第21話 3



 半径50メートルのリングの中、中心に俺、北にソフィアさん、中心寄りの北東に榊原さん。

 瓦礫に身を寄せ、射線を遮り。

 全速で思考し、策を練る。


 しかし状況はあまりにも単純で、単純だからこそ膠着状態に陥っていた。


 三つ巴。

 2人が本格的に争えば残り1人を利することになる。

 かといって混戦になれば自分が勝てるか分からない。


 だからこそ、誰かが焦り、間違えるのを待っている。


 ちらりと頭を出して見れば、同じく頭を出してスコープを覗く影が2つ。

 ババンと銃声、ズズオンと風、チュチュンと弾丸。

 真横を通って、路面に弾ける。


「誰か、じゃないか。

 そりゃそうだ」


 2人は俺が間違えるのを待っている。

 客観的に見て俺が一番弱いから、それだけじゃなくて、俺が最初に動かなければならないから。


 アラームが鳴る。

 戦闘区域が変化するという警告だ。

 第6収縮終了後、安全地帯は半径50メートルの円で固定されるが、1分経つと円そのものが1分かけて次の場所に移動し、また1分後に動き出す。


 今回の移動は南から北へ一直線。

 第6収縮終了後のエリア外ダメージは秒間40。

 回復し続けたとしても、8秒で死ぬ。

 そして、このまま動かなかった場合、まずエリア外に出るのは俺なのだ。


 ……背中が焼けるまであと30秒もない。

 考えられる時間だけで言えば、その半分。


 手は、幾つだ? 

 俺にいったい何が出来る? 

 最後のひとりになれるルートは、どれだ?


 問い、答える。

 探し、合わせる。


 漁夫。

 撃ち合っている。

 撃ち合わせる。

 顔を合わせれば、傷つけずにはいられない。

 日本人は同居が苦手だ。


 手持ちのマジック・ボトルは風が3つだけ。

 2つで2人を戦わせる。

 飛ばして、撃たずにはいられない状況を作り出す。

 残り1つで、勝った方に詰め寄って殺す。


 20秒。


 けれど……どうだろう。

 そもそも、戦ってくれるだろうか。

 離脱にリソースを使わせられると見れば最低でもリターンは取れるだろうが、そこから先はどうする。

 残り1つで、次をしのげるか。

 最悪の場合、悪化した手札で同じ盤面だ。


 運の要素――それも、相手が間違えてくれるかどうかという部分が、強すぎる。


 侮るな。

 最大限の敬意を払え。

 ソフィア・スミスも、榊原又則も、第一線で活躍する司令塔IGLだ。

 プロだから、アマチュアだから、過剰に恐れるようなのもそれはそれで敗北につながるだろうが、しかし――


 俺が動くのを待ってるんだぞ、こいつらは。

 乗っかって撃ち合う振りをして、好機と見てリポジションする格下を瞬殺し、紛れが入らない状況を用意しようとするんじゃないか。

 そのムーブならほぼ確実に2位は獲れると、2人が意見を同じくするんじゃないか。


 俺はアマチュア。

 こいつは絶対間違えると、そう思われて然るべき。

 直接話した2人は、敬意を持てるゲーマーだった。

 だからこそ、当然の評価として、彼女らは俺を起点にする。

 有利を作って、勝ちに来る。


 視線を、感じていた。

 見られている。

 2人から。

 あるいはもっと多くから。


 俺が始めた、俺のための大勝負。

 誰が見ていようと、関係ない。

 ――真理だけど、それだけじゃあ、ない。


 人と人が、人の見るなか角突き合わせる電子の舞台。

 そこに魅了され、浮かれ舞い上がり、間違えた。

 だが、――ああ、間違えただけなのだ。

 その輝きに曇りはなく、焦がれる想いに陰りはない。


 俺は、笑った。


 舞台ならば、演じて見せよう。

 弱者は、弱者として。

 強者は、強者として。

 その上でひっくり返るから、面白いのだ。


 脈絡も無く顔を出し、SMGをぶっ放す。

 榊原さんに3発当てて、24。

 この程度、たった2秒で回復される。

 それに対し、体を晒したことで2発被弾し、俺が受けたダメージは120。

 収支マイナスもいいところだ。


 10秒。


 銃を背負い、回復を行う。

 準備を考えると7秒だけ。

 全回復には1秒足りない。

 完璧な調整に、ほくそ笑む。


 追い込まれたぞ。

 万策尽きて、苦し紛れに銃を撃ったと思うだろう? 

 何かを狙ったが失敗したと思うだろう? 

 無意味な行動だからこそ、次はチャンスだと思うだろう? 

 思ってくれ、頼むから。


 マジック・ボトルを握りしめ、壁の裏で構えを取る。


 炎は真後ろにまで来ていた。

 ダメージを受けるまで、もう3秒とない。

 だからこそ、もう2秒、俺は待った。

 待ってから、体の右半分だけを出して、感覚を信じ、遙か遠くに投げ込んだ。

 

 ダッ、ダン、2つ続けて銃弾が奔る。

 あたってもいないのに、引っ込めた右手の指先が痺れていた。


 視界が赤に染まる。

 体が火焔に包まれる。

 30、60。


 90に届く半秒前、壁から抜けて、岩陰を飛び出す。

 動け――動く。

 当てろ――当てる。

 右手に握りしめたグレネードを、こんどは地面に叩きつけるようにして投げつけた。

 狙いは自分の足元ではなく――榊原さんが隠れる近い方の瓦礫の裏。


 返しで放たれた銃弾は、俺の胸を抜けていった。

 60点。

 残りは65。


 直後、ガラスが割れる。

 2


 人影も2つ、飛び上がる。


 さあ、ここから。

 どうします? 

 瀕死の俺を殺すより、優先すべきことがあるでしょう? 


 俺は、最後の1つを取り出した。

 榊原さんは銃を背負った。

 ソフィアさんは吹き飛びながらスコープを覗いた。

 ――銃口は榊原さんの方を向いていた。


 最初に銃声があった。

 榊原さんの顔で、火花が弾ける。

 ヘッドショット。

 1.5倍のダメージと、0.1秒の硬直。


 すぐさま立ち直り、マジック・ボトルを装備しようとする榊原さんだが――

 そこに続いて、俺の投げつけたマジック・ボトルが着弾した。

 吹き飛ばされ、どうすることもできず、彼の姿は陽炎に溶けた。


 ――吹き飛びをキャンセルするには、何かを装備した状態で構える必要がある。

 しかしこのゲームは弾倉に弾丸がない銃を構えようとすると、強制的にリロードモーションが挿入される仕様だ。

 そして、リロードでは速度を0にできない。

 即座に銃を背負い、最速で構えまで持って行けるマジック・ボトルの装備を狙ったのはさすがだったけれど――


 結末を見届けることなく、俺は最後の1つを使い、飛んだ。

 銃を撃ちきったのはソフィアさんも同じで、スナイパーライフルのリロードは当然長い。

 その上、彼女には着地硬直も課せられる。


『DLT_Sakaki is burned in the Dragon flame』


 ログが流れると同時、辿り着く。

 対面する。

 赤の瞳に、俺が映る。


 言葉はかけなかった。

 できるけれど、しなかった。

 そういう合意があった。

 それこそが会話だった。


 武器は、俺が有利。

 HP状況は、ソフィアさんが有利。

 マジック・ボトルの所持状況は分からないが、おそらく不利。


 ――どこまで勝率を上げられただろう。

 数字では分からない。

 先の見えない道が、真っ直ぐに伸びていた。


 体が震える。

 心が躍る。


 さあ、3度目だ。








◇◆◇








『やあ』


『どうも』


『勝てると思ってるの?』


『当たらなきゃ勝てるよ』


『わあ負けず嫌い』


『分かる?』


『そりゃあ、ねえ』


『この一戦で勝つために準備してきたんで』


『やー、きっついきっつい、相性差えっぐいねえ』


『研究時間、足りてないよね?』


『忙しくて』


『今回は、使うよ』


『うん、ごめんね』


『や、3先の、3本目なんだから』


『そうだった』


『……楽しかった?』


『もちろん』


『なら、良かった』








◇◆◇








 ――勝負としては果てしなく長く、しかし、語り尽くすには短すぎる20秒だった。


 初手、構え、振りながらに着地してファーストヒット。


 距離の都合で追撃は出来ないが――無理に攻めなければ俺が有利。

 構え、見合う。


 ソフィアさんの目が据わる。

 視線が冷たく、突き刺さる。

 刺突なら後出しで勝てるんだぞと、引いた立ち位置が物語る。


 距離を保ちつつ、円を描くようにじりじりと動く。

 迫る炎を、背負わせる。

 ソフィアさんは拒絶しようとするけれど、コントロール権を握っているのは、俺だ。


 どんなゲームでも変わらない。

 複数の武器があるのなら、当然それぞれに有利不利が存在する。

 ……まあバランスなんぞ知ったこっちゃねえと我が道を行く作品もあるけど、大抵は有利不利ができるようにデザインする。

 そうでなければ意味が無い。


 とはいえ、扱うのは人間だ。

 キャラ対人対、やればやるだけ道も拓ける。

 しかし――


 Pilot2正式発売からわずか1週間、営業活動やら案件動画やら、プロゲーマーにとっての繁忙期。

 今のあなたたちに、研究に使える時間は、ない。


 座学、練習、やるだろう。

 それでも俺には及ばない。

 このときのため、昼夜逆転生活を送ってきたのだ。


 そのリズムずらしだって、対策済みなんだよ……!! 


 目の前、見えていたはずのアバターが見えなくなる。

 ほんの一瞬、動体視力を振り切られる。

 構え操作による視線誘導、パターン慣らしからの外し、そこに重なる斜め移動――対人ゲームをやる人間なら誰もが知っている、相手のエイムをずらす動き。

 基本中の基本だが、プロのそれは質が違う。

 分かっていても、ずらされる。


 だから、俺は見ること無く両手剣を振るった。


『Block』


 青い英字が、瞬き消える。

 体の向きが正されて、真っ直ぐにふたり、視線を交える。

 俺は、その顔に剣先を突き込んだ。


「ふー…………」


 長く、細く、息を吐く。

 ヘッドショット、クリティカル。

 これだって簡単なものじゃない。

 外せば終わりのプレッシャーの中、ショットガンを突きつけあっているようなもの。

 どれだけ練習しても、外れるときは外れてしまう。


 焦るな、逸るな。

 丁寧に、慎重に、間違えなければ勝ちになる。

 この1v1は、センスでどうこうなるものじゃないんだから。

 

 硬直開け、痛みを堪えるような表情が物語る。 

 攻め手に欠ける、しかし攻めなければ焼けて終わる。

 相手はプロだ。

 時間さえあれば不利をごまかす手の1つや2つ、平然と繰り出してきただろう。

 ――時間がないから、勝ち目がある。


「……」


 彼女は無言だった。

 無言のまま、表情を消した。

 腹を括った様子だった。


「すぅー……」


 プロがアマチュアに大舞台で正面切って切られる覚悟、ではない。

 最後の最後まで切り合う覚悟だった。

 不利を悟ってなお、勝負に挑む勝負師の貌だった。


 俺は――笑った。

 楽しくて、嬉しくて、仕方がなかった。

 ここからだ。

 紆余曲折あったけれど、あったからこそ、ここまで来られた。

 あの日の狂喜が身を満たす。

 欠けたところを、とっぷり埋める。


 自分がそうなっていると意識できている――その幸いに、感謝を。


 踏み込んでくる。

 詰められる。

 やはり、咎められない。

 どちらも当てられる距離で、探り合う。


 ――これは? 

 ――させないよ

 ――んー、じゃあこうだ

 ――もう喰らわないって

 ――もう、可愛くないなあ


 炎の壁が、彼女を呑み込む。

 仕掛けてくるとすればそこだというのは分かっていた。

 ハイライトされるとはいえ、火焔のエフェクトでモーションを隠せるから。


 けれど――それはお互い様なのだ。

 現代の一人称視点FPPゲームでは、自分から見えていれば相手からも見えるし、逆に見えていなければ見られない。

 それがデフォルトで、スタンダード。

 いくらプロでも、練習時間が足りない中、新しいハードで100%ヘッドショットを出せるものじゃない。


 大きく動けばまず当たらない。

 後ろに引けば焼けるタイミングとHPの都合から、頭に当たっても勝ちになる。


 頭では分かっていた。


 ――前に歩み出たのは、本能に従った結果だった。


「やるね」


「でしょ」


 刺突が当たる、胸を貫く。

 その直線上には、下がっていた場合の頭があった。

 そして、ベールの向こうに立つ彼女は、左手に何かを隠していた――


 構え、刺突。

 先行して動き出した刃が、貫き通す。


『Critical』『60』


『You killed ff_Sophia』


『You are the KING of this game!!』


 簡素な文字が、俺の勝利を祝していた。

 歓喜が、弾ける。

 感情をそのまま、解き放つ。


「勝ったぞ行くぞ、見てたかおまえら!! 

 こっからだぞ、ついてこい!!!!」








◇◆◇







 プロアマ交流戦、第1ゲーム。


 1位、MieCRO。


 総獲得ポイント、360。








◇◆◇










「ふぅー……」


 1試合、20分弱。

 たったそれだけの時間でも、アドレナリンが落ち着いたあとの疲労感は強烈だった。

 脳髄がジンと痺れている。

 頭が痛いし、猛烈に眠い。


「体力、つけないとなあ……」


 プロはタイトルやエントリー数にも因るが一日に最低3試合、それを週2で6週間だ。

 先を見据えるのなら、もっと多く、もっと長い。

 たかだか1戦で疲労困憊になっているようでは務まらない。


 『Pilot2』をVRモードに切り替えて、宇宙の向こうに現実世界を透かし見て、ゆっくりと水を口に含む。

 飴を舐めて、溶け出す甘味を脳に届ける。

 戦いは続く。

 少しでも良い状態で次戦を迎えなければ勝ちはない。

 ――だから、喜んでいる暇なんてない。

 そのはずなのに、口ずさむ。


「勝った……、勝った、勝った」


 まずは一本、それだけでしかない。

 ここからは特にマークがきつくなる。

 初戦を中位下位で終えた選手が優勝を目指すなら、上位を早めに潰す以外に道はないから。

 1位というのは、そういう意味で、分かりやすく、狙いやすい。


 浮かれてなどいられない。

 けれど……戦化粧は固める側から流される。

 じんわりと、喜びと興奮が湧き上がる。


 メンタルが安定しない。

 フラットにならない。

 衝動が、理性の手綱を引いている。


 ……違う、そうだ。

 俺はそういう人間なのだ。

 自身の言葉が、腑に落ちる。


 ――飢えているのだと、今更のように、思い出した。

 勝利に飢えている。

 勝負を求めている。

 頂点を欲している。

 だから、今も走っている。


 ――焦っていたのだと、自虐的に己を笑う。

 急がなければ間に合わなくなる、そういう焦燥に身を焦がしていた。

 急げば間に合うのだと、傲慢と慰めの狭間に立っていた。

 少しずつ現実味を帯びていく未来予想のディティールに耐えられなくなっていた。

 だから、堪えきれずに駆け出した。


 俺は今、何がしたいのか。

 ――過ごした日々が無意味ではなかったのだと、結果でもって証明したい。


 俺は今、何のために進むのか。

 ――自分が満足するために、進むのだ。


 それと……そう。

 まだ自分を責め続けている幼なじみに、俺を育ててくれたすべてに、伝えたいのだ。


 ――あなたたちのおかげで強くなれた、と。


 ここにいるのは俺だけだ。

 ぜんぶが俺で、反発はしても、矛盾はしない。


「大丈夫。

 やれる、いける、勝てる、――勝つぞ」


 HMDの右下に、メッセージが表示される。


『インタビューの準備ができましたので――』


 ああ、そういえば目立った選手には試合毎にインタビューがあるという話だった。

 仕切りは叔父さんだし、緊張するほどのことでもない。

 最初に知ったときは聞いてなかったからびっくりしたけど。


『分かりました。

 オープニングと同じで個人配信もつけたままでいいんですよね?』


 確認の連絡を入れつつ、はたと気づく。

 そういえば、今もまだ、垂れ流している。


 ……。


 しーらね。















○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●

次回更新→5月16日

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