第4章 Part 7 ファラブス運営本部

【500.5】


 翌日、私達は貴族区の中にあるファラブス運営本部を訪問した。


 物々しいレンガ造りの建物の入り口には、番兵が立っている。


「何か用か、お前達?」

「端末のユーザーのドロシーと申します。

 ファラブスの代表の方に、お話を伺いたくて参りました」


「何だあ?

 ガウスさんに用か?」

「ガウス?

 ファラブスの代表はストレイという人ではないんですか?」


「はあ? お前何言ってるんだ?

 ガウスさんに用がある訳じゃないなら、帰った帰った!!」


「ちょっと待って下さい!

 この運営本部にストレイ、ユノ・アルマート、ダルク・サイファー、誰か1人でもいませんか?

 どうしても会いたいんです!!」


「だからファラブス運営本部の長はガウス・モンロゥさんだって言ってんだろが!!

 他の2人も知らねーよ!!」


「どういうこと……?

 ファラブス魔導師会のメンバーは、もういないの……?」


「……しょーがねーなー。

 ちょっと待ってな。

 上司に聞いてくるからよ」


 門番は建物の中に入っていった。


「どういうことだろう?」

「分からん。

 門番の男が下っ端過ぎて、中にいる人間の事を知らないんじゃねえか?」


 確かにそれは考えられる。




 しばらくして出てきたのは、さっきの門番ではなく、高貴そうなローブを身に纏い口髭を蓄えた別の男だった。


「貴様ら!

 その3人の名前、どこで聞いた!!?」


 なぜか男は顔を真っ赤にして怒っている。


「どこで……?

 ブルータウンのル・マルテルさんから……」

「!!……あの男め……!!

 ええい、こうなったら、貴様らには消えてもらう!!」


 男がいきなり杖を振り上げた。


 杖が降ろされる前に、アーサーの短剣が男の喉元でピタリと停止する。


「僕たちは戦いに来たのではありません。

 事情を説明して下さい。

 そんなに怯えている理由も」

「ひいいいっ!!!」


 戦って勝てぬと察したのか、男は急に卑屈になり、命乞いを始めた。

 とりあえず、建物の中に入れてもらおう。




「私はガウス・モンロゥと申します。

 ファラブス運営の責任者をやっております。

 どうか……命だけは……!!」


 小物。そんな表現が似合う男だ。


「だから殺すなんて最初から言ってませんよ、私達は。

 話が聞きたいだけなんです」

「ハヒィ!!

 何でも聞いて下さい!!」


 ここまで態度が変わるとはね。

 じゃあ全部聞いてしまおう。


「現在のファラブス運営と、かつてのファラブス魔導師会の関係性、そしてファラブス魔導師会のメンバー5人が現在どうしているのか、それを教えてください」


「私は、ファラブス魔導師会の者たちから運営責任者という役職を与えられただけの人間だ!

 本当はネットワークの事などよく知らない!」

「もうちょっと分かるように説明してください。

 あなたは魔導師会の人間から役目を引き継いだ、ということですか?」


「少し違う。

 私はネットワーク計画の完成前、その可能性に気付いた帝国で唯一の人間だった。

 だから彼らから情報を貰い、私が発議者となって元老院にネットワーク計画のガラム帝国での大規模な展開を申請し、許可させたのだ。

 全世界にネットワークシステムが普及する第一歩となった。


 それからしばらくして、魔導師会の彼らは私に運営責任者を任せると言ってきた。

 だからここ――管理中枢の外の部屋――で運営本部として事務作業を指揮している」


「要するに、ネットワークの運営を任されたんでしょ?

 同じ事じゃないですか」

「全然違う!

 私に与えられた権限は、ネットワーク上の事務手続きだけなんだ。

 実際に管理中枢への立入も許可されていないし、ネットワークのメンテナンスやシステム的な管理は今でもあいつらがやっている。

 私はただの飾りなんだ!!」


「ということは、この奥の部屋にファラブス魔導師会のメンバーがいると?」

「彼らはここにはいない。

 彼ら自身の端末から管理者専用の特殊な信号を出して、このシステムをコントロールしている。

 恐らく、それぞれが自身の研究拠点にいるんだろう」


「ファラブス魔導師会のメンバーが、どの場所の端末からアクセスしているか、分かるんですか?」

「それは分からない。

 ネットワークシステムは、ハッキング防止のため、管理者専用の信号や、管理中枢の場所などが、通信履歴を追っても辿れないようにカモフラージュされている。

 ソフィアに情報を乗せて飛ばすんだが、そのソフィア自体を解析しても、情報の中身は全く読み取れないようになってるんだ。

 だから、情報の流れを見ていても、どれが管理者専用の信号で、どれが一般の商取引なのかすらも、解析することは出来ない仕組みになっとる」


 それじゃどうしようもないな……。


 私とガウスのやり取りを聞いて彼の返答にイライラしたのか、ジャックが怒り始めた。


「ハッキング防止ってよぉ……。

 つい昨日、皇帝暗殺のためにハッキングされたばっかじゃねえのかよ!」

「だから、今私は忙しいんだ!

 元老院に色々な報告を上げなければならないからな。

 どちらにせよ、さっき言った理由でハッキングの経路など分からんがな。

 ただ、広場の端末が不正コードを使用したとしか思えん挙動を見せたのは、間違いないだろう」


 これ以上この男からは情報は得られそうにないか。


「そう言えば、何で最初、いきなり襲いかかって来たんですか?」

「私がお飾りだと知られたくないからな……。

 あくまでネットワークを牛耳る人間だと、元老院には信じ込ませている。

我がモンロゥ家がこの国でのし上がるために」


「じゃあよ。

 俺たちに今のやり取りを喋らないで欲しければ、ファラブス魔導師会のメンバーの居場所を知ってそうな人間を教えるんだな!」


 ジャックが交換条件を突きつける。


「現在の居場所など……あ」

「ん?」

「いや、しかし……」

「何だよ。早く言えよ!」


「……。

 皇帝陛下が一度ストレイにお会いしたと言っていた……」

「ほ~う?

 よし、なら皇帝へ謁見がしたい。

 ガウス、お前何とかしろ!」


「そんな無茶な!!

 招かれざる外部の人間になど、お会いになるものか!

 殺されそうになったばかりだぞ!!」

「それを何とかすんのがお前の役割だ。

 今の自分の肩書きを維持したいのならな」




 私達はガウスに皇帝陛下への謁見の調整を約束させ、運営本部を出ることにした。


 だが、何か引っかかる……。


 一度建物から出たものの、どうしても確かめたくて引き返す。


 本当にこの建物の中に、彼らはいないの?


「何だ、もう話は終わったではないか!?」

「やっぱり、見せてください。

 管理中枢を」


「ダメだ、私ですら許可されていないのだ!

 扉の鍵はかかっているし……」


 何でだろう?

 自分でも分からない。

 こんな強引なことをするのは初めてだ。


 私は楔を1つ起動させ、管理中枢へと通じる扉の鍵穴に向けて撃ち込んだ。


「やめてくれ!!」


 ガウスが叫ぶ。

 気にせず扉をこじ開け、管理中枢へ繋がる通路を進む。

 奥に重厚な扉が見えてきた。この先だ。




 ガチャリ。ギィィーーー……。




「……あれ?」


 そこには、何もなかった。




 もぬけのカラ。

 ただ巨大な四角い空洞があるだけで、魔導師会のメンバーはおろか、ネットワークの管理中枢自体、そこには存在していなかった。


 私達以上に驚いていたのが、ガウスだった。


「何故だ!? 何故なにもないんだ!!」


 ネットワークは正常に機能している。


「ねえ、これ……」


 この建物に入ってから初めて口を開いたメリールルが、空間内部の壁面を指さして言った。




 管理中枢のあるはずの部屋の壁面は、一様に切り取られたかのような断面をしている。


 ……灰色のレンガだ。




「拠点の外壁と……同じ……?」


 もしかして、管理中枢とは、私達の拠点のこと?


 思いつくのは、大きな紫色の水晶。

 そしてその中に埋め込まれたシーナ・レオンヒルとナターシャ・ベルカ……。




 取り乱すガウスを放置して、私達は外へ出た。

 空渉石へと急ぐ。




 テレポートで拠点へ戻り、水晶のある大部屋へ。

 変わらずそこに鎮座する、2つの紫色の水晶。

 初日のあの日以来、怖くて部屋に入りもしなかった。




 恐る恐る水晶に近づき、手を近づけてみる。


 すると、水晶に触れる直前で、掌のあたりに四角い光の画面が浮かび上がった。


 何か表示されている。


〈ファラブスネットワークシステム   〉

〈管理中枢自己診断          〉

〈  情報交換機能・・・・・・正常  〉

〈  物資流通機能・・・・・・正常  〉

〈  観測システム・・・・・・正常  〉

〈  行動アルゴリズム・・・・正常  〉

〈システムオールグリーン       〉




 間違いない。

 この2つの水晶が、ネットワークシステムの管理中枢だ。




「まさか、これがネットワークの心臓部だったとはな……」


 私達に広がる驚き、そして、得体の知れない不安……。




「あのさ……。

 実はさっき運営本部の空洞の中で、こんなもの拾ったんだ……」


 アーサーの手の中にあったのは、小さな鍵だった。

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