ゲーマーズ・カーニバル!
コノワタ
第1話 黒船来航
対戦よろしくお願いします。
○●○●○●○●○●○●○●○●○●
昔、幼なじみに贈られた言葉がある。
「みんな、一矢くんとゲームするのつまんないって」
その一言に、思い上がりを正された。
◇◆◇
『本日はなんとPilot2を先行体験させていただけるということで――』
第4世代スマートフォン『AiD』が投影するホロディスプレイ上で、金髪の女の子が動いていた。
「今日は本体なんだ」
何の気なしに呟くと、画面に集中していたはずの顔がぐるりとこちらに向けられる。
「どっちも本体だけど?」真顔で彼は言った。
ガチ恋勢こっわ。
『Pilotと言えば50万円のゴミとして有名ですが――』
イヤフォンから流し込まれる落ち着いた声に、俺は小さく笑う。
いいのかそれ、この動画はプロモーションを含みますって書いてあるんだけど。
彼女は有名なVTuberだ。
プロゲーマーとして活動するリアルの体と一般的なVTuberとして活動する3Dモデルの体を開けっぴろげに使い分ける振る舞いと、あらゆる分野、あらゆるゲームで発揮される確かな実力が好評なのだとか。
どちらの姿も可愛いのだからそりゃあまあ、人気も出るだろう。
「そういやおまえ、そのアカウント部活で使ってるやつじゃね?」
アカウントアイコンには、トロフィーの写真。
去年開催された全日本高校生e-sports選手権でそこのオタクが勝ち取った優勝杯だ。
彼は「くぇっ」と角待ちショットガンでワンパンされたときのような悲鳴を上げて、見事な二度見を披露してくれる。
しかし現実は変わらない。
指さしてゲラゲラ笑ってさしあげた。
「……まあいっか」
「いいのかよ!」
「だってどうせボクしか使わないしー」
とは言うけれど、明日はなんと入学式である。
俺たちはもう高校二年生で、後輩を迎える準備兼始業式のため、この4月7日に登校しているのだ。
「去年結果出したんだから新入生も入ってくるだろ」
「……閲覧履歴ってどうやったら消せるかな」
「さぁ……? 普通に履歴んとこから消せるんじゃね」
「おっ、消せた。これならバレないから問題ないね!」
「
履歴消してもオススメとかには出てくるんじゃねえかなぁ。
新しい動画が一番上に出てくるぐらいには見てるんだろうし。
言わないけど。
「ところでボク、明日ひとりで新入部員勧誘するんだけど」
「その絵面を見れないのがほんとうに残念だな」
「隣で見ててくれても構わないんだよ」
「俺、帰宅部なんで」
俺は動画に意識を向けた。
へー、フード付きの座椅子みたいな形状なんだな。
あの棺桶がよくもまあシンプルに……、なんで大型機の性能がゴミだったのに小型化されてんだろ。
「いーじゃん入れよほぼ入ってるようなもんでしょっ!?
ボクが部室で遊んでる時いっしょに遊んでるじゃん!」
「自分ちのPCからな。
悪いけど、ごめん、勘弁して」
彼はわざとらしく唇を尖らせて「まーしかたないか」と明るく言った。
タイミング良く、骨伝導イヤフォンから『お値段5万円!!』とショッピング番組のような声が響く。
「代わりに勧誘は付き合ってね」
「やだよ部外者が勧誘してる部活とか意味わからんだろ!
しかもそれ引き受けたらなし崩しで入部させられるやつ!!」
「ちっ、
顔に似合わない、ドスの利いた声だった。
どっちも本体とかほざいたときと同じくらい恐い。
……それはガチ恋勢としてどうなんだろうな?
ホロディスプレイでは、白髪の3Dモデルに変身したVTuberがまっさらな空間を走り回っていた。
えっ、走ってる!?
『なんと! このPilot2、最初からインストールされている『iVRworld』の中でもちゃんと走れるし跳べるしパンチやキックも思うがまま!! いったいどうしたPilot!』
「いやまじでどうしたPilot、おまえは全人類の希望を背負って生まれ落ちた50万円の粗大ゴミだったはず……!」
「アプデでマシにはなったらしいけどねー」
「あ、マジ?」
「持ってないからしらんけど」
『Pilot』が人類初のiVRシステム対応ゲームハードとして登場したのはいまからおおよそ5年前のことだ。
VR空間上のアバターを現実の体同様の精度で動かせるという触れ込みは、しかし、誇大広告も良いところだった。
普通に歩こうとしても歩けない、走るなんてもっての外。
50万円を支払った有志の検証によると、意味不明な入力遅延が不規則に発生するせいで歩きがスキップに化けることもあるのだという。
そんな状態で走って跳ねて、銃を撃ったり剣を振ったりパンチを繰り出したりというアクションを行うことなどできるはずもなく。
ボードゲームすら慎重に操作しなければプレイできないという有様だったのだ。
……なんで開発元潰れなかったんだろうな?
ついつい引き込まれて、俺は無言で動画を見つめた。
ローンチソフト――ゲーム機の発売と同時に発売される専売ゲームだ――の1つが起動されて、白髪の女の子がサブマシンガンっぽい何かを楽しげにぶっ放す。
多少のばらつきはあれど、銃弾の雨が当然のようにターゲットを破壊した。
スムーズなリロード、慣れ親しんだ射撃音。
「5万かぁ……」
高校生の懐には厳しい値段設定だ。
それでもこれは……お年玉を前借りしてでも……全部足しても足りないか……?
「ちなみにさー、これ、噂なんだけどさー」
ぼそりと、トラオは言った。
悪魔の囁きだった。
「今年の後期、幾つかのカテゴリにPilot専売のタイトルが採用されるって話があってさー」
「……入部しよっかな」
「マジ!?」
「冗談だよ分かれよ!!」
けっこう本気でグラっと来てたのは内緒だ。
トラオのおかげで正気に戻ったけど。
この高校にはe-sports部というものがある。
死ぬほど語呂が悪いから名前変えた方が良いんじゃないかと思うけど、日本高校e-sports推進委員会が指定したものだから仕方ないらしい。
まあ、それはともかく、トラオはその部唯一の部員なのである。
それも初出場の一年生でありながら、昨年の全国大会で上級生含む全参加者を薙ぎ倒して個人総合1位を達成したチャンピオン。
行事の度に全校生徒の前で表彰されるからこの学校で名前を知らない人はいないし、ちょくちょくテレビの取材も来るから全国的にも名前が売れている。
バカはバカだけど、けっこう凄いバカなのだ、トラオは。
それでもなお他の部員がいないのは……、昨年、柄の悪い連中が占拠していた部室を取り返すべく入学直後になんやかんやした結果である。
『あの伝説のゴミが進化を遂げて帰ってきた……!! 次回、Pilot2 Deluxe 先行レビュー!!』
やたらと決め声の次回予告が流れて動画は終わった。
ちゃんと棺桶……いやマッサージチェア型もあるんだなぁ……。
俺はAiDのタッチパネルに指を這わせた。
Youtubeを落として高校の公式アプリを起動する。
ログインするなり、表示されるのは『提出書類が3点あります』という文字列。
「まだ書いてなかったん?」
「書こうとしたらおまえがurl送りつけてきたんだろ」
「そうだっけ」
「そうだよ」
さらさらと埋めて署名をし、提出ボタンをタップ。
それを3回繰り返すだけの簡単なお仕事だ。
烏野一矢、烏野一矢、烏野一矢、っと。
「そーいや医学部じゃないんだね。
継げとか言われないの?」
「ウチの父さんそもそも開業医じゃないし、いくら稼げるって言ってもあの激務見てるとちょっとなー。
どこに就職するにせよ、仕事終わりにゲームするぐらいの時間は欲しい」
「それな」
などとしたり顔で同意するのは進路がほぼ決まった男である。
反応するのも負けな気がして、俺は検索窓にPilot2と打ち込んだ。
ホームページをぼんやりスクロールしながら、「進路なー」と無意味に転がす。
とりあえずで第一志望にしているのは地元の国立の工学部。
志望動機は今の段階でもA判定がでているから、というしょーもないものだ。
書類の方には設備がどうのこうのとか、資料にあったことをそれっぽく書き付けておいたけれど。
このまんま、ただただ流されて……それでもまあ、生きては行けるのだろう。
俺はけっこう、恵まれている。
綺麗事抜きに、事実として。
父の持ち家はローンを払いきっているし、最悪アルバイトなり日雇いなりで物入りのときだけ稼いで、あとはのんべんだらりとゲームだけして暮らしていけば良い。
いやまあ、いくら実の父親だと言ってもそんなことしてたら叩き出されそうだから普通に働くけど。
……男手ひとつで育ててくれた恩も、返したいし。
「進路なー」
またも無意味に呟いて、タッチペンをくるりと回す。
反応はなかった。
ちらりと見れば、トラオは荷物を片付け席を立とうとしている。
「帰るん?」
「いや部室。
勧誘の準備はしとかないと。
……あっ、手伝ってくれても――」
「じゃーな、また来週」
「ッチ」
もたもたしてるヤツを追い抜いて、俺は放課後の教室から離脱した。
◇◆◇
弾を撃つ。
ジャンプで抜けられる。
弾を撃つ。
ガードで止められる。
弾を溜める。
敵が飛び込んでくる。
――ああ、そっちね。
合わせてジャンプして、空中上攻撃。
遅れて攻撃モーションに移った相手キャラクターは、打ち上げられてから落ちてくる。
俺は慌てず騒がず、相手の落下予想地点にキャラを動かした。
着地狩りの展開だ。
上側は空中ジャンプと回避でタイミングをずらしつつ反撃を狙い、下側は追撃を狙う。
ダメージ状況的に、双方とも撃破ライン。
緊張の一瞬、敵キャラクターを凝視する。
対戦相手は――勝負に出た。
空中ジャンプ、頂点に達すると同時、最速で入力される急降下。
撃墜用コンボにつなげるセットプレイだ。
釣られてジャンプすると続く攻撃に当たってそのまま負ける。
しかし、避けてしまえば勝ちが決まる。
相手が空中ジャンプの権利を消費するのに合わせて回避を入力していた俺のキャラクターは、落下点からも攻撃判定からも外れている。
俺はチャージショットを撃ち込んだ。
攻撃を空振り、着地硬直に絡め取られた対戦相手にはそれを防ぐ術がない。
青白く輝くエネルギー弾が炸裂し、快音とともに敵キャラクターは吹き飛んだ。
ゲームセット。
勝利演出に遅れてリザルトがずらりと表示され、『再戦しますか?』の確認ウィンドウがポップする。
モニターはアイコンがずらりと並ぶキャラクターセレクト画面に遷移した。
+ボタンを押し込めばまたすぐにマッチングして、試合が始まる。
……そうする気にはなれなくて、俺はコントローラーを投げ出し電源を落とした。
午後4時30分。
帰宅してから3時間、1日のプレイ時間としてはまあそれなりだ。
満足して終わりにしたのかと言うと、それは違うのだけれど。
もう少し歯応えのある相手と対戦したいけれど、レート戦――外部ツールを利用して行う上級者とのプライベートマッチだ――に潜るような気分でもなく。
こういう日に限って、トラオのヤツも掴まらない。
どうにもテンションが上がりきらないまま、なんとなくの時間つぶしでぽちぽちしているだけ。
「別ゲーやろっかなぁ……」
PCを眺める。
だからといって、特別遊びたいタイトルはない。
そもそも、メインで遊んでいるTPSやバトロワを何本か梯子した末の格闘ゲームだったのだ。
たまにはRPGでも……と思案するけれど、購入済みの作品はだいたいクリア済みだし、新しく買うにはお小遣いが心許ない。
どうしようもなくなって、俺は椅子の背もたれを倒す。
ぐでーん、だらーん。
眠いような、眠くないような。
疲れてるような、疲れてないような。
勉強……うぅーん、でもなぁ……。
課題があるわけでもないし、受験勉強を本格的に始めるにはまだ早いし。
やたらとごついアナログ時計――父さんの趣味だ――が、かちりこちりと動き続ける。
二人分のゲーム機やらPCやらモニターやらが並ぶ大きな部屋を、独り占め。
小学生の頃は友達と遊んだり父さんと遊んだりが多かったのだけれど、最近はもっぱら、俺がひとりで使うばかり。
トラオと遊ぶときだって、通話はつなぐけれど、それだけだ。
こんな感じでぐでぐでしていたって、誰かに叱られるということはない。
きっと――、あのまま学校に残ってトラオの手伝いでもしていた方がいくらか有意義だっただろう。
動きだせないまま、時間だけが流れていく。
取り残されているのか、流されているのか。
どちらにせよ、無意味で無価値に、浪費する。
思い出されるのは、小学生の頃。
あの頃は楽しかった、なんて。
自分のせいなのに、未練がましく。
『みんな、一矢くんとゲームするのつまんないって』
幼なじみだった女の子の声が、耳の中で跳ね回る。
……そりゃそうだ。
あんな、自分が上手いと思い上がったクソガキとチームを組むなんて、俺もご免だ。
みんなはあれから、どうしたのだろう。
連絡を取ろうと思えば簡単だ。
二人は同じ高校に通っているし、引っ越したあの子は父さんが連絡先を知っている。
「また一緒に遊ぼう、とか……」
それだけを伝える度胸もないから、独り言を呟いた。
みんなは、俺みたいになってないと良いな。
……なってるわけないか。
バカなのは結局、俺だけだったんだから。
――う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛。
「うぉっ!?」
ぼへっと何も考えず、ぎぃこぎぃこ椅子を揺らしているところにバイヴ音が響いたものだから、転げ落ちそうになった俺は悲鳴を上げた。
「いってぇ……、肘うったし……」
誰だよ急に、と恨み言をこぼしつつ『AiD』を手に取れば、画面にはトラオの名前とメッセージが。
『コスプレして立ってるだけでいいからやっぱり明日来ない?』
「誰が行くかアホ!!」
思わず『AiD』を椅子に投げつけた。
スパァアンといい音がして、端末はクッションの隙間に潜り込む。
完全に迷惑メールだ。
しかも実害あるタイプの。
……あっくそ、絶妙に嵌まり込んでて取り出しにくいなおい。
『おまえがコスプレしてるとこ撮るだけの係なら出向いてやろうじゃないか』
『カメラマンは足りてるんで結構です』
『おいまさかコスプレってお前んとこのユニフォームなんじゃ』
『???』
俺は通知の設定を変更した。
なにやら眼鏡のおっさんのスタンプが連打されてるけど知ったことか。
アプリもタスクキルしてやる。
――と、そこで、開きっぱなしだった『Pilot』の公式ページが目についた。
税込み4万9800円の通常版と、55万9800円のDeluxe版。
目立つように配置された『4月16日発売 オープニングイベント開催決定!!』の文字が小さく見えるぐらい、何もかもが馬鹿らしくなる値段設定だ。
Deluxe版さぁ……。
読み進める限り、本体のスペックがどうこうではなく、長時間の連続プレイに備えたオプションパーツが高くつくらしい。
そう言えば本物のマッサージチェアっていくらぐらいするんだろうか。
……なるほど、10万から50万。
なるほど?
「これ、ほとんどマッサージチェアの値段だろ……」
しかも一番高いヤツ。
俺は溜息を吐いて、AiDの電源を消した。
どっちにせよ、しばらくは手が出ない高級品なのだ。
調べれば調べるだけ欲しくなるのだから、細かく見ない方がよっぽど良い。
「5万なぁ……」
◇◆◇
「あっ、おかえりー。
早かったね、今日。
まだ6時じゃん」
「うん、ただいま。
いやぁ、ようやく仕事が一段落ついてね。
あっ、悪いけど明後日荷物届くから家にいてくれる?」
「ふーん。
どうせ外出ないから構わないけど、何時?」
「午前中」
「荷物の中身は?」
「Pilot2」
「はい?」
「Deluxe版だからぼく一人で設置するのはちょっとキツそうでさ。
いやあ、助かるよ」
「はぃいっ!?」
「もちろんきみの分も注文してあるから安心してね」
「はぁあぁああ!?!!!!????」
○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
反応もらえると作者が泣いて喜びます。
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