第1章 Part 7 メリールル・ビゼー

【500.4】


 女神ヴェーナが消え去ったあとも、私はしばらくの間ボーッとしていた。


 不思議な力だった。


 右半身を治してくれたのは、一体どんな魔法だったんだろう。


 『魔法習得の手引き』には、確か治癒魔法というものの記述があった。

 ただし、それは強弱魔法の1つ、強化魔法に属するものだ。

 つまり、人の免疫力や自然治癒力を魔法の力で増幅し、傷の治癒を早める。

 女神様のあの力が、治癒魔法によるものとは思えない。




 考えに耽っていると、ベッドがモゾモゾと動いた。

 いけない、ピンク女のことを忘れていた。


 慌ててベッドに駆け寄る。

 意識が戻ったようだ。


 また暴れたりしないだろうか……?




 女は、横向きに寝ていた体を反対側に向き直らせ、弱々しく呟いた。


「うん~~……。あと5分……」

 寝返りをうっただけだ。




 なんだコイツ。

 殺されかけた恐怖が蘇ったばっかりなんだけど……。

 一瞬緊張したのが何かバカバカしくなってきた。


 寝顔を見ていると、恐怖が急激に薄れていくと同時に怒りが沸いてきた。

 女のこめかみの辺りを拳の先端でグリグリしてみる。


「あいだだだだいたい!!?

 何すんのよっ!?」


 飛び起きた。


 見たところ、十代後半。

 ポニーテールにまとめたピンク色の髪と、大きなグリーンの瞳。

 服装は、冒険者という言葉が相応しい、使い込まれた革製の軽易な部分鎧を身につけ、ブーツを履いている。


「あんた誰よ?」

「私は、ドロシーといいます。

 ……何も覚えて無いんですか!?

 あなた、私を殺しかけたんですよ!?」

「はぁ!?

 なんでそんなこと……!」


 私の勢いにつられて怒り口調だった彼女は、しばしの沈黙ののち、急に青ざめた表情に変わった。


「もしかして、アタシ……。

 龍化して暴走してた……?」






「ゴメン!!

 ホントに、ゴメンなさい!!」

 お互い落ち着いた後で、テーブルに着いて情報の共有を図る。

 彼女の名前は、メリールル・ビゼー。18歳。

 独りで旅をしているらしい。


「あの龍に変化するの、どんな魔法なんですか?」

「あれはね~。

 魔法っていうよりは、アタシの体質みたいなもん。他に同じこと出来る人に会ったことないから、アタシが勝手に『降魔』って名付けたんだけどね」


「降魔……?」

「そ。頭の中でさ、魔物の気持ちになってみると、その魔物の外見とか力とか、コピーするみたいな感じに使えるわけ。

 魔物を憑依させる、って言うのかな~」

「と言うことは、龍以外にも変化できるんですか?」

「いや、今はまだ『氷龍』だけ。

 でも、他の魔物もコピーできないか練習中なんだ。

 何種類か自由に変化できるようになれば、最強じゃない?」

「確かに。

 魔法を使わずに、そんなこと出来るなんて、凄いですね」

「まあね~。

 でも、結構キツいんだよ?

 MPの消費ヤバいし、MP切れると暴走しちゃうし。

 魔物の心に乗っ取られちゃう的な」


 MPを消費するんだったら、結局それって魔法なのでは……。


「あの、さっきから魔物の心とか気持ちって言ってますけど、どんなものなんですか?」

「ん? さあ……?

 どんなんだろーね。上手く言えないな~。

 アタシ頭悪いし、伝えんの苦手だからさ」

「そうですか……。

 さっき暴走したのは、その前にMPを大量に消費したりしたんですか?」

「いや~。

 あんまり飯食ってなくてさ。

 森の中で腹減って倒れて寝てたら、気付いたらこのベッドだったのよ」


 えええ……?

 危険人物じゃん……。


「あの、ご飯食べます?

 残り物ですけど」

「ホント?

 食う食う! めっちゃ食う!」


 作り置きしていた料理とパンを準備する。メリールルは一心不乱に食べ始めた。


 この人、相当燃費が悪いんだな。




 ひとしきり食糧を平らげたところで、メリールルの方から話しかけてきた。


「飯は食わないとダメだね。

 人間、普通は寝てる間に消費したMPを回復すんだけど、体に栄養がないとバッチリ戻ってくれないみたい」


 ソフィアの貯蔵庫、神臓を正常に機能させるのには体力が要るということか。


「それより、あんたはどうなの?

 ここで何してるわけ?」

「私は、実は記憶喪失なんです。

 この建物で目覚めて、ここ何日か手掛かりを探しているんですけどダメで……。

 近くに町があれば、そこに行ってみようと思ってるんです」

「えマジ?

 それって、だいぶヤバいじゃん……。


 そっかー。

 …………」


 メリールルは、一度少し悩むような表情を見せた後、吹っ切れたように言った。


「よし!

 じゃあアタシもあんたの記憶を戻す旅に付き合うよ!

 殺しかけちゃったお詫びにさ!」






 その後、メリールルから色々と教えてもらった。


 今日は、世界歴500年の4月15日だということ。

 ここは南レーリア大陸の南端、ソドム岬という場所だということ。


 地理的にはエルゼ王国の領土の中にあり、ここから最寄りの都市は、イブリス大森林――何度もお世話になったあの森――を東に抜けた先にある、王国領で最も栄える町、ブルータウンだということ。


 そしてここ3、4年、地上に顕現し人を救う新しき神「女神ヴェーナ」が降臨し、それまでの信仰を捨て、新たにヴェーナ崇拝の信者となる者が急増していること。


 メリールル自身は、ヴェーナを見たことがまだないそうだ。




 あとは、実世界の通貨について。

 この世界の統一通貨は3種類ある。

 ゴールド、シルバー、そしてブロンズ。


 それぞれの材質で造られた硬貨として流通し、1ゴールドが100シルバーと、1シルバーが100ブロンズと同価値。

 要するに、この前買った黒のワンピは1ゴールド70シルバーで、最初に売った木材は1つ1シルバー50ブロンズと言うことになる。




 戦い方についても、色々とアドバイスをしてくれた。

 まず、魔法を使う者の必需品、インジケーター。

 「ジュエル」と呼ばれる魔法補助アイテムが付いたブレスレット状の装備品だ。


 ジュエルは、人の魔力に反応する特殊な水晶を加工して作られる。

 回路術式という模様を刻印され、人々が魔法を行使する際に、術者の負担軽減や魔法の精度向上などの多彩な効果を発揮してくれる。


 このインジケーターを手首に装着すると、水晶の中に自分の最大MPと、現在の残りのMPが数値として表示される。

 さらに、自分が使用したことのある魔法の消費MPを記録していく優れもので、見比べれば現在自分がどんな魔法をあと何回撃てるか知ることができる。

 体感として認識できない残りMPが視覚化されるため、地獄のMP切れも未然に防止できるのだ。




 あとは、斧以外の道具だ。

 操作魔法は、戦闘においては柄の長い道具よりも投擲武器の方が相性が良い。


 楔(くさび)という武器がある。

 20センチ程の細長いV字形の刃に小さな取っ手が付いた形状の、鉄を加工して作った道具だ。

 これをいくつも操って立体的な攻撃を行う戦い方が消費MPもずっと少なくて済み、自分に合っていることが分かった。


 森の中で練習を繰り返し、操作魔法の自動実行も遂にできるようになった。

 今後は斧を素材収集用の道具、楔を戦闘用の武器として携行し、斧に自動実行の命令を与えながら楔で戦うことだってできる。




 何より心強いのが、メリールルの特技、降魔の存在だ。

 初見の魔物に遭遇しても、氷龍の攻撃力・耐久力をもってすれば、まず負けることはない。

 発動中は何もしなくてもMPを徐々に消費するため、連発は厳禁だが、ここぞと言うときの切り札としては最強と言える。




 そして、本人には恥ずかしくて言えないが、一緒に旅する人間がいるということが、どれ程有り難いことだろう。

 私は、仲間を得たのだ。






 1つだけ、困ったことがある。

 メリールルの戦闘指南の後に、地図や必要な諸々の道具を商人ギルドから購入した。

 そして、現在の所持金。




 -22.75DG。




 明日は4月20日。

 初めての、端末利用料金発生日。


 借金生活からは、当分抜け出せそうにない。


 ~第1章 目覚め 完~

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