラム帝国でも、写し身の悪魔のような特徴を持つ魔物の報告は、過去にも一切上がっていない。

 また、魔法を操る種類は存在するものの、魔物に人間相当の知能はなく、レピアをよく知る君たちを欺くことなど不可能に近い」


「じゃあ、何者なのさ!?」


「ここからは私の推測だが、写し身の悪魔の正体は、恐らく人間だ」

「人間!?」


「ああ。

 かなりやり手の魔導師がいくつかの魔法を駆使すれば、写し身の悪魔が行った一連の活動は再現可能だし、君たちに高度な錯覚を起こさせる魔法を使った可能性もある。

 単独犯ではなく複数犯かも知れない。


 レピアがそいつに近づき過ぎたため口封じに拘束したか、何らかの目的を持ってレピアを拉致したか、そのどちらかだろう」


 拘束、か。

 殺害された可能性もあるけれど、実の兄としてその可能性を口にしたくはないよね。


 それにしても、人間が、レピアを……?


 今まで聞きに徹していたシャラ・キソウが口を開いた。


「……だとするならば、最も怪しいのはメネラニカ家の当主だな」


「知ってると思うけどさ~、レピアさんマジ強いよ?

 あの人に勝てる人間なんているの?」


「私も妹に純粋な戦闘力では敵わない。

 ただ、彼女も人間だ。

 人間が人間を超えられない道理はないよ」


「あ……でも、魔導師の仕業だとしても、矛盾が生じます。

 レピアさんは、人と人でないモノとを気配で区別できると言っていました」


「レピアちゃん、勘がめちゃくちゃ鋭かったからなぁ~。

 ……ヒック!

 レピアちゃんが人間じゃないって言ったんなら、魔物なんじゃないのかぁ~?」

 相変わらずフォートレスは酒を飲んでいる。


「突然変異的に、知能の高い魔物が生まれる、なんてことはないんですか?」

 今度はエドワード・マーティンがクレイモアに問いかけた。


「可能性はゼロとは言えないが……。

 一度近くで写し身の悪魔を見ている君たちは、どう思う?」

「正直言って、普通の人間に見えました。

 だから、レピアさんが慌てているのが不思議だったんです」


「そうか……。

 この場では結論は出ないようだ。

 今後は人間と魔物の両方の可能性を残して、引き続き情報収集を行おう。

 ガラム支部のカデュラ副支部長には、メネラニカ家のその後の状況について確認するよう連絡しておくよ。

 君たちも、何か分かったら教えてくれ。

 今後も情報を共有しよう……」


 グォォォオオオオ!!!


 クレイモアが話し終わる直前、急に奥の部屋から不穏な音が聞こえた。


「何の音だ? 魔物!?」


 ジャックとアーサーが声に反応する。


「まずい、発作か……!

 シャラ、来てくれ!」

「ああ」


 クレイモアとシャラ・キソウの2人は慌ただしく一番奥の部屋に入っていった。




 何? 発作?

 今の鳴き声、魔物じゃないの?

 咄嗟に私も2人の後を付いていく。


「あ、ダメ!」


 後ろでサリー・クラウスが私を止めようとしたが、遅かった。


 奥の部屋はギルドマスターの執務室だった。


 部屋にはベッドがあり、その上で2人が押さえ込んでいたのは、銀色の髪に赤い瞳をした男だった。

 クレイモアとシャラ・キソウに両肩を抱えられ、もがきながら獣のように奇声を発している。


 男の目からは、黒い涙が流れていた。


「オォォオオ!!

 魔物ヲ、殺スゥゥ……!!」

「落ち着けイヴァン!!

 ここには魔物はいない!!」


 クレイモアが、私に気付いた。


「君……!

 来てしまったのか。

 これは、写し身の悪魔とは関係ない、こちらの事情だ。

 悪いが、部屋から出てもらえるかい?

 イヴァンはこの姿を、他人に見られたくないんでね」




 私は部屋から出て、元の席に座った。

 その様子を見て、エドワード・マーティンが話しかけてきた。


「マスターの容態は、やはりかなり悪いようですね」

「どうなっているんですか?

 あの方がギルドマスター……?」


「はい。

 彼がギルドマスターのイヴァン・クースト。

 剣技・魔法のどちらにも優れる最強のハンターです。


 私がハンターギルドに加入した頃は、ギルドマスターは彼ではなくその双子の兄、アーヴィン・クーストでした。

 元々ハンターギルドはカリスマ性の強いアーヴィンさんが中心となって立ち上げた組織らしいのです。

 2人は性格も特技も正反対で、アーヴィンさんは剣技に、イヴァンさんは魔法に特化した能力の持ち主でした。


 7年ほど前、アーヴィンさんは手練れの仲間達とともに強力な魔物に挑みました。

 ユニークターゲット、裁定者です」


「裁定者!?

 王都をここラスミシアへ遷都することになった元凶の……!」


「そうです。

 彼らが戦ったのはラスミシアへの遷都後でした。

 本来遷都は一時的なものになる予定で、まずアイリソニアの住民と都市機能を全てここラスミシアへ移動させました。

 そして準備を整えて軍の遠征隊とハンターギルドが協力して大規模な攻勢を仕掛け、裁定者を討伐して王都を取り返すつもりだったんです。


 ハンターギルドはマスターのアーヴィンさん、現在でいうロードクラスのイヴァンさん、クレイモアさん、エルビスさん、他3名を加えた当時の精鋭7名で挑みました。

 しかし、軍の遠征隊はほぼ壊滅、ギルドチームはイヴァンさん、クレイモアさん、エルビスさんを除いて4名が亡くなったそうです」


「そう。

 初代ギルドマスターのアーヴィンは、その戦闘で亡くなったんだ」


 クレイモアがシャラ・キソウとともに部屋から出てきた。


「しかし、アーヴィンの命が尽きる直前、彼の魂を、イヴァンが自身の肉体に留めることで現世に繋ぎ止めた」


 他人の魂を、肉体に留める?

「じゃあ、今イヴァンさんの体には……」


「イヴァンの魂と、アーヴィンの魂の2つが同居しているんだ。

 イヴァンは元々特殊な体質で、彼自身の魂と肉体の結びつきが通常よりもずっと弱いらしい。

 ガラム支部のグレゴリオ・マイルズによる診断だ。

 そのため、他の魂の入り込む隙間があり、そこに亡くなる直前のアーヴィンの魂を引き入れた」


「そんなことが可能なんですか?」

「私も詳しい理屈は分からない。

 だがその影響で、イヴァンはアーヴィンの驚異的な剣の才能を手にし、圧倒的な戦闘力で組織を牽引していった。

 現在のハンターギルドがあるのは、間違いなくイヴァンの功績だ。

 しかしその代償に、イヴァンはたまにああやって暴走するようになったんだ。

 アーヴィンの魂が暴れているらしい」


「フツーに考えて、他人の魂を同居させるなんて身体に良いわけねーだろ!

 何でやめさせない!?」


「イヴァンは決してアーヴィンの魂を放そうとしない。

 彼なりの罪滅ぼしなんだろう。

 それに、アーヴィンは裁定者との戦いで私を庇って致命傷を負った。

 私に止める権利はないよ。


 ……このことは、本部のメンバーだけの秘密だ。

 余計な動揺の原因になるからね。

 だから、君たちも口外無用で頼む」




 ハンターギルドを後にし、アーサーの客間へと戻ったが、しばらくはイヴァンのうめき声が頭から離れなかった。






 王都ラスミシアでの情報収集は、おおかた完了した。


 何か気分が沈みっぱなしだけど、そんなことは言ってられない。

 これからは、大陸を東へと進みラザード島へ渡る、その準備をしなければ。




 私達の最後の旅路が、もうすぐ始まる。


 ~第6章 ハンター達 完~

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