第5章 Part 3 虐殺の広場

【500.5】


「ジャック、きみなの? この風は……?」

「ああ……。

 ようやく分かってきたぜ」

「分かったって?」

「俺の能力さ。

 水だけじゃねえ……風も操れる。

 水や空気、要するに流動体に魔力を加えると、意図した方向に動かせる!

 こりゃスゲえ!!」


 ジャックが腕のインジケーターを確認する。


「やっぱりだ!!

 俺の本来のスキルが表示されてる!

 『フローコントロール』

 つまり、ものの流れを操る能力だ!!」


 風が逆巻き、血霞の拡散を阻む。

 次第に赤黒い色が濃くなってゆく。

 ジャックが血霞を一か所に集めようとしている。


「ドロシー、お前の『壁』は、自由に形を設定できるんだよな!?

 俺の言ったとおりに作ってくれ!!」




 ジャックが要求したのは、円柱の側面のような形の壁。

 直径30センチ、高さ1メートル。

 筒状にし、一方を地面に突き刺して垂直に立てる。


「よし!

 今からこの筒の中に奴の煙を押し込める!

 密度が高くなりゃ、いずれは物質化するはずだ。

 そしたらメリールル、お前がとどめを刺せ!

 そんぐらいの体力はあんだろ!?」


「あるに決まってんでしょ!

 コイツはアタシがブチ殺すんだ!!」


 ジャックによって赤黒い煙が集められていく。

 次第に円柱の内部の赤色が濃くなる。

 見ると、下の方から血の塊のように、物質化し始めてきている。


「もうちょいだ!

 全部集まる……。

 いいかドロシー、メリールルの薙ぎ払いが当たる直前にアイソレートを解除だ!」


「ええ、分かってる!!」


 メリールルが再度右腕を龍化させる。

 しかし、目が見えていないままだ。

 これじゃ上手く攻撃が当たらない。


「そうだ! スキャン!」


 周囲の空間の状況を掌握する。

 前方に筒に押し込まれつつある血霞。


 それを、メリールルにも伝えられるはずだ。

 テレポートやビジョンはみんなと共有できている。


「分かった! ドロシー、こっちだね!?」


 メリールルが盲目のまま筒を認識し、狙いを定める。彼女にも届いているようだ。


「行くぞ!

 3……2……1……ゼロ!!」


 メリールルが渾身の斬撃を繰り出す。

 爪が壁面に当たる直前に、アイソレートを解除する。


 血霞の柱を5本の爪が粉砕しながら切り裂いてゆく。


「ギャァァァァアアア!!!」


 耳をつんざくような悲鳴とともに、周囲に張り詰めた不気味な緊張感が解けていく。


 血霞はシューシューと音を立て消えていく……いや、メリールルの方へと流れていく。


「何だこれ……?」


 メリールルが血霞の残骸を吸収しているように見える。

 彼女に異常はない。


「何だおい、お前大丈夫なのかよ?」


「大丈夫だよ!!

 変な目で見るんじゃねーー!!」


 メリールルの視界も正常に戻ったようだ。




 周囲の暗さが少し和らぎ、墓場の奥が見通せるようになった。

 広場への道が続いている。




 広場へ着くと、そこには不自然に草が盛り上がっている場所がある。


 ちょうど広場の中央付近に時渉石が浮かんでおり、その周囲を広く取り囲むように大きな円周を描いて、地面の草や苔が他よりも成長している。




 時渉石を前にして、しばしの沈黙。


 恐らく、この時渉石にメリールルが知るべき情報が映っている。


「いい? 起動するよ?」


 メリールルがうなずく。

 私は時渉石に触れ、ビジョンを発動した。




 久しぶりの、この感覚。


 周囲が光で満ち、目の前に数字が現れる。


【488.10.15】


 12年前、あの事件の日だ。

 姿は見えないが、すぐ横でメリールルに緊張が走ったのを感じる。


 数字に触れる。


 やがて、かつての広場の景色が映し出された。そこは、村人で溢れかえっていた。


「いつまで俺達を拘束するんだ!」

「何の権限で、こんなこと!!」

「横暴だ!」

「今日は年に1度の神聖な日なのに!」

「ママーー。お家に帰りたーい」


 シェレニ村の村人が広場に集められている。

 人混みにメリールルの姿はない。


 村人達の一団の周囲を、20人ほどの武装した人間が包囲している。

 さっき円周状に草が盛り上がっていた辺りだ。


 装備を見て分かる。

 こいつらは帝国兵だ。


 正面に立つ兵隊の長らしき男が叫び命じた。


「お前達、静かにせんかっ!!」


 すかさず村人達の代表らしき老人が答える。


「ワシらはやましいことはしておらん。

 それを何の通告もなくこの暴挙……。

 理由をお聞かせ願いたい!」

「そうだ! いい加減にしろ!」

「俺達が何したってんだ!」


「わかった!

 わかったから静かにしろっ!

 我々の行動は、元老院筆頭軍務官殿の直々のご命令なのだ!

 我々も細部は知らされておらず、戸惑っている。

 間もなく、筆頭軍務官殿がお見えになるはずだ!!

 それまで大人しく待て!!」


 村人からの怒号はいくらか収まったものの、不満と戸惑いのざわつきは消えない。




 しばらくして、甲冑の上に黒いローブを羽織った男が現れた。

 男の表情は優れない。

 兵隊の長が男を発見し、報告する。


「マルセス様、お待ちしておりました!」

「……うむ。

 村人全員、揃っているか?」

「はい。

 村を隅々まで探しました。

 これで全員のはずです。

 それより、今回の措置は、一体どういう事です?

 村人達は混乱しています」

「……黙れ」

「は?」

「黙れと言っているのだ!

 お前達は命令通り動いていれば、それで良い。

 ……クソッ……頭が割れそうだ……!」




「準備できたみたいですね」


 若い女の声だ。


 筆頭軍務官の背後から現れた女は、広場の景色を見渡した。


「ご協力に感謝しますよ、マルセス様。

 それにしても、これだけですか?

 ざっと150人……村1つって、こんなものでしょうかね」




 私達は、この女を知っている。


 ……シーナ・レオンヒルだ。


 年齢は……10代後半といったところか。

 なぜ、魔導師会のメンバーがここに?


「やっと来たか……。

 全てお前の言うとおりにしたぞ!

 早く頭痛と耳鳴りを止めてくれ!

 頭が……頭がおかしくなりそうだ……!!」


「ええ。それでは……」


 レオンヒルが前方の村人達に向け、右手を掲げる。

 すると、村人達は1人残らず浮き上がり、空中で固定された。


「な、何だ!? 体が浮いてる?」

「怖いよーー、ママーー!!」

「体が動かん……!!」


 村人達が喚くものの、レオンヒルは意に介さない。


「彼らをどうしようと言うんだ!?」

「ふふっ、あなたが心配することではありません。

 さて、残りは用済みですね……」


 今度は左手を前方に構えた。


 ゴシャッ!! ベキッ!!

 ビチャビチャビチャ……。


 地上に残っていた兵隊達が突然その場で押し潰され、血と肉塊に変わる。


 兵士たちの立っていた場所に、大きな円を描くように赤い血の跡が描かれた。

 何てむごい……。


「な……何ということを……!!

 貴様……タダでは済まんぞ!!」


 筆頭軍務官は、部下の血にまみれながら、地べたに顔を押しつけている。

 この男も見えざる何かで拘束されているのだろうか。


「その姿勢で言われても、滑稽なだけですよ?

 そうですね……全員が失踪してしまうと、首謀者が他にいるってことがあからさまですから。

 マルセス様、あなたには帝国に戻ってから、『発狂して自殺』してもらいますよ」


「ああぁあぁぁ頭がぁぁあああ!

 頭が割れる……!!」


「では、ご機嫌よう」


 終始顔色を変えることなく、レオンヒルは宙に浮く村人達を引き連れ、どこかへ去って行った。


 広場には、血の海と、マルセスの叫び声だけが残った……。




 映像はここで終わっている。

 再び白い光が満ち、やがて収束した。




「つーことは……。

 シーナ・レオンヒルが聖夜の大虐殺の黒幕ってことだよな?」

「そういう事だろうね。

 ただ、あの様子では、村人の皆さんは亡くなったとは限らないよ。

 どこかで監禁されている可能性もある」

「メリールル? まだ望みはあるわよ……」


「うん……。分かってる。

 でも、あの映像に母さんや父さんも……」




 連れて行かれたシェレニ村の人たちは無事であって欲しい。

 だがあの映像には、短いながらもシーナ・レオンヒルという女の冷酷さと狂気が明確に映されていた。


 楽観的な想像をする余地の残されていないほどに。




 広場の奥には空渉石があった。

 今日は一度戻ろう。


 空渉石を登録し、拠点へと飛んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る