第5章 Part 4 魔法科学者ストレイ

【500.6】


 翌朝、メリールルは元気になっていた。


「アタシが殺したんじゃないかって、心の奥ではずっと思ってたからね!

 まだみんな生きてるかも知れないし!!」


 無理をして笑うメリールルを見るのは辛い。




 再びテレポートで広場に戻る。

 朝の筈なのに相変わらず暗く、湿った空気と赤い月が私達を出迎える。


 私達はそのまま村を後にし、平野が続く大地を北へ北へと進んだ。




 そして、北限の岬の上に、ある建造物を見つけた。


 木造の物見櫓(ものみやぐら)だ。


 これが、ファラブス魔導師会のトップ、ストレイの隠れ家……。


 近づいてみると思いのほか高く、地上30メートルほど木の足場が組まれ、その頂上に小屋がある。


 ギシギシときしむ梯子を一列になって登る。

 小屋に鍵はかかっていなかった。


 扉を開け、中に入る。




 小屋の中には、誰もいなかった。


 代わりに、時渉石が浮いていた。




【492.4.2】


 聖夜の大虐殺から3年半後、今から8年前。

 そして、ファラブス魔導師会が発足した年だ。




 小屋の中には、1人の男がいた。

 30代くらいだろうか。

 机に向かって書き物をしている。


 この男がストレイだろうか。

 想像していたよりもずっと若い。


 コン、コン……。


 小屋の扉をノックする音。


「こんな場所に来訪者とは……。

 だれだ? 鍵は開いてる」


 ストレイはノックの主に問いかける。


 扉を開けて入ってきたのは、シーナ・レオンヒルだった。

 昨日の映像を思い出し、胸がざわつく。


「……あんたは?」

「私はシーナ・レオンヒルと申します。

 初めまして、ストレイ様……いや、エディ・キュリス様とお呼びした方がいいですか?」

「!? ……何者だ?

 なぜわたしをその名で呼ぶ……?」


 ストレイが明らかに警戒を強める。


 エディ・キュリス?

 自然神教の教祖のことよね……。


「今日はお願いに参りました。

 あなたの計画するソフィア対流観測システムを、私にも手伝わせて欲しいんです」


「……。

 何でも知っているんだな」

「あなたの実現しようとしていることは、恐らく1人では無理です。

 私も現代三賢者の端くれ。

 お役には立てると思いますよ?」


 ストレイはしばらく無言でレオンヒルを見つめ、何かを考えていた。


「……ふむ。

 レオンヒルさんと言ったな?

 どうも君からは危険な香りがする……。

 だが、良いだろう。

 他人の助けが必要と思っていた矢先だ。

 君にも何かしらの目的があるのだろうが、ここは協力した方が良いようだな」


「ふふふ……そういう事です。

 よろしくお願いしますね」


 ストレイの顔からは、警戒の表情が晴れることはなかった。




 再び白い光で視界が満たされ、今度は異なる日付が現れた。


【494.4.20】


 確か……ナターシャ・ベルカの部屋にあった日記の最後に書かれた日だ。

 ベルカが端末の何かしらの秘密を知った日……。




 映像に映っていたのは、ストレイとナターシャ・ベルカだった。


「師匠!! 師匠!?」


 ストレイの様子がおかしい。

 ナターシャに呼ばれ、肩を揺さぶられているにもかかわらず、全く反応を示さない。


 代わりにストレイの口から延々と同じ言葉が吐き出される……。


「わたしも2人の意見に賛成だ。

 ネットワークは、人の生活水準を飛躍させる革命的技術だよ。


 わたしも2人の意見に賛成だ。

 ネットワークは、人の生活水準を飛躍させる革命的技術だよ。


 わたしも2人の意見に賛成だ。

 ネットワークは、人の生活水準を飛躍させる革命的技術だよ……」


「師匠……誰かに操られているんですか?

 もしかして……シーナに!?

 じゃあ、会議で師匠が賛成に変わったのって……」


 ベルカの表情がみるみる曇っていく。


「師匠。

 とりあえず、ここを出ましょう。

 私が治療します」


 ベルカは、ストレイを連れて小屋から出て行った……。




 映像はこれで全て終わりのようだ。


 時渉石を起動させる前は気付かなかったが、机の上に宝石のように光るものが置かれている。

 手に取ってみると、それは拠点の小部屋の鍵だった。

 宝石は緑色をしている。


 小屋の中は綺麗に片付けられ、最初の映像に写ってた観測器具や大量の書物などは全て無くなっている。




「魔物の正体を突き止めたんじゃなかったっけ?」


 メリールルが疑問を投げかける。

 それを示すものはこの部屋には残っていないようだ。


 アーサーが答えた。

「今の映像だけでは、何とも言えない。

 一度拠点へ戻ろう」




 拠点へ戻り、5つの小部屋のうち、一番左の扉に鍵を差す。


 カチャリと鍵が開く音がした。


 またしても、扉に表示が浮かんだ。


〈ストレイ〉


 部屋に入ると、ベルカの部屋と同様に机と椅子、そして本棚が並ぶ。

 本棚にはいくつかのレポートが置いてあるのみだ。


 レポートの1つを取る。

 題名は『キャパシティと魔物について』。

 それを見た瞬間、全員の心臓の鼓動が早くなる。


 恐らくこれが、皇帝の言っていたストレイの研究成果だ。


 レポートを読み上げる。


________________ _ _

 世界の環境は危機に瀕している。

 エネルギーサイクルの論文を世に出してから、私は更なる研究を重ねてきた。

 その結果分かったのは、「ウィル・キャパシティは有限である」ということだ。


 ウィル・キャパシティ、つまり、大気中に安定して存在できるウィルの総量。

 それは今まで無限であると信じられてきたが、とてつもなく大きいというだけで、決して無限ではない。


 そして更に驚くべきことに、大気中に存在するウィルがここ数年でキャパシティの限界を越えてしまったということも判明した。


 その証拠が魔物の存在である。


 私は魔物を形作る構成要素を分析し、魔物の組成の99%以上がウィルで出来ていることを発見した。

 つまり魔物とは、ウィル・キャパシティを越えて増加してしまったために大気中に存在できなくなり結晶化したウィルそのものなのである。


 食塩水に例えると、大気は水、ウィルが食塩であり、塩分濃度が上昇しすぎて飽和状態となり、沈殿した食塩の結晶が魔物というわけだ。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄  ̄


「結晶化したウィルが……魔物だって?」


 アーサーが驚きの声を漏らす。

 まだ記述には続きがある。

 読み進めるしかない。


________________ _ _

 ならばなぜ、キャパシティを超過するほどウィルが増加したのか。


 私は当初、激化する戦争を背景とした魔法の使用頻度の上昇が原因だと考えていたが、それは増加要因全体の中で微々たるものでしかなかった。


 本当の原因は、489年頃から特に顕著になった大気中のソフィアの減少にある。

 これに気付いたことが、世界規模のソフィア観測を考えた原因だっだ。


 ごく最近判明したことだが、ウィルはソフィアに囲まれた状態でないと安定して大気中に存在できない。

 つまりウィル・キャパシティとは定数ではなく、ソフィアとウィルの存在比率で表され、この比率が乱れ、ソフィアに対してウィルが過剰になると、ウィルが大気中で不安定となり結晶化する。


 先ほど食塩水における水を大気と例えたが、厳密には水に当たるのはソフィアなのだ。

 ソフィアという「水」の中に、ウィルという「塩」が溶けているのである。


 ここ数年のソフィアの急激な減少は、自然に起こったとは考えにくい。

 何かしらの人為的な原因があるのではないか。


 ウィルの結晶体である魔物が最初に発生したのは、北レーリア大陸の東に位置するラザード島だと聞く。

 ラザード島の周辺で何かが起きているのは間違いないだろう。


 それにしても魔物がウィルの結晶だという事実は非常に興味深い。

 人の心の産物がウィルならば、その結晶は人の意志や空想、深層意識等を反映していると考えられる。

 そこまで考えると「人の心」の結晶が狂暴であり人を襲っているとは……人間とは何と業深き生き物なのだろう。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄  ̄




 記述は以上だった。


 魔物の正体がウィル……今いちピンと来ない。

 だが、ジャックには思い当たる節があるようだ。


「そうか……。

 おい、このレポートの内容は、多分真実だぜ!

 メリールルの症状を思い出してみろ。

 帝都で医者のマイルズに何て言われた?」


 確か、神臓のフィルター機能が正常に働いておらず、体内にソフィアとウィル、両方が入り込んでいると……。


 あ……!


「そう、メリールルは普通人間が遮断しているウィル、つまり魔物の構成要素をソフィアと一緒に取り込んでいたって事になるだろ?

 それを使って降魔を発動してんだよ」


「あー。そういうこと?

 それ、何となくアタシの中のイメージとも一致するわ~」


「魔物が最初に現れと記録があるラザード島に行けば、ウィルが減少した原因が分かるかも。

 その原因を解決すれば、魔物はいなくなるかも知れない……!」


 アーサーにとって、これは大きな希望だ。


「ん~~?」


 降魔の説明を聞いて自分のインジケーターを見ていたメリールルが、変な声を上げた。


「どうしたの?」


「何かさ~、知らないうちに新しいスキル覚えてる。

 降魔【血霞】だって」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る