幕あい Part B-2 どれだけ時間がかかっても

【484.6】


 家から地下壕までは、歩いて30分くらいの距離がある。

 丁度ナターシャの畑の近くだ。


 私達親子が到着する頃には、地下壕は避難民で溢れかえっていた。

 入り口付近からナターシャとユノがこちらに近づいてくるのが目に留まる。


「マリア!」

「2人とも無事だったんだね!

 良かった……」

「私達は畑にいたから、すぐに避難できたの!」


 マリアは辺りを見渡す。

 シーナがいない。


「シーナは!? まだ来てないの?」

「まだみたい。

 そう言えばシーナ、昼から書庫の整理をするって……」

「探しに行ってくる!」


 そう叫ぶと同時に、私は人垣を押しのけ壕を飛び出していた。

 背後から母さんの声が聞こえる。


「待ちなさい、マリア! マリア!!」


 私は振り向かない。

 人混みに押され、母さんの手が空を掴んだ。




 地下壕を出て、景色の変わり様に一度立ち止まる。


 空が紅く染まっている。

 どこかで火の手が上がったのだろう。

 額を大粒の汗が伝う。教会へは、急げば10分ほどだ。

 意を決し、走り出す。


「シーナ……!

 あの子、集中すると周りが見えなくなるから。

 まだ教会に居るかも知れない」


 教会へ戻る道すがら、誰ともすれ違わなかった。

 既に地下壕に集中しているのだ。

 そういえば、地下壕には大人の男達はいなかった。

 教会が結成した自警団は、今どこにいるのだろう……?




 教会が見えてきた。

 火の手はまだ遠い。

 教会の大扉を開け、叫んだ。


「シーナーーー!?

 シーナ、いるのーーー!?」


 返事はない。

 教会の中は、外の喧騒が嘘のように静まりかえっている。


 とにかく建物の中を探してみるしかない。

 確か書庫は2階だった。

 力を振り絞り階段を駆け上がる。


 2階もまた、人の気配はない。

 突き当たりの右側が書庫だ。そのまま書庫に駆け込む。


「シーナ! ……いない……」


 書庫の中にも、親友の姿はなかった。


 しばしその場に立ち尽くしていると、突然、1階の大扉が軋み開く音が静寂を破った。


「ここが教会だ!」

「くそっ!! 何で誰も居ないんだよ!?

 ネステアの連中はどこへ隠れた!?」

「教会関係者がまだ残っているかも知れん!

 見つけ次第捕獲しろ!!」


 教会の1階部分からは、兵隊の足音と、そこら中をひっくり返す騒音が聞こえてくる。

 彼らはやがて2階にも上がってくるだろう。

 これだけ探してもシーナはいないのだ。

 もうとっくに避難しているかも知れない。

 ……ならば、今は自分の身を守らなければ。


 この教会は、南側が塔のように高くなっており、狭い螺旋階段を登ると3階部分がある。

 大人しか入ってはいけない、そう昔から言い聞かされてきた。塔の最上階は教会の聖域なのだ。


 そこに隠れてやり過ごそう。






 時を同じくして地下壕では、マリアの思いをよそに、レオンヒル神父に連れられて壕に到着したシーナがナターシャ達と再会していた。


「シーナ! 無事だったのね?」

「あれ? マリアは?

 マリアは一緒じゃないの?」


 戸惑うユノに、シーナが答える。


「マリア? 会ってないけど……?」

「マリア、シーナを探しに教会まで戻ったんだよ?

 今頃もう着いてる頃だわ!」


 その言葉を聞いて、シーナの顔色が変わった。


「私、教会に戻る!!」


 入り口に向かって走り出そうとするシーナを、レオンヒル神父が止めた。

「ダメだ! 危険すぎる!

 シーナ、ここにいなさい!」

「でも、マリアが……!」

「教会はダメだ! 今は近づけない」


 神父に押さえ込まれたシーナは、へなへなとその場に座り込むしかなかった。


 そしてその数分後、地下壕の明り取りから突き刺すような白い光が、まるでこの世の終わりのように壕内に降り注いだ。






 光からおよそ1時間後。


 教会内で倒れているマリアが発見され、自警団の男達が1階のベッドへと運んだ。


「マリア……! マリア……!!」


 シーナが泣きながらマリアの肩を揺さぶっている。

 白いベッドの上で、紺色の髪が力なく揺れる。

 マリアは目覚めない。


 ベッドの周囲には、シーナの他にナターシャとユノ、マリアの父、レオンヒル神父、その他数人の男達が黙したまま立ち尽くしている。


 町で唯一の医者であるガーベラが、マリアの容態を観察する。




 しばらくして、ガーベラが重い口を開いた。


「残念だが、マリア・フォックスは既に死亡している」

「死亡って……一体どういうことですか!?」

 シーナはマリアを抱きかかえながら、医師に聞き返した。

「外傷はない。だが心臓が止まっている。

 恐らく死後1時間」


 ガーベラ医師は、努めて冷静を装うものの、その声は微かに震えている。


「何で!? 傷1つついてないのに!」

「すまない……。何もしてやれない」

 ガーベラ医師は、シーナの顔を見ずにそう答えた。


「嘘だ……嘘だよ……。

 マリアが死んじゃうなんて……」






 夕方になっても、シーナ達3人はマリアの側を離れなかった。

 シーナがぽつりと呟いた。

 誰に言うでもなく、自らの心に刻み付けるように。


「絶対に諦めない……。

 どれだけ時間がかかっても……私がマリアを……!」

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