第2章 Part 4 同行者は急に増えるもの

【500.4】


 サラッサラの金髪に、透き通るような琥珀色の瞳の美青年が声をかけてきた。

 見たところ、年齢はメリールルと同じくらいだろうか。


「商人ギルドの長に会いたいという会話が聞こえてきたもので……。

 あっ、勝手に聞いてしまってすみません」


「何だ兄ちゃん、女みたいな声だね~」


 メリールルが食べるのを止め、ニヤニヤしながら青年に応じる。

 サディスティックな表情を浮かべている……。


「あっ、すみません。

 僕はアーサーといいます」

「おうおう、アーサー君よう。

 ウチのドロシーを口説こうったって、そうはいかんよ?」

「ちょっと、やめてよ。酔ってんの?」

「飲んだんだから酔ってるに決まってんでしょ。

 ドロシーはね~。

 アタシのもんだから~」


 抱きついてきた。


「ちょ、やめてっ……ぅおえええ!

 息臭っ!

 あんた何食べたのよ!」


 何とかメリールルを引き剥がす。

 アーサーと名乗った青年は顔を赤くして下を向き、もじもじしている。


「……んで?

 アタシらがマルテルに会いたがってたら、何なのさ?」


 メリールルが急に青年を問いただした。


「実は、僕もマルテルさんにお目にかかりたいと思っていまして……。

 心細いのでお二人に付いていこうかと……」


「ああ~~ん?

 何でアタシらがあんたの面倒みなきゃならんのさ!」

「ちょっと落ち着いて、メリールル。

 アーサーさん、あなたは何故商人ギルド長に会いたいんですか?

 商人ギルド長は大分気性が荒いようで、変に言いがかりを付けると、戦闘になりかねません」


 アーサーは真面目な顔になり、身の上を話し始めた。


「実は、僕は王都ラスミシアの出身でして、故郷は酷い有様なんです。

 魔物の襲撃に町は疲弊し、完全に孤立しています。

 ネットワークがなければ今頃全員地下で餓死しているでしょう」


「北レーリアはそんなに大変なんですか……」


「魔物は倒しても倒しても、際限がありません。

 僕は、現状を打破するには、根本から、つまり魔物が発生している原因を突き止め、解決するしかないと考えているんです」


「魔物の発生原因、ですか。

 それが商人ギルドとどう関係を?」


「実は、あまり大きい声では言えませんが、この町の近くに歴史学者アルマートの隠れ家があるという話を聞きました。

 歴史学者アルマートは、世界歴史書の完成後、「世界の真実」について探求し、何らかの答えに至った。

 そして、それを『真話』という1冊の本に書き記した、との噂があります。


 僕は『真話』に興味がある。

 商人ギルドの長、ル・マルテルさんなら、この町周辺の事情に詳しいと思い、アルマートの隠れ家について、手がかりを聞こうと思っているんです」


 アルマートは世界歴史書を執筆した歴史学者だ。

 確か現代三賢者でもあったような……。


「なるほど、そういう理由ですか。

 ……ねえ、メリールル。怪しい人じゃなさそうだよ?」

「ダメダメ!

 こういう奴ほど信用できないのだよ、ドロシー君」


「それで……さっき皆さん、港に入りたいって、言ってましたよね。

 僕、役所には顔が利きますから、港の中に入れるかも……」


 アーサーが言い終わる前に、メリールルが彼の手を握り、ぶんぶんと振り始めた。


「是非! 是非頼むよ、アーサー君!

 ね~ドロシー、いいっしょ?」






 翌朝の約束をし、アーサーとは酒場で別れ、私達は拠点へ。


 そして、翌日。


 役所前に集合した私達はアーサーを加えて再び役所の門を叩いた。


「お早うございます。

 ブルータウン行政府です。

 今日はどのような……。

 はっ!? アーサー様!!

 た、大変失礼いたしました!!

 ただ今応接室に案内いたします!」


 ……? どういう事?


 応接室に通され、紅茶を出される。


 すぐに偉そうな格好の男が慌てて入ってきた。


「お久しぶりでございます。

 何とまあご立派になられて」


「いやあ、そんなことないですよ……」

「本日は、どうされましたか?

 私共で力になれることなら何でも」


「実は、港を一度拝見したくて。

 ご迷惑でしょうか?」

「滅相もございません! 直ちに開けます」


 凄い早さで話が進むな。


 そう言えば、このアーサー君がこんなに有名人(?)なら、別にジャック・フラーレンがいなくてもギルド長は会ってくれるのでは?

 まあ、今更言ってもしょうがないし、いいけど。




 案内されて建物の中を通る。

 現在は港へは役所の中からしか出入りできないということか。

 外へ通じる扉の前まで来て、男がアーサーに伝える。


「この先が港でございます。

 我々はいかがしましょう?

 案内不要であれば、お邪魔いたしませんが」

「ああ、ありがとうございます。

 十分です」


 扉を開け、港に足を踏み入れる。


「アンタ、何者なわけ?

 超大金持ちとか?」

「いやあ、たまたま顔が利くんですよ。

 ははは……」




 使う者のいなくなり、ひっそりと寂れた港。

 建物の反対側、町の賑わいが嘘のようだ。


 潮風に吹かれながら、その男はいた。


 ボサボサのエメラルドグリーンの髪に黒いバンダナ。

 ジャック・フラーレンだ。


「失礼します。

 ジャック・フラーレンさんですか?」


 正面に停泊する船を見つめていた男は、名前を呼ばれ、こちらに振り向いた。


 無精髭を生やし、薄汚れたバンダナを身につけたその姿は、さながら海賊である。

 190センチを越えるその体躯と、褐色に焼けた肌、そしてどこか飄々とした顔つきが印象深い。


「そうだけど、あんたらは?」


「私はドロシーと申します。

 町の皆さんに、あなたが商人ギルド長のマルテルさんと親しい方だと伺いまして、マルテルさんに取り次いでいただけないかと」


「ああ? 契約の被害者か?

 あのジジイ、部外者に容赦ねえからな」


 私は、今に至る経緯をフラーレンに話した。




「へぇ~。記憶喪失ねえ……。

 大変なんだな。

 いいだろう。

 一緒に会いに行ってやるよ」

「良いんですか?

 ありがとうございます!」


 思いの外、二つ返事で了承してくれた。


「ただし、後で俺からの頼みを1つ聞いてくれ。それが条件だ。

 なぁに、無茶な頼みじゃねえよ」




 フラーレンの案内で商人ギルド本部に到着した。

 ここ、何か良いイメージないんだよな。


 大扉から建物の中に入ると、そこは細かく別れた部署ごとに、人が目まぐるしく動き回る、多忙を極める職場だった。

 人が歯車のごとく見え、まるで建物全体が大きな機械のように仕事を処理している。


 職員が働くブースごとに看板が付いている。

 「酒担当」「魚介担当」「肉担当」……。

 この辺りは食品を扱うところか。


 奥の方に「服飾担当」「武器担当」「ジュエル担当」などの文字も見える。


 それぞれが気の遠くなるような業務量を、絶望的な顔つきでこなしている。


「ここは、商人ギルド管轄の商取引を一手に引き受ける場所だ。

 働いてんのは、大抵がジジイに殴り込みをかけて返り討ちに遭った奴らだよ。

 安賃金で働かされてんだ」


 見れば、一昨日マルテルに吹っ飛ばされた長身の男も、慣れない手つきで商品の仕分けをしている。


 何て場所に来てしまったんだ、私達は。


「ああ、アンタかい。社長は上だよ」

「おう。ちょっと邪魔するぜ」


 顔なじみというのは本当なんだろう。

 監督者のような女と軽い挨拶を交わし、フラーレンは階段を登る。


「こっちだ。

 ぼーっとしてないでついてこい」

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