第4章 Part 9 謁見
【500.5】
数日後、運営本部のガウスから連絡があった。
何とか皇帝へ謁見のアポを取ったと。
謁見の日程は明日の昼。
その日の夜、いつもはすぐに寝てしまうメリールルが、珍しく私に話しかけてきた。
「アタシさあ、今まで、あんたに会うまでは、ずっと逃げてきたんだ。
大虐殺のあった日、アタシは直前に意識を失って村の中で暴れて、地下牢に隔離されてた。
今思えば、龍化の前触れだったんだけど。
意識が戻って、地下牢から外に出ると、広場は血の海で、生きてる人間はアタシ1人だった。
怖くなったんだよ。
もしかしたら、無意識のうちにアタシが村のみんなを殺したのかも知れない。
そうでなかったとしても、噂のとおり、帝国兵が虐殺したならアタシも狙われるかも。
だから、すぐに帝国を離れて、エルゼ王国に移り住んで、ずっと自分の生い立ちを隠して怯えながら生きてきた」
そんなことを思っていたのか。
今まで誰にも言わずに。
「アタシが殺したんじゃないって証明したいから、真実を探ろうとも思ったけど、同時に……凄く怖かった。
でも、森であんたに会ったあの日、性懲りもなくあんたを殺しかけたことを知って誓ったんだ。
この先絶対に……ドロシー、あんたを守る。
そして、もう逃げないって」
「メリールル……」
「あんたと一緒にいたら、勇気が出てきてさ。
アタシ1人だったら、怖くて絶対にできなかった。
皇帝への謁見なんて。
まあ、アタシ馬鹿だから、そもそも1人じゃ無理だけど……へへへ」
「……だから、ありがとう。
お休み」
翌日、できるだけ綺麗に身なりを整え、私達は宮殿に向かった。
ガウスの先導に従い敷地の門をくぐる。
そこから巨大な噴水と、木々に囲まれた広大な庭があり、宮殿の扉はずっと奥に見える。
手入れの行き届いた庭とスラムの光景をどうしても頭の中で比べてしまう。
やがて、宮殿に到着し、小さな部屋でしばらく待たされたのち、謁見の間へと通された。
大勢の近衛兵が部屋の両脇に整列している。
赤い絨毯の上で、深々と頭を下げる。
程なくして、皇帝シガマナル・トワが現れた。
ゆっくりと歩き、玉座に深く腰を下ろす。
「面を上げてくれ、旅の者たちよ」
近くで見ると、年齢はまだ40代半ば程度だとわかり、驚いた。
眉間に刻まれた深いシワと、白髪の混じった頭部。
広場で遠目に見たときには、老人という言葉が相応しい印象だった。
「ファラブス魔導師会の人間について、知りたいそうだな」
皇帝は、いきなり核心に触れた。
とりあえず代表として、私が応対する。
「はい。
ネットワーク計画に関する情報を集めているうちに、皇帝陛下が魔法科学者ストレイとお会いになったと伺いましたので」
「…………。
俺が、何故お前達からの謁見を認めたか、分かるか?」
「? ……いえ……」
「お前達4人の名前を見て、何より驚いたからだ。
メリールル・ビゼー。
その苗字にな」
「アタシ……?」
メリールルは、怒りと恐怖の狭間で震えそうになる拳を、必死に握っている。
「ビゼー。お前、シェレニ村の生き残りだろう……?
あの日、失踪した人間のリストに、ビゼーという苗字の一家があったこと、覚えている」
「失踪……?
今、失踪って言ったの?」
「そうだ。
……12年前のあの日の事を、少し話すか」
皇帝は大きなため息をつき、語り始めた。
「シェレニ村の生き残りであるお前に対して話すことだ。
真実のみを語ると誓おう。
俺は、シェレニ村の一族虐殺の命令を出してはいない。
部隊が動いたことを知ったのは、事が起きた翌日だ。
報告を受けた。
筆頭軍務官が率いる部隊が夜のうちにシェレニ村を攻め、そして帰ってきたのは筆頭軍務官ただ1人であったと」
兵隊が帰ってこなかった?
「当時の筆頭軍務官、つまり我が国の軍の長は、マルセス家当主ビスティ・マルセス。
俺は奴を呼び出し、経緯を聞こうとした。
すると、マルセスは、元老院で首を吊って死んでいた。
そこで、状況を確認するためにシェレニ村に改めて調査部隊を派遣したのだ。
調査部隊がシェレニ村で見たものは、すり潰し、引き千切られたような無残な死体の山と血の海だった」
「広場のその光景は、アタシも見た……。
今でも眼の奥に焼き付いてる」
「そうか。
だが、意外なことが分かった。
死体の山を供養のために持ち帰り、詳しく調べたところ、それらは全て、帝国兵の死体、つまりあの日シェレニ村に進軍し、帰らなかった者達のものだと判明した。
シェレニ村の民は、跡形もなく姿を消したのだ」
「姿を……消した……。
じゃあ、今はどこに……?」
「分からん。
手を尽くして調べたが、何も分からなかった。
シェレニ村の民がどこへ消えたのか、あの日何が起きたのか、そもそも、何故マルセスは、軍を率いて村を攻め、後に自殺したのか。
手がかりすらもつかめなかった」
「……そう……」
「逆にお前に聞きたい。
何か知らぬか?
あの日、血の海の他に、お前は何を見た!?」
「知らない……!
アタシだって、目が覚めたら全ては終わってた……」
「そうか……」
沈黙が流れた。
メリールルは青ざめ、肩を震わせている。
そっと、彼女の手を握った。
「む……。
そう、お前達が知りたがっていたのは、ストレイの件だったな」
皇帝は、メリールルへの問いをやめ、話を変えた。
「ちょうどシェレニ村の事件と同じ頃だった。
ストレイが血相を変えて俺の元に直訴に来たのは」
「直訴……? 何をです?」
「魔法の使用を今すぐやめさせろ、と。
ストレイが言うには、それまで無限だと信じられてきた世界のウィル・キャパシティは、実は有限であり、しかもその限界に近づいている。
その原因は魔法の使い過ぎによるウィルの過放出だとな」
ウィル・キャパシティは、ソフィアに還元されるのを待つウィルが、大気中に存在できる限界量のこと。
確かに魔法の手引きにも無限であると書いてあった。
ジャックは驚きを隠せない。
「ウィル・キャパシティが有限……?」
「そうだ。
そしてこのまま魔法を使い続けると、大気中のウィルがウィル・キャパシティの限界を超えてしまう。
そうなると何が起きるか分からない。
だから大気中のウィル濃度が下がるまで魔法の使用を控えろ、と言うのだ。
あの頃はエルゼ王国との戦争中だったからな。
魔法を使わないわけにはいかなかった。
操作魔法の発明以来、陣地を構築するにも、物資を搬送するにも、全て魔法の力に依存しなければならないからな。
残念だが、国家というものは世界の安寧よりも自国の国益を優先するのが現実だ。
それが国の存在意義だからな。
そう言って断ると、相当焦り興奮していたのか、ストレイは暴れ始めた。
最終的に我々は彼を捕えようとしたが逃げおおせ、世間では反逆罪で指名手配ということになった」
「成程……。
そのような経緯が」
確か、『現代三賢者の謎』にも、そんなことが書いてあったような。
「重要なのはここからだ。
実はその3年後に、俺はストレイと会っている。
それも、シェレニ村の事件についての調査の最中に、だ」
「……!!」
メリールルが反応し、顔を上げる。
「ここから北東方向にあるシェレニ村、その更に北。
この大陸の北限だ。
そこでストレイらしき男を発見したと、調査部隊から報告があり、俺は急ぎその地へ向かった。
彼は俺と決別したのち、北限の地で研究を続けていたという。
その頃から世界に現れ始めていた、魔物とは何か、それを解明するための研究をな」
「魔物について、ストレイは研究していたんですか?」
アーサーが聞き返す。
「そうだ。
そして彼は、魔物の発生とウィル・キャパシティの限界には関係がある、もう少しで解明できると、俺にそう言った。
俺は彼を追放したかつての自分の愚かさを呪ったよ。
彼の言葉に少しでも耳を傾けていればと後悔した。
我々の無知なる行動が、世界を新たな混乱に突き落としたのだと」
そこまで話し、皇帝は水を一口飲んだ。
「俺は、ストレイにそれまでの処遇を詫び、再び帝都に住むよう打診したが、断られた。
ソフィア対流の観測に適した北限の地で研究を続けることが、彼の希望だったのだ」
「それで?
その後どうなったのです!?」
アーサーが必死なのも当然だ。
彼が探し求めていた魔物の発生原因に、あと一歩まで迫っているのだから。
「それっきりだ。
それからも魔物の被害は拡大し続け、かつてシェレニ村と呼ばれていた場所は魔物の温床となった。
現在、我々は魔物から帝都を守ることで精一杯の状況だ。
とてもストレイと接触できるような余裕はないのだ。
そうして時間が過ぎるうちに、ストレイはネットワークを生み出し、またどこかへと消えた。
俺には、彼の不名誉を晴らすため、現代三賢者として彼の業績を再評価することくらいしか出来なかった」
「ならば、我々が。
北限に赴き、ストレイが辿り着いた事実を確かめます。
もしかしたら、メリールルの同胞たちがどうなったのか、情報が得られるかも知れませんし」
「……そう言ってくれるか。
俺からも依頼したい。
よろしく、頼む」
皇帝は、深々と頭を下げた。
私達は、皇帝のサイン入りの「シェレニ村跡地探索許可」を受け取り、宮殿を後にした。
~第4章 憎悪と祈りの都 完~
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