第5章 暴かれる過去

第5章 Part 1 北東へ

【500.5】


 皇帝への謁見から2日。

 私達はシェレニ村跡地探索のための準備を進めている。


 クロウラーを倒した討伐報酬120ゴールド、そこからスラムで手放した分を差し引いた70ゴールド。


 坑道で取得した良質な水晶を、例によりアーサーの錬晶によりジュエル化し、売却した分の売り上げ62ゴールド。


 これらを資金として、各人の装備や消費アイテムなどを購入する。




 私は、「フローティング」と「オートガード」の自動実行補助のついた魔動盾を新たに購入した。

 戦闘中は周囲に浮かせ、敵からの攻撃を自動的に防いでくれる。

 自動実行補助のジュエル付きなので、消費MPもお手頃だ。

 あとは操作の出力次第で強力な攻撃もガードできる。

 27ゴールド50シルバー。




 メリールルは、消費魔力減少と魔力回復速度上昇の効果が付与されたジュエルを購入。

 このジュエル、かなり効果が強力なようで、装備するだけでメリールルの戦闘継続時間は2倍以上に延長された。

 42ゴールド。




 アーサーは、エルゼ王国の工房が造った渡来製で、「ギア・ストリーム」という名前の新たな双剣を、店頭で一目惚れし、購入。

 持ち手部分の内部に歯車仕掛けの重心移動機構が埋め込まれており、剣を振るう動きに合わせて重心が適正位置に移動、重量と遠心力により斬撃の威力を増しつつ、持ち主には重さを感じさせない精巧な作りになっている。

 39ゴールド75シルバー。




 ジャックは、猛毒の入ったカプセルを多数購入。

 水の操作魔法と相性が良く、毒が効く相手であれば、一発で戦闘不能にできる。

 50カプセルで合計12ゴールド。


 その他、純正品のネクタルなど消耗アイテムをいくらか購入し、余ったお金は端末の料金と貯蓄に充てた。




 帝都からシェレニ村跡地の間には、広大な砂漠地帯、「コトノヴォ砂漠」が広がっている。


 このエリアにも魔物が存在する。

 最も厄介なのが、サンドビーストだ。

 サンドビーストは群れで行動し、獲物を見つけると集団で襲いかかる。


 特に脅威なのが、その移動速度だ。

 徒歩移動の人間は目をつけられたが最後、確実に彼らに追いつかれ、仲間を呼ばれ餌食になる。


 今回は、皇帝が特別に魔力補助付きの馬車を用意してくれたので、往路だけ乗せて貰うことにした。


 恐らくシェレニ村にも空渉石はあるはずなので、辿り着きさえすれば、帰りはテレポートが使える。






 5月30日の朝、私達は馬車に乗って帝都を出発した。

 帝都に合計9日間も滞在することになるとは当初は思っていなかったが、この9日の間に私達は大きく答えに近づいた。


 そしてその答えが、シェレニ村を越えた先、ガラム大陸の北限にある。




「ヒッヒッヒ……よろしくねぇ」


 馬車を操るのは、魔導師のヨボヨボのお婆さんだった。

 名をフィオナ・アヴェレタという。

 失礼だが、どう見ても「フィオナ」って外見ではない……。

 フィオナ……。


「準備はいいね? じゃ、行くよ!」


 フィオナ婆さんの合図とともに、馬車が動き出した。

 次第に加速していく。


 ……というか、予想よりはるかに速い。

 魔力補助って、こんなに凄いの!?


 聞けば、この婆さんなかなかの熟練者で、フローティング(物体を宙に浮かせる)、筋力強化(馬の)、体力回復(馬の)、意思疎通(馬と)、慣性調整(馬車の揺れ防止)など、同時にかなりの種類の魔法を正確に発動させ、それを長時間持続できるらしい。


 これには同じく輸送を生業とするジャックも舌を巻いていた。

 俺もまだまだ、とのこと。




 青空と砂丘だけの永遠と続く景色が、高速で後方にすっ飛んでいく。

 気持ちが良い。


 お喋り好きなフィオナ婆さんと、道中話をした。


「砂漠を移動することって、よくあるんですか?」

「昔は砂漠と帝都の往復が主な仕事じゃったけど、今はほとんど……ホイッ! ……ないよ」

「昔はなぜ砂漠に?」

「この辺の砂漠にはなぁ、隕石が沢山落ちておるんよ。

 その隕石……ホイッ! ……にはな、良質な武具や剣の材料になる隕鉄って素材が含まれとるんじゃ」


 婆さんが時折はさむ「ホイッ!」は、魔法を制御する際に発する何らかのかけ声であるらしい。


「昔は隕鉄や流砂の中の水晶目当てに、みんな砂漠を歩き回ったもんだで。

 でものぅ……最近はサンドビーストが人間の匂いを……ホイッ! ……人間の匂いを嗅ぎつけて、すぐ集まって来よる。

 命がいくつあっても足りんて」


「でも、馬車がこれだけのスピードが出るなら、サンドビーストも撒けますね」

「どうかのぅ……。

 あやつらも速いからのぅ……」




 コトノヴォ砂漠を北北東へ縦断するルートをひたすら走る。

 景色は変わらない。


 帝都を出発して30分が過ぎた頃、フィオナ婆さんが叫び声を上げた。


「おっほぅ!! 来よったぞ!

 サンドビーストじゃ!」


 進行方向左斜め前。

 遠くに微かに黒い点が見えるらしい。


 この婆さん、視力も普通じゃない。


 遮蔽物はない。

 目が良ければ、索敵は容易なのだろう。


 しばらくして、ようやく私にも視認できた。

 灰色の犬のような狐のような魔物が、一直線にこっちに向かってくる。


「よっしゃ、戦闘準備するか!

 相手は動物系だ。

 用意した毒が効くだろ」


 ジャックが水筒の蓋を開け、ポーチからカプセルを取り出す。




 サンドビーストは、四つ足で流れるように砂上を走りながら、常にこちらに視線を向けている。

 やがて、一声吼えた。


「アオォォーーーン……!」


「仲間を呼びよったぁ!

 お主ら、早く何とかせえッ!」


 ジャックがカプセルを少量の水にくるみ、いくつか空中に浮かせている。

 サンドビーストが砂を一蹴りし、馬車に向けて飛びかかった。


 すかさずジャックが水中のカプセルを割り、サンドビーストめがけて水ごと飛散させる。


「ヴ……! ウォォォーー……!」


 サンドビーストは煙を立てながら転んだ。

 たちまち馬車との距離が離れていく。


「よっしゃあ!! 次はどこだ!?」


 後方から1体、正面から2体、左後方から2体。

 合わせて5体が急速に接近してくる。


「クソッ! 多いな!

 援護頼む!」


 ここは操作魔法の出番だ。

 楔と魔動盾を取り出し周囲に配置する。


「正面の2体は任せた!

 俺は後ろをやる!!」


 2体のサンドビーストが真正面からこちらに突っ込んでくる。

 魔動盾を前方に配置し、両脇から楔を射出する。

 私の攻撃に気付き、1体はジグザグに走り方を変え、もう1体は右側に逸れていく。

 正面のサンドビーストが飛び上がる。


「そこ!!」


 飛び上がった相手の腹部に向け、楔を撃ち込む。

 当たった……!

 腹を楔が貫通した。

 1体目が悲鳴を上げ馬車の上に落ちてくる。


「うわっ! ぶつかる!!」


 魔動盾を左から右へ横殴りにぶつけ、落下するサンドビーストを、右から来るもう1体に向けて落とす。


 右側のサンドビーストの注意が逸れたところで、横っ腹を目がけて楔を撃ち出す。

 しかしサンドビーストはヒラリとかわし、馬車の車輪部分に噛み付こうとした。

 1体目のサンドビーストが後方に転がってゆく。


 2体目のサンドビーストの首元を光がかすめた。

 アーサーの短剣だ。

 ずるりと首が胴体を離れ、地面に落下する。

 胴体はそのまま潰れるように転がり、砂煙とともに見えなくなる。


「ありがとう!」


「方向を変えるぞぃ!!

 左じゃ! ……ホイッ!」


 婆さんが叫んだ。

 どうやら後方の3体もジャックが処理したようだ。


 新たに2体のサンドビーストの影が右側方に見える。

 だが、脱落する仲間を見て、追撃を諦めたようだ。


 しばらくすると、見えなくなった。




 ハンターのライセンスを見る。


 討伐記録は1体のみだ。

 ということは、アーサーが倒した奴だけ?

 最初の1体に与えた腹部の傷は致命傷にならなかったのか。


 やはり、大陸北部の魔物は南部と比べものにならないほど強い。




 その後も何度かサンドビーストの襲撃に見舞われたものの、何とか回避し目的地へと進み続ける。

 もうかれこれ10時間くらいは走っている。

 婆さんのMPは尽きない。


 日が沈み、月明かりだけになった。




「あの、休憩しないんですか?

 ずっと走りっぱなしですが」


「このくらい大丈夫じゃよ。

 止まったら魔物に囲まれるからのぅ。

 何かあれば起こすから、お前さん達は寝ときな」


 結局婆さんは、休息をとることなく翌日の昼まで走り続けた。




「そろそろじゃよ。

 だんだん暗くなってきたじゃろ?」


 フィオナ婆さんがそう告げたのは、昼下がりの時間帯だった。

 まだ太陽は高く砂丘を照らしている。


 しかし周囲の景色は、進めば進むほど暗く、闇に溶け込んでいった。


 いつの間にか太陽は見えなくなり、天に赤い月が昇っている。


「この先がシェレニ村じゃ」


 先ほどの砂漠の景色とは打って変わり、背の低い木々と苔のような植物が地面を覆っている。


「おい、婆さん。

 何で暗くなったんだ?」

「シェレニ村に籠もった怨念深き魔力のせいじゃよ。

 誰かさんが村人を皆殺しにするからだのぅ」




 村一帯を取り囲む木製の柵が見える頃には、周囲はすっかり暗くなっていた。

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