第20話 3rd Encounter



『いよいよ始まりました第1試合!! 

 各プレイヤーはマップに120存在する初期位置から1カ所を選んでスタートします。

 画面右上に表示されているマップ上の青い光点が各プレイヤーの居場所ですが……。

 選ばれたスタート地点は選手側でも分かるようになっているのにも関わらず密集地と過疎地ができていますね、大和泉さん』


『そうですね……、まず前提として、今回は大会のポイントシステムがゲーム内のポイントシステムとほとんど同じです。

 そのためプロ、アマチュア関係なく、どうすれば効率的にポイントを獲得できるか全員が理解しています。

 むしろアマチュアの30名の方がルールへの造詣は深いかもしれません』


『プロの方々はどうしても1つの作品にかかりきりというわけにはいきませんからね』


『現在このゲームでは二つの戦略が主に採られています。

 極めて強力なアイテムであるマジックボトルの確保を目指し街道エリアでスタートするか、まずゴールドボーナス120ポイントの確保を目指して街スタートを選ぶか、です。

 マップ上で手に入るアイテムには一定の傾向がありまして、街道ではマジックボトルを合成するにあたり欠かせないガラス瓶が手に入り、街では価値基準である『g』が高く設定されたアイテムが出現しやすくなっているんです』


『アイテムはマジックボトルに合成する他、設定された『g』に応じた量の回復薬にも変換できるんでしたね。

 また、死亡時に所持していた合計金額の……』


『200分の1ですね』


『そうでした、200分の1がゴールドボーナスとして上限120のポイントに換算されます』


『また脱出というシステムがありまして、所持総額が10000を越えた時点で、脱出地点がマップに表示されます。

 こちらは観戦視点なので……ああ、ありますね、緑色のドアマークです。

 ここに行って20秒待機することで、順位ポイントが0になり、かつキルポイントの倍率が20に固定される代わりに、所持総額の100分の1をゴールドボーナスとして獲得しゲームから離脱することができます。

 ただ、今回重要なのはポイントの部分ではありません』


『と、いいますと?』


『バトロワゲームの例に漏れず、エルドラドも時間経過とともに戦闘可能エリアが狭められていきます。

 ですが、脱出地点は試合毎に固定されているので、そこから最終的なエリアを予想できるんですよ。

 第4収縮が終了した時点で脱出自体できなくなりますからそれ以降は経験則に頼るしかありませんが……』


『早期に10000ゴールドを確保することで中盤までの大きな優位を築き上げることができるんですね』


『そういうことです。

 対して街道スタートの利点ですが、こちらは先ほども言ったようにマジックボトルの必須素材であるガラス瓶が入手できるところになります』


『聞く限りでは街の方が強いように思われるのですが……街道の方が極端に多いですね?』


『強い弱い、というよりは、単純に流行の問題ですね。

 現状、ビルドは9パターン用意されているんですが、片手剣とスナイパーライフルの組み合わせが大流行していまして』


『というかぶっちゃけそれしかいないですよね』


『ですねー……、触った感じ、武器バランスはかなり良くできてる方なんですけど、銃の扱いがプロ目線でも死ぬほど難しいのと片手剣が近接武器の中で一番使いやすいので。

 あとは緊急時にマジックボトルを使って逃げられるのも大きいです。

 風がね、最速の移動手段ですから、とにかく分かり易く強くて重要視されています。

 もう少し時間があれば環境も多様化したと思うんですが』


『リリースから1週間も経ってませんからね』


『で、ですよ。

 この構成、強いは強いんですけどマジックボトルが潤沢に確保できていないと高スキルレベル帯では安定感に欠ける。

 そこで初動戦闘を覚悟してでもガラス瓶を確保する街道スタートと、物資を持ってえっほえっほとやってくる街道組を暗殺する街スタートに分かれるわけです。

 ちなみにこのゲーム、エリアの仕様が結構エグいので先入り大正義です。

 このレベル帯だと……そうですね、安置外に出たら即死だと思ってもらえれば』


『その説明だと現状とは対照的に街の方が強いのでは?』


『強いですよ。

 特にこの1試合目だと戦闘の価値が低いですからね』


『本大会では試合が進む毎にキル数の上限が解放されるルールとなっております。

 1試合目は3、2試合目では5、3試合目は7、という形です。

 ……素人目にはやはり、堅い動きから入らない理由が分からないんですが……?』


『どうしてもプロがアマチュア混じりの大会で徹底したムーブを選ぶと燃えますから……。

 今回はストリーマーの方も大勢いらっしゃるので、余計にみんな、理にかなわないキルムーブを採用しちゃってるんじゃないでしょうか』


『あー……』


『まあ、プロ側に脳筋が多いのも大きな理由だとは思います』


『ffのRyu選手とかね』


『攻めますねー……、まあ彼は自他共に認める脳筋ですが』


『おっと、そのRyu選手ですが、ちょうど接敵したところのようですよ!』


『では戦略面の解説はここまでにして、選手達の動きに注目していきましょう』








◇◆◇







「10000……、頼む、どうだ……?」


 開始3分、知る限り最速のルートで物資を拾い集め、脱出地点を開示させる。

 現在エルドラドに実装されている3マップの1つ、ここ『放棄都市群』で脱出地点が配置されうる街は5カ所。

 移動時の遭遇戦を回避するためなるべく人が少ない場所を選んだから、必然的に現在地はマップ端。

 せめて反対側2つでさえなければ……!


「よぉーしよしよしよし! 

 隣で済んだなら良しっ!」


 移動は強要されるが、街道組が状況を整え街に向かうタイミングには間に合うはず。

 接敵リスクを許容し全速力で廃屋を漁り回ったのだ、間に合ってもらわなければ困る。

 あとは、同じ考えの選手と鉢合わせないように動くだけ。


「どっち取ってくるかなぁ……。

 5分5分のインファイトはやりたくないだろうし、ここで芋るとアド取れなくなるって分かってるとは思うんだけど。

 ただ試合だからなぁ……、緊張してわけわかんなくなる人もいるだろうし……」


 考えながら、背負った武器の柄を擦る。

 走るか、ゆっくり索敵するか。

 近くに降りた選手が遠ざかっていったのは確認しているけれど、それから引き返し、潜伏している可能性もないわけではない。


 ここで落ちると、獲得ポイントは50。

 後になるほど比重が上がるとはいえ、試合数が少ないこの大会では致命的だ。

 安全策を取るべきだろうか。


「……いや、駄目だな。

 プランがぶれる。

 1試合目でリスクを取るって、決めたんだから」


 なんのために最初のインタビューで全方位を挑発したのかも分からなくなる。

 ……まあ半分……、6割ぐらいは楽しんでやってただけだけど。


 言うが早いか、全力で走る。

 スナイプも無視だ。

 今なら被弾してから風を3連打で離脱できるはず。


 ――幸いにして、街を脱出するまでの間に接敵することはなかった。

 同じ街をスタート地点に選んだ3人は……俺が考えている十数秒で先に行ったか、あるいは街に留まっているのか、分からない。


 街道と街道の隙間を縫うようにして、次の街、脱出地点へと向かった。

 街道エリアを形成する宿場町や駅と呼ばれるような建物群の近辺では、やはり、戦闘音が慌ただしく聞こえてくる。

 横から割り込めば1つか2つ、キルポイントを獲得することもできるだろうが……、誘惑を振り切り、突破する。


 いま漁父の利を占めたとしても、おなじことをされるのが関の山だ。

 普段のランクマッチとは相手の質が違い過ぎる。

 粘られるし、狙われる。

 戦闘行為で得られるリターンはあまりに小さい。

 1位を狙えるポジションを取ることはできないだろう。


 


 プロには後からキルムーブで取り戻せばいいという余裕がある。

 1試合目から試合に入り込めるようなアマチュアはそうそういない。


 まず360点フルポイントを手中に収め、そこから始まるプロの暴虐を耐え続ける――

 俺が見いだした唯一の勝ち筋はそれだった。


 戦力評価は適切になされなければならない。

 その上でどう戦うかこそが、ゲームの面白いところだ。

 たとえ弱くとも、絶対に勝てないということはない。

 そうして工夫する内に、実力は後からついてくる。


 『廃都オーロックス』、目星を付けていた廃屋の中、俺は息を潜め、待った。

 気づけば、試合開始から10分が経過していた。


 こうした大会では、個人だろうが公式だろうが、ネット放送に一定の遅延を入れるのが慣例だ。

 今回の場合、ちょうど10分遅れた動画が公開されている。

 観戦している側からすれば、いま試合が始まったところなのだ。


「観戦、観戦、……なあ」


 放送関係のオーバーレイはぜんぶ切ってある。

 何人に見られて、どんな風に思われているのか、一切わからない状態だ。


 情けないと、嗤われるだろうか。

 卑怯者の誹りを受けるかも知れない。

 公式大会とはいえ、どちらかと言えばお祭り的な側面が強い場でこんなムーブをしているのだ。

 空気が読めないと叩かれるリスクは、ある。


 誤解だ。

 本気で挑み、本気で勝つ。

 そのためにできる最大限を振り絞っているだけ。


 ちゃんと伝えたい。

 分かってほしい。

 承認欲求。

 自己顕示欲。

 結局はそう、寂しいのだ。


 頂点に立つ。

 最強になる。

 純粋に突き詰めた者だけが辿り着ける場所――そんな共同幻想に浸っていたい。

 最も心地よい場所で、暮らしたい。


「おまえら、勝つぞ。

 勝つから、見てろ」


 足音が聞こえていた。

 近づいてきている。

 ここに入ってくるかは、分からない。


 で握った剣を装備した。

 音が鳴る。

 鞘走りの金属音。

 俺だけでなく、壁の向こう側にも当然聞こえる。


 残り40人、そろそろキルが欲しいところだよな? 


 かちゃりりしゃらん、中身は不明だが、マジック・ボトルグレネードを手に取る音。

 俺は、半開きにしておいた扉を突き破った。

 ジャンプ、右に回転、『構え』て慣性を消去し、斬撃。


 55

 いつもよりでかくて広いレティクルも、丁寧に合わせて60点。


 両者に課せられるのは0.35秒の硬直時間。

 対戦相手の瞳が、ぎょろぎょろと動く。

 逃げ場を探し、諦め、カッと定まる。


 彼は、まず前に踏み込んだ。

 俺は、両手剣を背に負った。


 彼は流れるように片手剣を構えた。

 俺はガラス瓶を取り出し握りしめた。


 斬撃にせよ、刺突にせよ、この距離ならばこちらが早い。

 なにしろ狙いを付ける必要すらないのだから。


 斬撃が始動する前で、俺はマジック・ボトルを足元に叩きつけた。


 爆ぜて吹き飛ぶ。

 握手の距離から、手を振る距離へ。


 緑の風に身を任せながら、俺は『魔法短機関銃アズルSMG』を装備した。

 遅滞なく『スコープを覗く銃を構える

 水平の速度が失われ、垂直に落ちる。

 着地モーションが始まる前にエイムを合わせ、引鉄を引いた。


 ――着地硬直は攻撃モーションによってキャンセルされる。

 それは近接武器での攻撃に限らず、フルオート銃の射撃でも可能なのだ――


 対戦相手は、いまだに空を流されていた。


 火が爆ぜる、爆ぜる、爆ぜる。

 12、24、36、数字が重なり改められる。


 Journey to the El Dradoは近接メインのバトロワだ。

 しかし武器としての銃は存在しているし、スナイパーライフルだけでもない。

 他2つが使われてこなかったのは、それなりの理由があるけれど――

 決まった軌道で落ちる相手に、決まった距離から、決まったタイミングで撃ち込むのなら。

 デメリットなど、気にもならない。


 45、51。

 混乱を引きずったまま、対戦相手は身を捩る。

 追いかける。

 頭を撃ち抜く。

 追い続ける。


 アバターの足が路面に触れるのと、赤く砕けて霧散するのとは同時だった。


『You killed Parma:』


 名前を確認するよりも先に、銃をしまって身を翻す。

 元いた小屋に、身を隠す。


「……始まった」


 銃声が連鎖する。

 ぜんぶ、狙撃銃だ。

 有効射程が短い俺に、先手を取られたときの対抗策はない。


「よし……、よし……っ」


 戦局は想定の通り遷移していた。

 このゲームでは現在、ただ1位を目指すのならが最適解として知られている。

 炎に焼かれた安置外に出ると、1秒毎に一定のダメージを受け、さらに自分の位置が全プレイヤーのマップ上に表示されるからだ。

 長物が環境を席巻しているため、よほどの幸運に恵まれでもしなければエリア内から撃たれてそのまま終わる。


 だからこそ、初動の戦闘もしくは漁りを終えたプレイヤーは、安置内に含まれることが確定した街に殺到する。

 大会だろうとこの流れは変わらない。

 むしろ激しくなると予想していた。


 この試合は『Pilot2』と『Journey to the El Drado』の開発が公認し、日本e-sports協会JeAが後援する公式大会であり、プロゲーマーとアマチュアゲーマーの交流をお題目に掲げるイベントマッチでもある。

 期間の短さとポイントの難さから切羽詰まったプレイヤーが過半を占めたランクマッチの対戦環境とは違う。


 選手の質はこの上なく高く、それでいて、全員が全員、勝負に徹しているわけでもない。

 1試合目であっても積極策キルムーブ安全策順位上げムーブは混在する。

 だが、戦闘の意味が弱い1戦目で前者を選ぶような人間は、まず間違いなく目立ちたがりだろう。

 早期に脱落してはその欲求を満たせない。

 自分から勝負をしかけることはあっても、可能な限り生き延びようとするはずだ。

 実力が拮抗しているため戦闘の1つ1つは長引きがちで、誰もが不利と見たら撤退するため展開そのものは遅くなる。

 安全街――安置内に入ることが確定した街をこう呼ぶ――周辺は第2収縮が終了したあたりで人口密度が過剰に高まり、戦闘が戦闘を呼ぶ地獄と化す。


 ぜんぶ、予想だ。

 根拠薄弱の妄想でしかないかもしれない。

 そういう意味で、賭けだった。


 ――1つ目の賭けに、俺は勝った。


「ここまでは運ゲー、ここからも運ゲー。

 弱すぎて嫌になるな」


 第3収縮が始まった。

 この収縮で安全地帯は『廃都オーロックス』全域とその外縁に限られる。

 中は広く、外は狭い。

 駆け込めたとしても、付近に潜むスナイパーや投擲兵に大きくHPを削られる。

 プレイヤーからは余裕が失われ、普段ならできることもできなくなる。


 逃げ場を求め、安全確保をすることなく転がり込んできたアバターを、俺は躊躇なく切り捨てた。

 キルログが表示されて、他の多くに流される。


 これもまた、運でしかない。

 駆け込む際、敵に狙われる確率。

 複数ある建物の中から、敵が潜む場所を選んでしまう確率。

 ぎりぎり耐えて駆け込める、出待ちされていることもない、相手はそうした可能性に賭けて行動し、負けた。


 50を60にして、40を30にする。

 ゲームにおいて、勝負とは、その上で挑む物だ。

 どこまで高め、どこまで減らせるか、そこにこそ自分の実力が現れる。


 収縮が終わる。

 ややあってから、ログも止まる。

 生存者は20人を下回っていた。








◇◆◇








 ――そして。


 6終わり、半径50mのリングに立つのはわずか3人。


 fan first所属プロゲーマー、ソフィア・スミス。

 Delta所属プロゲーマー、榊原又則。

 無所属アマチュアゲーマー、MieCro。


 第1試合、最後の大勝負が始まろうとしていた。














  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る