第1章 Part 3 少年

【500.4】


 …………。




 待ちなさい、マリア! マリア……!!




 今日も魔法理論かぁ。

 面白くないんだよな~……。




 私、蔵書の整理を父さんに頼まれちゃって。

 これからやらなきゃ……。




 わたしも2人の意見に賛成だ。

 ネットワークは、人の生活水準を飛躍させる革命的技術だよ……。




 絶対に諦めない……。

 どれだけ時間がかかっても……私がマリアを……!




 はっ……!?


 …………。


 夢、か。




 はぁ……。

 最悪の目覚めだ。


 毛布が汗でぐっしょり濡れている。

 昨日、寝る前にあんなものを見たせいだ。

 気持ちを切り替えろ、私。






 さて、どうしよう。

 端末の登録手続きは終わったのかな。


 ベッドから起き上がり、エントランスへ歩いて行くと、昨日は無かったものの存在に気がついた。


 エントランスのちょうど中央、目線より少し低い辺りに、濃い赤色でサイコロ形のキューブが浮いている。


 もう……朝イチから何?

 何でも浮いてればいいと思ってんだから。

 浮いてる物にはもう驚かないよ。


 しかしこのキューブ、よく見ると端末とは全然違う。

 宙に浮いているところは共通しているが、このサイコロは上下左右微動だにせず、まるで何も無い空間上にピタッと固定されているかのようだ。

 さらに、透き通っているという意味ではなく、存在自体が半透明に透けている。


 そこに在るようでいて、幻のような、何とも奇妙な立方体だ。

 触ってみると、確かに堅い鉱物の感触がある。


 今まで気付かなかった訳じゃないよね。

 昨日ここを何度も通り過ぎたけど、体はぶつからなかったし。

 それにしても、邪魔だな。エントランスの真ん中だよ?




 操作魔法で動かせないかと思い、キューブに触れながら少し魔力を込めてみる。

 すると、自分の体がキューブに吸い込まれるように歪んだ。

 次の瞬間、私は真っ暗な静寂の空間に立っていた。




 目の前にはさっきと同じように赤いキューブがある。

 その他には、何もない。キューブ以外は黒一色の空間が広がっているのみだ。


 上も下も横も、すべて黒。


 次第に自分が立っている感覚も怪しくなり、手をついてその場にしゃがみ込む。




「怖がる必要はないよ」


 ろうそくの灯りがポッと点くように、目の前に少年が現れた。

 優しい口調で語りかける。


「ボクの名前はカイ。ドロシー、キミを導くために来たんだ」


 私のことを知っている?

 ……いや、それよりもまずは今の状況を何とかしないと。


「私に何をしたの? ここはどこ?」


 問いを投げかけると、少年は一度不思議そうな顔をしたのち、わずかに微笑んだ。


「ああ、まずは誤解を正そう。

 この場所にキミを飛ばしたのは、ボクじゃない。キミ自身の能力だ」


 私の?

 どういうこと?


 少年は続ける。

「この場所は『接続空間』。

 地球上の3次元空間とは別の次元に存在してる。

 キミは、この四角い結晶体に魔力を流し込んだろ?

 このキューブは空渉石っていうんだけど、空間干渉魔法によって接続空間に移動する引き金になるんだ」


 ……ええと、つまり?


「つまり、キミには空間干渉魔法って種類の魔法適性があってね。

 その能力がたった今発現して、キミ自身が無意識に発動させた空間干渉魔法でここに飛んできたわけ」


「私の力でここに来たってことは、何となく理解したわ。

 それで、空間干渉魔法っていうのは何?」


「簡単に言うと、空間そのものに魔力を働きかけて、3次元空間座標に干渉する魔法さ。

 キミはさっきテレポートっていう魔法を発動させて、元いた場所からこの空間に、自分の存在位置を転移させたんだよ。

 自分の位置座標を書き換えた、とも表現できる。

 目の前の空渉石は、さっきの場所と繋がった空渉石。

 これを使ってもう一度テレポートを発動させれば、さっきの場所に一瞬で戻れる」


 必死に聞き入る私から目を逸らすことなく、少年は話を続ける。


「この空間にはまだスペースがあるだろ?

 別の場所にある空渉石に触れて起動させれば、その空渉石もキミに同期されてこの空間に出現する。

 ある空渉石からテレポートで接続空間に移動して、ここで別の空渉石にまたテレポートを使えば、その空渉石のある地球上の場所まで移動できる。

 ものの数秒で離れた地点を行き来できるんだ」


 なるほど。だんだん分かってきた。


「テレポートの便利さが理解できたようだね。

 つまりこの場所は、テレポートという移動ツールのハブ空間。乗り換え駅みたいなものなのさ」


「教えてくれて、ありがとう」


「いいんだよ。

 じゃあ、もう一度テレポートを発動させて、元いた場所へ戻ってみなよ。

 空渉石に触れながら、頭の中でテレポートの発動を念じてみて」


 空渉石に掌を当て、意志を込める。

 すると、すぐに周囲の景色がエントランスの灰色レンガに変わった。


 本当に一瞬なんだな……。


「良くできました」


 隣で少年が笑う。

 ……あんたはまだいるんだ。

 そういえば、あの場所とは別に関係ないんだっけ。


 そうだ、せっかく他人に会えたんだ。他のことも聞いておこう。


「君は……えっと、カイ君って言ったっけ。私のこと、何か知ってるの?」


「それはねえ、残念だけど教えてあげられない。

 ボクはね、ドロシー。

 キミにとっての導き手ではあっても、プレイヤーではいられないんだ。基本的にはね。

 書き置きに記されてるとおりさ。

 自分の目で見て、心で感じるしかない」


 直感した。どうやらこの少年は全てを知っている。だが教える気がない。

 納得がいかないので、質問を続ける。


「あなたは……私をこの場所で眠らせた張本人なの? それともグル?」


「それは違うよ。

 基本的にボクは、このストーリーに干渉しない」


「誰かが私に何かをさせたがってる。

 テーブルの上にあったあの書き置きは、信じていいの?」


「書き置きに従うかどうか、それも含めてキミ次第さ。

 でも、何もしないと始まらないよね」


 それはそのとおりだ。

 っていうか、この少年自体も信用するかどうか決められないのに、何を聞いてるんだ私は。


 少年との会話を通じて、これ以上彼に何か聞いても無駄だということが、何となく分かった。

 そうなると、質問する気が急に失せていく。疑問は沢山あるのだけれど。


「これ以上聞いても無駄だと分かってくれたね。

 ボクはキミの導き手。

 キミが世界を旅するのに必要なことだけを教えてあげる。

 じゃあ、またね」


 登場時と同じように、少年は音もなく消えた。

 彼のことは気になるが、考えたってしょうがない。

 それに、彼は最後に「またね」と言った。

 いずれまた現れるってことだろう。




 あ、起きたままで髪ボサボサだった……。


 クソ……。






 作業部屋に入ると、昨日登録を行った後には消えていた端末の赤い光が再び点灯している。


 近づくと、前回のように光の画面が表示された。


〈新着通知があります。        〉

〈メールボックスを確認してください。 〉


 メニュー画面からメール機能に進めるようになっている。


〈件 名:ユーザー登録完了のお知らせ 〉

〈送信者:ファラブス運営       〉


 件名にタッチすると、文章が表示された。


〈【ドロシー】様           〉

〈仮想国家ファラブスへ御登録いただき、〉

〈ありがとうございます。       〉


〈さて、早速ですが、食糧供給サービスを〉

〈開始させていただききました。    〉

〈食糧供給サービスとは、端末の物資流通〉

〈機能を使い、あらゆる場所に食材を送り〉

〈届けるサービスです。        〉


〈端末1個につき10人分まで、毎日無料〉

〈にて食材を提供いたします。     〉

〈仮想国家ファラブスは、餓死者ゼロを目〉

〈指しています。           〉




 画面の位置はそのままに、浮遊する水晶が天井近くまで音もなく上昇してゆく。

 下の台座が光を放ちはじめ、やがて台座の上にいくつかの野菜や果物、そして紙に包まれた塊が出現した。

 包みの中身は……新鮮な生の肉の塊だ。恐らく豚肉だろう。


 食材を目にして、はじめて自分が空腹であることに気付いた。

 だがこれで生活に困ることはなさそうだ。

 台座部分の発光が収まり、水晶がゆっくりと元の位置に戻る。

 画面には、まだ文章が続いている。


〈その代わり、【ドロシー】様には市場に〉

〈おいて供給が不足している商品の納入を〉

〈支援していただきたいと思います。  〉


〈現在の不足品は【木材】です。    〉

〈木材を入手し、端末を使って市場に提供〉

〈してください。           〉

〈商人ギルドが適正価格にて、買い取らせ〉

〈ていただきます。          〉


 なるほど。なかなか合理的なシステムだ。

 販売側は品薄の商品を調達できて、利用者側も資金を貯められる。

 お金は絶対必要でしょ。


〈商品納入によりユーザーが得た利益は、〉

〈ネットワーク内で流通している仮想通貨〉

〈【データゴールド】として端末に記録さ〉

〈れます。              〉


〈データゴールド(DG)は実世界の通貨〉

〈【ゴールド】と1:1の換金レートで、〉

〈いつでも交換可能です。       〉


 ゴールド。

 通貨の単位はゴールドというのか。

 これも初耳。多分金貨一枚、みたいな感じだろう。


〈なお、規約に記載のとおり、端末の利用〉

〈料として、利用状況に応じた金額を10〉

〈日毎に請求させていただきます。   〉


〈利用料金は端末に保存されているデータ〉

〈ゴールド(DG)から自動的に回収され〉

〈ますが、残金が大幅にマイナスである場〉

〈合、各種サービスの利用が制限されます〉

〈のでご注意ください。        〉


〈まずは10日後、基本料金の5DGをお〉

〈支払いいただきます。        〉


 ……有料なの?

 規約をよく見なかった。そんなこと書いてあったんだ……。

 まあ、慈善事業じゃないんだから、当然っちゃ当然よね。


〈商人ギルドへのアクセス権が付与されま〉

〈した。               〉

〈木材の納入を含め、物品の売買をご希望〉

〈の場合は、             〉

〈「ギルド」→「商人ギルド」のページか〉

〈ら選択できます。          〉


〈納入する物品は、木材以外も幅広く受け〉

〈付けていますが、現在は木材のみ通常の〉

〈1.5倍の価格で買い取りを行っていま〉

〈す。是非、この機会に多数の木材をご提〉

〈供ください。            〉


〈長い説明にお付き合いいただき、ありが〉

〈とうございました。         〉

〈仮想国家ファラブスは、皆様の快適なネ〉

〈ットワークライフを応援いたします。 〉


〈  ファラブス運営責任者      〉

〈         ガウス・モンロゥ 〉

〈  ファラブス商人ギルド長     〉

〈         ル・マルテル   〉

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