第3章 Part 3 出航、そして海の洗礼

【500.5】


 海路1日目、5月11日。快晴。


 何か、凄く揺れる。

 私は既に2回吐いている。


 メリールルがジャックと喧嘩している。

「あんた揺らしすぎだ!

 ワザとやってんのか!?

 風が弱いのにこんなに揺れるわけねーだろ!!」


「うるせえ!

 文句言うんなら、自分で泳げ!」


 止めようと間に入ったアーサーだが、彼も疑問に思っているようだ。


「ジャック。

 確かにメリールルの言うとおり、ちょっと揺れすぎな気がするんだけど……」

「ああ!? ああ、そうか。

 そう言やお前らに説明してなかったな。

 俺のスキル」

「ジャックのスキル?」

「俺の魔法スキルは、『水専用の操作魔法』だ」


「水専用の?」


 アーサーとメリールルがハモった。


「そうだ。

 普通、操作魔法のセンスがある奴は、大抵のものを動かせる。

 俺は、それが水限定なんだ」


 それを聞いて、メリールルが大笑いし始めた。


「ぎゃはははは!!

 それってめっちゃショボくない!?

 ドロシーは何でも動かせるよ!?」

「お前マジで降りるか?」


 話が進まないので、アーサーがメリールルをなだめる。


「まあまあ……。

 それで、それと揺れやすいことと、何か関係が?」


「魔動船、つまり操作魔法を動力に航行する船、これを動かす人間を操船師っていうんだが、大抵の操船師は、船を操作魔法で行きたい方向に前進させてる。

 だが俺は、この船の周囲の海水、つまり波の方向を操って船を進めている」


「…………」


 アーサーも黙った。


 分かるよ、アーサー。私も思った。

 正直、それってかなり効率悪いよね。


「じゃあよ。

 何で俺がかつて『ブルータウン随一の船乗り』と呼ばれてたか分かるか?

 どんなに嵐の時も、確実に、荷物と人を目的地まで運んだからだ」


 自信満々に言っているが、イマイチその凄さがよく分からない。

 ていうか1番だったんだ。


「今日は波が低い。

 こんな日は確かに俺の方が分が悪い。

 わざわざ波を立てて進まねえとならねえからな。


 だが、嵐の時、俺は船の周囲だけ波を緩和させつつ、一定のスピードで望む方向に確実に進められる。

 これが船に対して操作魔法を使っていたらどうだ?

 操作魔法のルールは覚えてるだろ?

 基本的に対象が動く生物だと、途端に制御が利かなくなる。

 つまり、船に操作魔法を掛ける場合、その上に嵐に打たれる人間が乗ってると、思うようにコントロール出来ねえ。

 そうなったら、荒波の中、動力のないタダの丸太と同じなんだぜ。


 ……へっへっへ。

 運が悪かったな。

 今日が凪ぎの日で」




 だんだん揺れに慣れてきた。

 胃の中は空っぽだけど。


 遠くを眺めるんだよ。

 遠くを……。


 突然、船の進む先、左前方の海面が盛り上がった。

 何かいる!


「魔物かな!?

 アタシがやるよ!」


 メリールルがジャンプしたかと思うと、空中で降魔を発動した。


「バカ野郎! 船を壊す気か!!」


 氷龍は、大きな翼で羽ばたきながら、器用に船の上空に留まっている。




 海面の隆起の主が姿を現した。

 巨大なサメのような、ムカデのような、長い体長の生物だ。

 頭部だけで1メートル近くはある。


「こいつはシーハンターっつう魔物だ!

 海にはこいつがウヨウヨいる!」


 すぐに氷龍が相手の首元に噛み付く。

 魔物が甲高い鳴き声を上げながらのたうち回る。


「もっと遠くでやれ!」


 悪態をつきながら、それでもジャックは船の姿勢を保っている。

 確かに船を中心とした円状に波が打ち消され、飛んでくる水しぶきも全て船内へは入らず、脇へと逸れる。


 凄い。

 これほどの体積、重量の水を操作魔法で制御するなんて……。

 私に動かせるのは精々抱えられる程度の大きさのものだけだ。

 「水」に特化すると、これだけ強力になるのか。


「どうだドロシー。

 俺の有り難みが分かってきたか?」


 ジャックは自慢気だ。

 何か悔しい。


 魔物は尚も暴れている。

 よく見ると、氷龍の首に身体を巻き付け、少しずつ氷龍を海中に沈めつつある。


 海の魔物が強いというのは、やはり本当だ。

 MP満タンのメリールルがいきなり押されている。

 だが、私に彼女を支援する手立ては思いつかない。


 とうとう氷龍は完全に海中に没してしまった。

 ブクブクと白い気泡が海面へ上がってきている。

 その次の瞬間。




 バシュッッ!!!




 気泡のある辺りの海水が一瞬のうちに凍った。

 危うく船も固まりそうになるが、何とか効果範囲から離脱する。


 バリバリと氷を割り、氷龍が姿を現した。

 口に咥えた魔物の頭部が、次第に蒸発していく。




 氷龍はゆっくりと羽ばたきながら船の上空まで移動し、そして降魔を解除した。


 ずぶ濡れのメリールルが船上に着地する。


「これ……結構シンドイわ」


 メリールルは腕のインジケーターに目をやる。

 何と、1回の戦闘で残りMPの半分を消費していた。


「ご苦労さん。

 ほれ、ご褒美だ」


 ジャックが自家製ネクタルを投げてよこした。


 ……こんな調子で大丈夫だろうか。




「初めて龍化を生で見たが、中々やるじゃねえか。

 魔物が仲間になったみたいで、新鮮な光景だったぜ」


「そりゃどうも」

 ジャックとメリールルは、仲があまり良くないらしい。




 しばらくして、2体目の魔物が現れた。

 先ほどと同じシーハンターだ。

 長い体躯を上下にくねらせながら、こちらに接近してくる。


 どうする?

 私の楔では、ヤツを止める自信はない。


「今度は俺がやる。

 メリールルは休んでろ」


 船を一度停め、ジャックが構えた。


 ジャックが左手を近くの海面に向け、持ち上げるような素振りで掌を起こす。

 すると、巨大な海水の塊が球状に浮き上がり、空中で停止した。


 海水の塊から一部分が剥がれ、ジャックの目の前に移動する。

 ジャックが今度は右手で空を掴み、拳を強く握る。


 ジャックの前の海水の塊が、横に薄く、薄く、平らに形を変えてゆく。

 最終的に幅2メートルほどの、薄い三日月型になった。


「やっぱ海は楽しいな、オイ!!」


 ジャックが右手の拳をパッと開く。

 すると三日月型の水の刃が高速で射出され、魔物へ向けて飛んでいく。


 ザクッッ!!


 魔物の眉間に命中した!


「まだまだぁ!!」


 すぐに2つ目の水の刃が形成され、飛んでゆく。

 2撃目は、魔物の首を深く抉った。


 苦しそうな音を立て、魔物は海中に沈んで行った。


「……スゲェ」


 メリールルが誰に言うでもなく、感嘆の声を漏らした。




 そこから3時間ほどは、魔物と遭遇せずに平和な航路が続いた。


 しかし、その数分後。

 今度現れたのは、シーハンター6匹を引き連れた、一回り小さな魔物だった。


「やべえ! 親玉がいる!

 メリールル、行けるか!?」

「当たり前っしょ!」


 メリールルが龍化する。

 氷龍に向かって、ジャックが叫んだ。


「メリールル、お前と俺の魔法は多分相性が良い!

 俺が奴らの動きを止める!

 お前がとどめをさせ!!」


 ジャックが両手を奴らに向けて掲げると、周囲の海面がせり上がり始めた。


「ドロシー、ネクタルくれ!!」


 急いでバッグから小瓶を取り出し、渡す。


「7体……全部行けるか……?」


 ジャックが水の球で奴らの巨体を包み込み、海面より上に引き上げた。


 ジャックが再び叫んだ。

「メリールル、今だ! 早く凍らせろ!」


 メリールルがありったけの息を吸い込み、魔物に向けて放射する。

 風が冷気を帯び、浮かんだ水ごと奴らを凍結させた。

 大きな水柱を上げ、7つの氷塊が海面に落下する。


「まだだ!」


 ジャックが海水の球を作り出し、そこから立て続けに水の刃を4枚形成する。

 真ん中にいた、一回り小さな魔物が落下した地点の周囲に配置し、待機する。

「あの親玉は……。

 ウミクイっつってな。

 生命力が高えんだよ……」


 ジャックは肩で息をしている。




 やがて、水の刃が待機している中心が泡立ち、そこからウミクイが飛び上がった。

 すかさずジャックが水の刃を射出し、ウミクイの胴と頭を切り離す。


 再び水柱が2つ上がる。

 やがて海域に静けさが戻った。


 ジャックはその場に座り込み、私に言った。


「ネクタル、もう1杯おかわり」

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