第2章 Part 5 ル・マルテル

【500.4】


 フラーレンに連れられ、建物の3階へ上がる。


 何か緊張してきた。


「この部屋だ」


 フラーレンが社長室と書かれた部屋の扉を開ける。


「入るぞ、クソジジイ」


 広い部屋だ。

 ここで1人で執務をするって、かなりの無駄じゃないのか?

 無駄そうな部屋の奥、高価そうな重量感のある机の奥に、あの筋肉男が座っている。


「久しいのう、フラーレン。

 やっとワシの元で働く気になったか?」

「そんな日は永久に来ねえし、それにあんたに用があるのは俺じゃねえよ」


 自然とマルテルの視線が私に向く。

「おお、いつぞやの、店先で会ったお嬢さん」


 頑張れ私、大事な所だぞ。


「突然の訪問、お許しください。

 私はドロシーと申します。

 この町一番の情報通と伺いましたので、少しお話をお聞きしたいのです」

「アタシはメリールル」

「アーサーです」


 私達は、この場に至る一通りの経緯をマルテルに話した。




「ドロシーという名には、聞き覚えがある。

 確か最近契約した端末のユーザーじゃな?

 そして、付き添いの金髪のきみは、ワシの記憶違いでなければ、アーサー・エルシア王子殿下であろう。

 お目にかかれて光栄じゃよ」


 王子殿下? アーサーが?

「は? 王子?」

「う……。

 別に隠そうと思った訳じゃないんですけど……。

 なかなか言うタイミングがなくて……」


 今まで、結構失礼なこと言ってたんじゃないか?

 ……特にメリールルが。




 変な沈黙を、マルテルが破る。


「さて、君たちが知りたいという諸々の事じゃが。

 まず、ドロシー君。

 きみの素性については、残念じゃがワシに心当たりはない。

 記憶喪失というのは珍しい症状じゃが、何かの拍子に記憶が戻る可能性もある。

 旅を続ける事じゃな。

 力になれず、申し訳ないのう」


「いえ、そんなこと。

 ありがとうございます」


「次に、ネットワークや歴史学者アルマートに関してじゃが、君たちの望む「核心を突いた答え」とまではいかんが、情報がないわけでもない。

 ……じゃが、ただ素直に教えるのも、面白くない」


 面白くない? どういうこと?


「ハァ~~。出たよ」


 やれやれという顔つきで、フラーレンがため息をつく。


「そこでじゃ。

 交換条件としようではないか。

 好きな対価を選ぶがよい。

 代わりとなる情報、金品、そして……力ずく」


「また始まったよ!

 毎回若者をイビりやがって。楽しいか!?」


 フラーレンからすると、いつもの事のようだ。

 このようなやり取りに、何度も同席したのだろう。


「交換条件と言ったじゃろ?

 情報は、それ自体が価値じゃ」


 そんなこと言われたって、何も知らない、お金も持ってない、そんな私達にどうしろと言うのか。


「あなたの眼鏡にかないそうなものは、私達は持ち合わせていません」


 そう答えるしかない。そして、この重い雰囲気の中、楽しそうな人間が1人。

 メリールルだ。


「じゃあさ、残る選択肢は、力ずく?」


 戦いたくてウズウズしているのだろう。

 私が止める前に、フラーレンが制止した。


「却下だ。

 コイツは、そんじょそこらの年寄りとは違えんだぞ!

 文句言いに来る奴を片っ端から殴って言うこと聞かせる、キチガイ暴力ジジイだ」


「キチガイとは心外な。

 楽しいじゃろ闘いは。

 血液が沸騰するような高揚感は、戦闘の場でしか味わえぬ」


 こういう所は、メリールルと同じなんだな……。


「確かに、それアタシも分かるよ!

 ね、いいじゃんドロシー。

 ヤっちまおうよこのじいさん。

 アタシに任せな?」


「バカ!

 こいつは王国で魔法指南役に推薦されたこともある超一流の魔導師だぞ!

 お前なんか敵う訳ねえ」


 フラーレンも何とか戦闘は回避したいようだ。

 巻き添えを食うのはゴメンだろう。


「は?

 あんたアタシの何を知ってるわけ?」

「やめましょう?

 メリールルさん……。

 絶対無理ですって……」


 まずい。


 フラーレンとアーサーは戦意がないようだが、メリールルはやる気だ。

 ここで降魔を使ったら、建物ごと廃墟になる。

 ……階下には人がいる。


「ちょっと待ってよ、メリールル。

 ここじゃ……」

「ふむ。

 力ずくとは言ったが、好き勝手に暴れられるのは、ちょいと困るな」


 老人はおもむろに、腕組みをしたままで右手の人差し指をメリールルに向けた。

 すると、メリールルは突然その場に膝をつき、肩で息をし始めた。


「クソ……。

 あんた、何を……!」


「この建物を壊されてはかなわんのでな。

 お前さんのソフィアの吸収と循環を停滞させて貰ったわ。

 なぁに、単純な弱化魔法と言う奴じゃよ」


 ソフィアの吸収を妨害されては、彼女にはひとたまりもない。

 メリールルはすぐに根を上げた。

「分かった……。

 アタシの、負けだよ……」




「と言うことは、じゃ。

 君たちはワシに対して、対価を支払うことができんと、そういうことじゃな」


 …………。


 どうするの、これ?


 口を開いたのは、またしてもマルテルだった。

 どうも彼のペースに乗せられている感が拭えない。


「ま、いいじゃろう。

 この辺にしてやるかのう。

 交換条件として、ワシの質問にいくつか答えてくれれば、それで良しとしよう。

 君たちの顔ぶれからは、それだけで良質な情報が得られそうじゃ」


 それで良いのなら、異論はない。


「1人ずつ聞いていくとしよう。

 まず、メリールル・ビゼー君。

 きみからは何か獣のような、魔のモノのような異質な気配が感じ取れるが、心当たりはおありかな?」


 気付いていて、メリールルのソフィアを止めたのか。


「へぇ、よく分かるじゃん。

 魔物を憑依させることができる特異体質だよ」

「その体質と、きみが今まで旅をしてきた目的には、何か因果関係があると?」


 メリールルが一瞬言いよどむ。


「……直接はないわ。

 アタシはシェレニ村の出身、つまりあの一族の血を引いてるの」


 シェレニ村。

 世界歴史書に載っていた。

 「聖夜の大虐殺」と呼ばれている事件があった場所だ。


 何でも、十数年前、一夜にして村が1つ滅ぼされた、原因不明の事件。

 その村の名前が、シェレニ村。

 メリールルがその生き残り……?


「何と!

 あの忌まわしき大虐殺により滅びた一族に生き残りがおったとは……。

 シェレニ村滅亡の事件の真相を追っていると言う訳か」


「そういう事よ。

 アタシの話はもう良いでしょ?

 ……ったく。

 連れにすらまだ話してなかったってのに、何でこんなジジイに言わなきゃなんないのよ……!」


「ふむ。

 では、アーサー・エルシア君。

 きみは王子の身でありながら、何故王都を離れこの町へ?」


「僕は現代三賢者の1人、歴史学者アルマートについて調べています。

 ご存じの通り、我が国、特に王都周辺は魔物の被害が深刻です。

 僕は何とかこの状況を解決したい。


 歴史学者アルマートは、単に世界の歴史を研究した学者ではなく、もっと深いもの、この世界の真実を探求していたと聞きます。

 彼の業績を紐解くことが、魔物の正体を暴き、王国の窮状を救う一歩になると思っているんです」


「なるほどのう。

 では、この町に来た理由は?」


「彼がかつて活動していた拠点がこの町の近くに存在するという噂を聞いたためです。

 人里離れた場所であれば、西に広がるイブリス大森林か、レーリア地下道の中のどこかではないかと、僕は見当を付けています」


「そうか。

 ……それについては、後で話すとしよう」


 マルテルはこちらに向き直り、今度は私に対する質問を始めた。


「さて、最後は君じゃ」

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