第6章 ハンター達
第6章 Part 1 気配
【500.6】
暖かな青い光。
大地の中心から噴き出したその光は、天を突き抜ける。
星を覆う光の渦。
その中心に、誰かの強い感情を感じる。
これは……憎悪?
「お早う……。
ベーコンのいい匂い」
朝食の支度をするジャックの後ろ姿を寝ぼけ眼で追いながら、夢について考える。
誰だったんだろう、あの強い感情の持ち主は……。
アークを破壊する決心をしてから7日。
この間何をしていたかというと、一番はラザード島へと旅をする準備だ。
ラザード島は北レーリア大陸の東の外れ。
ガラム大陸からだと、距離的には北限がラザード島に最も近いが、あそこからラザード島へと渡る手段はない。
かなりの回り道になるが、北レーリア大陸を北東方向に進むのが最も堅実だ。
北レーリア大陸の東の最果てからからラザード島までは数十キロの距離。
この程度なら、龍化したメリールルが飛んで渡れるはずだ。
「この季節、北レーリア大陸の西半分は、雪に覆われた極寒の地なんだ。
まず防寒装備を充実させないと、とてもじゃないけど通過できないよ」
火神教に古くから伝わる技「焔纏い」を習得したアーサーは、あれから炎の扱いを練習し、ついには炎属性魔法を操ることが出来るようになった。
寒冷地を旅するのに最も重要な能力だろう。
だが、それだけでは安全な旅とは言えない。
アーサーの指示で雪国仕様の装備品を揃えることになった。
毛皮のコート、手袋、帽子……。
毛皮は貴重品だ。端末上でも高値が付いている。
実は、お金は結構持っている。
先日再びディエバの皇帝の元を訪ね、シェレニ村と北限の物見櫓で私達が知ったことを話した。
そして、私達が今後ラザード島へ向かうことを話すと、軍資金にと100ゴールドを提供してくれたのだ。
一国の主となると、太っ腹だな。
祠から持ち帰った書物もこの間に読んでみた。
始祖たる魔導師シャルナ・マルセスの功績について記述された本だった。
魔法を発明したこと、分類し、体系化して弟子達に教えたこと……。
彼女は現在の魔法文明の基礎を築いた、文字通り「始祖」と呼ぶに相応しい業績を残したという。
そんな中で、特に私の注意を引いたのは、「詠唱」に関する項目だった。
シャルナは弟子達に直接継承できなかった様々な特殊魔法の存在を示唆し、消費MPの大きいこれらの魔法を成功させるために「詠唱」という作法を導入したのだそうだ。
消費MPが3桁を超えるようになると、ウィルの放出から魔法の効果発現まで、魔法の複雑さに比例して時間を要するようになるという。
この時間をかつては「詠唱時間」と呼び、言霊の込められた独特の呪文を唱え発動に備えていた。
この呪文は、魔法発動を早めるわけではないが、難易度の高い魔法の成功率を高め、その照準を精密にし、威力を向上させるのだという。
中でも簡単で代表的なのが、操作魔法の「ゲーテ」、炎属性魔法の「アギス」、氷属性魔法の「オルゥ」、雷属性魔法の「キリア」。
だが、時代の流れとともに詠唱の呪文は失われた。
現在は、詠唱時間はただ待つのみの経過時間となったが、魔法の回路術式が発明されたことで、詠唱に準じた効果を簡単に発揮できるジュエルが発展した。
先ほどの4つの呪文など、使用頻度の高かった一部のものは、今でも掛け声として定着している。
もし今後、私が更に消費MPの大きな魔法を修得したとしたら、発動までに時間がかかるってことか。
何か、私の魔法がどんどん戦闘向きじゃなくなってくるような……。
北レーリアへの出発前に、私はブルータウンのハンターギルドを訪れた。
討伐報告をするのと、クラン支部長と話をするためだ。
「よく来てくれました。旅は順調ですか?」
「はい。次はラザード島が目的地です。
実は、帝都ディエバでトロン・テレスタさんから、あなたの身の上話を聞きました」
私の言葉を聞いて、クラン支部長は少し顔を暗くした。
「トロン……懐かしい名だ。
そうですか。
彼の言っていたことは本当です。
私は一応これでもクラン家の当主なんですよ」
「クランさんは、帝国に戻る気はないんですか?」
「そのつもりはありません。権利もね。
今の私は一介のハンターです」
クラン支部長は悲しそうにそう言った。
これ以上の詮索は野暮だろう。
討伐報告を済ませると、血霞と不死のミノタウロスの討伐実績が認められ、「チーフ」へと私の称号が昇格した。
ハンターギルドの称号は、下から順にビギナー、エルダー、チーフ、ロード、そしてマスター。
マスターはギルド長1人だけの特別な位置付けなので、チーフはロードに次ぐ実質2番目の称号になる。
「チーフは、ハンターギルドの中でも主力となる戦力である証。
おめでとうございます。
チーフになると、各支部長クラスであるロードから『特命』として特別な依頼を受けるようになります。
丁度、昨日ガラム支部のレピア支部長から連絡がありました。
帝都の調査のために、貴方達の力を借りたい、と。
私からの特命として、この件受けてくれませんか?」
レピアからの連絡は、昨夜私の端末にも来ていた。
以前から話していた「帝都に潜む魔物」の件で進捗があったとのことだ。
「もちろんです。私の元にも連絡が来ました。
彼女を手伝います」
「ありがとう。
では、気を付けて」
翌日、私達はテレポートで帝都ディエバへ移動し、ハンターギルドのレピアを訪ねた。
「待ってたよ! 君たち!!」
「貴族区での魔物の調査が許可されたんですね?」
「ああ!
まずは貴族の邸宅を一軒ずつ訪問する。
モンロゥ家、メネラニカ家、トワ家、カスキス家、マルセス家の順だ。
それで手応えがなければ、今度は元老院にお邪魔する」
「……つーかよ。
貴族区に魔物なんて本当にいるのか?
いたら大騒ぎになってるだろ?」
「ジャック君の言い分はもっともだ。
私は人の姿を真似る新種の魔物が潜んでいると考えている。
何しろ、私は一度そいつに会っている。
会っていながら特定することが出来なかったんだ。
多分巧妙な真似方なんだろう」
「じゃーさ、そいつが魔物だって分かんのは、レピアさんだけなの?」
「恐らくそういうことになる」
レピアを入れて5人で貴族区の門をくぐる。
相変わらず、静かで綺麗な町並み。
まずはモンロゥ家からだ。
モンロゥ家の邸宅の前まで来た。
門番に事情を話し、敷地内に入る。
事前の通告を受けていた為か、屋敷ではガウスが待っていた。
「あ! あんた達は……!」
「なんだ? 君たちガウス・モンロゥと面識があるのか?」
「ええ、まあ。
ちょっとお世話になって……」
屋敷内に入れてもらったが、ガウスはずっとそわそわしていた。
彼にとって見れば、私達は疫病神だろう。
一通り屋敷を見てまわったが、どうやら異常はないようだ。
「ここじゃなさそうだな。
それらしい気配は全く感じない」
「じゃあ、次ですか?」
「ああ……ただ、1つ腑に落ちない事があってな。
私なら、貴族区に入った時点で、ターゲットのおおよその場所は分かるはずなんだ。
実際、平民区から中央門をくぐった辺りまでは、何となく気配を感じていた。
でも、今は何も感じない。
この短時間に姿をくらましたか……?」
「どうするんです?」
「……ここで考えていてもしょうがない。
次のメネラニカ家へ行こう。
そのうちまた気配を感じるかも」
メネラニカ家は、モンロゥ家の邸宅のすぐ左隣にある。と言っても、だだっ広い庭園が間にあり、結構歩くのだが。
綺麗な花の咲き誇る庭園を横目に、メネラニカ家の邸宅に向かった。
「お待ちしておりました」
メネラニカ家の邸宅前で私達を出迎えたのは、メネラニカ家当主の弟、ズワキル・メネラニカだった。
「兄は本日も体調が優れません。
代わりに私が案内を」
「気を遣わせて申し訳ありませんね、ズワキルさん」
当主イザロ・メネラニカは生まれつき身体が弱く、彼の筆頭政務官としての業務も、弟のズワキルがよく支えているらしい。
「兄の身体に障りますので、寝室周辺ではどうかお静かに」
客間に案内され、そこから邸宅内の状況を確認する。
「特に異常はなさそうだな……。
それらしい気配も感じない」
念のためイザロの寝室にも近づいてみる。
しかし、全く魔物の気配はないようだ。
「よし、次に行こう」
レピアがそう言って歩き始めた直後だった。
彼女は急に振り返り、イザロの寝室を凝視したのだ。
「な……!!」
気配がしたのだろうか?
私達は何も感じない。
「ドロシー!! 君たち4人は今すぐこの館から出ろ!!」
「急にどうしたんですか!?
魔物なら、私達も戦います!」
「そういう問題じゃなくなった!
すぐに出ろ!
館の外で10分待っても私が出てこなかったら、支部まで引き返せ!!
行け! 早く!!」
ただ事ではない……!
「騒がしいな……」
そこに痩身の男が寝室から姿を見せた。
当主、イザロ・メネラニカ。
「行けェ!! ここは私が食い止める!!」
ジャックが窓を開けた。
彼の風操作が補助してくれれば、3階からでも飛び降りられる。
私達は窓から脱出した。
外の芝生に着地し、窓を見上げる。
ここからでは内部の状況は確認できない。
大きな音もしない。
一体レピアはどうなった?
彼女のあの焦りよう……。
でも、彼女はハンターギルド屈指の強さを誇る人物。そう簡単には……。
そして、5分ほど経った頃。
レピアが扉から出てきた。
どこも怪我していない。
「レピアさん! 無事でしたか」
「ああ、お陰様でね。
とりあえず、仕事は終わった。
支部まで歩きながら話そう!」
「結論としては、イザロ・メネラニカがターゲットの魔物だった。
というより、本物のイザロは寝室で捕まっていた。
どうやら捕獲した相手からエネルギーを奪いつつ、自分は捕獲対象の外見をコピーする能力があったようだ。
もう倒したけどね」
「弱かったんですか?」
「いや、強かった。
実力では私よりも上だったかも知れないな。
だけど、初手が良くて助かった。
奴が力を発揮する前に倒すことができたよ。
私と相性も良かったし」
確かに、すぐに魔物だと見破れなければ、出遅れて致命傷を負うこともあるだろう。
「だからって、アタシらをのけ者にすることないじゃん!
アタシも戦いたかったのにさ~」
不満を垂れるメリールルにレピアが笑う。
「あっはっは!! すまん!!
だけど、奴の気配を感じたときは、本当に全員死ぬかもと思ったんだよ」
「捕まってたイザロって奴は、結局どうなったんだ?」
「無事救出できた。
衰弱していたが、治療を受ければ体力もそのうち戻るだろう。
私達、メネラニカ家から表彰されるかもな!!」
その日はそのまま拠点へと帰った。
何だか拍子抜けな1日だった……。
出番は無かったが、誰も傷つかなかったことを素直に喜ぼう。
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