第6章 Part 4 王都ラスミシア

【500.6】


 外に出ると、昨日降り続いていた雪は止んでいた。


「じゃあ、行きますか~」


 メリールルが龍化する。

 昨日と同じように防寒対策をし、雪原を飛び立った。


 風を切り、東へ。






 昼頃になると、ようやく目的地が見えてきた。


「ほら、見えたよ。

 あの要塞が現在の王都、ラスミシア。

 この辺りで降りよう」


 アーサーが指さした先にあったのは、本当に飾り気のない要塞だった。

 周囲を帝都ディエバのような頑強な城壁で覆われ、その内側には4方向に突き出した見張り塔。

 そして中心に巨大な3階建ての建物が見える。


 かなり昔に建造された建物らしい。

 レンガの色は褪せ、地面に敷き詰められたタイルには所々ヒビが入っている。


 ……これが「王都」?

 いくら遷都したとは言え、最も強大で歴史ある国家の首都にしては、華やかさの欠片もない。

 そして想像よりもずっと小さかった。


「地上の要塞部分は完全に軍の施設で、都市部は地下に埋まっているんだ。

 地下は意外と寒くないし、活気もあるよ」




 地上に降りて降魔を解き、歩いて要塞に近づく。


 遠くからでもアーサーの美しい鎧は映える。

 アーサーが王都に帰還したことはしっかりと認識されており、私達が門の前まで到着した頃には、20人ほどの兵が整列していた。


 手厚い出迎えだ。

 門の両サイドに並んだ近衛兵の敬礼をアーサーが受ける。


 ネステア、帝都ディエバ、シルリアの民の村と、ブルータウン以降私たちはずっと「招かれざる客」だった。

 王子がいるんだから当然といえば当然なのだが、それまでの町との待遇の違いに感動すら覚える。




「アーサー王子殿下!!

 ご無事で何よりです!!」


 本当に王子って呼ばれてるよ……。


「寒い中、出迎えありがとう。

 僕もうれしいよ。

 早速だけど荷物を置いたら父上に会いたいんだ」

「かしこまりました!

 皆様もどうぞ、こちらへ」




 衛兵に案内され、門をくぐる。

 城壁の内側にも兵隊以外の一般人の姿はない。

 アーサーによると、完全に臨戦態勢を取っているそうだ。

 魔物の脅威に対処するためだろう。


 中央の建物には行かずに、いくつかある地下空間への入り口の1つをくぐり、階段を降りてゆく。




 階段を下りきると空気が変わった。


 そこは「街」と呼ぶに相応しく、規則正しく走る通路の両脇に沢山のドアが並んでいる。

 これらは全て住居であり、店であり、公共施設なのだろう。


 一般人がたくさんいる。


「アーサー様!! 戻られたのですね!」

「お帰りなさいませ!」

「おいっ! アーサー殿下がお戻りだ!」


 住人が集まってきた。

 アーサーの姿を見ただけで、ちょっとした人だかりができてしまった。


「王子殿下はお疲れだ!

 気持ちは分かるが、少し道を空けよ!!」

 衛兵が何とか彼らの興奮をなだめ、通してくれた。


「すみません殿下、そして御同行の皆様。

 なにぶん最近良いニュースがありませんでしたから。

 彼らはもう一度貴方のお顔が見られて嬉しいのです」

「そう言って貰えるのは、有り難いことだね。

 ……父上のお身体はどうだい?」

「は、あまり芳しくありません。

 日に日に食が細くなっており、体力が戻らないのです」


「……そうか。

 この時期に帰って来られたのは、幸いだった」




 道中それとなく案内の兵士に聞いてみる。


「この要塞の西に、小さな集落ってあります?」

「ここより西ですか?

 有りませんよ。何故です?」

「あ、いえ……。

 そうだ、アーサーの王位継承順位は、どのくらいなんですか?」


 慌てて話題を変えた。


「ご存知ないのですか?

 殿下は国王陛下の1人息子。

 国王陛下のご兄弟はご存命でなく、殿下の継承順位は1位です。

 確実に次期国王陛下になられるお方ですよ」






 地下空間の一画が王族の居住区画なのだそうだ。

 一度アーサーの住まいに通され、荷物を置いた。

 客間だけで拠点の居住スペースと同じくらいの広さがある。


「身支度を整えたら、すぐに行くと父上に伝えておいて」

「かしこまりました」


 衛兵は出て行った。


「何つーか、やっぱあんた王子なんだね……」




 その後私達はアーサーの父、つまりカーネル・エルシア国王陛下の元に向かった。


 国王は寝室で横になっていたが、アーサーが訪ねると上体を起こして歓迎してくれた。


「アーサー、よくぞ戻ってくれた。見違えたぞ。

 ……焔纏いを修めたようだな」


「私を見ただけでお分かりになるのですか?」


「ああ。

 お前から溢れ出す『気』を見れば、その成長もまた見て取れるのだよ」

「父上もまだまだご健勝の様子。

 安心いたしました」


「よせ。ワシはもう歳だ。

 いよいよお前に王位を譲る時が近いのかのう……。

 今後はこれまでの経験を活かし、この地で我が国を立て直しておくれ」

「いえ、父上。

 残念ながらまだ旅は途上なのです」


「まだ続けるのか?」

 国王はアーサーの言葉に表情を曇らせた。


「はい。

 魔物発生の原因を突き止めました。

 大気中のソフィアとウィルのバランス崩壊が魔物発生の引き金であり、その原因はラザード島にあるようです」


「ラザード島か……。

 最初に魔物が発生したのがあの地であったな。

 勘ぐってはいたが、やはりそうか。

 原因とは、一体何があるんじゃ?」

「子細は省きますが、一連の混乱の中心人物は、現代三賢者の1人、生物学者シーナ・レオンヒルです。

 既に死亡していますが、彼女の遺したソフィア回収装置を破壊すれば、魔物は消滅するでしょう」


「なるほど……現代三賢者が元凶とはのう……。

 残念なことよ。

 だが、魔物発生の原因が分かったことは、我らにとって大きな希望となる」


「軍は王都の防衛がありましょう。

 我々が直接赴き、原因を絶ちます。

 たった4人ですが、どんな壁でも超えられると胸を張って言えますから」


「良い仲間を持ったな。お前に託そう。

 ラザード島へ行くなら、ガルフォード将軍に話を聞くと良い。

 彼は旧王都撤退作戦時に指揮官だった男だ。

 旧王都からラザード島までの経路と魔物について、知恵を授けてくれよう」

「分かりました。

 後ほど伺ってみます」


「うむ。

 ……ご同行の皆さん。

 息子のこと、どうかよろしく頼みます」






 国王陛下の寝室から出たのち、夕食が振舞われた。

 食材自体は豪華とは言えないものの、よく手間をかけて調理してあることがわかる。

 メリールルは予想通り大はしゃぎで、彼女が食べた量は10人前を下らないだろう。


「いや~最高だね。

 王族が食べる料理って言われて緊張したから、このくらいで遠慮するけど」




 食後はそれぞれの自由時間となった。

 アーサーはガルフォード将軍のもとへ。

 ジャックは商店街へ。


 私とメリールルは特に用事もなかったため、街の散策へ。


 王族の居住区画は地下街の中心にあり、地上へ通じる階段は東西の2か所、いずれも王族の住まいから最も遠い場所にある。

 恐らく警備上の理由だろう。


 アーサーの部屋から出ると、入り口に立っている衛兵が会釈をした。

 王族の居住区画を警護しているようだ。


「ちょっと聞きたいんだけどさー。

 この地下街って、どんな感じの造りになってんの?」

「はい。

 現在地は地下街のほぼ中心、ここから西方向には商店街、北方向には公共施設、南方向には大衆居住区、東方向には軍の詰め所と倉庫などがあります。

 この町を見て回られるのなら、左の道をまっすぐ進んで、西の商店街に向かわれてはどうでしょう?」


 左右に伸びる地下通路の一方を指さしながら教えてくれた。


「わかった! サンキュー!」


 地下通路の一角に空渉石を見つけた。

 早速起動する。


「メリールル、商店街の見物が終わったら、一度拠点に戻ってみようか。

 端末チェックしないと、連絡来てるかもしれないし」

「あ~……。

 でも寝るのはここの客間だからね!!」

「分かってる」


 メリールルは、客間に準備して貰ったふわふわのベッドで寝たいのだ。




 歩くにつれ、次第に賑やかさが増していく。

 すぐに酒場の看板が見えてきた。

 今日は酒場に用事はないが。


 この辺りから商店街のようだ。

 人通りも多く、活気がある。

 ジャックも数ある店を見て回っているのだろう。


 商店街の一角、見慣れた看板を見つけた。

 ハンターギルドだ。


 要塞都市ラスミシアはハンターギルド発祥の地。

 ハンターギルドの本部がある。


 レーリア地下道へ出発する前、ガラム支部のレピアから言われていたのだ。

「本部には、私の兄がいる。

 王都へ行くのであれば、顔を出してよろしく言っておいてくれ!!」


 扉の前まで行ってみたものの、鍵がしまっており、中も暗い。

 どうやら本日の営業は終了したようだ。


「ハンターギルドには、明日また来てみようか」


 ハンターギルドの隣には、もう1つ大きな店構えの施設がある。


「職人ギルド本部……。

 こんなのもあるんだね」


 こちらはまだ営業しているようだ。

 扉のすりガラスから光が漏れている。


 折角だから中を見てみよう。


「ごめん下さーい……」


 中に入ると、数人の男がいた。


 1人が腰を上げ、こちらに近づく。


「ようこそ、職人ギルドへ。

 用件はなんだ?」


 ぶっきらぼうに男が話しかけてきた。

 灰色の髪を後ろで束ねた40代くらいのその男は、少し面倒くさそうに私たちの前に立ち、鋭い目つきで私を見つめる。


「あの……。

 見学というか……。

 わ、私、世界を旅しているドロシーと申します!

 こっちはメリールルです!!」


 男の威圧感に押され、何を話していいのか分からない。

 何となく怒られそうな気がして、咄嗟に自己紹介をした。




 男は、小さくため息をつき、こちらに合わせて名前を名乗ってくれた。


 それは意外な、だが私たちにとってはとても重要な名前だった。


「……錬晶術師のダルク・サイファーだ」

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