第5章 Part 5 預言者の祠

【500.6】


「それって、血霞に変化できるってこと?」

「多分……てことは、攻撃ほとんど効かなくなるじゃん!

 最強だわアタシ!!」

「血霞になってる間は、どんな事が出来るんだ?」

「ちょっと待ってね~。

 ええと……。

 透過。霞の状態になれるってことだね。

 ドレイン。MP吸うやつか! めちゃ良いじゃん!

 視覚妨害。見えなくするやつ?

 あとは自然治癒弱化と、物理防御弱化」


 おいおい……。

 一度に覚えるスキル多すぎでしょ、と思うと同時に、こういう変化球的なスキル、メリールルに使いこなせるんだろうかと、少し不安になる。


「まー、何か使いどころ難しそうだし、龍化してる方が絶対楽しいから、あんま使わないかもねー!」


 やっぱり。




 ふと本棚に目をやると、鍵のようなものが置かれているのに気付いた。

 青銅でできた、かなり古い鍵だ。


「これは……どこの鍵だ?

 拠点の部屋のもんじゃ無さそうだぞ」

「ちょっと貸して」


 鍵を受け取り、握ってスキャンを発動する。


「多分、ネステアの南にあった祠ね。

 ほら、不死のミノタウロスの縄張りだったとこ」

「ドロシー、今のでそれ分かったの……?

 凄い能力だね、空間干渉魔法って」




 次の目的地は、ラザード島の前に預言者の祠となった。


 祠に近づくとなると、不死のミノタウロスをどうにかする必要がある。

 まだ日没には時間があるものの、奴の攻略は明日だな。


 どうやって倒すか、今日はみんなで考えよう。




 翌日の朝、早々に討伐の準備をし、ネステアまでテレポートで移動、そこから祠を目指す。


 昨日はメリールルが新たに獲得した能力の確認を行った。


 降魔【血霞】を発動させてみる。

 メリールルの身体が赤黒い煙状に変わり、基本的に攻撃はすべて無効化される。


 ドレインと視覚妨害は、能力に慣れていないせいもあり、かなり効果が限定的だった。

 特に視覚妨害は、ほとんど使い物にならなかった。


「視覚妨害魔法ってのは、確か3種類あったはずだ。

 相手の視力そのものを奪う『ブラインド』、相手に幻覚を見せる『イリュージョン』、そして、実際には存在するものを見えなくする『インビジブル』。

 一通りやって見ろよ」

「えー。いきなり言われても……」


 アーサーを実験台にブラインドを放ったところ、視界がほんの少し暗くなるだけ。

 イリュージョンは、5センチ四方くらいの小さな幻覚しか出すことが出来ず、インビジブルに至っては、発動することすら出来なかった。


 弱化魔法はそれなりに使えるようだった。


 こんな洗練されていないスキルを使うなんて、今日の討伐は大丈夫だろうか……。




 ネステアからしばらく南下したところで、祠が見えてきた。

 そして、相変わらず不死のミノタウロスが徘徊している姿も。


 私達の存在に気付くと、戦斧を振り上げて近づいて来た。


「じゃ、行ってくるよー」


 打ち合わせのとおり、メリールルが囮となるため霞化して応戦する。

 氷龍とは違い、降魔の発動自体で消費するMPは少ない。

 かなりの時間、持続できるはずだ。


「お? お?

 ……切り替えが難しいな」


 霞化している間は、メリールルも相手にダメージを与えられない。

 ナイフで斬りつける場合、相手に当たる直前に利き手だけを実体化させる必要がある。


 その切り替えに手こずっているのだ。


「今回は初めてだから、攻撃は意識しなくていいよ。

 その代わり、僕たちのサポートをよろしく」


 そう言いながらアーサーがミノタウロスの死角から斬りつける。

 一度の斬撃で与えられるダメージが以前戦った時よりも大きく上昇していることから、自分達の成長を感じる。


 与えた切り傷は、凄いスピードで治ってゆく。

 ミノタウロスの自然治癒力のせいだ。

 しかし、だんだんと攻撃を重ねていくうちに、傷の治りが遅くなる。

 メリールルが囮になりつつ、常に自然治癒弱化と物理防御弱化をかけ続けているからだ。


「よし! 攻撃が通るようになってきた!」


 私の楔とジャックの水の刃も追加し、一気に追撃をかける。

 ミノタウロスは私達の手数に対応できていない。


 逆上したミノタウロスが、渾身の力を込めて戦斧を振り下ろすが、紙一重でジャックの横を通り地面を抉った。

 ジャックは風を操りながら、ミノタウロスの斬撃の軌道をずらしている。

 発現したばかりの能力なのに、驚きの適応力だ。

 感覚は水と同じなのだろう。


「そろそろとどめだ……!」


 アーサーが流れるような5連撃を繰り出す。

 攻撃を受けたミノタウロスの身体が燃え始めた。

 見れば、アーサーの持つ双剣が、赤く光を帯びている。


「モォォォオオオオオ!!」


 ミノタウロスは牛らしい悲鳴を上げながら炎に包まれ、やがて崩れ落ちた。


 降魔を解除したメリールルに駆け寄る。

「倒した!

 やっぱり効いたね、自然治癒弱化」

「へへ~~。

 アタシのお陰っしょ」

「最後の攻撃は、何で燃えたんだ?」


 ジャックがアーサーに問いかける。


「僕も驚いてるんだけど、多分火神教の炎舞に昔から伝わる『焔纏い』って技が発動したんだと思う」

「お前、そんな事できたのかよ!?」

「さっきが初めてだよ。

 これが出来るようになると、王家では一人前って認めてもらえるんだ。

 ……父上に報告することが、1つ増えた」




 不死のミノタウロスを倒し、祠の中に入る。

 外とは打って変わってひんやりとした空気に満ちており、静かだ。

 地下に繋がる階段がある。

 下っていくと、小さな部屋に辿り着いた。


「これが祠の内部?

 鍵は要らなかったじゃん」

「ちょっと待って……」


 祠内でスキャンを発動させる。


 …………。

 この部屋の奥に、もう1つ部屋がある。

 壁面に巧妙に隠された扉があり、鍵穴が小さな戸棚で隠れている。


 この鍵穴だ。


「奥に部屋があるわ。

 鍵はその扉を開けるものよ。

 ……その前に、先にこっちを見てみよう」


 戸棚の下から2段目を開ける。

 一見何も入っていないように見えるが、天井部分に手帳が貼り付けてある。

 これもさっきスキャンで見つけたものだ。


 手帳を引き剥がし、読んでみる。


________________ _ _

402年2月7日

 キュリス様は一体何を考えていらっしゃるのか。

 祠に籠られる頻度も最近は特に多い。

 帝国による弾圧も近頃激化しているというのに。

 我々を見捨ててしまったのだろうか。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄  ̄


 誰かが記した日記のようだ。

 恐らく自然神教の教祖となるエディ・キュリスの信者だろう。


 402年、確かエディ・キュリスが暗殺される1年前だ。

 記述は続いている。


________________ _ _

402年10月13日

 久しぶりに姿を現わされたキュリス様であったが、やはり我々の指導者として独立戦争の指揮を執られる気は無いようだ。

 このままでは自然の子らは消滅してしまう。

 故郷を捨てて来た多くの民が住処を失う。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄  ̄



________________ _ _

403年6月30日

 キュリス様は再び祠へ籠られた。

 あの様子ではまた数ヶ月はかかるだろう。

 あの方が自分は元来研究者であり、他人を導くような人間ではないと仰っていたことにも納得できる。

 あの方が我々にもたらしたのは、「神は存在しない」という事実のみ。

 我々自然の子らをまとめ上げるつもりも、帝国と対峙するつもりもないのだ。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄  ̄


 神は存在しない……?

 ネステアは全てを支配する「自然神」を信じている国では?


________________ _ _

403年8月21日

 キュリス様に頼るのをやめ、我々5人の主導で独立戦争を開始しようとオーリオが言い始めた。

 私は反対だ。

 あくまでキュリス様あってこその自然の子らなのだ。

 例え我々が決起したとしても民は動くまい。

 それほどあの方の影響力は大きいのだ。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄  ̄



________________ _ _

403年11月3日

 帝国軍が我が同胞の4分の1を連行した。

 もう悠長なことは言っていられない。

 キュリス様は今日も祠の中だ。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄  ̄



________________ _ _

403年11月18日

 我々5人が先頭に立ち我々の国を造ろう、その為にはキュリス様の存在を消さなければならないとエルが言い出した。

 正気だろうか。

 キュリス様を殺して帝国に暗殺されたことにするなどと。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄  ̄



________________ _ _

403年11月29日

 我々が生き延びるには他に方法がない。

 もうやるしかない。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄  ̄



________________ _ _

403年12月3日

 キュリス様が祠を出た。

 この機を逃す手はない。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄  ̄



________________ _ _

403年12月4日

 計画を実行に移した。

 恐ろしいほど順調に事は進み、民は我々の嘘を信じ、我々をリーダーとした独立の道を受け入れてくれた。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄  ̄



________________ _ _

404年1月9日

 キュリス様亡き今、民は新たな拠り所を欲している。

 「反宗教戦争」だけでは人々を繋ぎ止める思想として弱いのだ。

 我々が共有する何かが必要だ。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄  ̄



________________ _ _

404年3月28日

 我々「自然の子ら」とは、一体何だったのだろうか……。

 火神教とソフィア教の宗教戦争に嫌気がさし、神の不在を唱えるキュリス様の元に集まったのが我々だったはずだ。

 民はそれまで信じていた己の神を捨て、宗教に頼らない生き方を選んだ。

 しかし、本当にそうなのか?


 現在の状況を考えてみると、それは単に拝む対象をすげ替えただけではないのか?


 今まで拝んでいた争いの元となる神から、神を否定し反戦を説くエディ・キュリスという一個人へと、信仰の対象が移っただけなのでは……?

 結局我々人間には、すがりつく何かが必要なのだ。

 本質は何も変わっていなかった。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄  ̄



________________ _ _

404年5月5日

 宗教を捨ててきた我々が最後に辿り着いたものが宗教だとは何と滑稽なことか。

 戦争を嫌った我々が団結して最初に行うことが独立戦争とは何と皮肉なことか。


 我々は何にも縛られず、時の流れのままに生きる、自然神教国ネステアの民。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄  ̄




 記述はこれで終わっている。


「よく分かんないんだけど……。

 どゆこと?」


 メリールルの疑問にアーサーが答える。


「恐らく、エディ・キュリスは教祖でも何でもないんだ。

 彼は宗教戦争を嫌い、神の存在を否定した。

 その考えに共感した人間達が、最終的に自立の道を歩む為エディ・キュリスを殺し、『神はいない』という彼の言葉を『我々には認知できない神』と解釈し直し、自然神教という宗教を作り上げたんだと思う」


「そっか……。

 何か、かわいそうだね」


「救われたいんだろうよ。人間はみんな」




 戸棚をどかし、鍵穴にストレイの居室で見つけた鍵を差した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る