第6章 Part 8 エルビス・クラン

【500.6】


 気が付くと、ベッドの上だった。

 体に力が入らない。

 目すら開けられない。

 そして、頭と内蔵が痛い。


 感覚はある。

 お腹の辺りが少し暖かい。


 これは、治癒魔法?


「……ロシー……ドロシー……」


 声はまだ少し遠い。

 眠い――……。






 再び意識を失って、また気が付いた。


 どのくらい時間が経った?


 今度は目を開けられる。

 力は入らないが、さっき程じゃない。


「ドロシー!?

 ……みんな! 目が開いたよ!!」


 メリールルだ。


「私……どれだけ……眠って……?」

「喋っちゃダメだよ!

 まだ寝てて?」

「ドロシー様、良かった。気がついて」


 この声は、ジキリクさん?


「ねえご飯食べれる?

 栄養を補給した方がいいって。

 ほら、スープ」


 いい香りがする。

 メリールルが私の上体を起こし、スープを口に運んでくれた。


「……美味しい」




 しばらくして、多少フラフラするものの、全身に力が入るようになった。


「ドロシー、お前もうちょいで死ぬとこだったらしいぜ?」

「最大MP以上の魔法を使ったみたいだよ。

 あの、時渉石なしのビジョンがね」


 ああ、そうか。

 ということは、体の異変はMP切れの、もっとずっと深刻なやつだ。


「あれから何日経ったの?」

「まる3日だ。今日は6月25日」

「レピアさんは?」

「引き続き行方不明だ。

 あの映像で、レピアは自分の死を偽装していた。

 何故かは分からねえがな」


「分からないことはもう1つ。

 ジキリクさんに確認したけど、レピアさんはテレポートとか、その場からいなくなる、もしくは姿を消すような魔法は使えないらしいんだ。

 でも、あの映像に写っていたのは、紛れもなく彼女で、忽然と消えた」


「何それ……どういうこと?」

「可能性の話ですが、メネラニカ邸でお嬢が倒した『姿を真似る魔物』が、生きていたのかも知れない、ということです」


 ジキリクの言葉に耳を疑う。


「いや、だってレピアさんは確かに倒したって……まさか!?」

「はい。

 その時のお嬢自体が、既に化けた魔物だったという可能性です」


「そんなはずありません!

 私達は帰る道すがらレピアさんと話をしました。

 あの時の彼女は、間違いなくレピアさんです!」

「そう。

 だから結論が出ないでいるんだ」


 そんなことあり得る?


 もし、メネラニカ邸でレピアが魔物に敗北し、姿を真似たとしたら……魔物が私達と一緒に帰りながら自分自身の正体を私達に語っていたのよ?




「人の姿や立ち振舞いを正確に真似る魔物、人語を操る魔物、人間並みの知性を持つ魔物……全て前代未聞です。

 今、我々は本部とも連絡を取り、このような魔物と、お嬢に関する目撃情報を収集しているところです。

 ハンターギルド本部は、この魔物に『写し身の悪魔』という仮の名前を付けました」


「写し身の悪魔……ですか。

 丁度エルゼ王国ラスミシアまで行けるようになりましたから、今度ハンターギルド本部へ寄ってみますね」

「ドロシーさん、あなた達に頼りきりになってしまい、申し訳ありません。

 ですが、どうか貴方自身の命も大事にしてください。

 お願いします」






 その日の夕方まで、私はガラム支部のベッドで休養を取った。

 午後には体力も通常の状態まで回復した。


 これだけ回復が早いのも、ジキリクのお陰だろう。


 ただ、僅かに左手に痺れが残っている。

 左手、ダメージ受けたっけ?


 まあ、多少気になる程度で、戦いに影響する程じゃないからいいけど。

 そのうち回復するだろう。




 夕方に、来客があった。


「ごめんください」


 入り口に立っていたのは、教会の神務官、トロン・テレスタだった。


「これはこれは……。

 元老院の方が一体どうしたのです?」

「私、過去にクラン家の方々にお世話になったトロン・テレスタと申します。

 あ……あなた達!」


「トロンさん。お久しぶりです」

「丁度良かった!

 実はエルビスさんのお母さんが危篤状態なんです!

 エルビスさんとゆかりのある皆さんに教えたいと思っていた所でした。

 来ていただけませんか!?」


 なら、私達よりクラン支部長本人が行くべきだろう。


「でしたら、支部長を連れて行きましょう」

「おい、ドロシー!

 お前無理すんなよ!」

「大丈夫。

 テレポートは負担かからないから」




 すぐに私達はトロンとともにブルータウンへテレポートし、ハンターギルドへ向かった。


「やあ、皆さん。

 レピア支部長の件は……トロン君……!!

 すまないが帰ってくれないか?」


「エルビスおじさん!

 そんなこと言ってる場合ではないんですよ!

 あなたのお母さん、ロアナさんが危篤なんです!」


「……!!」


 クラン支部長は、面食らった顔をしてから目を逸らした。

 しかし、その後再びトロンを見つめた。


「分かった。行こう」


 クラン支部長を加えて、再度帝都ディエバへ。




 没落したクラン家の住まいは、現在は貴族区にはない。


 平民区の中でもそれほど大きくない屋敷にクラン支部長の母、ロアナ・クランは1人で住んでいた。


 屋敷へ入り、寝室へ。

 そこには骨のように痩せ細った老婆が寝ていた。

 ベッドの脇には壮年の医師が1人。

 トロンが呼んだのだろう。


「母さん……!」


 ロアナはそれまで意識がなかったが、息子の問いかけに応えるようにうっすらと目を開けた。

 薄いグレーの瞳でクラン支部長を見つめる。


「……エルビス……まあ、立派になって……」

「……母さん、すまない」


 支部長が母親の手を握る。


「クラン家を……建て直すのよ……イザベラさんを……大事に……」


 イザベラとは、亡くなった奥さんのことだろう。

 記憶が混濁しているようだ。


 ロアナは、支部長の手を握り返したのち、ゆっくりと目を閉じた。


 眠るように安らかな顔で。






 翌日、私達も手伝ってロアナ・クランの亡骸を土葬した。

 クラン家専用の墓地などなく、平民区の共同墓地へ。


「皆さん、ありがとうございました。

 こんな私でも、唯一の肉親です。

 最後は安らかな死に顔でした」




 ガラム支部へ戻った後、クラン支部長は彼の半生を私達に話してくれた。


「我がクラン家は、かつてエディ・キュリスを元老院に引き立て、その結果ネステアの独立とともに力を失いました。

 私の父ジョージは、そんな家の再興を目指し、業績を残そうと、がむしゃらに仕事を選ばず元老院の為に働きました。

 私はそんな父を尊敬していた。


 しかし、次第に父のもとには平民には任せられない汚れ仕事が、特に元老院の重役達の個人的な黒い依頼が集まるようになりました。

 暗殺や、違法薬物の取引などです。


 そんな中、私は魔法使いとして遅咲きでしたが、15歳の頃に特異な魔法を発現しました。

 何だと思いますか?」


「特異というなら、特殊魔法ですか?」


「特殊魔法に分類される、物質生成魔法。

 それも人体限定のものです」

「人体限定の物質生成!?

 そんな能力が存在するんですか……!」

「初耳でしょう? 少し見せましょうか」




 クラン支部長は、そう言ってナイフを右手に持ち、左手を目の前に掲げた。

 そして、突然左手の人差し指を切り落とした。


「!!」


 驚く私達を尻目に、クラン支部長は魔法を発動させた。

 傷口から骨と肉が伸び、次の瞬間には、もう傷口もなかったかのように、指は再生していた。


「マジだ……治ってやがる。

 ていうか、切り落とした方の指はそのままなんだな……」


 地面には切り落された彼の指先が今でも転がっている。




 クラン支部長はそれを回収し、床を拭いた……。


「この能力、制御するのが至難の業なんです。

 今では私自身の身体なら、欠損を補うことができます。

 しかし、能力を発現した当初はそんなことできなかった。

 1から人体を作ることもできますが、生命を宿すことはなく、生成されるのは生身の人形だけです。


 周囲の人間は気味悪がり、私も自分の能力に嫌悪感を覚えました。

 それでも、元老院は私の能力に目を付けました。

 軍の研究部は私を頻繁に元老院に呼ぶようになり、私はその度に肉人形を生成させられたり、訓練を行ったりしました」


「その、肉人形?

 何のために作らされてたの?」


「私にも分かりません。

 何か用途があったのでしょう。

 碌でもないことばかりでしょうが……」


 確かに、悪用しようと思えばいくらでも利用価値がある。

 危うい能力だ。


「その後、訓練は次第にエスカレートしていきました。

 自分の肉体を欠損させ、再生させる拷問のような訓練も行い、やがて私は自分の肉体ならば、自由に再生できるようになりました」


「その訓練、辛くありませんでしたか?」

「当然辛かったですよ。

 しかし、訓練を続けるよう、父に強制されました。

 その頃には、父はすっかり元老院の犬です。


 私の訓練成果は一定の評価を得、その結果私は研究部に身を置くことになりました。

 一応元老院勤務ですから、出世だと言って両親は喜びましたね。

 私にしてみれば、拷問的な実験の被験者でしかありませんが。


 ……それでも、良いこともありました。

 イザベラと結婚したこと、それは唯一の幸せでしたね。

 彼女は、マルセス家の遠い親戚の娘でした。

 研究部は軍の傘下にあり、当時の軍のトップは筆頭軍務官ビスティ・マルセス、そして研究部を管轄していたのは、当時軍務官の中でナンバー3だったギルバート・マルセス。

 ビスティの息子で、現在の筆頭軍務官です。


 研究部に入ってからは、更なる訓練が待っていました。

 今度は他人の肉体再生を体得するよう、戦闘や事故で傷ついた兵士の治療実験をさせられました。

 魔法による肉体修復のため、拒絶反応等が出るわけでありませんが、人の肉体というのはそれぞれ形状が少しずつ違います。

 その違いを完全に把握していないと、臓器や骨格等が微妙にずれることになり、その微かな『ずれ』が致命的なのです。


 自分自身の肉体の場合は、痛みという危機感と、他人の肉体より把握が容易だったため何とか体得できましたが、他人の肉体となると上手くいきませんでした。

 5年以上、成果の出ない訓練が続きました」


 クラン支部長は、一息つき、紅茶を口に運んだ。


「ある日、私の元に、1人の重傷者が運ばれてきました。

 それは……妻のイザベラでした。


 内臓を酷く欠損しており、治癒魔法ではどうにもならない。

 私がやるしかありませんでした。


 祈るように肉体再生の施術を行いましたが、結果は失敗でした。

 彼女は私の肉体再生の実験によって、余計にもがき苦しみ、痛みを呪いながら死にました。


 今まで実験は軍の人間だけだったのに、一般の怪我人を使ったことに疑問を持ち、私は父を問いただしました。

 すると、父は答えたのです。


 私が他人の肉体再生をいつまでの成功させないことが、元老院の上層部には怠慢だと評価されており、真剣に実験に臨ませるため、近親者のイザベラを捕縛し、致命傷を負わせた。

 全て元老院の指示だった、と。


 私はその場で父を絞殺し、クラン家の全てを捨ててこの国を出ました。

 その後は破れかぶれです。

 エルゼ王国まで放浪し、行き倒れに近い状態のところを、後にハンターギルドを立ち上げるイヴァン・クーストやアーヴィン・クースト、クレイモア・カヴォートらに助けられ、彼らの仲間になったんですよ」




 クラン支部長の話は終わったが、重い空気が流れ、話を切り出す者はいない。


「すみません。

 楽しい話ではありませんでしたね。

 そういう訳で、私はクラン家として帝国に戻るつもりはありません。

 今の私はハンターギルドの一員です。


 皆さん、レピア支部長失踪の件は、我らハンターギルドにとって一大事です。

 特命の続きとして、エルゼ王国の本部に赴き、彼女の兄、クレイモア・カヴォートに詳細を伝えてあげて下さい。


 お願いします」

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