第6章 Part 5 職人
【500.6】
一瞬、思いがけない名前に耳を疑った。
今……ダルク・サイファーって……?
それって、ファラブス魔導師会の?
「ダルク・サイファーとおっしゃいましたか?」
「ああ、そうだが。
どうかしたか?」
初めて対面する魔導師会のメンバー。
先程の威圧感とは違う緊張が走る。
そもそもあの5人のうち、シーナ・レオンヒル1人を「敵」と決めつけているが、他はどうなんだ?
時渉石を見てストレイとナターシャ・ベルカのことは大体分かった。
だが残りの2人、ユノ・アルマートとダルク・サイファーは?
目の前の男は、私達の味方になり得る人物なのか、逆にレオンヒルの同志であり、私達の敵なのか……。
私が咄嗟に思考を逡巡させ、次の言葉を紡げないでいると、メリールルが声を上げた。
「え!?
あんた、何とか魔導師会の偉い人じゃん!
もしかしてレオンヒルの仲間!?」
…………。
何と怖いもの知らずな。
「お前たち、ファラブス魔導師会のことを知っているのか」
汗が頬を伝って落ちる。
「あちら側」ならば、いきなり実力行使されても不思議はない。
サイファーは言葉を続けた。
「旅をしていると言っていたな。
何を目的に旅を?
……ん? 何だ。
やけに警戒しているな。
特にあんた、ドロシーだったか……」
サイファーはそれから1人でブツブツと呟きながら何やら考えに耽ったのち、合点がいったようで、私達を再び見つめて言った。
「そうか。
お前たちは、レオンヒルの計画を阻止しようとしているんだな?
俺が奴の側か、それともストレイの側か、判断できず戸惑っていると」
……この少ない会話の中でそこまで分かるのか。
お手上げだ。
もう腹を括るしかない。
「そのとおりです。
……私達ではあなたに太刀打ち出来そうにありません。
単刀直入に聞きます。あなたはどちら側なんですか?」
「ん……どちら側、か。どちらでもないな。
俺は中立だ。
俺のスタンスはな、望まれる技術を依頼主に提供する、それだけだ。
俺は一介の錬晶術師。
注文された水晶回路を作る。それ以上でも以下でもない。
そこに倫理道徳や哲学、ましてや正義など存在しない」
何故だろう、サイファーのこの言葉に言い様のない憤りを覚える。
気付いたら反論していた。
「依頼されれば、悪の所業にも手を貸すと?
それは才能を持つ人間として無責任では!?」
語気を荒げてしまったあと、ハッとする。
サイファーは表情を変えずに返した。
「悪か。
……なら聞くが、悪とは何だ?
ルールを破ることか?
正義と悪とは何が違う?」
「…………」
言葉に詰まる。
私が行っていることも、レオンヒルのしたことも、単に立場の違いでしかないというの?
「頭では分かっているはずだ。
この世界のどこを探しても、『正義』や『悪』などない。
あるのは人間個人が心に抱く『価値観』と『望み』だけだ。
俺は技術者。
望みを持つ者に技術を貸すのみ」
「あんた、肉親が殺されても同じこと言えるわけ……!?」
メリールルの怒りのボルテージが上がっている。
戦闘はマズい……。
「お前の目的は復讐か?
それもいい。立派な『望み』だ。
金さえ払えば協力してやるぞ?
誰が相手だってな」
「メリールル、気持ちは分かるけど抑えて。
……ゴメン、私も不用意だった」
彼女の手を強く握る。
私達が戦うべきは、恐らくこの人じゃない。
「先程の失礼な言動、申し訳ありませんでした。
私達は知らないことが沢山あります。
教えていただけないでしょうか?」
「……やっと冷静になれたようだな。
いいだろう、質問に答えるくらいはしてやる。
何が聞きたい?」
よかった。
これなら貴重な情報収集ができる。
何より戦闘にならなくて安心した。
相手は最初からその気はなかったようだが。
「私達は、シーナ・レオンヒルがシェレニ村で行ったことや、現在の魔物発生の原因が、彼女が行っているソフィア回収であると知りました。
ラザード島へ行き、アークを破壊するために行動しています。
それでもいいですか?」
「何だって構わんよ」
「では質問します。
レオンヒルは、あれだけの犠牲を払って、何が望みなんですか?」
「俺も彼女から直接聞いたわけではないが、女神ヴェーナを創り出し、維持することが彼女の悲願だろう。
そのためにすべてを捧げてきた。
ヴェーナの作成には俺もかなり関わった。
あれの中身は創魂術と水晶回路によって稼働する、言わば人工知能のようなものだ。
行動アルゴリズムは、人の願いを集め、その中から多数派かつ相反しないものだけを抽出し、時間・空間干渉魔法の力の及ぶ範囲内でそれを叶える。
人工的ではあるが……確かに、人を救う女神だな」
「人の願いを集める?
そんな事どうやって?」
「ネットワークだ。
当初の目的のとおり、各地に所狭しと設置された端末には周囲のソフィアとウィルを観測する機能がある。
ヴェーナシステムはネットワークと不可分の存在。
端末で周囲の人間の意志や願いを観測し、それを管理中枢で解析している」
「なるほど……。
ヴェーナが使う癒しの力は、あれも何かの魔法ですか?」
「イニシャライズという、時間干渉魔法の1つだ。
対象の負傷部位のみを因果関係から切り離し、限られた範囲内で時間を遡行させる。
つまり傷ついた部位を、致命傷を受ける前の状態まで時間を巻き戻す魔法だ。
しかも、脳がダメージを受けない限りは記憶も残したままな」
時間干渉魔法にそんなことが可能なの?
だったら私にもできるようになる?
「アタシからも質問。
拘束されたシェレニ村の人間で、まだ無事な人はいるの?」
「あの村の件については全面的にレオンヒル個人が勝手にやったことだ。
村人のその後については何も知らん。
ただ、あくまで予想だが、生きている可能性は限りなく低いだろう」
「……そう」
「ナターシャ・ベルカについて教えてください。
どんな人物だったんですか?」
「ベルカは時間干渉魔法と空間干渉魔法のスペシャリストだ。
ヴェーナを含めたネットワークシステムで使われている魔法は、すべて彼女の能力だ。
人物については……そうだな、言ってしまえば俺と同じ、技術屋だ。
つまり必要とする相手に干渉魔法技術を提供する、そこに善悪の判断は介在しない。
そんな割り切った考え方の人間だった。
最初はな」
「最初は?」
「そうだ。
あいつは自分の探究心を満たすため計画に携わった。
積極的に自己を犠牲にしてまでネットワークの完成に貢献しようとした。
しかし途中から……恐らく端末の内部構造を知ってからだろう、それまでの自分の職業観に従わなくなった。
倫理規範という不安定な価値観を重視しはじめた。
だが結局、あいつも根っからの技術者だよ。
全てを知っても尚、計画を止めようとはしなかった。
当然だ。
自分と幼馴染の死よりもネットワークの完成を優先させる人間なんだからな。
ネットワークにはそれだけの価値があると、あいつも分かっている。
俺だって同じだ。
自分が計画に加担したことを間違いだったなんて思っちゃいない。
女神ヴェーナを含め、ネットワークシステムは俺の最高傑作だ。
もし、お前たちがシステムを壊そうというならそれもいい。
それが使う側の答えというだけだ」
「そうですか。
では、ユノ・アルマートは?
彼女は何を考えているんです?」
「アルマートか。
彼女も概ねベルカと同意見だったんじゃないか。
当初はネットワーク計画の拡張を積極的に支持していたが、その内情を知るにつれ、何かを考え込んでいる様子だった。
最終的にはネットワークの完成とともにどこかへ消えた。
彼女が今どこで何をしているかは、俺にも分からんよ」
帰りがけに、サイファーは私達を呼びとめた。
「そうだ。
もしかつての研究拠点を見つけたのなら、使うといい。
俺の居室の鍵だ」
サイファーは黄色の宝石のついた鍵を差し出した。
「大したものは置いていないが、当時の資料も少しは残っているだろう。
お前達の好きにしろ」
急いでアーサーの客間へと戻り、残りの2人に状況を伝える。
すぐに拠点に向かうこととなった。
ついさっき起動した空渉石から、久しぶりに拠点へ戻る。
まずは5つの個室がある廊下へ。
黄色の鍵は、真ん中の部屋の鍵だった。
解錠すると「ダルク・サイファー」の文字が扉に浮かぶ。
部屋の中はきれいに整理され、ジュエルの原料となる水晶や様々な大きさの工具などが棚に収納されている。
棚の中に、ノートを見つけた。
めくってみると、会議の内容が手書きで記録されている。
どうやら議事録のようだ。
記述はベルカの日記や、レオンヒルの記録とも整合している。
新しい情報は、あまり載っていないか……。
いや、1つだけあった。
「ここ、ちょっと見て。
『アークを用いたソフィア回収装置の導入は、議題には上げず、内密に計画された。
全員の知るところとなれば、必ずストレイが反対する。
アークは作動原理すら解明されていない完全なるオーバーテクノロジーの産物だ。
この件はレオンヒルの依頼のもとで、彼女と私の2人だけで作業を進める』
……魔物が発生するような急激なソフィア回収を行うことは、他のメンバーには知らせていなかったみたい」
そうなれば敵は1人、シーナ・レオンヒルのみということになる。
そして、彼女は既に水晶の中だ。
と言うことは……ラザード島へ到達しさえすれば、大きな妨害なく目的を達成できるということになる。
これは朗報だ。
「僕からも、みんなに報告する事がある」
サイファーの部屋の捜索が一段落したところで、アーサーが皆に話しかけた。
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