幕あい Part B-1 近いうちに戦争になるの?

【484.6】


「行ってきまーす!」

「マリア! 学校終わったら、遊んでないですぐ帰るんだよ」

「はーい!」


 母さんの小言を背中で聞き、小走りで家を出る。

 向かう先は教会。神父さんが私達に勉強を教えてくれる、「学校」だ。


 教会の本堂に着くと、2人の女生徒がお喋りをしていた。


 1人はナターシャ・ベルカ。

 彼女は視力が悪いため、いつも眼鏡をかけており、背が低く、少し大きめのローブを地面まで垂らしている。

 何より特徴的なのは、その純白の髪だ。

 日光が髪に反射して光るため、遠くからでもすぐに見つけられる。


 もう1人はユノ・アルマート。

 ナターシャよりもずっと背が高く、茶色の髪を後ろで縛ってまとめている。


 ナターシャは農夫婦の1人娘。ユノは外国の戦災孤児で、今はナターシャの家に身を寄せている。

 彼女らの家は、マリアの家から教会を挟んで逆方向にあった。


「お早う、マリア」

「ナターシャ、ユノ!

 お早う。今日も魔法理論かぁ。

 面白くないんだよな~」

「本当。歴史学や宗教学の方が楽しかったよ。

 理論なんて、魔法が使えればそれで良いよね?」

「私は好きだけどな。魔法理論」

 そう言ったのはナターシャだ。


「ウソ!?

 一体どこが良いわけ?」

「魔法を使う時の、自分の中で湧き起こる感覚を、言葉で説明できるようになるから。

 仕組みを知るのって、楽しいじゃない?」




 3人が話をしている中、もう1人の生徒が入ってきた。


 彼女はシーナ・レオンヒル。

 神父様、つまり私達の先生の娘だ。

 長い黒髪を風になびかせながら小走りに駆け寄り、会話に加わるなり、いつになく神妙な面持ちで切り出した。


「ねえねえ!

 近いうちに戦争になるの?」

「お早うシーナ……って、戦争?」

「ガラム帝国が、水晶鉱脈を手に入れたくて戦争を仕掛けて来るらしいよ」


 水晶鉱脈とは、つい半年ほど前に坑道で発見された水晶の巨大採掘地だ。

 価値の高騰している良質な水晶は、時に争いの種となる。


「その話、昨日うちの親も話してた。

 鉱夫の人達が帝国軍の先遣隊を見たって」

「むしろシーナの方が詳しいんじゃないの?

 先生何か言ってなかった?」

「父さん? ダメダメ。

 子供は心配するなって、そればっかり」

「もうすぐ来るから聞いてみようよ」




 しばらくして、シーナの父、トーマス・レオンヒル神父がやって来た。

 女生徒4人が騒がしく問いかけるものの、案の定神父は何も答えてくれない。


「いいから早く座って。君達は勉強に集中」

「でも、戦争になったら学校どころじゃなくなるんじゃないですか?」

「その時はその時だ。

 大人達がこの国を守る、その為の準備はちゃんと進んでいるんだ。

 難しいことは大人達に任せておきなさい」


 あーあ、今日も退屈な授業が始まってしまう……。




「今日は魔法理論の続きをやります。

 その前に、まずは前回の復習からです」


 レオンヒル先生が話し始めた。


「この世界は、魂のエネルギー源とも言うべき物質、『ソフィア』に満ちています。

 ソフィアは私達のような生命に吸収され、魂の内部でエネルギーと意志を交換して『ウィル』へと姿を変え、体外に排出されます。

 ――ここまでは前回勉強したことだ。いいですね?」

「先生、体から出たウィルは、そのあとどうなるんですか?」

「良い着眼点だね、ナターシャ。

 それをこれから説明していくよ。

 さて、では魔法とは何か?

 魔法とは……」


 レオンヒル先生は話を続ける。


「マリア、分かる?」

「さっぱり。

 まずソフィアってのがよく分かんないもん。見えないし」


 興味が無い事って、どうしてこう頭に入って来ないんだろう。

 そんなことを考えながら、私の意識は睡魔によって黒く塗りつぶされていった。




「……というわけで、今回は魔法の発動理論の全体像について勉強しました。

 各人復習しておくように」


 うたた寝から目覚める頃には、もう授業はほとんど終わっていた。




「今日はこれからどうする?」


 授業中はあんなに眠かったのに、終わると急に元気になるのだから、人間は不思議だ。

「私、蔵書の整理を父さんに頼まれちゃってて。

 これからやらなきゃ」


 シーナは頼まれごとがあるらしい。

「教会の書庫の?

 それ凄い大変じゃない?」

「意外と重いんだよ、本って。特に古いやつは。

 ナターシャは?」

「私は昼から畑の手伝い」

「あ、なら私も手伝うよ。

 いつもお世話になってるし」


 皆、何かしら予定があるようだ。

 私としては、このあと教会近くの食堂でみんなとお茶することが今日のメインイベントだったんだけど。


 仕方ない、母さんの言うとおり、家に帰るか。






「ただいまー」

「あ、マリアお帰り。お昼ご飯できてるよ」

「うん」

 玄関のドアを閉めたその時だった。


 カァーーン、

 カァーーン、

 カァーーン……。


 聞き慣れない鐘の音が町中に鳴り響いた。


「え、何?」


 固まる2人の元に、仕事に行っていた筈の父さんが慌ただしく駆け込んできた。


「エリーゼ! マリア! 避難だ!

 帝国軍が攻めてくるぞ!

 お前達は地下壕へ急げ!

 俺は自警団に加わってくる!

 いいか、絶対に壕から出るんじゃないぞ!」


 父さんは、元の道を引き返してすぐに見えなくなった。


「マリア、行くよ」

 母さんは、緊張した表情で素早く支度を済ませた。

「母さん、戦争が起こるって知ってたの?」

「……。

 帝国が軍を派遣するかも知れないとは聞いてたのよ。

 でも、こんなに急だとはね」

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