第5章 Part 8 自らの手で

【500.6】


 拠点へ戻り、赤い小部屋の扉に鍵を差し込む。

 扉に浮かんだ名前を見て、息を飲む。

〈シーナ・レオンヒル〉




 部屋の中は大量の資料で溢れかえっていた。

 その多くはネットワーク計画に使用された端末や管理中枢などの装置の図面、魔法回路の構造図などだった。


 紙の山の中から、レオンヒルが書いたであろう手記を見つけた。


________________ _ _

 記念すべきネットワークの完成を間近に控えている。

 興奮が止まらない。


 当初、預言者の祠でエディ・キュリスが編み出した創魂術を見つけた時と同じくらいの気持ちの高ぶりだ。


 思えばあれから長い年月が経過した。


 創魂術を知った時や、ナターシャの発現した魔法スキルが時間干渉だと知った時には、もしかしたらそれらを使ってマリアを生き返らせることが出来るかも知れない……そう思ったが、それは無理だった。


 創魂術を使うコピー元のマリアの魂は消えて久しく、時間干渉魔法で時間を遡ろうにも、現在からアークの発動したあの日までは、ナターシャのキャパシティで戻せる時間の限度をはるかに超えてしまっていたからだ。


 何とかキャパシティを飛躍的に拡張させる方法を探そうと神臓の研究に打ち込んだ。


 しかし、神臓の機能、つまり最大MPは修練を重ねればある程度は拡張されるものの、それにも個人の限界がある事が理解できただけだった。

 私やナターシャではどうやっても超えられない壁があるのだ。


 世間は私の研究成果を褒め称えたが、そんなものは何の意味も無い。


 私は考えを変えた。

 あの悲劇の原因を知ってから、私は父や教会を憎み、アークをネステアから奪った。


 私が実現したいこと、それはいつしか「偽りの神に歪められた世の中に、本当の神を自ら生み出すこと」に変わった。


 ネットワークの機能を拡張させ、女神ヴェーナを生み出すまで、多大な犠牲を払った。

 シェレニ村の民や帝国の兵士達、ストレイ、そして私自身とナターシャ……。


 だが、それでも。


 何もしない想像上の神ではなく、真に人を救う救世主をこの手で作り出すことは、どんな犠牲に代えてでも実現すべき私の悲願だ。

 喜んでこの命、捧げよう。

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 残りのページには、ネットワークシステムと女神ヴェーナに関する記述で埋められている。

 その中に、遂に「ネットワーク計画の影」を見つけた。


 端末の設計図、台座の中に埋め込まれていたもの。

 ……それは、人間の神臓だった。


 恐らくレオンヒルの字だろう。

 走り書きが残っている。


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 各端末にソフィアを分配し、それを魔法発動まで留めておくには、ソフィアの一時的な受け皿がどうしても必要だ。


 物質を透過するソフィアの受け皿に適当なものは、人間の神臓をおいて他にない。


 殺したシェレニ村の住人から取り出した新鮮な神臓に、簡易な命令で生き続ける人工的な魂を創魂術で作り宿らせる。


 そうすれば、活力の源であるソフィアを通し続ける神臓は腐ることなく活動を維持することが分かっている。


 ただ、生産できる端末の数は限られる。


 シェレニ村の住人の中で実験や試作品の作成に利用したものが27体分、残りの117体分が端末作成に使用できる神臓の総数。


 これ以上は端末を作れない。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄  ̄




 管理中枢の設計図もあった。

 回路の一部として「ナターシャ・ベルカ」「シーナ・レオンヒル」の名がある。

 魔法発動のトリガーと、ソフィアキャパシティの担い手として組み込まれているようだ。


 管理中枢は錬晶技術と2人の犠牲の上に成り立っている。


 そして、女神ヴェーナの設計図も詳細に書かれていた。


________________ _ _

 シェレニ村の一族はソフィアキャパシティ、つまり最大MPが突出して高い一族だ。


 中でも族長の1人娘、ハンナ・クラーク。

 彼女の最大MPは計測器の限界値である9999を越えていた。

 この最高の肉体を、女神ヴェーナを宿す器としよう。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄  ̄


「ハンナ……!

 やっぱりあの姿、ハンナ姉さんだったんだ……」

「メリールルの姉なのか?」

「本当の姉妹じゃないけど、姉のようにアタシを可愛がってくれてた、一番大事だった人。

 それがハンナ」


 帝都ディエバで遠目から女神ヴェーナを見た際、メリールルの様子がおかしかったのは、そういう理由だったのか。


 記述は続いている。


 ハンナ・クラークの肉体に、ストレイを操って作らせた完全に人工の魂を封入することで完成したのが、女神ヴェーナだという。


 ネットワークシステムの管理中枢と各端末の中に、ヴェーナの魂を制御する計算アルゴリズムが組み込まれている。

 ネットワークシステムとヴェーナシステムはもはや不可分の存在のようだ。


 そしていずれのシステムにおいても、魔法の発動元は管理中枢の中に埋め込まれたナターシャ・ベルカの魔法スキル「時間干渉魔法」と「空間干渉魔法」であるとも記されていた。


 そして、最後にこれらのシステムの動力源に関する記述に至った。


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 ネットワークシステムが提供する空間干渉魔法の1つ「テレポート」を活用した物資転送。

 そしてヴェーナが行う時間干渉魔法の1つ「イニシャライズ」を活用した人体蘇生。

 これらを維持するには、莫大なソフィアが必要だ。


 いくら生きている神臓が大気中のソフィアを吸収しようとも、必要量にははるかに届かない。


 こうなることは予想できていたため、アークが持つソフィア収集機能を元にしたソフィア回収装置を作り、ラザード島で独自にソフィア回収を行っている。

 システムを安定的に稼働させるエネルギーを蓄えるためだ。


 もう稼働させて5年以上経つが、経過は順調だ。

 器材のメンテナンスや突発的な中断も考慮し、常にシステム全体で消費する10日分ほどのソフィアを手元に置いておく必要がある。


 ソフィアだけを一か所に集めたところ、ソフィアも結晶化した。


 ソフィア結晶は濃い青色をしている。

 何と美しい輝きだろう。

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 レオンヒルの部屋にある資料を読んで分かったことは、これまでのいくつもの悲劇はレオンヒルが自分の手でヴェーナという神を作り出そうとし、その過程で起きたということ。


 そして、今後もネットワークとヴェーナが維持される限りは、ラザード島でのソフィア回収が継続される。

 つまり、魔物による殺戮という悲劇を、今後も生み続けるということだ。




 端末と女神ヴェーナの恩恵にあずかる人々は知らない。

 彼らの家の中にある便利な装置の中で、殺されたスティア族の臓器が脈打っていることを……。






 私達には、この数日で判明した事実を受け止める時間が必要だった。


 メリールルが立ち直ったのは、私よりも早かった。

 新しい目的――ハンナ・クラークの遺体を、女神ヴェーナから解放すること――それが彼女に力を与えている。


 私は、自分の過去と、あの日拠点で目覚めた理由が全て明らかになったものの、なかなか新たな一歩を踏み出す気になれないでいた。




 だって、理不尽だよ。


 ずっと私は、自分がマリア・フォックスで、アークに飲み込まれたマリアのその後が、今の自分に繋がると思ってた。


 でも実際は人ですらなく、ナターシャ・ベルカの魂を模して作られた、動く死体人形なんだ。




 ……何がドロシーよ。




 ナターシャ・ベルカは言った。


 自分の行いはわがままだと。

 自分勝手で、傲慢だと。


 正直、その通りだと思う。

 自分たちが始めた計画をこのまま進めるべきではないと分かっていながら、止められなかった。

 開発者の性なんだろう。


 そして、勝手に私という存在を生み出して、こんなに世界を変えてしまった後で、全ての選択を背負わせて尻ぬぐいをしろと?


 計画を進めようとしたレオンヒルも、疑問を持ったベルカも、自分達は知らぬ顔で今は結晶の中だ。


 そもそも、拠点の管理中枢を破壊したところで、決着は付くの?


 魔物発生の原因がラザード島で今なお続いているソフィア回収なら、その元となるアークが無くならない限り、いずれ同じ事が起きるかも知れない。

 それを、管理中枢だけ破壊して終わりにするなんて、こんな無責任なことってある?




 メリールルが寝室に入ってきて、私の隣に座った。


 彼女は私を説得したりはしなかった。

 ただ、ずっと隣にいてくれた。


 気付いたら私は、メリールルの胸の中で声を出して泣いていた。


 1人でいたいのに、誰かに触れていないと自分が消えて無くなってしまいそうで、怖かった。


 メリールルは、私が泣き疲れて眠るまで、そして眠ってからも、私と一緒にいてくれた。






 レオンヒルの部屋を覗いてから1週間が経った。


「みんな、待っててくれてありがとう。

 私、決心したよ。


 アークを破壊する。


 ここで投げ出すような、無責任な真似はしたくない。

 あの人と私は違うから。

 私は、ナターシャ・ベルカじゃない、ドロシーだから」




 目指すは、エルゼ王国の東の端に浮かぶラザード島。


 ネットワークと女神ヴェーナを、葬り去る。


 ~第5章 暴かれる過去 完~

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