第4章 Part 6 皇帝と神

【500.5】


 私達が教会本部から外に出たときには、既に事は起きた後だった。


 巨大な血だまりと、その中心で横たわる皇帝。


 皇帝の周囲にも、恐らく近衛兵だろう、何人かは倒れている。


「陛下!! 陛下!!」


 側近達が必死に介抱する中、皇帝シガマナル・トワは、その場で息絶えた。




「何故、このような事態を許したのです!?

 近衛兵は何をしていたのですか!」


 さっきとは打って変わって怒りの表情を浮かべ、筆頭神務官ダラリアが兵隊達を叱責している。


「申し訳ありません!!

 しかし、賊は広場すぐ近くの公衆端末周辺から急に出現しました。

 警備の手が間に合わず……」


「公衆端末から?

 もしかして、噂に聞く『端末の不正操作』ですか?

 物資でなく、人体を転送するという……」


 端末で人体を転送?

 そんなことは不可能なはず。

 端末の物資流通機能では、人間の転送にプロテクトがかかっており、実行できなくなっている……。


「ダラリア様。

 以前ガウスが申していました、盗賊ギルドと名乗る犯罪者集団による不正コードの1種を、賊は使用したのかも知れません。

 運営本部への事実確認と、端末の解析が必要です」




「賊を捕まえたぞ!!

 やはり、スラムのレジスタンスの連中だ!!」


 声のした方を見ると、そこには昨日スラムで会ったレイダー・ノーチスと、その取り巻き数人の姿があった。


 捕縛され、引きずられるように衛兵の前へ連れて来られた。

 既に殴られたようで、レイダーの顔が赤く腫れている。

 が、彼は勝ち誇ったように笑みを浮かべていた。




「貴様!! 名を名乗れ!!」


「へへへ……俺は……レイダー・ノーチス」


「何故、このような凶行に手を染めた!!?」


「お前らには分からねえだろ……。

 スラムで生きる……俺たちの苦しみは……」


「質問に答えぬか!!」


「貴族共は……全員死ねばいい……」


「もうよい!! 罪状は明らかだ!!

 ここで首をはねる!!」


「人生の最後に悲願が叶った……。

 金をくれたあいつらには感謝するぜ……」




 処刑が始まった。

 赤い布で顔を覆った執行人らしき大男が巨大な斧を持って現れた。


 レイダー達は一列に並べられている。


 執行人は、列の一番端に移動し、一直線に並ぶレイダー達に狙いを定める。


 おもむろに斧を振り上げ、彼らの首元ではなく、足下の地面に向けて振り下ろした。




 ガンッ!!




 地面のタイルが割れる音が響く。

 見ると、一列に並んだ5人全員の首が胴から離れている。


 広場は再び血の海に染まった。




 処刑が終わり、皇帝の亡骸を丁重に布でくるむ姿に、周囲の人だかりからむせび泣く声が聞こえる。


 罪人達の首と胴も、麻袋に入れられようとしている。




 にわかに、周囲の人間がざわつき始めた。

 彼らは天高く見上げている。

 一点を指差している者もいる。


 視線の先には、暖かな光とともにゆっくりと地上に降りゆく、有翼の女性の姿があった。


 女神ヴェーナだ。


「何だ……あれは……?」


 ダラリアやトロンは呆然としている。

 アーサーやメリールル、ジャックも見るのは初めてなのだろう。

 同じようにただヴェーナを見つめる。


「女神ヴェーナです……」


「あれが……!」




 ヴェーナは地上に降り立つと、注目する全ての者に対して話しかけた。


「人は罪を犯します。

 その罪は、憎しみを生み、悪意の連鎖を生みます。

 人の犯した罪は、私が被りましょう。

 連鎖を断ち切るために」




 ヴェーナは両手を広げ、その手を皇帝とレイダー達に向けた。


 刹那、閃光が広場を走る。


 皇帝の腹部に開いた穴は消え、レイダー達の首は胴に戻っていた。


 正に、奇跡だ。




 誰ともなく、その場に居合わせた者たちが、ヴェーナに向けて膝を折り、祈る姿勢を取る。




 皇帝が眼を開いた。


「陛下!! ご無事で……!」


 歓声が上がる。


 皇帝は立ち上がり、女神ヴェーナに近づいた。


「あなたが、女神ヴェーナか……?」


 ヴェーナは黙ってうなずく。


「感謝します。

 ……1つだけ、問いたい。

 貴方は……ソフィアに流れる神の意志の使い、なのですか?」


 ヴェーナはゆっくりと答えた。


「そう思って頂いても、構いません。

 争いが、無くなるのなら」


「おお……。

 何てことだ……」


「ただ、皇帝シガマナル・トワ。

 貴方に頼みたいのです。

 彼らを、お許しください」


 ヴェーナはレイダー達を指して言った。


「レジスタンスの者たちの、反逆の罪を許せと……?」


「そうです。

 敵意の連鎖を、ここで止めるのです。

 私は、その為に来たのですから」




 如何に皇帝といえども、逆らえるはずはなかった。

 皇帝は、レジスタンスへの罪の不問、帝国内でのヴェーナ崇拝の許可、そしてスラムの民の段階的な平民区への移住をその場で宣言した。




「話の途中でしたが、続きを話す必要はないようですね」


 ダラリアが静かにそう言った。

 アーサーは、涙を流していた。


 その中で、別の感情をもってヴェーナを見つめる者が、ただ1人。


 メリールルは、ひとときも目を離さずヴェーナを凝視し、ヴェーナが空へと消える直前に、何かを小さく呟いた。


 私には、聞き取れなかった。






 外部からの来訪者ということで、私達も軽い取り調べを受けた後、夕方には解放された。


 昨日にも増して、疲れを感じる1日だった……。




 貴族区からの帰り際、トロンから興味深い話を聞いた。

 エルビス・クランについてだ。


「六大貴族……つまりトワ家、マルセス家、メネラニカ家、カスキス家、モンロゥ家、クラン家のことですが、その末席であるクラン家は、現在貴族としての立場を剥奪されています。


 クラン家の当主は、ハンターギルドに在籍の皆さんなら知っているかも知れません、エルビス・クランという人です」


「エルビス・クラン!?

 南レーリア支部の支部長の名前です!」


「そう。

 彼は本来クラン家の当主。

 ガラム帝国建国の名家の血を引いているのです」


「なぜ、貴族の地位をなくしたんですか?」

「120年以上昔の話です。

 クラン家はエディ・キュリスという南部出身の平民の男を、その優秀さから引き立て、養子として迎え入れました」


「エディ・キュリス……。

 確か、ネステアの自然神教の教祖……?」


「そうです。

 元老院の一員となったキュリスは、その後どういう経緯か分かりませんが、元老院の職を辞し、大陸南部、つまり今のネステアに戻りました。


 キュリスは当時、神などいないと周囲に盛んに言っていたようです。

 それがどういう訳か自然神教の教祖となり、彼が暗殺された後、大陸南部は独立戦争を開始して、最終的に自然神教国ネステアとして独立しました。

 クラン家は大陸南部独立の原因となったキュリスを育てた責任を問われ、罰として六大貴族としての地位を失ったのです。


 それでも私が子供の頃は、貴族区に彼らの家がありました。

 私は若い頃のエルビスさんに遊んでもらった事もあります。

 しかしエルビスさんは、突然この国を抜け出し、行方知れずとなりました」


「何があったんですか?」

「分かりませんが、直前に事故により父上と最愛の奥様を亡くされたようです。

 悲しみのあまり自暴自棄となり、全てを捨て、放浪の旅に出たと言われています。


 エルビスさんがいなくなった後、クラン家に残されたのは彼の実母であるロアナさんのみで、やがてクラン家は平民区に移住させられました。

 最近ロアナさんの体調がよろしくないのが気がかりです……」


 クラン支部長は、そんな過去を背負っていたのか。

 立ち振る舞いからは、全く感じさせなかった。




 陽も落ちた頃、やっと私たちは拠点へと戻った。


 ……今日は早く寝よう。

 明日は、大事な一日になる。

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