第1章 Part 5 夢の借金生活

【500.4】


 その生き物――生き物と呼んでいいのか定かではないが、少なくとも動くもの――は、ブジュブジュと不快な音を立てながら、少しずつこちらに近づいて来る。

 どう見ても救いの手を差し伸べてくれるような外見ではない。

 こいつは、敵だ。


 どうする?

 何とか逃げるか?

 力は入らないが、全く動かないというわけではない。

 いや、ダメだ。

 やらないと、やられる。

 一振りでも、斧を動かせないか?


 斧に思念を送る。

 重たそうに頭をもたげ、斧が再び浮かび上がる。

 やった。だけど、チャンスは1回。

 振り上げて、下ろす。何とかいける。

 でも、刃物が効くの?

 見たところ弱点のような部位は認められない。


 そうこうしているうちに、ヤツは更に距離を詰めて来ている。

 もう2メートルもない。

 ええい、やるしかない。


 渾身の力で斧を振り上げ、ヤツの体の真ん中を目がけて振り下ろす。


 さっき程の威力はなかったものの、斧は相手の体を縦に真っ二つに両断し、地面に突き刺さった。


 青いゲルがピクピクと痙攣し、やがて動かなくなる。


 2つに分かれたヤツの体は、しばらくすると蒸発するかのように小さくなっていき、最後には完全に無くなってしまった。




 やった!!




 動かない身体を引きずり、這うようにして森から逃げ出した。

 地面に跡を残しながらやっとの思いで拠点まで帰り着いた頃には、既に日は陰りはじめていた。

 森の影が妖しく長く、こちらへと伸びている。


 扉を開け、拠点に転がり込んだ。


 もう無理。

 もう動けない。

 エントランスの中央、空渉石の赤い輝きに見下ろされながら、私は泥だらけのままで泥のように眠った。






 翌朝。

 目が覚める。体は一応普通に動く。


 上半身を起こし、改めて自分のひどい有様を確認する。

 服は泥にまみれ、橙色のリボンは解けて無くなっている。

 それに、斧と斬った木も森に置いてきたままだ。


 ……やれやれ。

 生きてるから、いいか。




 まず、端末を起動させ、商人ギルドの販売物品のリストを出す。

 1着しかないと、汚れても洗えないもの。


 安くてそこそこかわいい服、安くてそこそこかわいい服……。

 それなりに着られそうなデザインの服が目に留まる。


 これなんか全然いい。

 黒。やっぱり色は黒だよ。

 で、今ほど飾りが付いてなくて、動きやすそうな素材。

 しかも他より安い!


 今着ているものよりいくらか質素な、黒のワンピースを選択した。

 値段は1.7DG。


 ……1.7?

 まあいいか。安いんだから。

 相場がよく分からないけど、リストの他の服は軒並み2~3.5DGする。高いものだと10DG。


 よし決まり。1.7、あんただよ相棒。

 購入決定のボタンを押すと、すぐに台座の上に黒いドレスが出現した。

 速いな。

 画面の所持金欄の数字が変化する。


 -1.7DG。


 着替えを済ませ、汚れた1着目を洗い、温めなおしたスープで腹を満たす。

 さて。森へ再出発。

 大丈夫。まだ午前中だ。






 森へ入ると、昨日の場所にあの時のままで斧が刺さっている。

 操作魔法を発動し、地面から引き抜く。

 昨日よりも全然軽いな。

 周りに散らばる丸太も同時に持ち上げてみる。

 さすがに全部は無理か。


 斧はここに置いて、先に丸太4本を持ち上げる。

 うん。いける。


 一度4本の丸太を拠点の前まで運び、再度往復して残りの丸太3本と、斧を回収した。




 拠点の正面に7本の丸太を並べ、余計な枝を斬り落とす。

 まあ、こんなもんでしょ。


 さて、納品って言っても、どうやって転送するのか。

 端末を操作し、「物資納入」を選択する。


〈納入する物資の場所を選択して下さい。〉


 建物外前方、という選択肢がある。

 どうやら拠点の構造が、端末に記録されているようだ。

 押すと、丸太7本がリストに表示された。

 チェックボックスを全選択し、決定を押す。


〈【ドロシー】様。【丸太】×7の納品申〉

〈請を受付けました。         〉

〈これらの資材は、それぞれ【木材】×4〉

〈に変換されます。          〉

〈よろしいですか?          〉


 はい。


 ピロリンッ!


〈【木材】×28の納品を承りました。 〉

〈金額は、0.42DGです。     〉


 ん?


 所持金欄を確認する。


 -1.28DG。


 あれ?

 何か変だぞ。


 画面をあちこち操作し、履歴画面を見つける。


〈購入                〉

〈シルクのワンピース(黒)×1    〉

〈       ・・・・-1.7 DG〉


〈売却                〉

〈木材×28  ・・・・+0.42DG〉

〈  内訳:木材 単価 0.01 DG〉

〈  期間限定品薄商品補正  ×1.5〉

〈      最終単価 0.015DG〉


「はぁっ!!?」


 木材の最終単価が0.015DG?


 大扉を開け、拠点の外に出てみる。

 7本の丸太は、跡形もなく消えている。


 ……嘘でしょ?

 ちょっと待って、10日ごとの端末の利用料金は5DGだったよね。


 うわぁ……。






 その翌日。

 木を切る、時々出てくる青いゲルを倒す。

 木を切る、帰る、丸太7本納品する。


 また翌日。

 木を切る、時々出てくる青いゲルを倒す。

 木を切る、帰る、丸太7本納品する。


 更に翌日。

 木を切る、時々出てくる青いゲルを倒す。

 木を切る、帰る、丸太8本納品する。


 利用料金の発生まで、あと何日? 6日?

 今の所持金は……。


 0.04DG。


 あ。これ、絶対無理じゃん。

 終わったぁ……。




 いや、違う。


 2日目に黒のワンピを買ったとき、所持金がマイナスになるのに、普通に買い物できてた。


 最初に運営から来たメールを再確認する。


「残金が大幅にマイナスである場合、各種サービスの利用が制限されますのでご注意ください」


 声に出して読んだ。


 大幅にマイナスである場合。

 つまり、ちょっとくらいなら赤字でも問題なく端末は使える。

 それに、一日中魔法を使っているせいか、操作魔法の精度、持続力、そのどちらも少しずつ上がってきている。

 ということは、1日あたりの丸太の納入量も、だんだん増える。

 そのうち黒字に転じる!




 よし。

 勝ってはいないけど、負けてない。


 明日も頑張ろう。






 翌朝。

 今日も元気に、木こりするよ。

 一生木こりかもな。

 支度を終えてから、端末を確認する。


〈利用料金発生日まで5日       〉


 お、運営からメールが来ている。


〈件 名:品薄商品の変更について   〉

〈送信者:ファラブス運営       〉


 嫌な予感。


〈各位                〉

〈皆様の活発な商品納入のご協力により、〉

〈当初品薄状態であった木材の在庫量が、〉

〈昨日をもって正常値まで回復しました。〉


〈よって、本日より木材の品薄商品補正を〉

〈解除いたしました。         〉

〈皆様のご協力に対しまして、運営一同厚〉

〈く御礼申し上げます。        〉


〈つきまして、品薄商品を【緑水晶 小】〉

〈へ変更いたします。         〉

〈特に、鉱山や結晶樹林の近隣にお住まい〉

〈の皆様は、奮ってご納品下さい。   〉


〈  ファラブス商人ギルド長     〉

〈         ル・マルテル   〉

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