第15話 Round 2



 構え、間合いの外側、機を見合う。


 上体を前後に素早く揺らしてみせる。

 相手は一歩下がって安全策を取る。


「んー……」


 なら、こうだ。

 前傾し、後退。

 同時にマジック・ボトルを投げつける。

 氷属性、着弾点への大ダメージと範囲攻撃。


 涼やかに砕けてダイアモンドダスト、白い霧が立ちこめる。

 20、刹那つきぬけ、数字を連れて飛び込んでくる。

 前方への大ジャンプか。

 仕様上、構えたまま跳躍することはできるし、着地際に攻撃を繰り出すことで着地硬直をキャンセルできる。

 

 初手の氷グレはあんまり良くないな。

 ダメージは取れるけれど直撃させないと怯みがない。

 視認性が下がって、相手に先手を譲ることになる。


 評価もそこそこに、対応を練る。

 ブロック……いや、前だな。

 近接武器による攻撃判定は前方に広く、後方に弱い。


 決めるやいなや、斜め前にダッシュした。

 心臓が止まりそうになる。

 止まるな。

 止まるな。

 ビビったら終わる。


 擦れ違う。

 敵の姿が見えなくなる。


 反転。


 眼前に、銀閃。


「は――!?」


 反応はできても対処は不可能。

 50ダメージ、ノックバック。

 俺が動けない間に、相手は構え、踏み込んでくるだろう。


 歯を食いしばって動揺を飲み込んだ。

 何をされたかは、後で良い。

 1秒もない硬直時間、すべてを思考に注ぎ込む。


 読み合い?

 不利だ。

 やるべきじゃない。


 強制的にエンジンがかかる。

 回転速度が跳ね上がる。

 リリリリリ、耳の奥で、鐘が鳴る。


 猶予時間内に取れる行動は1つだけ。

 不利な選択肢しかない状況を回避するには、どうするべきだ? 


 硬直が終わる。

 なんの感慨も抱いていない様子の無表情で、対戦相手が迫り来る。

 片手剣、右上構え。


 俺は、右斜め前に一歩踏み込んだ。

 刺突があたらない場所、斬撃も、当たる軌道が限定される。


 表情が変わる。

 赤目がぎょろりと俺を追う。

 完璧に見られている。


 なら分かるだろう。

 この位置関係なら、俺が有利だ。


 最速で構える。

 右下。

 何をしてきてもパリィを取れるという主張。

 実際は3割成功すれば良い方だけど、悪くてもブロックになる状況だ。

 同重量の武器におけるブロックは、互いに同じだけの硬直時間が発生する。


 ふつ、と。

 白髪の女性の、口元が緩む。


 そして彼女は一歩下がった。

 向きが合う。

 正対する。


 攻撃範囲の中。

 どちらも振れば届く距離。

 空気が張り詰める。

 反射時間の奪い合い。


 踊るように、歌うように、目の前のキャラクターの肩がゆったりと揺れる。

 刺突への警戒と予備動作を隠す目的だろうか。

 くすりと笑ってしまうぐらい、楽しげだ。


 ……でも、それ弱くない? 


 1、2、1。

 リズムを取って斬りかかる。

 相手は後出しで防ごうと動くけれど、間に合わない。


 ああしたフェイントや視線誘導は諸刃の剣だ。

 強力な分、想定外に対する咄嗟の行動がワンテンポ遅れ、『いつやるか』がバレてしまうと効力のほとんどを失う。


 ざっくりずしゃり、抵抗されることなくダメージが通る。

 距離が開く。

 互いに構え、もう一回。


 ハミングでも歌うかのような横揺れは、もう見られない。


「ッはは……、動画ネタかなんかで遊んでたら弱かったヤツだろ、それ」


 秘剣ダンシングソード破れたり、みたいな。

 実際、ある程度このゲームのタイマンに慣れていないと引っかかるだろう。

 俺だってトラオと遊んでいなければ目がついていかなかったかもしれない。


 150対70。

 投げ物はまだ残っている。

 さっきと同じパターンで少し削ればほぼ勝ちにまで持って行ける。


 が――


「んぐ……! 

 まあそう来るよなあ!!」


 俺は基本的に考えてから動くタイプだ。

 純粋な反射神経で勝負しても勝てないと学んでいるから。

 どういうわけかこのゲームではこれまでその不利を感じることがなかったけれど、一気に攻められるような展開には苦手意識が染みついている。


 構えの見せ合いで

 反応の遅れを突くように踏み込まれた。

 苦手意識を見抜かれたか、逃れようとするところを斬りつけられる。


 築いた優位は一瞬にして崩落した。

 110削られ、40と70。

 斬撃に掠れば死ねる体力。


 攻勢は止まらない。

 見合った瞬間、踏み込まれる。

 どういうわけか咎められない。

 回避できない距離感から斬撃が放たれる。


 ブロック。

 弾き弾かれ、振り出しへ。

 金属音が肩にのし掛かる。


 くっそ、パリィ取られたら終わるくせに……! 

 恐れ知らずの踏み込みに、防御するのがせいいっぱい。

 パリィを狙おうにも、斬撃の軌道を捉えきれない。


 ブロック、ブロック、またブロック。

 息つく暇も無い。

 魔法のように意識の間隙をすり抜けてくる。

 先手を取られる。

 の状況も作れない。

 攻防の度、相手の動きが加速しているようにさえ思われた。


 ああ、ダメだ。

 人間性能が一段違う。

 思考の遅れを取り戻せない。

 いつも通りにやっていたら、磨り潰されてしまう。


 こないだのように。

 進歩無く。


 こんなにも強い人にそう思われるのは我慢ならなかった。


 ――じゃあ、どうする? 


 リズムが取れない。

 反応速度でも追いつけない。


 ブロック。


 結果として時間単位の思考量で引けを取り、行動選択が遅くなる。

 考えている間に動かれるから、相手の動きが速く見える。


 ブロック。


 ――そこに論理はなかった。

 次はブロックすらタイミングをずらされるだろうと察していた。

 打開しなければならない、結論すると同時に体が動いていた。


 前にジャンプ、すり抜け、空中で反転。

 着地硬直に絡め取られる寸前、横薙ぎに斬撃。


 40の、20。


 ぼぅっと、考えた。

 もう、勝ちだ。


 同時に察する。

 一手前には負けていた。

 彼女は、なのだから。


 誰よりもゲームを楽しんでいるプレイヤーが、目の前にいた。


 さあ、楽しい楽しい最終局面。

 

 過不足無く、隅々まで行き渡る。

 余った分で、視野が広がる。


【頑張れ! 

 あるぞ!!!!

 行ける!!

 勝ってえええええ!!!!!!】


 コメントが目に入った。

 読もうとして読んだわけではない。

 ずっと表示されていたものが見えただけ。


 勝負をしよう。

 望まれたものからは遠ざかるけれど、それ以上のものを見せられるから。


 空が赤く染まっていた。

 夕焼けか、炎か。

 橙に透けた雲が流れていく。


 風は無秩序に吹いていた。

 さらさらざらり、からころり。

 不規則な環境音が控えめに振動する。


 彼女は、何を考えていたのだろう。

 重ねて、遠く、思う。


 微笑みが交わる。

 思いながらに、動き出す。


 フェイント。

 構えを解除し、また右下に構える。


 引っかかることなく、目の前の彼女は踏み込んでくる。

 勇気だなあ。


 自分を信じているから、勇気を出せる。

 勇気があるから、信じられる。

 どちらにせよ、それぞれの解釈だ。


 ――勝負。


 手を動かす。

 引き寄せるように。

 対応しなければならない行動だ。

 もし本当に刺突だったなら、確定してからでは間に合わない。


 だから、彼女ははずだった。

 俺が臆病者だと読み切って。


 白く小さな手が動く。

 


 ――え? 

 ――でも、勝った――


 予備動作を終え、俺の体が前に踏み込む。

 銀閃が駆ける。


 0.1秒だけ遅れて、彼女も動く。

 レティクルでそれを追いかけるトラッキング


 時間は絶対的だ。

 ここまできて狙いを外すようなこともない。

 なにをどうしたところで、0.1秒だけ早く俺の剣が彼女を貫く。


 火花がスパークした。

 金属と金属がぶつかり合う。

 黄金色の文字が結果を報せる。


『Parried』『Great』


 腕ごと、剣が弾かれる。

 振り切った体勢の彼女が前にいる。

 剣の腹を正確に突かれた――


 そして、俺は敗北した。

 主観時間の檻の中から、目を逸らすことなく、受け入れる。


 敬意と、憤怒と。

 感謝と、嫉妬と。


 全部があって、ここに立つ。


 0.3、最後の一撃を焼き付ける。

 次こそは勝利を手中にするため。

 弛むことなく進み続けられるよう。


 彼女は笑顔だった。

 笑顔のまま、一言、聞こえない声で囁いた。


 言わんとすることは、伝わっていた。


 敬意には、敬意を。


「対戦ありがとうございました」


 言い切れはしなかった。

 その前に終わって、砕け散った。


『You were killed by KAGAch』


『The game is over』


 でも、きっと伝わっただろう。

 ……。


「畜生負けた!!

 ちょー楽しかったけどそれはそれとして死ぬほど悔しいんだが!!

 悔しいんだが!!!!」


【GG

 っg

 ナイスファイト

 ああああああああああああああ!!

 惜っしいいいいいいいい!!

 ソフィア・スミス最強!!ソフィア・スミス最強!!ソフィア・スミス最強!!

 あれパリィ取られたらどうしようもないっすわ

 上手すぎワロタ

 さ、次いこか】


 わっ、と。

 読み切れないほどに、声の奔流が流れていく。

 慰めが半分、賞賛が半分。

 あとで読み返そうと心に決めて、唇を噛む。


「勝ちたかったなあ……」


 勝負を逸った。

 時間をかけても先にミスをするのは自分だろうと、恐れるあまり、信じられなかった。

 そっちの方が得意なくせに、下手と自覚している道に踏み込んだ。

 心の強さで、負けていた。


『40 + 108 + 120 - 240 = 28pt』


『Legend 30th』


 ……今週の土曜日、4月15日に開催される公式大会の参加資格は手に入るだろう。

 一般枠は応募者から4月13日24時00分時点でのゲーム内ランキング上位30名だ。

 残り46時間弱、油断できる位置ではないが、実際は諸般の事由でもう少し緩くなるから45位くらいでも参加できるはず。

 最悪、木曜日は学校を休むことになるかもしれないけれど……、クセになるっていうからなるべく休みたくはないなぁ。


 明日……いや、今日だな。

 今日は学校で寝て、それからはそのときの自分に任せよう。

 なに、やれるさ。


「キリも良いところですので、本日の配信はここで終わらせて頂きます。

 遅くまで見てくれた皆さん、ありがとうございました。

 今日の夜も昨日と同じくらいの時間からやる予定ですが、配信通知等ありますので、もし良かったらチャンネル登録、Twitterのフォローなど、よろしくお願いいたします。

 それでは! 

 お疲れ様でしたー!!」


 Exit、マイルームに戻って、配信を切断。

 画面を閉じて、ログアウト。

 Pilot2もシャットダウン。


 肉の体に戻って、立ち上がる。

 父の教えに従い、体のこりを軽く解してまた座る。


 今度はPCの前、本物の椅子。


 夜は長く、やるべきことは残っている。

 だから、授業中に眠るのだ。


 ――ちなみに、父はゲーム部屋にいなかった。








◇◆◇







 簡単な動画編集作業――録画を切り抜いてトラオお勧めの文字起こしソフトに放り込み、軽く調整しただけの稚拙なものだ――を終えて、俺は自分で淹れたコーヒーを啜る。

 不味くはないけれど、美味しくもない。

 父は偉大だ。


 午前6時。

 作業の前に軽く練習でもと訓練場に籠もっていたらついつい熱が入って、スタートが遅れた結果こんな時間になってしまった。

 さすがに疲れた。

 目玉と脳みそ、芯のところがへたばっている。


 仮眠でも取ろうかと背もたれを倒す。

 目を閉じて腕で押さえる。

 リラックスして呼吸を数える。


 幾つ数えても、睡魔が訪れることはなかった。

 疲弊しているのに動き続ける。

 どうすれば勝てたのかを考えてしまう。


 中盤、切り替えに時間をかけすぎた。

 序盤と終盤は悪くなかったけれど、意表を突けただけという感触が強い。

 最後の最後、心の乱れが表に出た。


 ……集中しきれていなかっただろうか。

 たしかに最後、目の前の勝負以外のことを考えていた。

 その分をきちんと使えていれば、行き着く結末を変えられていたかもしれない。


 あんなこと、小学生の頃はなかった。

 他に何も見えなくなるくらいのめり込んでいた。

 あの時の俺なら、勝てただろうか。


「なわけあるかよ、ばーか」


 鼻で笑って、立ち上がる。


 強さなんてものは1つじゃない。

 誰に教えられるまでもなく、知っている。


 敬意と感謝を持っていたい。

 それを強さと呼べる自分になりたい。


「やりたいようにやれって、言ってくれてたもんな」


 言われちゃったからには、仕方ない。

 せっかくやりたいことをやるんだから、やりたいように生きるのだ。


 蠱毒の中に身を投じて、頂点を求め敵も味方もない闘争に挑む。

 綺麗なままでは生き残れない。

 汚いだけでも勝ちきれない。

 混迷の果て、なお良く生きる、そのために。


 俺はAiDを握ってメールソフトを立ち上げる。

 そして、新規メール作成を選択した。


 宛先は、『駒井縫依』。

 届かなかったら届かなかったで別の手を考えるけれど――そうはならないと、確信を持っていた。















○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●

次回更新→5月10日

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る