第13話 相似形
「だーめだこれ、botしかいねえ」
「だねえ……、ソロもこんな感じなの?」
2人してパーティーロビー――エントランスホールのような構造をしている――の絨毯に座り込み、くだを巻く。
マッチングボタンを押せばまたすぐに試合が始まるのは分かっていたけれど、いったん休憩するという合意がどちらからともなく形成されていた。
――俺にとって衝撃の事実が発覚してから、2時間ほどが経過していた。
「んー、後半は半分寝ながら回してたからあんまり覚えてないけど、敵結構強かったと思うけどな。
単純にデュオの人口少ないんじゃないか?
ソロバチクソ楽しいし」
「ずっとランク回してたけど、これカジュアルないの?」
「ないな。
ヘイリスナー!
今ならスナイプやり放題だぞ、ゴースティングしなきゃなんでも良いから助けに来てくれ!!」
「うっわ、生後2時間の赤ちゃんがはしゃぐねー」
恥を忍んで声を発してみるものの、結果は目に見えていた。
トラオで1750、俺で700、合わせて2500人近いゲーマーが集まっているはずのコメント欄は沈黙に包まれる。
流れが一気に遅くなって、三点リーダーが乱舞する。
ぽつりと書き込まれた文章が、ことの本質を表していた。
【自分らエアプなんで
55万払うようなやつはそもそもこの時間配信なんか見ずにゲームしてる
ら、来週なら……】
ごろごろごろごろ、遣る瀬なさに絨毯を転がる。
やわらかい。
現実なら絶対に出来ないけれど、VRの中ならやりたい放題だ。
もろもろのゲーム内機能を司るメイドロボットだって――うわなんか凄い見られてる。
右にごろり、体が回って付いてくる。
左にごろり、やっぱり視線は振り切れない。
……なんでもない振りをして、俺はむっくり立ち上がった。
「訓練場行かね?」
「キチゲ発散はもういいの?」
「キチゲ言うなし」
言いながら、チョップを一発叩き込む。
【iVR WORLD】とは違ってそれを目的とした空間だからか、貫通するようなことは無く打撃音がびしりと再生される。
「いった、ひっど!」
「痛くはないだろ」
なにしろこれはゲームの中なのだ。
そんな余分な機能、実装されるはずもない。
【これはDV夫
イチャイチャ助かりそう
健全な男子高校生同士の絡みでしか摂取できない栄養がある】
「あーボク、そういうキャラでは売ってないんでホモ営業はちょっと……」
「やぁかましいわ!!」
一笑に付して、もう一発どついておく。
それからメタリックなホワイトブリムと歯車でできた虹彩が特徴的なメイドさんに声をかけて、訓練場に案内してもらう。
「ここいる?」
「は?
いるに決まってるだろ」
「人のこと限界オタクだなんだって散々言うけどキミ自身も大概だよね」
反論はなかった。
俺はむっつり、「いいだろ子玉さんのキャラ好きなんだから」、負け惜しみにもならない言い訳を零す。
「誰もダメとは言わないって」
【きみ趣味良いねえ!
子玉さんって?
子玉の弟です、本日は兄が作ったキャラクターをお褒め頂き……】
トラオは笑いながら、案内してくれたメイドさんに目礼して訓練場に入場する。
俺も続いて両開きの大扉をくぐった。
訓練場は、だだっぴろい板の間だ。
感覚的には体育館が一番近いだろうか。
ただし、現実の体育館では雲梯が掛かっているような壁際には代わりに各種武器が立てかけられていて、その横の戸棚には色とりどりのマジック・ボトルがずらりと並ぶ。
どれもが無限に取得可能なアイテムだ。
「おーいいね、遮蔽もちゃんと置いてあるしマネキンもあるしで、だいたい何にでも使えそうじゃん」
「最初っから競技も視野に入れて作られてる分、この辺の要素は充実してるよな」
俺は緑色のガスが閉じ込められたガラス瓶を左手で握って、放り投げる。
表示された予測線に従ってマジック・ボトルはくるくる回り、床に落ちてかしゃりと割れる。
毒の霧が落下点を中心にむわりと広がって、先を見通せないほどの濃度で立ちこめる。
「これ自分も食らう?」
「食らう」
「ふーん……?」
ぽい、かしゃん、ぽい、かしゃん。
投げて、割って、投げて、割って。
「ちなみに
「……風強すぎない?」
胡乱げに眉をひそめ、トラオ。
俺は心から頷いた。
マジック・ボトルは風属性のものだけ、極端に用途が広いのだ。
緊急回避だけでなく、うまく使えば移動手段や敵の行動への対抗策にもなる。
上に飛べるということは、横にも飛べるということを意味しているのだから。
「強い。
理想構成は風4に@2好みとかじゃないかな」
「あ、そもそも最大6なの今知ったわ」
「エアプじゃん」
「この時期全員エアプでしょ」
「それはそう」
エアプというのは未プレイユーザーを小馬鹿にするインターネットスラングだ。
それが転じて、知識が浅いゲーマーに対する冗句だったり、やり込んでいるプレイヤーが間違った知識を披露した際の自虐として使われることが多い。
あとは、こうした生放送に出没する指示厨への罵倒にも。
今はそもそものプレイヤー人口が少ない関係でそうしたコメントは見かけないけれど、来週からはなにかしらの対策を打たないとなあ……。
それこそ雨後の筍のようにぽこぽこ生えてくるだろうから。
……気持ちは分かると述懐できるのは、成長と取っても良いんだろうか。
「っん、これタイマンできるじゃん。
遊ぼうぜー」
「どこから操作すんの?」
「オプションの……ええっと、そこそこ」
「ああ、これか。
……もうちょっと分かり易いとこに置いてくれねーかな」
ぼやきつつ、操作。
OFFになっていた項目をONにして確定。
『フレンドリーファイアが有効可されました』
「翻訳は流暢なのにね」
「そもそも国産のゲームなんだよなあ」
「あ、そっか」
二人とも片手剣を装備し、距離を取って向かい合う。
俺は右下、トラオは左上、するりと構えてぼぅっと考える。
どこから入ろうか。
「グレどうする?」
「とりあえず無しで行こっか。
開始の合図、何かある?」
「構えたところからだし、声でいいだろ」
「おっけー」
「じゃあ」
「よーいスタート!」
◇◆◇
『Critical!!』『60』
『You killed T1GER_MAN』
そして、トラオは死んだ。
俺はゆっくりと息を吐いてから右手の剣を鞘に収め、回復を行う。
腕輪から金の泡が放出されて、しゅわしゅわ弾けながらアバターを包む。
「あいつぁ、良いヤツだったよ……」
「死んでないから!!」
「死んだじゃん」
「死んだけど!!」
トラオは情緒が不安定だなあ。
広い道場の真ん中で車座になって……車座?
ヘイリスナー、2人だとなんて言うんだ?
なるほど対座。
とにかく、向かい合って座り、先ほどの立ち会いを録画したものを再生する。
準備には10秒とかからない。
もう十何戦とやっているから、配信画面の操作も慣れたものだ。
何事においても反復練習に優るものはそうそうないのである。
「ここのフェイントどうやってんの?」
「構えから構え移動するんじゃなくって、構えを解除してから元の場所に構える感じ」
「あー、一回マニュアル挟むのか。
色々と応用利きそうな技術だね
ちょっとやって見せてよ」
「おっけ」
俺は立ち上がって、剣を右下に『構え』る。
すると中心点とそれを囲む8つの点からなる
中心目がけて『攻撃』すれば『刺突』になるし、それ以外なら『斬撃』になるという仕組みだ。
構えの方は中心を除いた8通り、合計で72通りの攻撃が存在することになる。
それに対し、防御側は相手の行動を見てから攻撃判定が重なるような攻撃を瞬時に選択しなければならない。
オンライン環境の遅延も考慮すれば、予備動作の確認から入力までに許容されるのはおおよそ0.15秒。
ただクリックするだけならまだしも、考えてから動くには短すぎる時間だ。
――つまり、エルドラドの近接戦闘は先に攻撃した方が圧倒的に有利なのである。
ただ、これには抜け穴があって、防御側が有利になる状況も存在する。
攻撃側の構えに対し90°ないし180°ずらした構えを防御側が取っている場合だ。
その位置からなら、相手が構えている位置目がけてタイミング良く攻撃することで、確実にパリィまたはブロックを発生させられる。
言い換えれば、クリックするだけで良いのだ。
例えば、俺が右下に構えている時、トラオは左下以外の四隅に構えることで俺の先制攻撃を封じ込められる。
なにしろパリィされれば最低80、最高165ダメージだ。
ちなみに両手剣の場合、最低85の最高170、鎚矛であれば90の225である。
……文字だけなら強そうなんだけどなあ、鎚矛。
ともかく、相手も自分も強いという了解の下おこなわれる1対1は、まず構えのずらし合いから始まるというのが現時点での結論だ。
構えを変更させて攻撃するか、間違った構えから攻撃させて反撃を入れるか。
だからこそ、フェイントが力を発揮する。
「じゃあやるよ」
「あい」
右下に構えたところから、腕を左下に動かすことで『構え』をキャンセル。
レティクルが消えたのを確認してから、もう一度右下に構える。
こうすることで、相手からは下へ『構え』を変更したように見えるけれど、実際は右下に構えているし、動作が終わるのも相手が思うより早いという状況を作り出せるのだ。
「ほいほいほいほいほい」
「うっわ気持ちわる」
「つまり強いってことだな」
「だね!」
金髪童顔のイケメンは満面の笑みで頷いた。
この男もまた、性格が悪ければ悪いほど強いとされる世界で世代最強になった人間である。
深海魚もかくやという腹膜の色をしているに違いない。
「じゃもういっかーい」
「うっしやるべ」
片手剣の射程よりは長く、しかし銃を使うほど遠くはない距離で向かい合う。
俺は右下、トラオも同じ。
点対称……とはまた違う。
「おいこらそれ両手剣じゃねえか」
「ハンデだよハンデ」
「言ってて情けなくなんないの?」
「だって勝てないんだもん!!」
もん、って。
もん、って。
俺は喉を鳴らして距離を取る。
やることはそう変わらないけれど、両手剣を相手にするならもう少し欲しい。
――が。
「死ねえ!!」
「直球!!」
馬鹿め、来ると思ったわ。
俺は大きく後ろに跳んで不意打ちを回避する。
そして、構えるだけ構えて攻撃はせず、一歩、前へ。
「あっそれ強そう」
「だろ?」
ここでトラオに出来る行動は、俺が反応し損ねることを祈って武器を構えるか、大きく後ろに引いて仕切り直すかの2つ。
実質的には1つしかない。
だからこそもう1つも活きてくるのだが――
アバターが後ろに下がる。
見てから踏み込み、斬りつける。
『50』
ざしゅりと血飛沫、重い手応え。
トラオはよろめき、距離が離れる。
浅い当て方な分追撃の『刺突』は届かないが、初手としては上々だ。
これで、トラオは安易な攻めをできなくなる。
完璧なパリィを取られれば最後、165ダメージで撃沈するのだから。
俺は攻めを継続するべく、構え、近づく。
「や、」
声が聞こえると同時、ぬぅ、と。
視界いっぱいに、鉄塊が迫る。
「ぁっ」
『Critical!』『60』
対応はできなかった。
衝撃。
のけぞらされて、一歩、二歩、後退する。
「それはダメでしょ、いくらなんでも」
「……ちょっと頭バグってたわ」
そもそも、片手剣は両手剣に劣る武器だ。
これはゲームに設定された武器として三竦みによるもので、片手剣は鎚矛に強く、両手剣は片手剣に強く、鎚矛は両手剣に強い……ということになっている。
実際は鎚矛の
射程で劣り、重量で劣り、威力でも劣る。
唯一優る速度面についても、オンラインで活用できるほどの違いは無い。
なお、重量はブロック後の硬直時間を決定する数字だ。
現状では近接武器が3種類しかないので、見た目通り、片手、両手、鎚矛の順で覚えておけば良い。
……ほんとにカタログスペックなら強そうだなあ、鎚矛。
「どうすっべかなぁ」
「ここで考える時間あるの良いよね」
「分かる。
絶妙に脳みその容量使わされる感じで」
グレありなら逃げて回復してからが常道だが、タイマンでやることではない。
んー……トラオ視点では今みたいに射程の有利を使いたいわけだろ……?
半歩、ぎりぎりのところまで踏み込む。
トラオはするりと後ろに下がる。
そこで半歩下がるフリをすれば……。
「あっ」
目の前の輩の表情が歪む。
やっていることは構えのフェイントと変わらない。
上半身を後ろに傾けることで、間違えさせたのだ。
俺も、トラオも、攻撃すれば届く距離。
けれど、そのつもりでいた俺と、まだ遠いと思っていたトラオとでは反応速度がまるで違う。
深く『斬撃』、『構え』て『刺突』。
110点飛ばして、『構え』。
視線がかち合う。
笑顔で見合う。
トラオのことを考えていた。
楽しんでいる。
無数に繰り返した1on1の中でも指折りに。
それは嬉しいけれど、どうしてだろう。
……ああ、俺か。
俺も、相手が本気じゃなかったら面白くない。
まったく楽しめないわけじゃないけれど、アガリきれない。
おんなじだ。
これも、分かっていたことだろうに。
そうと知ったから、一年前、声をかけたんだった。
忘れたり思い出したり、まったくもって、忙しない。
そりゃあ、歯がゆいだろうなあ。
それにしたってやりすぎだけど。
まあ、結局、俺も人のことは悪く言えない。
誰だってやり過ぎることはあるだろう。
幼いこどもなら、なおさらだ。
俺はトラオを斬り伏せた。
砕ける音に、正気づく。
復活したトラオは笑っていた。
3Dモデルの顔だ。
でも、トラオの顔だった。
「遅いよ」
トラオが言う。
それだけ言って、今度こそ片手剣を構えてみせる。
「どっちが」
俺も笑って、剣を構えた。
◇◆◇
「そんじゃあボク終わるね。
なお、この枠は自動的にミエクローのところに接続するのでおまえらちゃんとチャンネル登録したってなー。
さんざんオモチャにして楽しんだんだから」
「と、主犯が申しております。
あっ別にしてくれなくても構わないんで。
ただ、これからしばらくは毎日やるので、お時間合う時にでも遊びに来てくれると嬉しいです」
「あーダメダメ、こいつら下手に出てたらすーぐ勘違いするから。
リスナー共はねえ、敵だよ敵。
潜在的アンチだと思って扱うのが精神衛生上一番良いよ」
「……スゲえなおまえ」
配信だろうと、オンラインゲームだろうと、向こう側にいるのは人間だ。
誰もいないところならまだしも、見られている前でそんな発言をする度胸は俺にはない。
呆れ半分、感服半分、半笑いでコメントを読む。
【まーた言ってるよこいつ
実際その方が楽だし、配信者的にも、俺ら的にも
そのノリで危ない発言するとたまに切り抜かれて炎上する(した)けどな!!】
【チャンネル登録しました
おいこらサブスクできないんですけど
初日定期
あんだけ遊んでほなさいならは人間としてちょっと……】
じわりじわりと、増えていく。
チャンネル登録者数も、視聴者数も。
あっという間に、5000と1000。
……なんだよそれ。
今見てくれている人だけでも、小学校の全校生徒より多いじゃないか。
5000人なんて……5000人って、なんだ?
10000の半分か。
それでもまだ、分からない。
「乙ー」
「お疲れ」
ぽん、ぷつん。
トラオが消える。
【DLT_T!GER_MAN is rading with a party of 1571】
視聴者数がどっと増えてから、減っていく。
俺は目を瞑って、1秒数えて、声を張った。
「よしじゃあ1人になったところで、ここからは夜のラダーやってくぞ!!
どうせマッチング馬鹿ほど長いから、おまえら、お気に入りのクリップでも貼り付けてくれな。
今日は30位に入るまで寝ないし寝かせないから覚悟しておけ!!!!」
【うおおおおおおお!!
https://www.twe.tv/DLT_T!GER_MAN/clip/jhfrodfnj
https://www.twe.tv/DLT_T!GER_MAN/clip/o]sfjsero
神ィ!!
体に気をつけて毎秒配信しろ
https://www.twe.tv/DLT_T!GER_MAN/clip/fopaeoodd】
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