第2話 Take me, please.



 自分がどうも入れ込みすぎる性格らしいと自覚したのは、小学4年生のときだった。


 きっかけは……そう、ひょんなことから参加した地元のゲーム大会。

 夏祭りのメインイベントとして開催されたその大会で、俺は優勝した。

 優勝賞品がやたらと豪華で、メーター越えのメバチマグロ。

 10歳の俺よりも大きかったのだから、たぶん150センチはあったはずだ。


 でっかいマグロの横で金ぴかのトロフィーを両手に抱える俺の画はメディア受けが大層良く、地方紙にデカデカと掲載された。

 インタビューは夕方のニュースにも使われたんだったか。

 なんだよ、『マグロが食べたかったので』って。


 そんなわけで、休み明けの俺は学校のヒーローに就任した。

 その大会で採用されたタイトルが、校内で大流行中だったのも大きかったのだろう。

 同学年の連中からは顔を合わせるたび声をかけられたし、なんなら上級生からも遊びの誘いがかかった。

 生まれて初めての告白も受けた。

 特に関わりもない女の子だったから断ったけど。


 9歳の俺は、紛れもない我が世の春を謳歌していた。


 ある日、親しくしていた友人ふたりから、公式大会に出場しないか、と誘われた。

 きみがいれば優勝も狙える、本気で1位を取りに行こう、と。


 何日か考えた後、俺は了承した。

 4人制のゲームだったから、もう1人探さなきゃいけないという話になって、そこに彼女が加わった。


 頼ってもらえたからには、勝たせたい。

 9歳の俺は意気込んだ。

 けれど、昔の俺は今と比べてもまだまだ未熟で、端的に言って考えなしだった。

 戦術・戦略的思考の欠如は集団戦において致命的だ。

 そのしわ寄せは、俺以外の誰かに行く。

 つまり、チームメイトに。


 正直なところ。

 客観的に見て、10歳と9歳、ガキの集まりでしかない俺たちにオンラインの予選大会を通過できるほどの実力はなかった。

 個人技だけ見ても水準に達していたのは俺1人、そして、その俺がチームの連携を阻害していたのだ。


「いまのは削ったんだから一回引いてポジション取りに行かなきゃ」


「なんでついてこなかったの?」


「うーん、今の負けるかぁ。ちゃんとエイムとキャラコン、練習してる?」


「勝ちたいんだよね、じゃあ合わせてよ」


「そこは引いていいんだって!」


「ああ、遅いよ、指示聞いてる?」


「ほら射線出して! 回復してるって言ったよね!?」


「何回言ったら分かるんだよ!! 指示には従え! 考えなくて良いんだって!!!!」


「そこで諦めるなよ!!!!!! 少しでも時間稼げば自己蘇生が間に合ってた!! 言ったよね、僕が落ちても僕が撃ってたヤツから狙って落とせって!!!! 人数不利さえ作らなきゃ無理に攻め込まれる状況じゃなかったのに!!!!!!」


「何回目だよ、勝手に戦って勝手に死ぬの!!!!!!!!」


 あの時、俺は本気で勝とうとしていた。

 それは確かなことだ。

 でも、傲慢だった。

 そして、弱かった。


 あの頃、少しでも気遣いができていれば、もしくは、平気な顔でキャリーしきれるぐらい強ければ、あんな結末にはならなかっただろう。


「みんな、一矢くんと遊ぶのつまんないって」


 あんなことを言わせなくてもすんだだろう。


 反省しても、後悔しても、もう遅い。

 遊ぶ、という言葉が全ての原因を物語っていた。

 彼らにとってあの集まりは遊びでしかなく、けれど、俺にとっては練習だった。

 合わせるべき俺が、その違いにすら気づけなかった。

 気づけないほどに、弱かった。

 ただ、それだけのことだった。

 








◇◆◇








『ニュース見たけどクッソ噛んでて笑った。

 ういういしいですねwwwww』


『あああああああああああああああうるせええええええええええええ!!!! 

 部員は増えたし! 女の子もいるし!! 

 ぼくはきみの知らない高みへと行く!!!!』


『かっこいいですね、おめでとう!! 

 ところでエロガキとしてトレンドに載った気分は如何ですか?』


『あのテレビ局爆破してやりたい』


『こっわ。

 これは万年童貞』


『それ自爆テロでは……?』


『いや俺はノーダメージですし』


『えっ』


『GG』


 勝ったな。

 しょせんは国語赤点の男、レスバ力があまりにも貧弱だ。


 ……いやまあ、こんなレスバで勝ったところで、トラオがただのアホとかそういうことにはならないんだけど。

 全国ニュースて。

 しかも映り込んだとかじゃなく、トラオ本人を目的とした取材なのだ。

 煽り倒しはしたけれど、どこに行っても自慢できる……いやでも俺はやだな……アナウンサーさんどころか新入生の女の子たちに鼻の下伸ばしてたし……。


 反応が無くなったところで、『Pilot2』公式ホームページを制覇する旅に戻る。

 対人系のゲーマーにはチュートリアルをぶっちするような人が多いけれど、俺は説明書を隅から隅まで読み込んで気持ちを高める派閥に属しているのだ。

 最近はオンライン説明書も内容が薄いやつが多くてなぁ……。


 『To the next WORLD』なんていう仰々しいキャッチコピーにくすりと笑い。

 操作性の改善やグラフィックの進化など、ゲームハードにはありがちな情報に訳知り顔で頷いて。

 『メタ・コネクト』と題された目玉機能に舌を巻く。


 どうも、あの名前も覚えていないVTuberが動画を通して自前の3Dモデルで活動できていたのはこの機能によるものらしい。

 顔や髪型、場合によっては衣装やボディに至るまで、各タイトルに最適化された状態で持ち込めるのだとか。

 これまでのVRゲームのユーザーは『お気に入りのアバターで動き回りたい』という層がメインだったのだから、需要は凄まじいものとなるだろう。

 昔からずっと、とある多機能SNSアプリが同時接続数を独占してる世界だからなあ。

 メタ・コネクトに対応しているかどうかでソフトの売り上げが大きく変わりそうだ。


 ……ああ、ソフトメーカー側もそういう認識で作ってるんだろう。

 ずらりと並んだローンチタイトルの下にはコネクトレベルなる数字が表示されているし、個別のページにも細かい区分がつらつらと。

 ふーん、なるほど対人系は基本的に顔だけの反映なんだ。

 競技性やゲームバランスの観点からすると死ぬほど悪さしそうな機能だから当然の措置ではある。

 標準的な人間アバターで手長足長と戦う世界線は……一発ネタとしては面白いがどうあがいたところでクソゲーだ。

 ……そういうチーター出てきそう。


 身震いしてページを送った。

 プレイする前からあの寄生虫共に怯えるなんて馬鹿らしい。

 こんな革新的ハードなんだ。

 ゴミカス共もしばらくは手出しできないだろう、きっと。


 大トリに配置されていたのはDeluxe版と通常版の相違点について。

 ふんふん、発売日が一週間早くて、ローンチタイトルが全作品インストールされていて、健康維持機能が特盛りな分連続プレイに制限が無く……えっ、通常版って1時間遊んだら強制的に10分切断されるの? 

 香川県かよ。


 ……、まだ届かない。

 配達予定時刻は午前10時から12時で、現在時刻は午前9時55分。

 あたりまえだ。

 サイトを移る。

 時計を確認する。

 デジタル表示はまるで変わらない。


 本当に届くんだろうか……? 


 たらたんたらたん……、と着信音が扉を超えてきたのは10分ほど経ったあとのことだった。

 チャイムが鳴ったのは、それからさらに10分後。


「ありあとーざいましたーっ!」


 配達員が一仕事終えたという表情で去って行く。

「お疲れ様でした」軽く礼を言い見送って、扉が閉まるのを確認するなり、父子二人、会話すること無くゲーム部屋へととって返す。


 あんなに広かった部屋は比喩でなしに狭苦しく様相を変えていた。

 なにしろ、中型の冷蔵庫みたいなデカブツが2機、デスクの脇に鎮座しているのだ。

 排熱や配線の関係で、空間占有量で言えば冷蔵庫より酷いかもしれない。


「説明書は任せた。ぼくはケーブルを取ってくるから」


「了解」


 ちなみに当家ではこうした電子機器の配線などは基本的に俺の担当だ。

 父に任せるとタコ足どころの騒ぎじゃ無くなって最後にはどこかに足を引っかけて大惨事を引き起こすのである。

 あの人、あれでよく医者とかやれてるな……。


 ぱらりぱらり、ページをめくる。

 最後に電源を繋いで……設定はPCよりもコンシューマー的だから問題なさそうかな。

 メンテは普通に掃除すれば良いのか。

 座面は水拭き可で……ああ、端子はそこにまとまってるのね。

 ってなんでLANが二個も付いてるんだ……しかも両方ささなきゃダメってどういう作りだよ。

 ルーターのポート足りるかな、最悪ハブを出してきてもらわないと。


「うわぁああ!?」


 どこからか悲鳴が聞こえてくる。

 あぁ……コケたのか……。


「父さん無事ー?」


「怪我はしてないけどちょっと助けて!!」


「はいよー」








◇◆◇







「はいもしもし、お久しぶりです、お元気なようで……、はい、はい、お話は担当の方から聞いてますよ」


 その電話がかかってきたのは、片付けを終えていざ起動というタイミングだった。

 いくらなんでも抜け駆けのような不義理はできず、俺は暇つぶしにtwitterを眺める。

 55万円と言っても発売日というだけはあって、購入報告は探すまでもなく溢れていた。


 ×2で110万かぁ。

 父さんも思い切ったなぁ……。

 いやでも、もともと3年に一回ぐらいのペースで50万のPC買い換える人だから、特に気負うことなく買ってそうでもある。 


「いえいえ、ぼくは向こうの病院を紹介したぐらいで……、ああ、もちろん当院をご利用いただけるのならぼくが担当できるように話を通しておきますよ、ええ」


 相手は患者さんなのだろう。

 父さんは患者さんと病院外での付き合いを持つタイプだからか、けっこう謎の人脈を保持している。

 好きなデザイナーの話をしていたら、誕生日にサイン入りイラストが届いたこともあるぐらいだ。

 ビックリしすぎて頭が真っ白になったのはあの時が初めてだったなあ。

 今でも額縁に入れて自室の一番目立つところに飾ってある。

 『一矢君へ、ぼくのキャラクターを好きになってくれてありがとう  子玉』って書いてあるんだぜ。

 最高かよ。


「ああっ、あそこのお店美味しいですよ! 出前で良く使うんですけど、シチューがもう絶品で」


 気づけば、父は完全な雑談モードに入っていた。

 ずっと盗み聞きしているのも気が引けて、俺はそろりそろりと部屋から抜け出す。


 我慢我慢とは思うけれど、どうにも顔がほころんでしまう。

 ああ、楽しみだ。


 父さん、まだかなぁ。


「――ごめん、今から出かけることになったから」


「えっ?」


「ほんとうにごめんね、先に遊んでてくれても構わないから――」


「いぃやいやいやいやいやいや、待って待って! 

 どうしたの急に!?」


 それ以上の言葉は出てこなかった。

 父さんは「いやぁ参った参った」と軽い調子で頬を掻く。


「昔の患者さんがこっちに越してきたみたいでさ、頼りにしてくれてるみたいだから……いろいろとお世話してあげなくちゃ」


「お世話って……」


 なんだそれ、は飲み込んだ。

 だって、相手は大人のはずだ。

 いくら患者でも、なにからなにまで面倒を見てあげるものなのだろうか。


 俺は、たぶん、すごく変な顔をしていたと思う。


「ははは、きみは本当に素直な子だよ」


 笑顔のまま、父さんは言った。


「友達の引っ越しを手伝うだけさ。

 きみも知ってる人だよ」


「いや、父さんがいいんならいいんだけどね」


「おっ、いっちょ前に強がっちゃって。

 寂しいなら寂しいって言ってくれてもいいんだけど」


「やかましいわっ!」


 いやほんとに、なんやねんもう。

 ちょっと語勢を強めても、父さんは気にせず笑うばかり。


「で、どなた? 

 何時くらいに帰ってくるの?」


「なんだかお母さんと話してるみたいだ」


 遊ばれてるなぁ。

 あんまりにも酷い無敵っぷりに、俺も、諦めて笑った。

 そもそもなんでこんなに……そう、感情的になっていたんだろう。


 どっと疲れた気分だ。

 俺は肩を落とし、「それで?」と続きを促した。


 ――その疲労感が吹き飛ぶほどの衝撃が待っているとも、知らないで。


「帰ってくるのはたぶん7時前になるかな。

 友達って言うのは、ほら、……まぁいいか、駒井さんだよ」


「は、え。

 なん、て……?」


 聞き返したのは、聞き取れなかったからではない。

 むしろ、逆だ。

 聞き取れていたからこそ、脳が、理解を拒否していた。

 だって、その名前は――


「……、駒井愛海さんだよ。

 縫依ぬいちゃんも一緒だってさ」


 ――幼なじみだったあの子のものじゃないか。








◇◆◇







 『一緒に来るかい』という父の誘いには、首を横に振った。

 それから二言三言話をして、ジャケットの背中を見送って。

 出がけに……なにか忠言めいたことを言われたのだけれど……、それどころじゃなかった俺は凄く雑な返事をした気がする。


 しっとりとした合皮の椅子に、体を預ける。

 フードのような、ジェットコースターの安全バーのような、形容しがたい構造体を肩まで下ろし、すっぽりと被る。

 光は一切差し込まない。

 触覚と記憶を頼りに、両手両足をクッションの中へ埋め込んで……、俺は『Pilot2』の起動ボタンに指を当てた。

 押し込んだという感覚はなかった。

 乗せて、圧をかけただけだった。


 気づけば、重力の実感が失われていた。

 布と触れあう皮膚感覚でさえ、遙かに遠い。


 どこからか、波の音が聞こえてくる。

 暗闇が、白く弾けて青に染まる。


 浮かび上がったのは、英語の文章。


『We'll take you to the next WORLD』


 読み終わるかどうか、ほんの一瞬で文字は解けて消えていく。

 残されたのは、たったひとつの単語だけ。


『Pilot2』


 ややあって、それすらも消え去り、世界は再び黒く染まる。

 けれど、そこはもう、椅子の上のぴっちりとした空間ではない。

 星々が、遙か遠くに煌めいて――


 どこからともなく現れた球形のアイコン群が、俺をぐるりと取り囲む。


 俺は、衝動的に、あるいは本能的に、1つの世界を選び取る。


 そして、ゲームが起動した。














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