第4話 Dragon
俺はつかず離れず、中途半端な立ち位置で、敵のモーションを観察する。
どれだけリアルになろうが、iVRだろうが、結局のところアクションゲームのボス戦でやることは変わらない。
敵の攻撃を観察し、対処した上で、後隙を狙って最大反撃を叩き込むのである。
俺の見る前で、赤竜の右翼――いや、
あからさまな予備動作。
すぐさま右に回避した。
直後、俺がそれまでいた場所を斬り払うように、竜の翼が振り下ろされる。
風は届いたけれど、体勢を崩されるようなこともない。
「それじゃあ、とりあえず食らっとけ」
攻撃を空振ったドラゴンは動けない。
回避した俺は、その間に行動を起こせる。
――ああ、すごくゲーム的だ。
頑丈そうな翼膜目がけ、左手のマジック・ボトルを投げつけた。
命中。
ガラス瓶が砕けて、中に封じられたモノが炸裂する。
水晶のような、蒼く透き通った氷の結晶。
一瞬で伸びて、貫き、弾ける。
――GURUHUHUOHOOHOHO!?
竜が叫ぶ。
それは開幕の咆吼とはかけ離れた、痛みに苦しむ切実な悲鳴だった。
ダメージは90、竜のHPゲージは1割弱削れたから……最大1000?
案外、強制敗北でもなんでもないのかもしれない。
内心で首を傾げつつ、俺は赤竜に切りかかった。
なにしろ、敵は悲鳴を上げてよろめいているのだ。
どこに出しても恥ずかしくない怯みモーション、これが攻撃タイミングじゃないゲームなんてまずないだろう。
左下から、右上へ。
柔らかそうな腹を狙った斬撃は、過つことなく命中した。
赤い光の血しぶきが降り注ぐ。
――GURUHUHUOHOOHOHO!?
赤竜はよろめき、後ずさる。
追撃のチャンス、けれど俺のキャラクターは動かない。
ヒットストップに加えて、攻撃後の硬直が課せられているからだ。
体感0.2秒かそこらだけど……構えたときにはもう、竜は怯み状態から立ち直っていた。
最速ならもう一発入るかもしれないが、それはおいおい試せば良い。
「ワンセット終了か」
後ずさりつつ、画面上のHPをチラ見する。
実際の数値は確認しそびれたけれど、残りは8割より多く9割より少ないから、斬撃による余ダメージは50だったのだろう。
bot相手に試したときと変わらない。
軽減されてないだけマシだけど……。
「これキッツぃなぁ……」
こんなボス戦があるとは思わなかったから、道中でぽいぽい投げて遊んでいたのだ。
最悪1個残しておけば、bot相手に殺されることはないだろうと。
やらかしたなぁ。
botから拾って補充できた時点で怪しむべきだったか。
――と、そんな後悔に囚われた瞬間、狙ったように竜が攻撃の予備動作を取った。
今度は左の翼が持ち上がる。
回避――いや――間に合うか――
反射的に、俺は攻撃を入力していた。
右下から左上への斬撃。
決まったモーションをなぞって、体が動く。
竜の翼爪と俺の片手剣、ふたつの軌道が重なって――
ガッィイイイイイィイン……!
金属と金属がぶつかったような、重く激しいサウンドエフェクト。
『Block』、青い文字が浮かんで消える。
互いにダメージはない。
けれど――
「いやおっもっ!?」
激しく押されて、蹈鞴を踏む。
俺がそう入力したのではなく、固定モーションだ。
いったん回避を……、動かねえ!
硬直は、攻撃後のものと比べあまりにも長かった。
逃げろ、動かない、避けろ、動かない、動け、動き出すけれど、もう遅い。
やらかしたなあ。
俺は笑って、自分の失敗を受け入れた。
赤竜は俺よりも先に硬直から回復し、攻撃モーションに移っている。
刺突、一番速くて一番長い、第8の選択肢。
翼が視界を埋め尽くす。
爪が、顔面に突き刺さる。
痛くはない。
ゲームなんだから当然だ。
でも、その瞬間、俺は目を瞑っていた。
衝撃。
「回復は無理だよなぁ……」
120ダメージ。
あと1回同じことをやられれば、ゲームオーバー。
いや、1発の火力からしてほぼ確実に負けイベなんだけど、これはきっと、ノーミスなら勝てるタイプの負けイベだ。
そうなると、ゲーマー的には勝ちたくなる。
俺は油断なく剣を右下に『構え』、ミニマップを確認する。
いつの間にか、この広場の外は真っ赤に染まっていた。
見れば、赤く燃えさかる炎が壁のようになって道路と噴水広場を隔てている。
一時撤退も不可能。
そして、赤竜……ええっと、グラナダカルメッシとやらの攻撃範囲と速度からして、『Med』を押しても効果が発揮される前に殴られる。
距離取って銃は絶対ブレス飛んでくるだろうしなぁ。
避けて切るか、パリィを決めるか。
ダメージを稼ぐ方法としてはその2つ。
……きっつい。
だから、楽しいのだ。
俺は笑う。
竜が『構える』。
左の翼。
持ち上がる。
同時に俺は、左下から右への斬撃を入力した。
体が動く、剣を振るう。
竜の翼爪を弾いて逸らす。
『Parry』『Great!』
二つの単語が浮かんで消えた。
一瞬の硬直。
右上に『構えて』、『刺突』。
『Critical!!』『60』
弾ける衝撃、痺れるようなヒットストップ、降り注ぐは赤い光粒。
赤竜の悲鳴が脳に響く。
追撃に行きたいところだが、硬直が解けてすぐ右下に『構える』だけで留め、俺は間合いを取り直す。
なにしろ、刺突は出が早い分、
体感、斬撃の倍近くあるんじゃなかろうか。
総フレーム数でも刺突の方が若干長いような気がする。
ここまでで試した限り、頭に入れてクリティカルを出さないとほぼ確定で反撃を食らう。
瞬間的なエイムで信頼できるほどの精度を出すには練習が足りないし、時間をかけると敵の硬直が終わる。
安定して勝つなら、これが一番だろう。
竜の行動が、見たもので全てなら。
「変なことすんなよ……、っ!」
呟くと同時、赤竜の上半身が僅かに沈む。
言った端から……!!
俺は一も二もなく身を投げた。
自動で動くアバターの中から、目を逸らすことなく、瞑ることもなく、敵の動作を凝視する。
瞬きが実装されてないのは助かる、ふと思い、小さく笑う。
竜の左足が振りかぶられて、振るわれる。
範囲はそこまで広くないし、予備動作も翼より長い……と思う。
ただ、位置調整の足踏みと区別が付きにくいのが厄介だ。
足より翼で判断する方が分かりやすいかなぁ……。
考えながらも、俺は斬撃を入力した。
回避の方向と竜のモーションが噛み合って、ちょうど良い位置に竜の右足があったのだ。
25ダメージ。
ドラゴンは怯み、俺は固まる。
「やっぱり半減……でも怯みの時間は同じっぽいか」
今回も、追撃は選ばず引き下がる。
与えたダメージは225、受けたダメージは120。
攻めるには少々心許ない。
右下に構えて、待つ。
竜が右の翼を構えたら左に振ってパリィ、それ以外は回避する。
一撃入れたら離脱して、次を待つ。
このパターンを繰り返す限り、エイムをしくじらなければ必勝だ。
――と、その目論見は、例のごとく一瞬で崩される。
竜は、構えなかった。
ただゆっくりと後ずさり、首をもたげ、息を吸い込み――
何をしてくるかはすぐに分かった。
回避の入力に躊躇うこともなかった。
ましてや、入力遅延やラグが悪さをしたわけでもない。
致命的に、行動の選択を誤った――
俺は二度目の失敗に臍を噛む。
パターンを全部見たわけでもなく、攻略しきったわけでもないのに決めつけて、せっかくのヒントもドブに捨て。
手癖で回避した挙げ句、しっかり待たれて狙われる。
ああ、クソ、やってるなぁ……!!
赤竜が火を噴く。
炎が弾となって、俺の回避先に放たれる。
直撃。
熱感が爆ぜた。
温度設定を間違えたシャワーを浴びた時のように、熱い。
一瞬の衝撃。
吹き飛ばされて、転がって、立ち上がる。
「いってぇなぁ、おい!!」
赤竜グラナダカルメッシは、二発目を撃つべく、息を大きく吸い込んでいた。
俺も一緒に、息を吸う。
呼吸にも、なんなら悪態にだって意味は無い。
『Pilot』が搭載するiVRシステムは、現実の体を眠りに近い状態に置いた上で、意識のみを抽出する。
ここで深呼吸したって肉体が取り込む空気の量は変わらないし、何を言ったところで相手は所詮CPUでしかない。
ただ、切り替えたかったのだ。
なんだかんだ物見遊山感覚で楽しんでいた自分から、真剣にプレイする自分へと。
どうせ負けイベントだから、初見のゲームで初見のハードだから、ボス戦があるとは思わなかったから。
そうした言い訳をすべて捨て、あの日の言葉を受けても捨てられなかった自分だけを頭に残す。
――所詮CPUでしかない雑魚相手に、負けたくない。
残りHPはたったの20。
被弾は一発も許されず、その状態で775のHPを削り切る。
まあ、なんとかなるだろう、きっと。
最適解を実行し続ければ、それだけで勝てるのだから。
人間相手とは、まるで違う。
斜め前にダッシュ。
火球が横を過ぎ去って、地面にぶつかり破裂する。
ノーダメージ。
武器を『しまって』、また走る。
もう一発も避ける。
距離が縮まる。
硬直の最中にある赤竜の鼻先まで。
竜は構えず、後ずさる。
追いすがって一歩踏み出し、斬撃。
首のうらっかわ、白いところを狙って、右上から左上、コンパクトに剣を振る。
――GURUHUHUOHOOHOHO!?
命中。
悲鳴を聞き流しつつ、硬直が解ける瞬間を狙って入力する。
『構え』『左上』。
少し遅れて、ドラゴンは怯みから回復する。
ちょっと遠い、けど……っ!
『刺突』。
下顎のあたりに照準を合わせる。
体が動いて、剣を突き出す。
届く寸前、赤竜は身じろぎした。
構えか、回避か、区別はつかなかった。
本格的に動き出すよりも先に、リーティオの切っ先が頭を貫き、その動作をキャンセルさせたから。
『Critical!!』『60』
距離が開く。
蹌踉めいた竜を、俺は追いかけられない。
動けるようになった瞬間の距離感は最悪だった。
竜の攻撃はこちらに届くけれど、俺の攻撃は届かない。
竜の一歩は大きいけれど、俺の一歩はずっと小さい。
「ふぅー……」
後ろに逃げるか『構える』か。
前者は壁を背負うことになりブレスの爆風を避けきれるか分からない。
後者は間合い管理の時間がなくなり、対処をしくじると即死する。
たまたま一回成功したけれど、このゲームのパリィはなかなか複雑な操作を要求する上、タイミングが死ぬほどシビアだ。
まあ、悩むほどのことじゃないか。
適度な運ゲーはスパイスだが、この場面には必要ない。
俺は右に剣を構えた。
竜は左の翼を振りかぶった。
慌ててしまいそうになる心を抑え込み、ぐっと目に力を込める。
そのフレームを待つ。
待って、見極める。
まだ。
まだ。
まだ……、いま。
俺は、右から右下へ。
竜は、右翼の爪を、左下へ。
赤黒い爪が、視界を埋める。
恐れはなかった。
確信があった。
――食らう寸前、リーティオが横から追いつき、叩き落とす。
『Parry!!』『Perfect!!』
さっきとは少しだけ違う文字列が浮かんで消える。
体の自由が戻ってくる。
剣を構える。
竜はまだ固まっている。
斬撃を入力、振りかぶって、叩きつける。
竜は防ごうとも、避けようともせず、白い翼膜に刃を受ける。
『Bonus!!』『50+25』
――GUHOOOHHHOOOOOOHHHHHHHOOOOOOO!!??!!!!
一際大きく、長い悲鳴。
翼が持ち上がる。
怯んだ竜が、頭を差し出す。
『構え』て、『刺突』。
『Combo finished!!!!』『60+30』
そして、状況はリセットされる。
残りは……どうだろう、半分切ったか、ちょうどぐらいか?
途中から数字を数えるのを止めてしまったから分からない。
『構え』は同時だった。
右の翼が持ち上がる。
対する俺は、鏡写しのように左上。
考えたのは、1秒か、その半分か、さらにまた半分か。
前に歩きながら、構えを左下へ。
赤竜グラナダカルメッシは、そのタイミングで斬撃を繰り出した。
長い長い、予備動作。
「――」
無意識に、俺は何かを呟いた。
ああ、とか、やっぱり、とか、そんな感じ。
相手は、結局のところ、mobでしかない。
どうもこっちの動きを見てから動き出しているような気配があるけれど、そうであるのなら、誘導も利く。
まあ、いくらなんでもCPUがフェイントに対応してきたら世も末だ。
『Parry』『Great』
あれ、パフェは取れてないのか。
終わり際とかじゃないと出ないのかな。
『刺突』。
『Critical』『60』
左上に構える。
赤竜の硬直が終わる。
一歩だけ前に出る。
竜は――
違和感を覚えたのは、その瞬間だった。
HPゲージが、刺突を入れる前から変わっていないような――
息を呑む。
どういう現象かなんて、考えるまでもなかった。
形態移行、もしくは敗北イベントに特有の無敵状態。
だとすれば、その次に起こるものはただひとつ。
俺はバックステップを入力した。
膝が曲がって、後ろに飛び出す、その直前。
――GRUUUUUOOOOOOOOO!!!!
二度目の咆吼。
付与されるのは強制的な硬直時間。
フレーム回避なんて、できるのかどうかも分からない。
そして、竜の瞳が光を宿す。
火の粉がぽつぽつと大気に散らばる。
背後から、かつてない熱量が押し寄せる。
HPは一瞬で残り1にまで減少した。
どれだけ残していても、結果は変わらなかっただろう。
満足して、俺はほぅと脱力する。
笑顔だった。
ああ、いいゲームだ。
赤竜が炎の衣を身に纏う。
惚れ惚れするほどの立ち姿。
スクショの取り方、調べておけば良かったかな。
そして弾けて、ぐちゃぐちゃにされて。
暗転。
どこからか、高らかな足音が聞こえてくる。
「見ろ、竜が!」
「誰か倒れてるぞ、まだ息がある!!」
「赤竜は手負いだ、この人数でも――」
誰かの台詞をかき消す、翼の音。
熱が遠ざかっていく。
一緒になって、聞こえる音も少しずつ小さくなっていく。
……演出と言われればそれまでだけど、こうして体感すると、けっこう恐い。
意識ははっきりしているのに、何も動かないし、何も見えない。
「追い――っ――」
「――か――が――ひとり――」
「――い、――ぬな――、――った――」
「――えは――きて――るん――」
そして、完全に消える。
無。
一切合切、感覚がない。
漫画なんかでよくあるやつだ。
臨死体験して力を高める感じの。
直後、黄金の光が、暗闇の中に生まれ落ちる。
光は少しずつ強く、大きく、広がって――
残されたのは、黄金色で象られた英語の文字列。
重低音。
『Journey to the El Dorado』
俺は、なんとも言えない気分でタイトルロゴを見送った。
……これ、ほんとにバトロワなんだろうか。
ゲームとしては最高に楽しめてるから、良いんだけども。
『チュートリアルはこれで終了です、お疲れ様でした』
メッセージが流れていく。
競技シーンの広告――JeA夏季リーグだの、招待制公式大会の日程だの、トライアウトの予告だの――やら、細かな部分はAボタン連打でスキップだ。
『所属陣営を決定してください。
これはゲームプレイによって獲得できるインゲームマネーで変更可能ですが、慎重に選択することをオススメします。
なお、この決定によってキャラクターの能力が変化することはありません。『詳細』』
表示されるのは3つの紋章と、陣営の名称。
赤い『農耕都市』、黄色の『芸術都市』、青の『魔法都市』。
俺は何も考えず、青の紋章に指を伸ばした。
『魔法都市でよろしいですね』
『最後に、プレイヤー名を入力してください』
浮かび上がる、入力欄とキーボード。
これにもまた、特に悩むことなく、普段から使っている名前を打ち込んだ。
『MieCro』。
決定。
『MieCroさん、Journey to the El Dorado の世界にようこそ』
『我々は貴方がプレイヤーである限り、両手を広げて歓迎致します』
『それでは、ゲームをお楽しみください』
文字が発火し、燃え尽きる。
Now Loading……
Connecting……
それすら消えて、ホワイトアウト。
次の瞬間、俺は3Dアバターの中にいた。
やわらかなベッドに寝かされている。
正面には、大きな姿見。
そこに映るものを見て、思わず、引きつった声がまろびでる。
「やっべ……」
見たことのない服を着た、見覚えのある顔。
烏野一矢君16歳が、ちょっと小顔になってそこにいた。
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