第1章 Part 2 仮想国家ファラブス
【500.4】
やってしまった……。
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5.はじめのうちは制御が難しいかも知れません。
慣れないうちは無理をせず、安全な場所で小さな物体を使って何度も練習しましょう。
いずれは大きいものや重いものも思い通りに操作できるようになるはずです。
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意志を正確に伝えるには、練習が大切ってことね。了解。
木の実じゃなくて斧で試した私が悪いよね。
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6.上級者は、対象に一連の操作命令を与えたならば、ずっと念じていなくても、自動で対象を動かし続けることができます。これを自動実行と言います。
操作魔法の自動実行は大変便利で、魔法文明の基礎とも言えます。
今回は手始めに操作魔法を体験してみました。
次回は魔法の仕組みについて、勉強したいと思います。
~第2章へつづく~
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なるほど。これが魔法か。
暴走したとは言え、あれだけ重い斧を初見で操作できたのだ。多分私には魔法の才能がある。
これは真っ先にモノにするべき技術だ。
後で続きも読んでおこう。
魔法の試し撃ちを終え、部屋を片付ける。
あんなに大きな音がしたのに、誰も来ないな。やっぱり無人なんだろう。
さて、建物の探索をしていたんだった。部屋はまだある。
これまでに見たのは寝室とエントランス。
エントランスはもう2つ、別の部屋と繋がっている。
まずは、その1つ目、寝室の反対側の部屋を見てみることにする。
ドアを開けて新しい部屋に入った。鍵はかかっていない。
「……何、あれ……?」
思わず声が漏れる。
私の視線は壁際の一点に引き寄せられていた。
そこにあったのは、空中に漂う綺麗な逆三角錐の結晶体だった。
無色で透き通ったその水晶は、灰色の台座の上30センチほどの高さを浮遊しながら、天井の明かりを反射して時折キラリと瞬いている。
不思議な水晶を遠くから眺めるうちに、三角錐の上面が赤く点滅していることに気がついた。
様子を見ようと近寄ったところ、水晶の手前側、丁度私の顔と水晶との間に、長方形の光の板が現れた。
光の板に文字が表示されている。
〈魔法を使用した反応を感知しました。 〉
〈誰かいますか? 画面に触れて下さい。〉
〈誰かいますか? 画面に触れて下さい。〉
〈誰かいますか? 画面に触れて下さい。〉
しばらく眺めていたが、同じ文章がずっと繰り返されている。
何これ? 何か怖い……。
恐る恐る、書いてあるとおりに光に触れてみる。
すると、表示が切り替わった。
〈こちらは「仮想国家ファラブス」です。〉
〈現在この端末は、使用者の登録が完了し〉
〈ていません。 〉
〈ネットワークのサービスを受けるには、〉
〈使用者の登録が必要です。 〉
〈規約を確認の上、登録を行って下さい。〉
端末? サービス?
よく分からない……が、「ネットワーク」という言葉が表示された。
誰かさんの書き置きにあった、気になるワードだ。
画面には文字盤が出現し、名前を入力できるようになっている。
ものは試しだ。
「ドロシー」と入力した。
〈ようこそ、【ドロシー】様。 〉
〈ただ今あなたの使用者登録申請を受け付〉
〈けました。 〉
〈これで当端末はあなた専用となります。〉
〈仮想国家ファラブスは、あなたの楽しい〉
〈ネットワークライフを応援しています。〉
今度は「メニュー」と表示された。
ええと……?
「情報」「ギルド」「メール」
この画面が情報を教えてくれるの?
とりあえず押してみよう。
いくつかの単語が表示された。その1つを選択する。
〈端末について 〉
〈今あなたが操作しているこの装置の事を〉
〈【端末】、正式名称を【ソフィア感応水〉
〈晶回路コンピュータネットワーク端末】〉
〈と呼びます。 〉
難しい言葉が並ぶ。
よく分からない。
〈端末が提供する主な機能には、離れた相〉
〈手と意思疎通を行う【情報交換機能】、〉
〈端末間で物質を瞬時に転送させる【物資〉
〈流通機能】があります。 〉
〈端末は、魔物が出現した現代における物〉
〈流・情報インフラとして、端末同士の相〉
〈互交換網【ネットワーク】を形成し、こ〉
〈れを用いた世界最大の国際コミュニティ〉
〈である【仮想国家ファラブス】を生みだ〉
〈しました。 〉
〈我々は、常に快適なユーザーインターフ〉
〈ェイスを目指しています。 〉
〈動作改善に関するご意見、ご要望をお待〉
〈ちしております。 〉
ソフィア?
コンピュータ?
魔物?
知らない用語が多過ぎる。
要するに、離れた相手と物や言葉のやりとりができるってことかな?
これも魔法の力なんだろうか。
凄いな。
それとも私がものを知らなさ過ぎるだけなのか……。
どうやら「情報」以外の機能は準備中のようだ。
「アカウントの登録完了までお待ちください」と表示される。
他に今操作できることはなさそうだ。
この部屋には、端末以外は大きな机があるだけだ。
机と言うよりは、作業台と表現した方が適切だろうか。
傷の付きにくそうな材質を使っており、広い作業スペースが確保されている。
作業部屋の探索を終え、エントランスに戻る。
今度はエントランスのもう1つのドアだ。出入り口の反対側。
エントランスの最後のドアを開けると、長い廊下が続いていた。
足元、ドアのすぐ横には、壁を貫通した斧が無造作に横たわっている……。
廊下の左右に1つずつ大きな部屋のドアがある。そして、廊下の行き着く先は、枝分かれした5つの小部屋だった。
……いい加減にしてよ~。
一体いくつあるんだよ部屋……。
私もう驚き疲れたよ。
幸運なことに、いや、幸運ではないんだけれど、奥の5つの小部屋はどれも鍵がかかっていた。
これは今はどうしようもないな、うん。
諦めて残る2つの大部屋を探索しよう。
廊下の入り口から向かって左側の大部屋は、調理場兼食堂のようだ。
簡素なキッチンと大人数が座れるテーブルが置いてある。
特に珍しいものや、記憶を引き出してくれるようなものは見当たらなかった。
最後の部屋、向かって右側の大部屋に入る。
もう驚かないつもりだった。
でもこれは……。
最後の部屋にあったのは、端末とは比較にならないほど巨大な、2つの水晶の塊だった。
薄紫の色をしたそれらの水晶は、下は床の石タイルに亀裂を走らせて重たく沈み込み、上は天井に突き刺さって自らを固定している。
いびつで、ゴツゴツと角の尖ったその形状。しかしこちらに面した部分のみ、まるで鏡面のように正確に、平らに削り取られて磨かれている。
だが、私の足を止めたのは、その大きさではなかった。
2つの巨大な水晶。
それぞれの中に、人が1人ずつ埋まっているのだ。
まるで氷漬けにでもされたかのように……。
突如、雷に打たれたような衝撃が頭の中に走った。
同時に、瞬間的に脳裏に映像が浮かんだ。
談笑する4人の女の子。
1人は長い黒髪、1人は紺色の髪、1人は茶髪で背が高く、もう1人は白髪で背が小さい。
考える暇を与えず、フラッシュバックに似たそのイメージは、刹那のうちに消えてしまった。
今のは……私の、記憶?
紺髪の子は、私よね?
さっき鏡で見た自分の顔と一緒だった。
再度、水晶に目をやる。
左側の水晶に埋まっている人間は、さっきのイメージの中にいた黒髪の子だ。
そして、右側の水晶の中の人間は、背の小さな白髪の子。
細かい顔までは覚えていないけど、多分間違いない。
この建物は一体何なの?
そして、その中で目覚めた私は何者……?
左側の水晶に近付き、女性の顔をよく見る。
さっきのイメージよりも年を重ねた姿だと気付いた。
同時に、目蓋が開いており、中の赤く光る瞳が虚ろな視線を送っていることにも。
全く腐敗しておらず、時間を止めて閉じ込めたかのよう……。
だがこれは間違いなく……死体だ。
胃の奥から、強い吐き気がせり上がってくるのを感じ、私は半ば逃げるようにして部屋から出ていった。
今日はもう寝よう。
今は何も考えたくない。
明日になれば、元気も出てくるさ。
でも、ダメ。
頭が思考を止めてくれない。
記憶がないってことは、自分自身を信じることもできないってことなんだ。
悪い想像ばかりが浮かんでは消え、浮かんでは消え……。
私は、震えながら頭から毛布を被った。
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