第6章 Part 2 イエティとワタユキ

【500.6】


 翌日、6月17日。

 今日は出発の日だ。




 アーサーが今後の旅の道程を説明する。


「ここからラザード島へ向かうルートだけど、まずレーリア地下道を北上する。

 この地下道は南北の大陸の切れ目を地下でつないでいて、そのまま北レーリア大陸へ入ることができるんだ。

 そして、可能ならこのまま地下道を進んで王都ラスミシアまで前進したい」

「可能ならって、どういうこと?」

「レーリア地下道の北側は、中で暴れる魔物のせいで落盤事故が多いんだ。

 もし目的のルートが塞がっていたなら、地上に出ないといけない。

 セルメリア雪山っていう極寒の山岳地帯さ。

 風がある分体感温度は地下道よりずっと低い」


 それを聞いて、メリールルが露骨に嫌な顔をする。

「ちょっと~~。

 アタシ寒いの苦手なんだけど」

「お前、自分から氷とか出してるじゃねえか!

 我慢できるだろ!」

「え~~……。

 でも~~」


「……続けるよ?

 地下ルートが続いていれば地下道を通って、塞がっていればセルメリア雪山の地上ルートで王都ラスミシアを目指す。

 一度ラスミシアに到達したら、準備を整えて今度は東へ東へと街道を進む。


 大陸の東の端に着いたら、そこからメリールルの龍化でラザード島まで飛ぶんだ。

 いいね?」





 ということで、出発。


 レーリア地下道の探索は久しぶりだ。

 あの頃手を焼いたドレイナーが、当時よりもずっと弱く感じる。

 目を瞑ってでも倒せる。


 何度か野宿しながら最短ルートで南レーリア大陸を縦断した。


 この辺りから地下道が更に深く潜るように降下している。

 ちょうど大陸の間、海底を通っているんだろう。




 しばらく歩くと、再び地下道が緩い傾斜で上りはじめた。

 と同時に、進むにつれ少しずつ寒くなっていく。

 そして、地下道の天井が次第に高くなってきた。

 足元から6メートルほどはあるだろうか。




「北レーリア大陸に入ったみたいだ。

 防寒着を着よう」

 用意していた耐寒装備に着替える。

 現在の気温は5℃くらいだ。


「一番寒いとこは何℃くらいまで下がんの?」

 毛皮のコートを着込みながら、メリールルが問いかける。


「今のラスミシアはマイナス15℃くらいだよ」


 マイナス15℃……!


「マジで?

 よくそんな場所に人が住んでんな~。

 アタシは絶対無理」

「そりゃ不便や厳しさは皆感じてるよ。

 でも旧王都ラスミシアにはもう住めないから、しょうがないね」

「そんなに昔の王都は荒廃しちまったのか?」

「うん。

 9年くらい前かな。

 裁定者って呼ばれている魔物が王都直上に現れて、誰もそいつに勝てなかったんだ」

「1体の魔物に負けたのか!?

 マジかよ……」


「魔物の強さは北東に進むほど、つまりラザード島に近いほど強くなるって言われてる。

 北レーリアは最強クラスの魔物がひしめく大陸なんだ。

 みんな気を付けてね」

「この辺の魔物は?」

「イエティっていう人型の魔物が地下道内をうろついてる。

 戦闘になると面倒だから、できるだけ見つからないように行こう」




 やがて、青白い体毛に覆われた2メートルくらいの魔物を発見した。


「あれがイエティ。

 奴がそこの分岐を通り過ぎたら、逆ルートに行ってやり過ごそう」


 猿のような顔の魔物は、ズシン、ズシンと地下道内を揺らしながら、こちらに気付かずに歩いてゆく。

 やがて、左に分岐した道の奥に消えていった。


「今だ。僕らは右に」




 1体目のイエティとの戦闘は回避したが、他にも何体か地下道内を徘徊しているようだ。

 地下道のルート分岐はいくつかあるが、それでもイエティを回避したいタイミングで都合良く分岐に当たるとは限らない。


 ついに進行方向、どうしても通らなければならない場所で、寝そべるイエティを発見した。


「どうする? 寝てるっぽいけど」

「脇を通るしかないね。

 静かに行こう」


 ガゴー……ガゴー……。


 大きないびきが聞こえる。


 イエティは通路に沿って横になっている。

 背中側に30センチほど隙間がある。


 まずアーサーが、続いて私が隙間をゆっくり通っていく。

 イエティは起きない。


 メリールルが霞化してイエティの頭上を漂い通り過ぎる。


「グアァァァア!!!」

「!!

 気付かれた!?」


 叫び声は寝ているイエティのものではない。

 目の前のイエティは引き続きいびきを立てている。


 声を上げたのは、一本道の進行方向にいるもう1体のイエティだった。

 こちらに気付き、突進してくる。


 しまった。

 寝ているイエティに気を取られて周囲を見てなかった。


 叫び声を聞き、やがて寝ているイエティも目を覚ましてしまった。


「こうなったら戦うしかねえな!!」

「僕とドロシーは奥の奴、ジャックとメリールルは寝ていた方を頼む!!」


 横でアーサーが双剣を構える。

 私も楔と魔道盾を浮かせて体勢を取った。


 ゴアァァ!!


 後方から大地を震わすような咆哮が聞こえる。

 次の瞬間。


 ドゴォーーーン!!


 寝ていたイエティが、巨大な両の拳を力一杯地面に叩きつけた。

 続けてビシビシと、不穏な音が地下道をこだまする。


「ちょっと!!

 崩れるんじゃない!? ヤバいって!!」


 見上げると、天井が崩落し、巨大な岩塊となって落下してきていた。


 生埋めになるわけにはいかない。

 ここはアイソレートで……!


 岩の塊めがけて上方に手を掲げ、魔力を込める。

 しかし、発動したのはアイソレートではなく、別の魔法だった。




 気が付くと、4人とも地上に出ていた。


 足元の地面のずっと下の方から落盤の地響きが伝わってくる。

 地下よりもずっと冷たい風が頬を刺す。


「あれ……?」

「眩しいな……これ、地上に出たのか?」


 自分達の立っている地面だけ、綺麗に雪が無くなり地表の岩石がむき出しになっている。

 腕のインジケーターを見ると、新たなスキルが記録されていた。


「エクスチェンジ MP85」


 2つの地点の間で物体の位置を入れ替える魔法なのだろう。

 地中の私達と地表に積もった雪の位置が交換されたようだ。


 どうやら助かったらしい。




 私達が周囲の状況を確認していたところ、メリールルが声を上げた。


「何だろ? コイツ」


 メリールルの目の前にフワフワと白い毛玉のようなものが漂っている。

 手のひらに収まるくらいの大きさで、小さな黒い目が2つついている。


「うわ! 可愛いな~~これ」


 メリールルが手を伸ばすと、それだけの弱い風でまたフワフワと空中を踊り始める。


「メリールル、すぐにそいつから離れて……!」


 声を殺しながらメリールルを止めたのは、アーサーだった。

 その顔からは、イエティに対する以上の警戒心が見てとれる。


「え?

 ……もしかしてコイツも魔物?」


 そう言った直後。

 フワフワの中心から亀裂が入り、内側がめくれあがった。

 それは体や目と比べて大きすぎる「口」だった。


「ギィィェェエエエーーー!!!」


 大きく開かれたその口から、かん高い叫び声が響く。

 あまりの音の大きさに、皆とっさに屈み込んで耳を塞いだ。

 バイオリンの弦を下手に引っ掻いたような、不快な叫び声。




 不吉な予感がする。


 ギィェェエエーーー……。


 ギェェェーー……。


 ギェー……。


 深々と雪の積もる山に、叫び声がこだまする。


「メリールル!

 今すぐ龍化してみんなを乗せて飛んで!!」

「は? 嫌だよ寒いじゃん!!」

「アーサー、何が来るんだ?」

「雪崩だ!!」


 そう言い終わらないうちに、私達が立っている周囲が巨大な影で覆われた。

 山の上方から白い、巨大な雪の波が頭上に迫る。


 アイソレート……!!




 ドドドドドド…………。




 咄嗟に半球型の壁のドームを作る。

 しかし、この雪の量……。


「これ、私達生き埋めになるね……」


「結局さ、さっきのフワフワは何だったわけ?」

「あれはワタユキっていう魔物で、攻撃力はない代わりにああやって雪崩を呼ぶんだよ。

 遭遇したらできるだけ刺激せずに立ち去る方がいいんだ」

「オイ、メリールル!

 てめー寒いとか言ってる場合じゃねーだろが!!」

「……すんません。

 でも、この気温で裸になるのはちょっと……」

「裸?」

「龍化するって、感覚的にはそういうことだから」


「……。

 何か、すまん。

 いや、でもお前氷龍だろ? 寒がりでどうすんだよ!」

「不思議とアタシ自身が発生させた冷気は寒くないんだよね~~。

 でもこの気温はムリ!」

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