第1章 Part 6 吹雪の中で

【500.4】


 こんなことって、ないよ。

 借金地獄ですか。

 大体、基本料金が5DGって高いんだよ。

 木材が0.01DGでしょ。

 10日ごとに500個必要ってことでしょ。

 結構危険な目にも遭ってるんですけど。


 あー。

 努力が評価されないって、キツいなー。


 でも、目標は変わらない。

 木材だけ集めてても、効率が悪いんだ。

 魔法の扱いをもっと上手くなって、貴重なアイテムを入手し、納品する。

 よし、行こう。






 森の中を改めて探索する。

 高く売れそうな物はないか。


 茂みが不自然に揺れる。

 またお出ましだよ。やられるために。


 ゲル状の体をくねらせ、懲りずに近づいてくる。

 ただし、今までと違うところがある。色だ。

 全身が毒々しい黄色に染まっている。


 こういうのもいるんだ。ホントに何なんだろ、こいつら。


 斧を右手前方の空中でピタリと停止させ、構える。

 よりコンパクトに、中心を外さずに両断するんだ。

 思念を込めて、前方に射出する。


 すると驚いたことに、黄色いゲルは、斧の軌道を知覚し、素早く身をかわした。


 ウソ? 外した!?

 もう一発。


 今度は縦振りでなく地面と水平に、土を撫でるような軌道で斧を周回させる。


 ブシュッ!


 当たった。

 だが、急所まで達していないのか、動きを止める気配がない。

 弾力に任せてちょこまかと跳ね回っている。

 続けて何度か斧を振るう。


 3度目の斬撃で、ようやく動きが鈍くなった。

 よし、トドメだ。


 最後の一撃は縦振りで、ゲルに引導を渡す。

 黄色いゲルは、最後に弱々しく液体を水鉄砲のごとく1か所から噴出し、蒸発した。

 液体が落ちた地面で、雑草が煙を立てながらみるみる萎れていく。


 何とか倒した。額の汗を拭う。

 まだ魔法は使える。

 斧を振った回数で考えても、昨日の半分くらいだ。


 もう少し、探索を続けよう。




 森の中を通る道は、蛇行しながら時に枝分かれし、自然の迷路を形成する。

 木の実や、変わった色の石ころを取りあえず集め、用意した袋の中に入れていく。


 ……ふと、辺りが肌寒くなったことに気付いた。


 太陽は頭上に位置している。まだ昼頃のはずだ。

 次第に霧が立ち込め始め、何かがおかしいと、周囲を見渡す。


 耳を澄ます。

 遠くから、地鳴りが聞こえる。




 ズゥーーン……。


 ズゥーーン……。


 ズゥーーン……。




 それが巨大な生き物の足音だったと気付いた頃、私は寒さに震え、その場にうずくまり歯をカチカチと鳴らしていた。

 いつの間にか、周囲の霧は、肌に刺さるような猛吹雪に変わっている。


 やがて、音の主がゆっくりと姿を現した。


 青黒い鱗を身に纏った、巨大な龍。


 地面を踏みしめる前足から頭まで、その体高、目算で7メートル強。

 筋肉ではち切れそうな体躯に隠れた尻尾の先まで含めれば、体長は15メートルを優に超えるだろう。


 左右に広がる大きな翼のせいで、私のうずくまる辺り一面が影に覆われる。


 これは……無理だ。

 絶望感が寒さとともに体を包み込む。

 一応、斧を構える。

 それを見てか、龍は天に向かって大きく吼えた。


 ウォォォォォオオオオン!!!


「ひっ!」


 半ば反射的に、臨戦態勢の斧を龍の首の付け根に向けて飛ばす。

 龍はそれを右前足で軽く払いのけ、そのままこちらに向けて足を振り下ろした。


 太く鋭い爪が、鈍く光る。




 バシャッ




 ゼリーを割るように容易く、私の右腕が胴を離れ、潰れながら後方に吹き飛ぶ。


 痛みは感じない。

 寒さで麻痺しているのか、極度の緊張で神経がおかしくなっているのか。

 代わりに感じるのは、温かさ。


 見れば、右腕のみならず、右の胸元あたりから、深い爪痕が肉をえぐり、鮮血を撒き散らしている。


 私は、膝から崩れるように倒れ込んだ。


 相変わらず痛みはない。

 だが、今度はやけに寒い。




 あれ……?

 何で寒いんだっけ……?




 視界がぼやけはじめる。




 お迎えだろうか?

 白い衣を纏い、背から純白の羽を一対伸ばした、美しい金髪の女性が立っている。



 寒い……寒いよ……。




「少し待っていてください。

 まずは、あちらを何とかしないといけませんから」


 声の主は、私と龍の間合いの間に立ち、龍の側に向き直った。


「女神……様……」


 無意識に声が漏れる。


 神々しい、光を放つ後ろ姿に見とれる。

 女神様は、黙って龍に向け左手を差し伸べた。

 すると、龍の体が光に包まれ、やがて完全に覆い隠す。


 次第に光が小さく収束していく。

 人の背丈ほどに縮んだのち、パッと光がはじけて消えた。


 そこには、ピンク色の髪をたなびかせる、女の姿があった。

 女は意識が無いようで、その場にゆっくりと倒れる。




 急に周囲の吹雪が晴れ、視界が開けた。


 女神様が再びこちらに向き直る。


「さて、次は貴方ですね」


 女神様は、私の前でしゃがみ込み、左手を私の頭上にそっと置いた。


 正に一瞬。

 周囲が閃光のように光ったかと思うと、失ったはずの右腕が現れた。

 それだけではない。右胸から肩に至る傷も、大量に流れ出た血液も、何事も無かったかのように消えている。


 体が動く。


 女神様が私に話しかけた。


「貴方の家は、こちら?」


 気付けば、一瞬のうちに拠点のエントランスに移動していた。






「貴方は大丈夫だと思いますけど、この子は休ませないといけませんね」


 女神様は、ピンク髪の女を担ぎ、ベッドに寝かせた。


「ありがとう……ございました」

 礼がまだだったことを思い出し、女神様に向かって告げる。


「いいのですよ。

 私は女神ヴェーナ。

 人を救うことは、神の使命なのですから」


 女神。やっぱり女神様だったんだ。


 意識がはっきりしてから、どうしても気になっていたことを聞いてみる。


「あの……女神様。

 もしよろしければ、教えてください。

 この女の人が、さっき私を襲った龍だったんですか?」


「はい。そうです。

 どうやら、意識を失って暴走していたようですね」


「……人は……モンスターに変化するんですか?

 もしかして、今日まで私が殺した青や黄色のゲルも……」

「いいえ、そういう事ではありませんよ。

 この娘は少し特殊な、感受性の強い人間なのです」


 女神様は寝ている女の頭を撫で、続ける。


「魔物……貴方が倒したモンスターの類をまとめてそう呼びますが、彼らは10年ほど前、突如として湧き出てきた災厄です。

 人々は魔物の襲来から町を守りつつ、なぜ魔物達が生まれ続けるのか、どうすれば根絶できるのか、必死に調査しています。

 ですが、その答えには誰も辿り着いていません」


「根絶、ですか。私でも倒せたけど」

「貴方が倒した者たちは、世界中でも最も弱い部類の魔物です。

 他の地では、もっと強大な魔物が溢れています。

 世界中で、人々は彼らに蹂躙されているのです。

 貴方も気を付けてください」




 女神様は、どうやら帰ろうとしている。

 あと、これだけは聞かなければ。


「女神様、私は誰なんですか?

 この建物は、一体何ですか?」


「貴方自身が、自分で調べることですね。

 ……もう、選択は始まっているのです」


 選択?


「それでは……貴方の明日に、幸多からんことを……」




 女神様は、光とともに消えた。

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