第5章 Part 7 時を越えて
【500.6】
「私達の足跡をたどり、ここまで来てくれれば、あと少しです」
これは……ビジョンを使って映像を見ている私達に語りかけている?
「私は、もうじきネットワークの歯車の一部になり、人生を終えます。
その前に、私のわがままを聞いてください。
この場所に来た時点で知っているとは思いますが、私はファラブス魔導師会の一員、つまりネットワーク計画の中心人物の1人です。
私は研究者としてこのプロジェクトを完成させたいと、そう思っています。
ネットワークは、それ自体は素晴らしい発明ですから。
ですが……ここに至る経緯、つまりシェレニ村の件やストレイ師匠のことを考えると、そして今後も続く魔物の被害のことを考えると、ネットワークを存続させることが正しいことなのか、今の私には判断できません。
本当なら、時間をかけて決断を下すべきなのですが、その時間は私にはありません。
そして、制作者の立場である私には、正しい判断を下す自信がないんです。
ですから、本当に自分勝手で、傲慢だということは、分かっています。
私は逃げているだけです。
……でも、私のコピーであるあなたに託す以外、今の私には方法がありませんでした。
あなたは私のコピー。
ですから、私と同様に空間干渉魔法と時間干渉魔法が使えます。
そして、魂がマリアの肉体に定着した時点では、まだ現在の私の意志と記憶が残っています。
あなたはネットワークの管理中枢をソドム岬に移動させ、再び目覚めるための準備を行った後、忘却の薬を飲んで5年ほど眠りにつくでしょう。
その間にネットワークは世界に受け入れられるはずです。
あなたには、ネットワークが存在する世界を、私のような『作った側』でなく、それを『使う側』の立場で公平に見ることで、審判を下して頂きたいんです。
ネットワークを存続させるべきか、無くすべきかを。
その為の『忘却』です。
レオンヒル達の目を盗んで管理中枢を彼らには見つけられない場所に隠すのは、その為です。
もし、無くすべきだと判断したならば、管理中枢のコアを、私達の水晶を破壊してください。
……この映像を見たら、ネステアの地下壕に行ってください。
ネットワーク計画の影の部分が分かるでしょう。
では、健闘を祈ります」
映像が切れ、白い光の中に戻された。
やがて、現実に帰ってくる。
メリールルが私を心配している。
「ドロシー……大丈夫?」
「うん、大丈夫。
……ネステアの地下壕に行きましょう。
考えるのは、その後で」
選択肢はそれしかない。
祠にはエディ・キュリスの日記の他に、もう1冊資料があった。
魔法の発展について書かれたものらしい。
今は、一刻も早くネステアの地下壕へ行かなければならない。
この書物は持って行く事にする。
祠にいる間、時間の感覚が無くなっていたが、外はもう夜だった。
来た道を戻り、再びネステアへ。
たいまつの灯りとともに、若い男が見張りをしている。
男に気付かれぬよう、西側の門を回り込んで北西の方角から柵に近づき、破損している部分から静かに中へと入った。
地下壕はすぐに見つかった。
入り口の鍵はかかっていない。
暗く埃っぽい階段を下る。
壕の中は、祠と打って変わって蒸し暑かった。
額を汗が流れる。
ナターシャ・ベルカが私達をこの場所へいざなった理由は、すぐに分かった。
ここにも時渉石がある。
【484.6.13】
日付が現れた。
アークが発動したあの日だ。
地下壕を埋め尽くす大勢の避難者が映し出される。
その中に、若き日のマリア・フォックス、ユノ・アルマート、そしてナターシャ・ベルカの3人を見つけた。
マリアがユノとナターシャに近づく。
「マリア!」
「2人とも無事だったんだね!
良かった……」
「私達は畑にいたから、すぐに避難できたの!」
マリアは辺りを見渡す。
「シーナは!? まだ来てないの?」
「まだみたい。
そう言えばシーナ、昼から書庫の整理をするって……」
「探しに行ってくる!」
マリアはそう叫ぶと同時に、人垣を押しのけ地下壕を飛び出していた。
背後から母親らしき声が聞こえる。
「待ちなさい、マリア! マリア!!」
マリアは振り向かずに行ってしまった。
人混みに押され、母の手が空を掴んだ。
マリアの母も、マリアに遅れながらも地下壕を出て行った。
【484.6.15】
次の映像は、さっきの2日後だ。
映像には若き日のシーナ・レオンヒルと、もう1人の男が映し出された。
どうやら避難場所になっていた地下壕の後片付けをしているようだ。
黙々と作業をする2人。
やがて、シーナ・レオンヒルが口を開いた。
「やっぱり納得できないよ、父さん」
父さん、ということは……もう1人の男はシーナの父、トーマス・レオンヒル神父か。
「シーナ……。
今は黙って作業を続けなさい」
「父さん! やっぱりおかしいよ!
自然神様は私たちを幸せにしてくれるんじゃないの!?」
「シーナ。前にも言っただろう。
今我々が生きているこの状態こそが、既に自然神様に与えていただいた大いなる幸せそのものなんだよ。
我々ネステアの民はそのことを自覚し、自然神様に深く感謝しなければならないんだ」
「…………。
じゃあなぜ異教徒が攻めてくるの?
なぜマリアは死ななければならなかったの!?」
「……シーナ……」
「答えてよ! 父さん!!」
神父が作業の手を止め、シーナに向き直る。
「彼らが『幸せ』を知らんからだ。
自然神教を信じない彼らも、我々ネステアの民が導いていかねばならんのだよ。
そのためにも我が教会は布教活動を行っている。
争いを無くすために」
その時、急に地下壕の扉を開く音が聞こえた。
入ってきたのは帝国の甲冑に身を包んだ3人の男達だった。
咄嗟に神父がシーナを自分の後ろへ隠す。
「誰だ、お前達は!!?」
男達の1人が別の男に向けて話す。
「だれかいますよ。
……ん?
こいつ、確か教会の幹部ですよ!」
神父の顔に焦燥感がにじむ。
ここは地下壕だ、助けを呼んでも地上には届かない。
「お前たち帝国兵だな……。
撤退したはずでは……」
「教会の幹部なら、土産に丁度いい。
あの光の正体も聞き出せるしな」
「今すぐここから出て行け!
お前達の本国は停戦を要求しているんだぞ!」
この神父の言葉が気に入らなかったのか、兵士の1人が怒りだした。
「何が出ていけだ!
貴様らが鉱脈を独占しようとしやがって!!
それにな! この土地は150年前には俺の先祖が住んでいたんだ!!」
「そんな昔のことは知らん!
今はネステアの領地だ!!」
「ふざけんなっ!!
偽善者集団が!!
口では平和を説きながら、あれだけの仲間を殺しやがって!!」
「こらっ! 何をする!」
頭に血が上った1人の兵士と神父が揉み合いになった。
しばらく争ったのち、神父は力なく地面へと倒れ込んだ。
神父の胸を中心に赤い円が広がってゆく。
兵士の手には、血に染まった短剣が握られていた。
「父さん!!」
「おい! 何してんだ!
あまり勝手なことすると、また隊長に処分食らうぞ!」
「生きたまま連行するつもりだったのに、殺しやがって!」
仲間の兵士2人が止めに入ったが、もう遅かった。
「父さん! 父さん!」
「ほら! もう行こうぜ!」
「ハァッ……ハァッ……。
くそ……」
男達は、シーナを残して地下壕から逃げるように立ち去った。
「父さん!」
「うぅ……。
大丈夫……大丈夫だ、シーナ……」
神父は息も絶え絶えに、力なく言葉を発する。
「自然神様……。
私はネステアに生まれて……幸せでした……。
今まで……見守って下さり……ありがとうございます……。
どうかシーナを頼みます……。
この子が教えを守り……優しく……育つよう……」
「父さん!!
……父さん……」
シーナに涙は出ない。
ここ数日で涙も涸れたのだろうか。
「父さん……。
やっぱりあなたは間違ってる……。
こんな風に一生を終えて、これが『幸せ』なの!?
やっぱり自然神様は嘘つきだ……!!
だれも救ってくれない嘘つきだ……!!
神様!!
あなたを信じた結果がこれなのですか!!?
死に際の父に幸せだったと言われて……天から見つめるあなたはそれで満足なのですか……!?
……返事するわけないよね……。
だって神様なんて最初からいないんだもん……。
……この世の神はみんな偽物なんだ!!」
映像が終わり、現実へと戻される。
じっとりとした暑さが再び肌を撫でた。
光を反射してキラリと地面が光った。
鍵だ。
赤い宝石を付けた鍵が落ちている。
私達は拠点へと引き返した。
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