第十一話

 昼間のように明るいそこには、警官によって救出されたキイス・ランダー氏がブランケットを巻かれて座っていた。


 彼は二人のポステ氏らを眼前に見つけるなり、罵声を浴びせながら、近づこうとしたが、そばの警官達にすぐさまそれを制止されて、何やら優しくなだめられていた。


 見ると、若いポステ氏はまたクスクスと笑い転げるのを必死でこらえているようであった。彼だけではない。白衣のポステ氏の方も、やれやれといった風に不気味に微笑んでいるではないか。そして、拘束されたその両手で、ぱんぱんと掌を鳴らして、聴衆へ呼びかけた。


「皆さん、少し落ち着いて下さい…。あの、決して爆薬の類を隠れて仕掛けてなどおりません。私達一族は皆さんに何の恨みも無ければ、虐殺を楽しむ趣味もありませんですから。私達が物心ついた時から仕込まれる言い伝え、使命というのは、寧ろその逆なのです。いいですかね…。とにかく、それによりますと、文明技術がリフレッシュされるたびに、あの地下室の装置も新しいものに取り換えられると言うのです。こちらのリフレッシュは少々派手なものですからね。そして…、一族の初代とされた個人だけは、その瞬間をその目で直接目撃しているらしいのです。それでも、それが何者によって行われたか、という部分がすっぽりと伝承から抜け落ちているのです。因みにあなたがお持ちになったユニットですが、これも実は我々の技術によるものではありません。それから、嘘をついて申し訳ありませんでした。そうです、あれは決してバッテリーなどではございません。しかし、バッテリーの類と同じように、あの装置の主要部の作動にはそれらのユニットが必要なのです。あのユニットの機能というのは、一定以上の、つまり現代の科学知識を超える水準の、詳細な仕組みについては我々一族にも分かりません。しかしながらですね…、先ほど、今回は良い所まで来ていたと申しましたが、どうやら、あのユニットはこの惑星内のあらゆる量子的な波動、例えば自然環境から人類の情緒に至るまで、つまり太古から現在までに至るありとあらゆるこの惑星周辺で起こっているそれらの波を収集し記録するための物のようなのです。大体どの大陸にも最低一つはどこかに設置されているようです。二つ以上のところもありますが、どのようにしてその数を決定しているのかまでは存じません。ちなみに、ウッドさんがお持ちになったユニットは確か…、東洋のゼドーから回収されています。あの地下室の装置によって記録を吸い出した後は、いずれかのユニットを再び元の位置へ戻すよう言われております。ですからウッドさん、あなたにお持ち帰り頂いたユニットは、またゼドーのどこかへと返される予定だったという訳です。それと、行方が分からないとおっしゃった、あなたの上司もこのユニットの運搬に利用されていたようですから、我々一族のうちの誰かが、その方を運搬に支障きたす存在と認めたのでしょう。お聞きの通り、これは人命よりも優先される事項ですから、悪くすれば…。悪くすればですよ?そうですね、もうあなたの上司もすでに亡くなっているかもしれません」


 一同が顔をしかめたことなど、全くお構いなしとでもいうように、悪びれる様子もなくその後も彼は説明を続ける。


「そういえばですね、実はこの運搬を担うのは誰でも良いという訳でもないのです。昨夜ウッドさんにも少し話しましたが、これを運ぶのはある意味で選ばれた人々なのです。つまりですね、あのユニットは人間の情緒に対しても非常に繊細なものですから、運搬中に運び手の影響を強く受けると言うことが出来るのです。さらに、全く反対に人間の情緒へも干渉します。お分かりですね?そういうことで、運び手の方も少しばかりこちらで選定をさせて頂いておったという訳なのです。そうです。一言で申しますとね、比較的情緒が安定している方々の手によって、あれらはここへやって来るという訳なのです。しかしながら、ランダー氏はいささか…。ええ、こちらの選定ミスということになりますね…」


 後ろで真っ赤になっていたランダー氏のことはともかくも、私は自分や課長たちがすっかりこの一族のくだらない伝統に、ちっぽけな駒として利用されていたという話、つまりは彼らの語る世界の真実とやらに、内心腹が立ってきていたのだった。特に核心を突くような文句を考え付いていた訳ではなかったのだけれども、溜まりに溜まったもやもやを発散させようと、どうしても今ここで何か言わずにはいられなかったのだ。


 「あなたの言っていることが真実だとはまだ信じられないですし、もしそれが事実でも、それ以外に問題を解決する方法を模索する努力をするべきではないのですか?聞くところによると、それは全世界的な問題なのですから、たくさんの人々と、問題を共有して、共にその解決を目指すべきではないのですか?我々は実際にこうして生きているんですよ⁈」


 若いポステ氏は白衣のポステ氏がするのと同じように腕を組みながらうんうんと頷いて見せた。そしておもむろに口を開いた。


 「やはり思った通り、あなたのようにそうおっしゃる方がこの中に一人はいるだろうと思っていましたよ。そして、出来ればそうして欲しいのはやまやまです。我々の祖先は、そのことについてもよく理解を持って居ましてね、問題はですね、物事を判断する材料の全ては、判断する人の取得可能な全情報の内に限定されるということです。つまり、どうしても、人間は膨大な未知の情報を無視して判断する他に方法が無いわけです。ここで断言しておきますが、我々人間は自滅するまでに、この問題…、つまり、この惑星や近隣の領域以外に知らないうちに与えている影響、それによって遠方で引き起こされる不具合、これらの問題を突き止め、それを自ら解決することが出来ません。決して間に合わないのです。この惑星の全生命をもってしても、その責任が取れない訳です」


 私は目をぱちくりさせた。


 「ええと、それは私たちは滅亡するまでに重大な問題が何かという事すらも知ることが出来ないという意味ですか?そして、あなた方もそれを知り得ない?」


 若い方のポステ氏はこくりと大きく頷いた。


 「そんな顔をしないでください。これが初めてという事ではありませんから、心配しなくても良いのです。必ず人間はもう一度始まります。少なくとも、この惑星が無事である限りは必ずです。私共一族がこの務めを途切れることなく行うことが出来たのは、私も彼も意識的に行動しているのではないからです。これは現代で言うところのナノテクノロジーによって、そう実行されるように遺伝子上にプログラムされているのです。それには私達自身も贖えないのです。ですから、われわれの祖先もクローニング技術が確立するまでは通常の性交渉を経て皆さん方と同じように誕生していますが、その交配の組み合わせはごく狭い範囲だった…。すなわち、このプログラムの機能が損なわれないよう、限定されていたようなのです。もちろんその選定もあの装置によって行います。そこの白衣の方、〝白衣のポステ氏〟以降はクローンという形で続いています。…あ、そういえば、これはある意味で、皆さんをさらに驚かせることになるかもしれませんが、ザルファーの創業者もその一人なのです。つまりは、この廃墟のような場所の為だけに、あのような何万人と従業員を抱える大企業グループが作り出されたというわけです。多種多様な業種で世界に広がって行ったのもまた、ユニットの回収に都合がいいからです。そして、そろそろお気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、皆さんもご存じの、数々の革新的な製品のアイデアというのは、全てあの装置内から得られたものなのですよ」


 これにはギルモ刑事も開いた口が塞がらない様子だったが、大きく深呼吸をすると、今度は彼がぱんぱんと手をたたいた。

 

 「よし。もういいかな、もういい時間だから、あとは署で聞かせてもらおう」


 白衣のポステ氏は最後に一つだけと言った。そしてギルモ刑事によって押収された、たった一つだけの所持品であった、あの地下室の鍵を持ってくるように言った。見ると、鍵には原子構造のモデルを模したキーホルダーが付いていた。


 「これが本当に最後ですから…。ええと、ああ、気休めですが、一族に伝わる言い伝えを科学的な単語に置き換えて説明させてください。私たちの世界、社会の実質は中空なんです。ちょうど原子のモデルがここにありますが、このように小さな原子核の周りを電子が回っている。まあ、実際は雲のように取り巻いているのですが…。おわかりいただけましたか?このモデルのように中身というのは辛うじてこの核の部分のみで、後は電子が確率的に原子核の周りに存在して、眼をそちらへやるたびに、その虚無を覆い隠しているわけです。私たちの世の中も全く同じようなものと言えます。つまりはですね。真実はこの原始核のようにわずかなもので、あとの殆どというのはですね、言葉、つまり言語情報という電子が取り繕うように漂って作り出す虚像であるということです。雲のようなね。では、真実とそれ以外との違いとは一体何なのでしょう?おっと、真実というと不適切でしたね。普遍性としましょう。普遍というと不変なもの、はは、すいません。こんなところで冗談を言うつもりはありません。ええ、つまりは観測者によって本質が変化しないということですね。私たちの言語的な感覚は電子の方ですから、こうしていくら普遍性について説明してみても永遠に普遍足り得ないわけですが、数にすれば…、数というのはここにならんだ数字を言っているのではありません。おわかりですか?これは表記、すなわち電子ですから、世界に様々な、異なる表記の仕方がありますね。もうどうにでも表すことが出来るわけです。私が言いたいことはですね、〝何かがある〟とか、〝何かがある〟と〝何かがある〟、ということなのです。もう少しわかりやすくいいますと、これは1+1という意味ですが、普遍性を説明する場合には〝ある〟+〝ある〟と言った方が明快なわけです。これで構成されているものが普遍性というわけです。もはや〝ある〟という言葉も取り去ってしまって良いでしょう」


 続けざまにポステ氏が、そこにペンがありますね、と言うと、私の胸ポケットから覗いているボールペンを全員が見つめた。


 「私にとっても、あなたにとっても、この街の全て、この惑星の全ての生物にとって、ここにペンが一本ある。ところが、このペンが真ん中で半分になっているとしたらどうです?まだペンですか?またその半分にします。おわかりですか?その半分、半分、半分!これです。私もあなた方も、それどころかもう誰もペンとは言わないかもしれない。我々の持っているペンという情報、これも虚像です。けれども、ペンを半分に切ったとき、私たちはそれぞれを、これが何であれ、〝ある〟と認識したはずです。切断されたペンの片方が〝ある〟、そしてそのもう片方が〝ある〟。これが普遍性です。これを続けていって、おおよそ人間の目に見えないサイズになっても、〝ある〟が増えるだけで、その法則自体は不変です。人間が認識できない状態でも、ですよ。〝ある〟とその対極、すなわち〝ない〟は万物で共有している法則なのです。エサの〝ある〟〝ない〟を認識する魚、光の〝ある〟〝ない〟で光合成する植物…。壮大な話をしますとね、この惑星、銀河、あるいはこの宇宙がなくなっても、この法則は不変です。〝ない〟に変わるわけです。これはこの宇宙以前から〝ある〟普遍性に他ならない。きっかり文字通り万物全ての母なる源であります。そして、誠に残念なことに、我々も、あなたの家族、感情、意識すらもそれらを構成しているその大部分が虚像であるという領域を抜け出すことは決して出来ないのです。想像してみて下さい。皆さんの脳を構成する細胞を一つ一つ取り除いていくとしたならどうでしょう?いつまで〝あなた〟でいられるのでしょう?そして、〝あなた〟を過ぎた、その後の〝それ〟は一体何なのか…。どうですか?これで少しは恐怖が和らぎましたか?そうであれば幸いですが…」


「なんかすごく偉そうですね…。何様なんですかあなた達一族というのは!」


 いきなりジェレーナ・レドムが憤ったので皆目が覚めたような顔をした。そして、そうだそうだと言わんばかりに、揃って頷いたのだった。


「その様子だと、良くないことに尚更不安定な状態に陥ってしまったようですね。しかしですね、これはあなたに止めることが出来ないように、私にも、いいえ、誰一人として止めることは出来ないのです。でも、そうやって過敏に反応することをもう少し、考えてみるべきでしたね。ええ、無論私もです。あのユニットにはこの惑星すべての波動が記録されていると、そう申しましたね。そして、その如何によって終末が決定しているとも…。しかし、その記録の中でも特に重要な要因を締める大部分は最も不安定な我々人間の情緒…。そうです。それがこの結果を招いたのですから。運び手の重要性がお分かりになりましたでしょう?ウッドさん、まさしくあなたが鞄に入れて持ち歩いていたのは、まぎれもなく世界の貴重な一部だったのです。ああ…、それから、因みにこれから私達の身に起きることに、痛みは無いそうですから、心配ご無用です。それと、これはほんの一瞬のことです」


 そう言うと、二人のポステ氏は互いに顔を見合わせて共に満足したとでもいうように頷き合った。


 その様子に何かを感じ取った私がジェレーナ・レドムの方へ振り向くと、彼女の方も何かしら私と同じ理由からだろう、髪の毛を耳に掛けながら、首を傾げ気味にこちらを見ている。


 少しの間、辺りが沈黙して、若いポステ氏が上品に微笑みながら一言つぶやくように言った。


「間もなくです。それでは…―」




 …たぶん、それが最後に聞いた人の声だった。辺りの匂いはどんな風だったろう?わからない。この目の前の女性は、俺を見つめる彼女は誰だったのか。それに、ここは一体どこなのか。私は、俺は?名前は?俺は誰だったっけ。


 もう何も見えない。そこにいた人々も風景も何も。あの人たちは俺の知り合いだったのだろうか?音も随分前からしなくなった。目を閉じた時にいつでも感じられていた、あの懐かしい鼓動も、もしかしたら今はもう止まってしまったのかもしれない。


 俺は今、目を開けているのか、それとも閉じているのか、掌を広げているのか、握っているのか、立っているのか、寝ているのか。呼吸はどうやるんだっけ?まてよ、俺の身体はどこにある?俺はあるのか、それとも本当は…。




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