第3章 帝都ディエバを目指して
第3章 Part 1 結局は、金
【500.4】
星を、俯瞰している。
地表の一点から、青白い光の奔流が噴き出し、天高く昇ってゆく。
その光の流れは四方八方へと分かれ、分流がまた地へ降り注ぐ。
やがて光は地に満ち、星そのものを包み込んでゆく。
命の瞬きのような、祈りのような、不思議な陶酔感。
だが、胸に一抹の不安が淀んでいる。
目が覚めた。
今日もあの夢だ。
この所、同じ夢をよく見ている。
他の夢とは違って、起きた後も鮮明に、映像が脳裏に焼き付いている。
綺麗なんだけど、何か良い気分にならないんだよなあ……。
「何ボーっとしてんだ? 朝だぞ!
早く顔を洗ってこい」
エプロン姿のジャックにせかされる。
ル・マルテルに会った日から4日。
拠点での共同生活も、何だかんだ言って慣れてしまった。
私を起こした後、次にジャックは一向に目覚めないメリールルを起こそうとしている。
彼女は私より強敵だぞ。
壁際のベッドの上でアーサーも、シャキッとしない顔であくびをしている。
朝に強いのは、ジャックだけだ。
流石は船乗り。
私達はこの数日間、船出のための準備を続けている。
船の上では端末は使えない。
事前に食料、飲料水、消耗アイテム、各人の装備など、揃える必要がある。
そこで必要なのが、金だ。
ル・マルテルから貰った20ゴールドは、貴重な現金だ。
話し合いの結果、この20ゴールドは端末の使えない急な出費が生じた時のため、手を付けないでおくことが決まった。
そして、この他に各人の持ち合わせの現金が、合計16ゴールド22シルバー。
端末の負債額が27.75DGなので、これだけでは返済できない。
ブルータウンの北西に伸びるレーリア地下道では、少量ながら水晶が採れるらしい。
だったら現在の品薄商品「緑水晶 小」を集めて売ればと提案したが、ジャックにあっさりと却下されてしまった。
「そんなこと続けても、まとまった金にはならねえよ。
いいか、奴らが品薄とか言って募集するアイテムは、いつだって原材料だ。
何故かというと、それを素材にして職人達が加工品を作るからだ。
人の手が加えられ、付加価値が生まれて初めて高値で取引される。
例えば、品薄商品の緑水晶とか言っても、せいぜい0.01~0.03DGだろう。
だが、錬晶職人がジュエルに加工すれば、装飾品・装備品としてニーズのあるアイテムになり、10倍以上の利益が生まれるんだ」
この人、ギャンブル狂のならず者じゃないの?
メリールルよりずっとマトモなんですけど。
「錬晶って何?
私ジュエルにはあまり詳しくなくて……」
私の問いに、今度はアーサーが説明を始める。
「錬晶っていうのは、水晶――正しくはその中でもソフィア感応水晶とよばれるものなんだけど――それに魔力で回路術式を刻印して、ジュエルに加工する作業のことだよ。
今腕に着けているインジケーター、それもジュエルを使ったアイテムで……。
そうだ。
せっかくだから今やって見せるよ」
え? アーサーが?
アーサーは、作業部屋に移動し、荷物の中から小指の先ほどの小さな水晶をいくつか取り出して、机の上に置いた。
「水晶は大まかに言うと、4種類ある。
結晶の色で分類されていて、赤、青、緑、黄の4つ。
それぞれ魔力を注いだときに発揮される効果が違うんだ。
例えば、黄色は増幅、青は伝達とかね。
黄水晶をベースに、青水晶を魔力で形を変えて、黄水晶に回路として埋め込む。
それが術式の刻印。
ちょっとやってみよう」
アーサーは水晶に両手をかざした。
へえ……道具も何も使わないんだ。
青水晶の一部がベリッと剥がれ、宙に浮いた。
アーサーの魔力で飴のように柔らかく歪んでいく。
黄水晶の表面をパリパリと音を立て削りながら、青水晶の飴が流れ込む。
やがて、黄水晶に青い緻密な図形が彫り込まれた。
「出来上がり。
これが錬晶。
一度錬晶の処理を行うと、水晶は二度と魔力に反応して形を変えなくなる。
はい。このジュエルにも、何かの効果が発揮されるようになったはずだよ」
「何かって、どういうこと?
アーサーが描いた術式じゃないの?」
「正直言って、錬晶による魔法術式はまだ解明されていないことが多くて、作った本人さえ正確にはどんな効果が発現するか、厳密には分からないんだ。
試しに魔力を込めてみなよ」
さっきから目をキラキラさせて錬晶を見ていたメリールルが飛びついた。
「ハイ! ハイ!
アタシがやる!」
メリールルが出来たてのジュエルを握り、魔力を込める。
……しかし、特に変わった様子はない。
「何も起こらないんですけど?」
「ああ、そしたらインジケーターを見てみて。
魔力消費を抑制するような系統のジュエルになってるはずなんだ」
インジケーターを開く。
やがて、メリールルが何かを発見した。
「あ!
特殊技能・降魔【氷龍】の発動MPが少し小さくなってる!
ほんのちょっとだけど!」
「あり合わせの素材だとこんなもんだよ。
もっと大きく良質な水晶を使って、複雑な回路を彫れば、効果も大きいものが発現しやすいんだ」
ジャックも感心している。
「俺も生では初めて見た。
錬晶って、こうやるんだな。
彫刻刀みたいなので刻み込んでると思ってた」
錬晶、凄い技術だ。
ネットワークの端末とかも、こういう技術で作られているんだろうか。
同時に素朴な疑問が浮かぶ。
「失礼だけど、アーサーは王族なのよね?
何でこんな職人技を扱えるの?」
「それは、王都の人間だから。
火神教の伝統で、王都の住人はみんな錬晶がある程度できるんだよ。
勿論専門に錬晶を行う職人もいる。
例えば、ファラブス魔導師会のメンバー、ダルク・サイファーも名前は聞いたことがある。
有名な錬晶職人なんだ。
僕は小さい頃に教養として習った錬晶が楽しくて、王族の中では結構上達した方なんだよ。
僕の唯一自慢できる特技」
回想おわり。
ということで、私達はアーサーの錬晶技術を頼りに、収集した水晶をジュエルに加工して商人ギルドに納品し、資金を稼ぐことにした。
それ以降は、毎日ツルハシを持ってレーリア地下道を探索している。
今日も支度ができ次第、地下道の探索だ。
私とメリールルのペア、アーサーとジャックのペアでそれぞれ地下道に入っていく。
レーリア地下道は、2つの大きなルートがあり、その2つを定期的に小さな脇道がつないでいる。
北ルートは大陸東側の海沿いを北上し、海岸の町を経由しながら通っており、西ルートは山の真下を進んでやがては鉱山町へ出る。
2つのルートは最後には1つに合わさり、北レーリアまで伸びているのだ。
狙い目は鉱山寄りの西ルート。
そして普段誰も入らないような道。
「今日は昨日までと違うルートを通ってみようか」
仄暗い地下道を進む。
地下道内部で出現する魔物は、群れで行動するコウモリのような有翼の獣「ドレイナー」が大半だ。
コイツらは、フラフラと飛びながら鋭い爪で獲物に傷を付け、そこから魔力を吸い取る。
燃費の悪いメリールルには相性の悪い相手だ。
手数の多い私の楔で1匹ずつ駆除する。
これが、なかなか当たらない。
的が小さい上に、不規則な飛び方で、予想がつきにくい。
最初は数匹でも苦戦した。
それでも、経験を重ねるうちに少しずつ命中率が上がっていく。
今日は昨日よりも受けるダメージを抑えることができている。
ふと、インジケーターを見ると、朝からそんなにMPが減っていない。
私の最大MPが145で、現在値は126。
何で?
もう2時間くらいは楔を飛ばし続けてるのに。
「ドロシー知らないの?
バトラーズ・ハイってやつだよ」
「バトラーズ・ハイ?」
「そ。アタシらって、常に大気中からソフィアを吸って、魔力を補給してるっしょ?
戦ってるときは、その効率が数倍高くなるんだよ。
人間誰しも戦闘中はコーフンしまくりってわけ。
これが気持ちイイから、戦いはやめらんないんだよね~」
しかし、メリールルのインジケーターに表示されるMPは、既に最大値の半分ほどだ。
「じゃあメリールルは、何でそんなにMP残量が低いの?」
「あ、これ? これは元からだよ。
アタシのマックスは表示上は540。
だけど、いくら完全回復しても、MP残量は半分の270までしか上がんないんだ。
だから実質の最大値は270って考えてる。
何でか知らんけど」
「ふーーん」
話をしながら壁面を掘り、たまにドレイナーと戦い……。
それを続けているうちに、行き止まりが見えてきた。
地下道が先に続いていない?
「あれ? 道が無くなってる。
メリールル、この地下道って最終的には鉱山町に着くはずだよね?」
「ん~~。おっかしいなー。
知らない道、進みすぎた?」
しかし、良く見ると、奥に小屋のような施設が見える。
「何かあるよ!
ここがどこか分かるかも!」
2人で行き止まりに近づくと、それはやはり小さな小屋だった。
表札や説明書きのようなものは、外側には見当たらない。
「とりあえず、誰もいなさそうだし、入ってみよ?
金目の物、あるかもね~」
メリールルは、古びたドアを開けた。
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