第2章 老練の怪物

第2章 Part 1 圧倒的筋肉

【500.4】


 南レーリア大陸の実に3分の1を占める広大な森林地帯、イブリス大森林。


 迷路のようにくねる獣道を東側に抜けたその1キロほど南東に、エルゼ王国南部で今や最も安全だといわれる町、ブルータウンがある。


 南レーリア大陸南東の沿岸部に位置し、町中を横切るルビネ川と港湾施設を有する、水の町ブルータウン。


 低い石造りの塀で囲まれたこの静かな町は、北西の大陸中央部をレーリア地下道で、東のガラム大陸を海路で結ぶ交通の要衝としてかつて発展した。


 魔物の被害が深刻化した以降においては、魔物が最も弱い地域として衰退を免れている。




「到着~~。

 イェーーーイ!!」




 日の沈む前の青と茜のグラデーションの下、ブルータウンの西門で歓声を挙げたメリールルとドロシー。

 2人は4月20日朝、日の出前に拠点を出立し、実に4日間にわたる徒歩移動、そして戦闘を経てようやく目的地に到着した。


 魔物の脅威が絶えず付きまとう現代において、本来野宿は自殺行為であり、それ故人々は徒歩による長距離移動を諦めた。

 魔力補助付き馬車は存在するものの、大森林の中を通行することはできず、そもそも貧乏人である2人に手が届くはずもない。

 いくら魔物が弱いとは言え、残りMPを気にしながら戦闘し、交代で仮眠を取り、常に緊張を緩めることのできない旅路……。


 たった2人で踏破できたのは、正に奇跡であった。




 良かった……無事に着いて。


 道中、分かったことが1つある。

 メリールルが非常に好戦的だということだ。

 彼女はみんなと変わらないと言うが、私から見ると、好んでリスクを冒し、戦う相手を求めているように感じる。

 テンションの変わりようが激しいというか、後先を考えないというか……。




 大きな西門を形作る石には、

「ようこそ、自由の町 ブルータウンへ!」

 と刻まれている。


 門をくぐるなり、メリールルが叫んだ。

「食いもんーーー!

 何か食わんと死ぬーーー!」

「分かった分かった。

 まずは宿を確保しよう?

 そこで晩御飯出してもらえるかも」


 綿密な準備を重ねて今日という日に臨んだものの、既に満身創痍だ。

 すぐ目の前に宿屋がある。ここにしよう。


 ……と、宿屋の軒下に見慣れた物を発見した。

 2つ目の空渉石だ。


「やった。

 メリールル、空渉石があるよ!

 テレポートで拠点に戻れる」

「え? 何? どれ?」

「ほらあそこ。

 宿屋の入り口の左にあるじゃない」


「……何もないじゃん」


 メリールルには見えていない?

 半透明だけど確実にそこにあるのに。


 もしやと思い、メリールルを空渉石の前に移動させ、触れさせてみる。


 すると、空渉石を彼女の腕が透過した。

 メリールルには見えていないし、触れもしないのだ。


 次に私が触れてみる。

 同期するだけ。

 テレポートはまだ発動させない。


 ブンッ


「おわ!! 何だこれ!?

 拠点にあるヤツ!」


 メリールルがそこで初めて空渉石を認識する。

 認識すると、彼女でも触れるようになった。

 それでも、道行く通行人には依然として見えていないようだ。


 だんだん分かってきた。

 まず、同期されていない空渉石を認識できるのは、空間干渉魔法の素質がある私だけ。

 そして、メリールルだけは私の同行者として、私に同期された空渉石だけは認識できるようになる。

 それ以外の人間には触れることさえできない。


 私の予想だが、この仕組みは拠点にも共通している。

 だから誰にも見つからないのだ。




 一度テレポートの検証のために、拠点に戻ることにした。

 空渉石に触れ、魔力を込める。

 瞬時に周囲が暗闇に変わった。

 接続空間へのテレポートに成功。

 これ使うの少年に会って以来だな。


 触れている空渉石の1メートルほど左に、もう1つの空渉石がある。

 今度は左の空渉石に触れながら、再度テレポートを発動する。


 画面が切り替わるように、音もなく灰色レンガが現れた。


 よし! 帰ってきた!

 行きは4日、帰りは4秒。


 作業部屋に入ると、端末の台座に数日分の食材が積まれている。

 ……しまった。

 不在設定にしてから出発するの忘れてた。


 端末の所持金欄を確認する。


 -27.75DG。


 はい。そうですね。

 利用料金発生してますもんね。


 何とかしないとなあ。

 貧乏状態を克服するためには、節約が必要だ。

 私は必死にメリールルを説得し、宿屋は使わず、拠点で食事と休息を取ることにした。


「旅ってのはさ……。

 その場所その場所のウマい物食べるから楽しいんだよ?

 ドロシーあんた全然分かってないよ」


 メリールルのテンションを急落させてしまった。

 気持ちは分かるけどね。


 食事を終え、再びブルータウンへ戻る。

 通行人がいたので、話しかけてみた。

 ヨボヨボの婆さんだ。


「私達この町初めてなんですけど、情報を収集するには、どこに行けばいいですか?」

「情報?

 そうさねぇ、すぐそこの本屋さんなら調べものには最適さ」


 本屋?

 何か方向性がズレてる気がするけれど、まあいい。

 とりあえず行ってみよう。




 宿屋の2つ隣の建物。

 「蒙昧堂書店」と看板が出ている。


 入ると、若い女性が店主のようだった。

 本屋で私の素性は分からないだろう。

 この際だからネットワークについて情報を集めてみるか。


「ネットワークについて、もしくはここ最近の出来事が載っている書物はありますか?」

「あら、小さなお客さん。

 そういう本はあまり無いんですよ。

 魔法関連のものは多いんですけど。

 強いて言うなら、『世界歴史書』ですね」


 歴史書かー……。

 欲しいものと全然違うぞ。


 重厚な2冊組の本を店主が奥から持ってきた。

 焦げ茶色の堅い表紙に、金色の文字で「世界歴史書  J.アルマート」と物々しく記されている。


「あ、でも、ネットワークに関する記述はありませんね。

 この本が書かれたのは、ネットワークが普及する以前ですから」

「魔物とか、女神ヴェーナについては記述ありますか?」

「ないです。

 それらは全て、この10年以内の出来事なので」


 んーー。


「ちょっとここで読ませてもらう事って、できます?」

「ごめんなさい。売り物なので……。

 あ、でも、安くしますよ?

 1ゴールド、いや、98シルバーでどうですか?

 久しぶりなんです。

 端末からではなく、直接お店に買いに来てくれた人」


 じゃあ読ませなさいよ。


「今なら上下巻セットで、あと、この本の作者についての噂が書かれた、こちらの『現代三賢者の謎』って冊子もオマケでお付けしますよ!」


 なかなか商魂たくましい姉ちゃんだな。

 売れ残りを寄せ集めてるだけなんじゃないの?




 買った。

 現金を持ち合わせていないが、端末宛てに送って貰えば、料金はDGとして端末に請求されるようだ。

 借金し放題。


 ついでに聞いてみる。

「この町で一番物知りな人って誰ですか?」

「それは間違いなくル・マルテルさんですよ。

 ご存知ありませんか?

 商人ギルドの長をやっておられる」

「ル・マルテル!?

 ……あのメールの送り主か!」


 今のところ、少年カイに次いでイメージの悪い人。


 ていうか、買取り料の安さとか、利用料金の高さとか、文句言ってやろうかしら。

 でも、商人ギルドの長ともなれば、顔も利きそうだし、色々情報も持っているだろう。


「住宅街に入ってひときわ大きな建物が、商人ギルド本部です。

 すぐに分かると思いますよ。

 ただ、いきなり見ず知らずの人間が出向いて、お話して下さるかどうか……」


 何それ面倒くさいな。


「何とかなりませんか?」

「そうですね。

 あまりお勧めはしませんが、彼の顔馴染みがこの町にいます。

 ジャック・フラーレンという男です。

 彼に仲介を頼めば、マルテルさんも断らないでしょう。

 しかし、フラーレンはギャンブル狂で、いつもどこかをブラブラしているのです。

 どこにいるかは、私にも分かりません」


「ギャンブル狂……。

 確か、この町にはカジノがありましたよね。

 明日探してみます」


 書店の店主にお礼を言って別れた。






 私は、今日はもう休んで明日ジャック・フラーレンを探そうと提案した。

 だが、メリールルが人捜しを面倒くさがり、直接ル・マルテルに会いに行こうと言って聞かない。


 ということで、今私達は商人ギルド本部へと向かっている。


 西門近くの繁華街を抜け、住宅街へと入っていく。

 さっきまでの喧騒が次第に遠のき、人々の生活音が多くなっていく。

 のどかな住宅街の中ほど、大きな建物が嫌でも目に入る。あれだろう。


 近くまで寄ると、更に大きく感じる。

「商人ギルド本部」の看板が建物の手前に立っている。


 入ろうとドアに近づく前に、弾けるようにドアが開いた。

 けたたましい音とともに周囲の視線を釘付けにしたのは、ドアから出てきた長身の若者。


 いや、表現を改めよう。

 「ドアから出てきた」ではなく、「開いた入り口から凄まじい勢いで垂直方向に飛んでいった」だ。


 若者はそのまま道路の反対側の塀に激突し、血を流しながらヒクヒクと痙攣している。


 奥から別の男が出てきた。

 痙攣している若者もそれなりに逞しかったが、それとは比較にならないほどの筋肉を纏い、体からうっすらと湯気を発している。


 一目で分かる。

 この男がさっきの若者を吹っ飛ばしたのだ。


 意外なのは、男がかなりの高齢に見えることだ。

 頭は全て白髪で、同じく白い髭を長く伸ばしている。

 高齢者であることに間違いないのだが、その目は鷹のように鋭く力があり、日焼けした肌には強い張りがある。

 表情1つとっても、年齢に似合わぬほど鍛え抜かれた体と、そうギャップを感じさせない。


 男は道路をゆっくりと渡って倒れている若者に近づき、彼の頭を片手で万力のように挟み、持ち上げて静かに喋りかけた。


「……どうじゃろ?

 お前さん、まだ5DGは高いと文句を言いなさるかな?」


 息も絶え絶えに若者が答える。


「そ……そんなこと……ありません……。

 良心的な……価格です……」


「そうじゃよな。

 ワシもそう思っておるぞ?」




 ふと、白髪の男がこちらに気付く。

 顔だけを向け、私達に話しかけてきた。


「誰じゃ? 君らは?

 君らも商人ギルドに、何かご用かな?」


 なぜか戦う気満々のメリールルを必死に引っ張りながら、私は商人ギルドを後にした。

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