第4章 Part 4 光と影

【500.5】


「初めまして、僕はアーサーと言います。

 僕たちは旅人。

 これまで世界各地を旅してきました」


「そうですか……こんなご時世に、さぞ大変だったでしょう。

 私は元老院で神務官をしております、トロン・テレスタと申します」


「僕は各国の宗教観に興味があるんです。

 そこで、いくつか質問よろしいでしょうか?」


「そのためにいらっしゃったのですか。

 素晴らしいことです。

 どうぞ、お掛けになって下さい」


 ひとまず、怪しまれたりはしてないようだ。




「それで、質問とは?」

「はい。

 僕たちは、この国に来るまで、各地でヴェーナ崇拝が民衆の支持を集めはじめている様子を目にしてきました。

 この国の国教は、当然ソフィア教。

 教会の皆さんは、ヴェーナ崇拝をどのように捉え、考えていますか?」


「なるほど……。

 非常に重要な、そして悩ましい問題です。

 アーサーさん、あなたのその質問で、あなたの信ずるものに対する真摯な態度をうかがい知ることができます。

 我々ソフィア教会は、今まさにそのことで頭を抱えているのです」


 トロンは、身を前に乗り出して言った。


「この世界に顕現した実体を持つ神、ヴェーナ。

 その奇跡を目にしたものは、ヴェーナに対する信仰心が生まれるのも無理はありません。


 実際、この帝都の周辺でも魔物に襲われた民をヴェーナが救ったという話はいくつか聞いています。

 それに引き換え、我々の信ずるソフィア教は、言わば国の象徴であり、在り方そのものです。

 我々の神が地上に降り立つことはありません。

 どうしても、民を惹き付ける力は、ヴェーナ崇拝に劣ります。


 現在、この帝都に住まう者は、ソフィア教徒以外存在しません。

 悲しいことに、皇帝陛下はヴェーナ崇拝者を帝都の民と認めないのです。

 しかし、それはあくまで「表向き」です。

 ソフィア教徒の中に、実際は隠れてヴェーナを崇拝している者もいるはずなのです」


「なるほど。

 では、ソフィア教会としては、ヴェーナ崇拝者をどうすると?」


「そこが問題なのです。

 現在神務官の会議でも意見が割れていまして……」


 このトロンという人、相当なお人好しだな。

 こんな得体の知れない旅人の私達に、国の信仰に関わる内情を話すなんて……。

 いい人そうなことは間違いないんだけど。


 アーサーは会話を続ける。


「もしかして、今までどおり排除するという意見と、ヴェーナ崇拝をソフィア教に取り込む、という意見ですか?」


「お察しのとおりです。

 私はどちらかというと後者なのですが、反対意見も根強くて」


「そうでしょうね。

 伝え聞いた話では、女神ヴェーナは魔法の力により人々を救済しています。

 対して、ソフィア教は魔法の源泉そのものにソフィアという神を見出した宗教ですね。


 そうなれば、魔法の力は全て大気中に込められた神の意志の結果だと言え、女神ヴェーナの行いも全て、ソフィア教の神の意志が現れたもの、つまり、ヴェーナ自体がソフィアの使いであると言えなくもない」


「そうです。

 しかし、その理屈には1つ大きな問題がある。

 ヴェーナ自身がソフィアの使いであるという論理を否定する可能性があるという懸念です。

 いまだ誰も彼女の意志を確認したことはありません」


「僕もそれには同感です。

 ……1つ、あまり大きな声では言えませんが、僕は女神ヴェーナに対して疑問を抱いていることがあるんです」


「疑問……? 何でしょうか?」


 少し思い悩む素振りを見せた後、アーサーは切り出した。




「女神ヴェーナは、本当に神なのか、という疑問です」




「どういう意味です?」


「僕が聞いた女神ヴェーナの姿は、若い女性で、背中に羽を生やし、超常的な魔法で人の傷を癒やす。

 時には死んだ者の蘇生までも。

 いまだかつて死者を蘇生させた人間はいなかった。


 でもこれは、もしかしたら人間にもできることなのかも知れません。


 魔法の発達した現在、様々な手段で「奇跡」を演出することが可能になりました。

 僕は、女神ヴェーナは、神を自称する1人の人間なのではと、疑っているんです。


 僕が言いたいのは、ヴェーナに対して何らかの判断を行う前に、もっと調査をすべきだということです」


 ……そんなことを考えていたんだ、アーサーは。

 私には、女神様に見えたんだけど……。




「アーサーさん。

 私は感激しました。

 是非、私の上司と意見を交換して頂きたい!」


 アーサーが喋ったことが本心なのか、トロンに取り入るための方便なのかは定かでない。


 ただ、トロンはちょろかった。




 私達は、明日の午後再度教会を訪れ、そこから貴族区の教会本部に行き、筆頭神務官、つまりガラム帝国の教会組織の長と面談する約束を交わした。






 教会を出た後、まだ夜までには時間があったので、スラムの状況を一度見ておくことになった。

 アーサーの希望と、危険そうな場所に行ってみたいメリールルの賛同によるものだ。


 通行証を持って東門から外に出る。


 東門はコトノヴォ砂漠に面しており、東門からの景色は、あたり一面の砂の陰影のみ。

 脇に目をやると、城壁に接してひしめき合うようにボロ家が乱立している。

 門から出てきた私達がスラムに近づくと、家々の窓や扉が一斉にバタバタと閉まってゆく。


 歓迎されていないのだ、私達は。


 窓が閉まらなかった建物が1軒だけあった。

 近づいてみると、それはこの町の「ヴェーナの語り部」だった。




 入ると、20人ほどのみすぼらしい服装をした男女が、女神ヴェーナの奇跡を記した壁に向かって必死に祈りを捧げている。


「何だ、あんた達は」


 語り部の代表らしき人間が問いただす。

 途端に、祈りを捧げていた彼らはこちらを一瞥し、すぐにゾロゾロと出て行ってしまった。


「あんた達に怯えて、みんな出て行ってしまったじゃないか」


 残ったのは、私達に話しかけた語り部の男と、もう1人。

 フードを被った茶髪の若い男だ。


「すみません。

 驚かすつもりはなかったんです」


 そんな言葉も、彼らには意味の無い弁明だろう。

 フードを被った男は、その奥から鋭い視線を私達に浴びせかけている。


「ディエバの人間じゃないな……?

 どこから来たんだ?」


 フードの男がはじめて喋った。

 声からも、メリールルやアーサーとそう変わらない年齢だと推測できる。


「私達は、ブルータウンからここまで旅をしてきました。

 この国の状況を知りたいんです」


「…………ついてきな」


 フードの男はそれだけ言うと、ヴェーナの語り部を後にした。

 男が向かったのは、スラムの最も奥、他と外見は変わらない小さな建物だった。


 男は無言でドアを開ける。


「この下だ」


 建物の中には、地下に通じる階段が隠してあった。


 導かれるままに階段を降りると、そこには建物自体の2倍ほどの広さを持つ空間があった。

 十数人のスラムの人間がたむろしている。


 唐突に、フードの男が口を開いた。


「あんた達、ブルータウンから来たと言ったな。

 俺たちに協力してもらいたい」

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