付録 『世界歴史書』抜粋

※これは作中で登場する文献の抜粋です。

 ストーリーには大きくは影響しませんので、特に読む必要はありませんが、世界観をもっとよく知りたい方は読んでも良いかもしれません。



まえがき

 我々の歴史を書物として残し、次世代に受け継ぐことの意味とは何か。

 それは人が過ちを繰り返す生き物であるという悲しい性を受け止め、過去に学び、より良い未来を築く為の礎とすることに他ならない。

 本書がその一助となることを願う。




1 一国期(001~240年)

(1)火神教とエルゼ王国の勃興

 火神教発祥以前の南北レーリア大陸では、地域ごとに異なる精霊信仰を持ち、同一信仰の集団を一部族とした比較的少数の生活共同体が各地に点在していた。

 北レーリア大陸東部の一部族長であったレヘト・エルシアがこれらの部族宗教をまとめ上げ、火神アイリスを各地の精霊の上位神として信仰する火神教に統合した(世界暦元年)。


 幾度かの部族間衝突を経て、孫であるキリサス・エルシアが北レーリア大陸を1つの国家へと統一し、82年にエルゼ王国の建国を宣言、129年には南北レーリア大陸を領有する巨大国家となった。


(2)エルゼ王国による第1次東征

 エルゼ王国として統一された以後のレーリア大陸は第6代国王リファ・エルシアによる学問研究の奨励を機に医学、農耕技術、航海術等が発達し、その結果爆発的に人口が増加した。

 新たな土地を求めたエルゼ王国は、火神教の布教と称してガラム大陸への領土拡大、いわゆる「東征」を開始した。


 当時のガラム大陸は地方豪族による小規模な統治体制が確立されたばかりの混沌とした状態であり、南部から侵攻したエルゼ王国軍には歯が立たなかった。

 228年、ガラム大陸はエルゼ王国により平定され、エルゼ王国は南北レーリア大陸とガラム大陸、つまり世界3大大陸を領有する覇権国家となり、第1次東征は終了した。




2 独立戦争期(241~470年)

(1)ガラム独立戦争と魔法の黎明

 ガラム大陸の諸侯は、エルゼ王国による統一後も一定の力を残していた。

 241年、勢力の強かった6つの家(6大貴族)は、エルゼ王国の支配に反発し、結束して独立戦争を開始した(ガラム独立戦争)。


 当初戦況はエルゼ王国有利のまま推移していたが、244年の魔法の基礎理論解明によって形勢は逆転した。

 それまで大きな威力を発揮しなかった魔法を言霊によって制御する知識を得たガラム大陸の民は一気に反撃に出、大陸からエルゼ王国軍を撤退させることに成功した。


(2)ガラム帝国とソフィア教の誕生

 魔法によりエルゼ王国を排除したガラム大陸の6大貴族は、大陸全土の民衆から支持を得て、ガラム大陸を領土とするガラム帝国として独立した。

 そして、魔法の源たるソフィアに神を見出したソフィア教発祥の地となり、ソフィア教を国教とする魔法国家として繁栄を始めた。


 266年にガラム独立戦争は終了し、西のエルゼ王国、東のガラム帝国という二大国が均衡する勢力図が形成された。


(3)第2次東征と南レーリア蜂起

 330年にエルゼ王国は第2次東征を開始するが、この遠征は353年の南レーリアの蜂起により終了した。

 この蜂起は、東征のための度重なる兵役に耐え切れなくなった王国南部の少数民族が「王国と火神教からの解放」をスローガンに相次いで決起したことによる。

 これらの部族は合計4つの新興国として独立を主張、エルゼ王国は内戦状態に陥った。

 蜂起の原因は東征の戦域に兵を送る拠点として南レーリアが過剰な負担を強いられていただけでなく、元来南レーリアの諸部族が火神教による統合を望んでいないことにあり、ガラム帝国が密かに蜂起の支援を行ったことで決行された。


 367年、北方2民族が王国に平定され、独立戦争が終結に向かい始めると、ガラム帝国は自らレーリア南部解放を名目に戦争に介入した。


(4)自然神教戦争

 385年になると、今度は独立戦争に介入していたガラム帝国内で反戦運動が起きた。

 神の不在と宗教否定を説く預言者エディ・キュリスが率いる反宗教戦争の団体は自らを「自然の子ら」と呼び、エルゼ王国との戦争に疲弊し厭戦ムードの高かったガラム大陸南部で特に大きな支持を集めた。


 ガラム大陸は南レーリア蜂起の支援から手を引き、自然の子らの弾圧を開始した。

 403年に代表のキュリスが死亡して以降、自然の子らはその主張を少しずつ変化させ、弟子たちで自然神教という新たな宗教を創設、自然神教国ネステアとして独立戦争を始めるに至った。

 自然の子らはガラム帝国がエルゼ王国の東征に対抗するために備蓄していた物資を使い抵抗を続け、また南レーリアから蜂起を起こした部族の一部も移住して加わり、418年に遂に独立を果たした。


 南レーリアの蜂起を推進していた4部族の中で強硬に独立を主張していた者の一部は、ネステアに渡ることでその目的を達成してしまった。

 そのため、ネステア独立後、南レーリア蜂起は急速に勢いを失い、421年にエルゼ王国からの独立を達成することなく終了した。

 王国は、それ以上の国の荒廃を望まず、南レーリアへの締め付けを弱め、諸侯に自治権を付与することで事態を収束させた。

 こうして、東西の大国エルゼ王国とガラム帝国、そして二大国の緩衝地帯として存在するネステアという世界の勢力図は完成し、現在まで大きな変動なく続いている。




3 混迷期(471年~)

(1)ライン鉱脈戦争

 484年にガラム大陸を南北に隔てているライン山脈の当時ネステア領であった場所で、人の精神に反応し魔法を増幅させる性質からジュエルや武具の高級材料として需要の高いソフィア感応水晶の巨大な鉱脈が発見された。

 するとその直後にガラム帝国がライン山脈全体の領有権を主張、ネステアとの戦争状態に入った。


 ライン鉱脈戦争と呼ばれるこの戦争では、魔法技術で勝るガラム帝国が優勢かと思われていたが、ネステア側が強力な大規模殺傷魔法を発動、帝国軍の大半を一瞬にして殲滅したことにより、ガラム帝国が1日にして撤退。結果的に戦争は終わり、国境線は旧来通り動くことはなかった。

 ネステア側では、この勝利を「神の起こした奇跡」と捉え、その魔法のことを「天の光」と呼ぶようになった。


(2)第3次東征開始と聖夜の大虐殺

 487年にエルゼ王国がガラム帝国に対する第3次東征を開始した。

 再び戦争に巻き込まれることを嫌ったネステアは中立を宣言した。

 開戦から間もなく、ガラム帝国内で兵の差出を拒んだ辺境部族の村、シェレニ村に帝国軍が攻め入り壊滅させるという事件が起きた。

 この事件は「聖夜の大虐殺」として大々的に広まり、ガラム帝国皇帝は自国内からも厳しい非難を受けることとなった。

 489年現在でも、第3次東征は続いている。




あとがき

 長い独立戦争期が終わり、つかの間の平和が続いた420年代から484年までの約40年間は、その後の混迷期を迎える前の「嵐の前の静けさ」だったのだろう。

 混迷期以降、世界の変化のスピードは以前とは比較にならない程、加速している。

 その事実を考えれば、『世界歴史書』を今この時期にまとめ終えねばならなかったことは、著者としては残念である。

 この先たった数十年の間に、今までの世界とは一線を画すような歴史的瞬間が訪れるかも知れず、そしてそれを、私は本書に記すことが出来ないのだから。


 貴重な瞬間を生きる貴方達よ、見過ごしてはならぬ。


   489年 歴史学者 J.アルマート

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