第3章 Part 2 大事なお薬

【500.4】


 ギィィーー……。


 メリールルの後に続いて、私も小屋に入る。


「何だ。なんも無いじゃん」


 確かに、メリールルの言うとおり、狭い室内には、最低限の生活家具類があるほかは、机が1つあるだけだ。

 本棚もあるが、全て空。


「んだよ。

 期待して損したよ。

 乞食でも住んでたのか~?」


 本棚をよく見ると、手前側だけうっすらと埃が積もっており、奥側は綺麗だ。


「メリールル、ちょっと来て。

 元々ここに本とか置かれてたんじゃないかな。

 跡が残ってるの」

「本~~?」


 メリールルには興味がないらしい。


「アタシらの前に空き巣が入って、売れる物だけ持ち出したんでしょ。

 いいや。もう出よう?」




 結局この日は、ここで探索を切り上げた。

 少しは水晶も採れたし、後はアーサーに鑑定して貰おう。


 ブルータウンを経由して拠点に戻ると、アーサー達はまだ帰ってきていなかった。

 私よりMPが多いので、彼らはまだ頑張っているんだろう。


 2人が帰るまで、私は今晩の食事を作り始める。

 メリールルは外で降魔の練習をしている。元気だな。

 地下道のような狭い場所では、龍化は使えない。

 自然とメリールルは魔法を使わず、生身で戦闘を行っている。


 彼女も色々と考えているようだ。

 完全に龍化するのではなく、体の一部分、例えば右腕だけを龍化させるようなことが出来ないか、最近はその練習に明け暮れている。

 成功すれば、場所の制約が緩和され、またMPの消費効率も格段に良くなるだろう。

 そもそも、殆ど飛ばないのにあの大きな羽は邪魔だよね。




 しばらくして、男2人が帰ってきた。

 アーサーは元気だが、ジャックはヒーヒー言っている。


「俺は船乗り、陸は苦手なんだよ!」


 食事をしながら、今日見てきた空き家のことを話した。

 この話に興味を示したのはアーサーだった。


「それって、歴史学者アルマートの隠れ家じゃないかな!?

 僕も行ってみたい!」


 珍しいな。

 ここまでアーサーが自分の意見を言うのは。

「でも、結局何も残ってなかったよ」


 流石にあれをわざわざ見に行っても、どうしようもない。

 結局この話はこれきりだった。






 更に資材集めを続けること、十数日。


 この間の後半は、アーサーは作業部屋に籠もって錬晶でジュエルを作り、私とメリールルの2人で地下道を探索し、ジャックは怪しげな葉っぱを大量に仕入れてきた。


 まず、アーサーの錬晶術はなかなかのものらしく、合計34個のジュエルが完成した。

 効果は様々。

 「魔法防御上昇」「詠唱速度上昇」「消費魔力減少」「魔法攻撃強化」「自然治癒強化」などなど……。


 いくつか自分たちで使えそうなものは装飾品として身につけることにし、その他は全て端末を使って売却。

 自分達で収集した材料を使っているため、原価がかからない上に、ジュエルになかなかの高値がつく。

 各人が持っていた現金もDGに変換し、端末に加算した。

その結果、端末の所持金は……。


 34.62DG。


 やった!

 遂に赤字生活から脱出した。

 この欄がプラスなとこ、初めて見たよ。

 ありがとう。ありがとうアーサー。


 そして、ジャックが買ってきた変な葉っぱは……。


「これはな、マジックハーブっていうアイテムだ。

 端末で買ったら結構高えんだぞ。

 今回は、俺のツテで通常の末端価格より大分安くして貰ったんだ」

「末端価格?

 アンタ、ヤクでもやってるわけ?」

「違えよ! テメー失礼だな!

 マジックハーブには、MPの回復速度を上げる成分が入ってる。

 これが無えと海路の航行は無理だ。

 途中でMP切れになったら、それこそ海の魔物の餌だろ!」


 アーサーも知っていたようだ。

「確か、この葉から成分を抽出したのがネクタルっていうMP回復速度上昇の薬品だよね。

 端末だと1瓶1DGくらいで売ってる」


「そう、その通り。

 ネクタルは近衛騎士だって常備してるくらいの真っ当なアイテムだ。

 ただ、飲むと気持ちいいのは確かだが」

「はぁ!? やっぱヤクじゃん!」

「だから違えって!

 薬そのものに興奮物質が入ってるわけじゃねえ。

 バトラーズ・ハイと同じ原理で気分が良くなるだけだ!!」


 どっちにしろ同じような気もするけど。

 そういう意味ではメリールルやマルテルも似たもの同士か。




 葉っぱのままではかさばるので、作業部屋で成分を凝縮させ、自前でネクタルを作るらしい。

 詰めるための小瓶も既に用意している。

 ジャックは1日中作業部屋で抽出作業をしている。

 その間に私達で、端末とハンターギルドのショップを利用してマジックハーブ以外の必要物資を調達した。


 装備品も見直した。

 まず、私のメイン武器である楔は、海路を行く上では予備があった方がいいということで、更に5個購入。

 前衛になるメリールルのレザー装備も、より性能が高いものに交換した。


 ハンターギルドで魔物の討伐報酬を受け取ったが、倒した魔物はドレイナーのみ。

 予想通り大した額にはならなかった。

 大金を稼ぐには、各エリアのユニークターゲット、つまり雑魚とは違うボス個体を狩る必要がある。


 まあ、こんなものだろう。




 翌日には、ネクタルの抽出作業も完了した。

「見てくれ。

 全部で53本のネクタル。

 どうだ? 壮観だろ?」


 それを見てメリールルがはしゃぐ。


「ねえ。アタシにも1回使わせて?」

「ダメだ!

 今使っても意味ねえだろ!」


「そーだ、アタシ思ったんだけど。

 1本1DGで取引されるんなら、これ売って商売すれば良くね?」

「このネクタルは俺の自己流で作ったヤツだ。

 効果はそんなに変わらんが、素人が精製した薬品なんて、市場では売れねえよ」

「ふーん」


 私も、疑問に思っていていたことを、この際聞いてみる。


「この薬の効果、MP回復速度の上昇よね?

 なんでそんな回りくどいことするわけ?

 MP自体を回復するアイテムがあれば、その方が手っ取り早いと思うけど」

「そんなアイテムがあればな。

 魔力、つまりソフィアってのは、生物の身体の中、つまり神臓でなけりゃ貯蔵することが出来ねえんだ。

 仮に薬剤にソフィアそのものを込めることが出来たとしても、すぐに大気中に逃げて行っちまう。

 ソフィアは物質を通り抜けるからな。


 だから、回りくどいようだが、MPの回復速度、要するに人のソフィア吸収効率を上げるしかねえのさ」


 なるほど。

 人のソフィア吸収効率を上げる。

 その手立ての1つがバトラーズ・ハイであり、ジュエルであり、このネクタルなわけね。


 思い出したように、メリールルが声を上げた。


「あ、そう言えば材料の葉っぱは、幾らで買ったわけ?」

「合わせて30ゴールドだ」

「どこにそんな金あったのさ!?」

「マルテルのジジイから貰った20ゴールドあったろ?

 あれを元手にして、カジノで増やしたんだよ。

 ま、現金全部使っちまったけど、いいよな?

 端末も黒字化できたんだ。

 これからはいつでも現金を取り出せるだろ」


 この男は、後半の5日間はカジノに入り浸っていたらしい。




 何はともあれ、これで出航の準備は整った。


 出航までの間に、『現代三賢者の謎』を読み返してみた。

 彼ら3人ともがファラブス魔導師会のメンバーだと知ったためだ。


 歴史学者アルマートは、世界暦元年から現代に至る人類の歴史を記した『世界歴史書』の著者。

 魔法科学者ストレイは、大気と生物の間をソフィアが循環するというエネルギーサイクルの理論を科学的見地から立証した人物。

 そして生物学者レオンヒルは、ソフィアの貯蔵庫たる臓器「神臓」を研究し、インジケーター発明の基礎となる理論を確立した人物だそうだ。


 インジケーターの発明か……。

 生物学者レオンヒルが3人の中で一番私達に恩恵を与えているな。






 そして、出航の日。


「再確認だ。

 目的地はガラム大陸の西の端。

 海路は危険だから、出来るだけ移動距離は短くする。

 着いたら、陸上を東に行けば自然神教国ネステアだ。

 情報収集がてら、ちょっと寄っていこう。

 そして、最終的な目的地はネステアから北上し、ライン山脈を抜けた先にある、ガラム帝国帝都ディエバ」




 ジャックが所有する魔動船、セント・マクギリアン号。

 船体は木製で全長は10メートルほどの小型船だ。

 用意した荷を積み込み、自分たちも乗り込む。


 ジャックは誰よりも嬉しそうで、その目は力強い光に満ちている。


「そんじゃ、出発するぞ!

 野郎ども、ゲロ吐くなよ!」

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