第6章 Part 3 地図にない集落

【500.6】


 次第に音と振動が収まった。


「で、どうするよ?

 壁越しに風操作で吹き飛ばすか?

 空気のある地表から掘り進まねえといけねえから時間かかるけど」

「多分無理ね。

 アイソレートで空間自体が不連続になってるから、ここから上方向には魔法は使えないはず。

 あ、でも一部分だけ解除すればそこからウィルが届くわ」


 天井の一部分を解除して、直径3センチくらいの小さな穴を開ける。

 この程度なら雪が入ってくることもないし、魔法は通じるだろう。


「僕がまず炎で雪を溶かすよ。

 そうすれば、ジャックの水操作で排除できるよね?」

「確かにそうだな。頼む」


 アーサーが剣を構えずに穴に手をやり、唱えた。


「アギス!!」


 掌から炎が吹き上がる。

 アーサーが習得した最も基礎の炎属性魔法だ。

 彼の属性魔法はまだ戦闘で使えるほど威力は高くないが、雪を溶かすには十分な熱量だ。


「よし、そのまま続けてくれ。

 溶けて水になった分は俺が操れる」


 ジャックの操作魔法で水を操り、ドーム上部の雪をかき分ける。


 やがて地表に達したようで、ここまで光が入ってきた。


「このまま周囲の雪を成形して階段を作るぞ。

 ちょっと待ってろ」




 10分ほどの作業の結果、ドームから斜め上方に地表まで伸びる階段ができあがった。

 ドーム周辺の雪も同様に固めてからアイソレートを解除する。


 階段を登って地上に出た頃には、雪雲が空を覆い、ちらちらと雪が降り始めていた。




「王都はどっち?」

「方角で言うと……正面の森の方だね」


 コンパスを見ながら、アーサーか雪中に顔を覗かせる森林を指さした。




 少し歩いてみたものの、雪崩によって新しく積もった雪が多すぎて足を取られる。


 雪中装備を持ってはいたが、歩行は困難を極めた。


「歩くのは無理じゃねえか?

 やっぱり飛んだ方が早えって」

「寒いっつってんでしょ!」

「そうだ!

 アーサーの炎属性魔法って、熱を操れるわよね?

 暖かい空気の層を作れば……?」

「確かに。やってみよう」


 アーサーが周囲の空気に熱を与え暖める。

 それをジャックの操作魔法で氷龍の周囲を覆うように固定すれば、冷気に直接触れないで済むはず。


 この試みは成功した。

 氷龍の翼以外の部分は全て暖かい空気に覆われている。

 メリールルが凍える様子はない。


 氷龍はクイッと顎で合図し、私達を掌の上に乗せた。

 鋭い爪が当たって足を怪我しないか心配だ……。


 乗り心地は決して良いとは言えないが、雪中を徒歩で移動するのに比べれば天国だ。




「ヴオゥッ!!」


 氷龍は小さく吼え、羽を大きくはばたかせて空に浮いた。


 アーサーの温度調節とジャックの空気固定は上手く機能している。

 私達も暖かいので快適だ。

 雪の舞う空をまっすぐに飛んで、王都を目指す。






 北東方向にしばらく進んだ頃、地表に雪の積もっていない岩場が見えた。

 その岩場の上に、何か白いものが乗っている。


「あれ、何だろう?」


 高度を下げてもらい近付いてみると、それは人だった。

 女の子だ。

 倒れて気を失っている。


 地面に降り、メリールルが抱き起こした。


 アーサーが彼女の鼻先に手をかざして呼吸を確かめる。

「呼吸はある……。

 頭をぶつけたのかな?

 ちょっと待ってて。この程度ならすぐに治ると思う」


 アーサーが治療している間、改めて女の子の様子を見てみる。

 年齢は私と同じくらいだろうか。

 真っ白な髪の毛に、病的なほど白い肌。

 質素な1枚の布でできた服をまとっている。


 何となく、私達とは違うような気がした。


 何が違うのかは分からない。その神秘的な白い肌と髪のせいだろう。


「う、うん……」


 彼女の意識が戻った。


「……お父さん?

 ……お父さんじゃない……あなたは誰?」


 少女を抱えるメリールルが答える。

「アタシはメリールル。旅人だよ。

 王都まで行くんだ。

 あんたは?」


 彼女はメリールルの顔を見ることなく、自分を抱えているメリールルの腕に手をやる。


「エイル……」


 そう名乗った彼女は、メリールルの腕をぎゅっと握った。


「おい。

 この子、目が見えてないんじゃ……?」


 エイルが声の主であるジャックの方を向いた。

 その瞳は肌と同じく真っ白だった。


「アルビノだ……」


 体に色を持たない者。

 医学的に解明されてはいないが、その症状はアルビノと呼ばれているらしい。




 陽が落ち始めている。

 このまま放っておく訳にはいかない。

 この子はどこから来たのだろう?

 何故こんな場所に1人で?


「エイル、あんたどこから来たの?」


「…………」


 エイルはしばらく虚空を見つめジッとしていたが、やがて岩場の上の方を指さした。

 よく見ると、彼女が指さしている場所は洞窟のようになっている。


 エイルはメリールルの腕から地面へと降り、彼女の手を引いてトコトコと洞窟の方へ歩いて行った。

 この子、靴を履いていない……。


 私達もエイルに従い洞窟の前まで歩みを進める。


 ……そんなに奥行きのある洞窟じゃない。

 ここからでも奥の行き止まりが見える。


「雪が降ってきたから、この中で止むのを待ってたの?」


「違う……。

 ここに住んでるの」


 エイルは更に洞窟の奥まで歩いて行った。

 そして、背伸びをして岩壁の一部分に手をかざす。

 すると……




 ゴゴゴゴゴ……。




 行き止まりだと思っていた壁が自動的に上方へとスライドしていく。

 奥に暗い通路が現れた。


 こんな場所に、人が住んでいる?

 入り口を偽装して?


 エイルはメリールルの手を引いて通路の奥へ歩き始めた。

 私達も2人の後を歩く。


 背後でゆっくりと扉が閉まる音が聞こえた。




 通路は途中で直角に折れている。

 角を曲がると、通路の天井に点々と小さな灯りがついている。

 そこから先は壁や地面がゴツゴツした岩肌ではなく、平らに舗装された道が続いていた。


「アーサー、ここが王都ラスミシアってわけじゃないわよね?」

「まさか。

 ……こんな場所、知らないよ」




 やがて、通路は再び壁に突き当たり、それをまたエイルが開けた。

 空間が少し広くなっている。


 地底の集落のようだ。


「エイル! どこへ行っていたんだ。

 ……その人達は?」


 男がエイルを見つけ、話しかけてきた。

 同時に私達に気付き、警戒の眼差しを向けている。


 男はエイルと同じくみすぼらしい格好をしており、外見年齢の割に腰が大きく曲がっている。


「助けてくれたの」

 エイルが小さな声で男に答えた。


「私はドロシーといいます。

 私達は王都へ向かい旅をしている途中、この子が倒れているのを見つけて……」


「……そうですか、娘が。

 それはありがとうございました」


 娘……。


 言葉とは裏腹に、感謝しているようには見えない。

 男は続ける。


「ですが、ここは貴方達の来るべき場所ではありません。

 お引き取り願えますか」


 エイルが男の側に駆け寄る。

「外……もう暗くなってる。

 泊めてあげてはだめ?」

「……エイル、しかし」


 エイルの父親は少し迷った素振りを見せたが、しばらくしてエイルの要望を受け入れた。

「仕方がない……では、一晩だけ。

 こちらへどうぞ」


 正直言って、得体の知れない不気味な場所だ。

 泊まりたいかと言われると……どうだろう。

 だが、エイルのことを考えると、断るのも気が引ける。


 成り行きに任せるしかないか。






 部屋を出る。

 男に案内され廊下のような場所を歩く。


 この地下集落、結構な広さがあるようだ。


 途中、何人か住人とすれ違ったが、背の低い者が多い。

 一様にみすぼらしい一枚布の服をまとい、よそ者の私達に警戒の視線を向けている。


 動きがない。皆座っている。

 何をしているわけでもなく。




 男の先導で幾度か枝分かれした廊下を進んだのち、さっきと同じくらいの広さの一室に通された。


 客間と言っていいのだろうか。

 ともかく何もない部屋だ。

 平らな地面。天井の小さな明かり。

 そして、部屋の隅に毛布がいくつか積まれている。

 それだけの部屋。


「勝手に出歩かないでくださいね。

 のちほど食事を用意します」


 それだけ言い残し、男は出て行った。




「何もないけど、不思議と暖かいね。

 炎属性魔法で温度調節してるのかな」

「まあ、野宿よりはマシだな。

 それにしても、住人の愛想の悪さは何なんだ?

 気味がわりー」

「出歩くなってことはさ、出歩けば何か分かるってことだよね~。

 アタシちょっと探検に……」

「ちょっと、やめなよメリールル。

 エイルに迷惑かけたくないし」




 しばらくして、エイルがやって来た。

 両手で鍋のような容器を持っている。


「あ、エイル。どしたの?」


「ごはん……持ってきた」


 鍋から湯気は出ていない。

 冷たいのか?


 エイルは部屋の片隅、岩が平らに加工され、台のようになっている場所に鍋を置いた。

 目は見えていないのに、慣れた手つきだ。

 どこに何があるのか、把握しているのだろう。


 エイルはメリールルの声のした方へ歩いて行き、彼女の隣へちょこんと座った。


 え……?

 どうするの、お鍋?


 しばしの沈黙の後、アーサーがエイルに問いかける。

「僕が温めようか?」

「…………」

「あの……炎属性魔法なら、僕使えるから……」

「もう、温めてる」




 鍋からグツグツと音がし始めた。

 いつのまにか沸騰している。


 いつ加熱した?

 自動実行のジュエルが設置してあるのかな……。


 鍋が置かれている台の下部にスキャンを走らせてみる。

 内部に何かしらの仕掛けが埋まっているようだ。

 だが、ジュエルではない。


 何だろう? 分からない。




 煮えた鍋を囲み夕食にした。エイルも一緒に食べるようだ。

 エイルが取り皿に中身をよそっていく。


 見たことのない具材が浮いている。


 茶色の四角い塊をスプーンですくう。

 勇気を出して口に入れてみた。


 ブヨブヨとした不思議な歯触り。噛むと次第にサラサラと崩れ、溶けていく。

 味は特にしない。これといった匂いもない。


 何だこれ……。

 この集落も一体何なんだろう?

 分からないことだらけだ。


「この村の名前って何て言うの?」


 メリールルが、隣に座っているエイルに聞いた。


「シルリア……」

「シルリア村?」


「シルリアの民……の、村」

「へ~。あんた達はシルリアの民って言うんだ」


 食事を続けながら、エイルが頷く。


「何でこんな場所に隠れてんの?」

「…………。

 待ってるの」


「待ってる? 何を?」


「天使様が、迎えに来るのを」

「天使様?

 それって女神ヴェーナのこと?」


 エイルは首を横にかしげる。


 ヴェーナのことではない?


「天使様は、天使様」

「そっか~。

 天使様が来ると、どうなんの?」


「……みんな、天に帰るの」

「天? 天国?」


 エイルはゆっくりうなずいた。

 メリールルは不安な顔で私達の方に振り返った。

 私達も首を振り、肩をすくめる。


 大丈夫だよ。

 私達もよくわからないよ。


 メリールルは質問を続けるようだ。がんばれ。

「ふ~ん……。

 天に帰るんだ……。

 それって死んじゃうってこと?

 怖くないの?」


「……怖くは、ない。


 みんな、そこにいるはずだから。


 私たちは……取り残されてるだけだから」




 取り残されている?

 まるで現世が本来の居場所じゃないような言い方。


 彼女たちのことは何一つ分からないが、どうも退廃的な思想が支配しているように見える。


 なんとなく、生気のない住人たちの表情が思い出された。




「お祈りの時間……。

 行かなきゃ」


 エイルは部屋から出て行った。




「シルリアの民……聞いたことない」

 アーサーが困惑気味に呟く。


 正式に認められていない村?

 でも存在自体が国から認知されていないなんてこと、あるのだろうか。


 エイルはそれっきり私達の部屋へは来なかった。






 翌朝、私達は洞窟を出発した。


「この集落のことは、誰にも喋らないでください」


 エイルの父親が釘を刺す。

 最後にどうしても気になったことを聞いてみた。

「部屋にあった鍋を温める台、あれはどうやって魔法を発生させているんですか?」


「私達は、魔法を使いません」




 男はそれ以外、何も答えなかった。

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