第2章 Part 6 ファラブス魔導師会

【500.4】


「ドロシー君。

 きみは記憶喪失という話だが、自分が何者かを知る手がかりは無いのかね?」


「分かりません。

 過去の記憶は一切なく、今のところ何を見ても初めて見る物のように感じます」


「きみが目覚めた場所は?

 そこには何も無かったと?」


 目覚めた場所、拠点。

 ふと、書き置きの最後の一文が頭に浮かんだ。


 信用できる人間以外に拠点のことを知られるのは、避けた方が良い。


「……。

 詳しくは言えませんが、覚えのないものばかりでした。

 ただ、書き置きがあり、『人がネットワークを使うことの是非を見極めろ』と」


 マルテルが一瞬目を見開く。


「ネットワークの是非!?

 こんな便利な物、使わん手は無いじゃろ?

 何を迷う必要がある?」


「私にも分かりません。

 ただ、それを書き残した人間は、必ずしもそうは思っていなかったようです」


「ふーむ……。

 難儀じゃのう……」


 黙っていたメリールルが、痺れを切らしたのか、突然口を開いた。


「ねぇ、もう良いっしょ!?

 アタシらはみんなしゃべったよ。

 今度はあんたの番だ」


「せっかちな娘じゃのう……まあ良いわい。

 君たちの言葉から、色々参考になることもあった。

 どれ、ワシの知っている範囲で教えてやるかの」


 老人はゆっくりと話し始めた。




「君たちの疑問は、ドロシー君の素性の他には、ネットワークについて、そして、歴史学者アルマートについてであったのう」


 皆が老人に注目する。


「まず……そうじゃのう。

 ネットワークについて話した方がよいか。


 ネットワークとは、世界中に設置された端末とよばれる装置同士を、特殊な魔法でつないで作った、情報と物質を転送する技術のこと。


 既存の物流と市場の多くは、このネットワークに取って代わられたが、同時にそれら過去の生産者・販売者を排斥することなく、むしろ丸々取り込んでしまった。

 正に画期的なシステムと言えよう。


 今では当たり前となった便利な道具……。

 しかし、世に広まったのは、たった5年前からじゃ」


 5年……そんな最近なんだ。


「5年前、ネットワークシステムの構想を現実化した、その創始者たる者達がいた。

 彼らは、今で言う仮想国家ファラブス、その運営本部の前身組織『ファラブス魔導師会』と自らを名乗った。

 公になっとらん情報じゃから、知る者はいないじゃろうが、その構成員は、たったの5人。


 魔法科学者ストレイ、


 生物学者シーナ・レオンヒル、


 錬晶術師ダルク・サイファー、


 魔導師ナターシャ・ベルカ、


 そして……


 歴史学者ユノ・アルマート」


 一同が驚きの表情を浮かべる。


 5人のうち3人は、聞いたことがある。

 そう、現代三賢者。

 歴史学者アルマート、魔法科学者ストレイ、生物学者シーナ・レオンヒル。

 『現代三賢者の謎』に名前を連ねていた者たちだ。


 最も驚いていたのはアーサーだった。


「歴史学者アルマートが?

 彼がネットワークの創始者の1人!?」


「そうじゃ。

 現代三賢者を含め、名だたる専門家が集結して立ち上げたこの計画に興味を持ったワシは、それまでの商売で蓄えた富を使い、プロジェクトの出資を申し出た。


 出資に関する協議のため、彼らに会いに行ったことがある。

 ファラブス魔導師会代表のストレイと、もう1人同席したのがアルマートじゃった」


「ちなみに、アーサー君はアルマートを『彼』と呼んだが、ユノ・アルマートは女性じゃ。

 そして、残念じゃが、この町の周辺に彼女の拠点があったという話は聞かん。


 ワシの知る限りでは、アルマートは元々エルゼ王国王都出身。

 その後放浪し、ネステアに身を寄せていたようじゃ。

 探すのであれば、そのいずれかの方が良かろう」

「なるほど……。

 そうですか……」


 マルテルは話を続ける。


「それにしても、不可思議なのはネットワークの計画、それ自体じゃ。

 物資の流通を支える魔法技術、その計画に生物学者や歴史学者が参画しておる、という事じゃよ」


 言われてみれば、確かに……。


「そもそもこのプロジェクト、彼らが集まって始めた初期の段階では、現在のような物資転送を行う構想ではなかった。

 地域の『観測』が主目的であったはず。

 観測は、代表である魔法科学者・ストレイの得意分野じゃ。

 エネルギーサイクルの理論を証明したことで有名な人物じゃからの」


 そう言えば、端末が最初に動いたとき、画面に何か表示されていた……。

――魔法を使用した反応を感知しました――。

 魔法の発動を検出し、記録している……?


「観測……ということは、世界規模でのソフィアの動きや魔法について調べるための研究プロジェクトだった、ということですか?」


「それが当時一体何を意味していたのか、ワシにも見当がつかん。

 ワシが出資者になった頃には、徐々に現在の物資流通の構想が組み込まれ始めていた。

 じゃが、このプロジェクトには、ネットワークという便利な道具の裏に、何か全く別の側面が隠されている可能性が高いと睨んでおる」


 ふう……と、マルテルは一息ついたのち、締めくくった。


「ファラブスの現在の本拠地は、ガラム帝国帝都ディエバ。

 あそこに行けば、もしかしたら、彼らに会えるかも知れんな。

 老いぼれの話はここまでじゃ。

 あとは自分たちで探るがよかろう」




 再び沈黙が流れた。




「いやー……。

 何か、思ってたよりヤベー話だわ……」

「ガラム帝国ですか……。

 貴重な話、どうもありがとうございました。

 今後はガラム帝国を目指して情報を集めてみようと思います」




 マルテルに礼を言って、彼の部屋から退室する。

 最後にマルテルがフラーレンを呼び止めた。

「フラーレン、すまん。

 ちょっとよいかの?」




 フラーレンとマルテルが話をしている間、私達3人はマルテルの部屋の外で待機していた。


「あんたさっきは簡単にガラム帝国に行くって言ってたけどさー。

 どうすんの? 別の大陸だよ?」

「ああ、そうか……。

 どうしよう。船は出ないし」


 程なくフラーレンが部屋から出てきた。


「待たせたな」

「何の話だったんですか?」

「大したことじゃねえよ。

 金を貰った。

 路銀の足しにしろとさ」


「じゃあ、今後のことですけど、それを話し合う前に、フラーレンさん?

 あなたからの頼み事を先に聞きましょう」


「そうだったな。

 簡単なことだ。

 お前らの旅に、俺を連れて行け」


 意外な申し出だった。

 てっきり何かを要求されるものと思っていた。


「そんなことで良いんですか?」

「俺の目的はただ1つ。

 船乗りに戻ることだ。

 その為には、魔物のいない世界を取り戻すことが絶対に必要だ。

 アーサー、あんたもそれは同じだろ?

 この町で腐るのはもうやめだ。

 俺も前へ一歩、踏み出さねえとな。

 それに、お前らがガラム大陸に渡るには、どうしても海を船で渡る必要がある」


 願ってもない話だが……。


「大丈夫なんですか?

 海を渡るのは無謀なのでは……」


「いや、現状でも海路の航行は可能だ。

 MPを切らさずに、魔物を倒しながら進む力がありさえすれば。

 当然、危険だし、死んでも文句は言えねえけどな。

 ガラム大陸を目指すなら、今は他に方法はねえ」


「分かりました。

 では、よろしくお願いします。

 アーサーさんは?

 あなたも私達と一緒に旅をするってことで良いですよね?」


「そうさせてください。

 結局、僕も皆さんと目的が同じだと言うことが、マルテルさんの話ではっきりしました。

 お役に立てるか心配ですが……よろしくお願いします」


「よぅし!

 じゃあこれからは俺たち4人で1つのパーティだ。

 これからは仲間なんだから敬語なんか使うなよ。

 俺のことはジャックと呼んでくれ。

 堅苦しいのは嫌いだぜ!

 ……という訳で、さっきジジイから貰った金だ。

 無駄遣いすんなよ?」


 ジャックが私に布の袋を手渡す。

 中には20ゴールドが入っていた。


「さあて、忙しくなるぞ。

 船旅にはかなりの準備がいる。

 すぐ明日出港ってわけには行かねえ。

 態勢を整えねえとな!!」


 希望に溢れた旅路となるのか、絶望に塗れた地獄への行進となるのか。

 私にはまだ、分からない。


 今はただ、新たな目的地に向かって前進するのみだ。


 ~第2章 老練の怪物 完~

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