第十話
警官たちが二人がかりで筒状の大型工具をドアノブの辺りに当てがったと思うと、ぼこんと大きな音を立てて、扉が手前に少しだけ開かれた。さらに後ろにいた警官たちが素早くその隙間にバールのようなものをねじ込むと、辺りの警官たちが整然とした隊形で一斉に部屋に突入した。
「はい、動かないで」
拡声されたギルモ刑事の声がそう言った。ありきたりな映画のように怒鳴るような言いかたでは決してなかった。それは、例のタクシーの運転手が、どちらまで、と客に尋ねるのとどこか似ていたような気がした。
そして、容疑者達を拘束しようとする、複数の警官たちも同じく、「頭の上で手を組んで、膝ついて」などと、決まってまったくそんな風に言うのだった。
考えてみるに、さっきの、あのがりがり音は、もしかすると壁に穴でも空けて、そこから部屋の様子を窺うためのカメラか何かを仕込んだ時のものだったのかもしれない。それならば、警察の落ち着いた行動にも説明がつく。彼らは、突入前に、内部のありとあらゆる状況を知り尽くしていたに違いないのだ。
わらわらと動き回っている警官たちの、その向こうには、私が昨日見たポステ氏と、何とも奇妙なことに、ちょうど今日イグナイトのカフェテリアで話したばかりのザルファー購買部を名乗る、あの若いポステ氏が仲良く並んでそこに膝をついていたのだった。
「あ!やっぱり」と思わず私は叫んだ。
「あの白衣の人がウッドさんが昨日見た…?」
私の第一声を聞いたジェレーナは私の肩を揺さぶった。
「うん、間違いない」
私はまじまじと彼らを観察することに必死で、彼女にたったその一言だけを返すのがやっとだった。
緊迫した警察の動きとは裏腹に、この二人というのは、マジックかなんかのショーで指名されたものの、仕方なく参加している観客とでもいう風な冷めた微笑みを浮かべて、ただ黙ってされるがままになっている。
その上、見ると、あっという間にそれぞれの手首にはもう手錠がはまっているではないか。彼らの隣では、例の謎の装置が無音のままに、その一部を光らせてそこに立っているのだった。
しばらくして、慌ただしさが落ち着いてきたとき、白衣のポステ氏が私を見つけた。
「ああ、ウッドさん!やはりあなたですね。さっきも、ちょうどこっちのポステさんから、なかなか勘がいいですよと伺っていたところなんですよ」
それは、もうカフェテリアなんかで、商談の前にやる雑談のような、何だか場違いな調子に聞こえた。
「あなた達は親子かなんかですか?あなたたちはいったい何者?やっぱり課長のことをなにか知っているんでしょう?」
ポステ氏の予想外な呼びかけに調子を崩していた私は、質問を思いついた順に並べて、こうして取り繕うように言った。
「まあ、親子ではないですけど、似たようなものですね。クローンですからね。でも、双子とそうは変わりませんよ?…実のところ、我々は長い間そこの装置を守護していたのです。それから、あなたの上司の居場所はここにいる我々も存じません。もっとよくお探しになってみてはいかがですか?」
「クローン⁈この状況も常に記録されているから、今ここで嘘をつくと、ますます後で不利になるんだぞ」ギルモ刑事がそこへ割って入った。
「この土地は国有地になっている。ここに施錠して閉じこもっていたあなたたちは不法占拠という罪に問われることになる、いいね」
若い方のポステ氏は少し乱れた前髪をふっと吹き上げて話し始めた。
「キイス・ランダーさんは予想外にも…。ウッドさん、あなたに比べて少々お行儀が悪かったものですから、隣の部屋に拘束してあります。彼は無事です。ああ、鍵はそこの壁のフックに掛けてあるやつです。しかしながら…。もう間もなくそれも関係なくなりますがね…」
「なに⁈拉致監禁も認めるというわけだな?」
ギルモ刑事がまっすぐに怒鳴った。そして、もうほとんど同時に近くの警官が壁に掛かった鍵をとって、部屋から飛び出していった。
実際、私は頭の中が彼らへの質問で溢れかえっていた。ここでもまた、新たな疑問が私の中で芽生えたのだった。
「そういえば、なぜ昨日はあのまま私を返したりしたんです?」
何かそんなこともあったな、とぼんやりしたような顔で、白衣の方がまた口を開いた。
「ああ、それはですね、一つは、お渡ししたユニットをお持ち帰り頂きたかったということと、それからですね、あともう一つは、昨日お話した時にですね、ウッドさんの方ははちょっとばかり冷静な人物とお見受けしましたから、少し試してみようかと…。そんな風に思ったわけです。何しろこの辺は娯楽が少ないもので…。情報を冷静かつ正確に分析できる人物がどこかにいないものかと常々思っていたのです。こちらの若いポステ氏がオメガ産業を探しているなどと、足跡を残したのも、そのためです。そしてようやくここに一人見つけました。あはは…。最近はじれったくなって、少々ヒントを出し過ぎていたかもしれませんがね。まあ、それはいいとして、それよりも、実は皆さんは、そうですね、ある意味で…、もう間もなく歴史的な瞬間に立ち会うことが出来るのです」
「ん?歴史的な、瞬間…?」久しぶりにジェレーナ・レドムが言葉を発した。
「予備知識無しにこれを聞かされると、どうも単なるファンタジーに聞こえてしまうのは仕方ないことなので、これから話を聞いている間、その点をよく意識なさってください。私たちはこの装置を守護してきたと申しましたが、これはね、決して何かのおまじないなんかの類などではないのですよ。実際に世界へ、それも直接的に影響があることなのです。そうですね…。まず皆さんが知らない事実をお伝えしておきますね。それは簡単に言ってしまえばですね、幾度となくこの宇宙はリフレッシュされているということです。それを我々が知ることは決してできませんが、例えば理論上は天文学的な回数のリフレッシュが起きていることになります」
「ちょっと待ってください、あなたは今、そのリフレッシュを私たちが知ることは出来ないといったじゃないですか。それじゃ、どうやってあなたはそのことを知ったのですか?」 流れを断ち切るように私はそう繰り出した。
「そうです。私たちは自らそのリフレッシュの瞬間に気づくことは出来ないということです。しかし、限られた者、我々一族はそこの装置を通じてそれを学ぶことが出来たのです。それも遥か大昔に…。このリフレッシュの周波数と、いわゆる時代の変わり目や自然災害とは因果関係があるのです」
余りに突拍子もない話に、一同は一時、完全に沈黙した。それどころか、それを耳にしてしまった周りの警官でさえ、その作業の手をすっかり止めてしまったのだった。その沈黙から先に目が覚めたのは、ジェレーナ・レドムだったと記憶している。
「大昔から存在しているという、その…、そこの装置というのは一体全体何なんですか?じゃあ、それは超古代文明の技術か何かによるものってことですか?」
白衣のポステ氏は途端に話を止めて少し考えると、うんうんと頷いた。
「それについては順を追って説明しますから、もう少し辛抱して頂けますか?…はい、話を戻しますとね、いいですか、私達にとっては、時間というのは一続きになった、たった一度の流れのようなもの、としか認識できないわけですが、その裏で、実際は何度もリフレッシュがされているという話でしたね。リフレッシュを経る回数が少ない内というのはですね、すごく不安定なわけです。皆さん記憶にございますか?時折無性に情緒に安定を欠く時があると思います。そうかと思えば、同じような状況、或いは、見方によってはそれ以上に悪いと言える状況にも関わらず、全く動じることがない安らかな瞬間を認識した経験をお持ちのはずです。それも決して一度ではない、そうでしょう?しかしながら、このリフレッシュの目的というのは、人間の感情の安定という意味ではありません。この宇宙そのものの、その安定率を維持する領域を目指して、たった今、この瞬間も、リフレッシュが繰り返され続けているのです。その不可視的な微細な変化が、我々の思考にも揺蕩う波のように影響しているのです。ですから、時折、状況に関わらず気分が良かったり悪かったりという風に感じてしまう訳です」
一度、質問を制止されてからというもの、私たちはソファーに並んで座って映画を見ているとでもいうように、白衣のポステ氏が淡々と語り続けるのをただ黙って聞いていた。周りを確かめはしなかったのだけれど、もしかすると、他の警官達も同じようにそうしていたかもしれない。
隣の若いポステ氏は、このことについてよく知っていたのだろう。彼は白衣のポステ氏が話すのを聞ながら、どこか聴衆一同の反応を面白そうに眺めて、静かに微笑むのだった。
「この不安定な情緒を束にした個人、それを束にした国、その束の全世界。歴史を見てみればおわかりでしょう。常に相反する極点を行き来する、波のような様相を現していますね。これは本来ならばおおよそ同じ振り幅で起こる現象なのです。ところが、リフレッシュが常時繰り返されているので、振り幅は次第に減少していく傾向に向かっていくわけです。しかし、問題は我々の文明技術レベルと、先ほどの振り幅、不安定さの度合いにありまして、それぞれ適正な値で作用しあう必要がございます。しかし…、しかしながらですね、誠に残念ですが、今回もまた、ここで一度、文明技術の方もリフレッシュしなければならないということが分かってしまったのです。そうです。リフレッシュは量子レベルと物質レベル双方で別々に行われているのです。勿論我々も不本意ではあります。しかしながら、今回はなかなか良い所まで迫っておりましたので、はい…。非常に残念であります。運が良ければ、次回はいよいよこのレベルでの文明技術のリフレッシュを免れることがあるかもしれません」
白衣のポステ氏はそこで息継ぎが必要になったと見えて、語りの継ぎ目にわずかに間隙が出来た。そこへ私はするりと滑り込んだのだった。
「え?文明技術のリフレッシュっていうのはつまり、この世界の終わりって意味ですか?誰がどうやって?あなたの話だと、まるで私達人間以外によって、世界?宇宙…?が管理されているとでも言いたそうな風に聞こえるんですが…」
次の語りのために再び開かれようとしたポステ氏の口元が不意に閉じられた。そして、そろそろ頃合いかといった様子で、浅く頷いて中央に置かれたままの例の装置の方を見やった。
そこでは、ちょうど一人の警官が、仕事上あらゆる種類の計測機器を見てきた私でさえも見たことがない、特殊なセンサーらしいもので、装置の周りの何かを測っている様子だった。
「警部補、どうやらこれは爆発物ではないようですね。それに…毒物の反応もありません」
その警官はギルモ刑事にそう言うと、部屋から出て行った。傍らでそれを黙って見ていた若いポステ氏は愉快そうに肩を震わせるのだった。
ゴホンと白衣のポステ氏が咳払いをして、いいですか、と一同に呼びかけた。
「実はこの装置はこの建屋が建てられるずっと大昔からここにこうしてあるのです。今は地下となってますが、ここにこれが設置された時代、ここは地上だったのです。」
「え?」と一同は声をそろえて騒然とした。若いポステ氏は尚更可笑しくなったのか、今度は体を大きく揺らしているではないか。
「はい。ウッドさん、全くその通り、何者かによって仕組まれているのです。残念ながら私共一族ですら、その正体を知ることが出来ていません。それから、先ほどそちらの女性がおっしゃったように、これは現在の私たちの文明技術によって創られたものではございません。もう最後ですから、私が知っている全てをお伝えしましょう。私の一族に代々伝わる言い伝えによりますと…。ええ、勿論それが本当であるという証拠はどこにもありませんが、世界の出来事の全てが、この装置から得る記録、その通りに起きるのですから、この世の中そのものがその身を挺して、一族の言い伝えが事実であることを証明してくれているとも言える訳です」
「最後っていうのは何ですか?何をする気なんですか、あなた達は!」
ジェレーナ・レドムが眉間に深く皺をつくってそう言い放った。若いポステ氏は少し落ち着いてきたようで、今ではもう上品な微笑みを浮かべて、そして彼女に向かって言った。
「ふふ…ええと、レドムさんでしたね?これはね、文字通りの最後なのです。私共の務めはもうすでに完了しています。ですから、後はこうやっておしゃべりでも楽しみながら、ただ待つだけなのです」
そこまで言った時、ギルモ刑事が出し抜けに眼を大きく見開いたかと思うと、全員に聞こえる大声で叫んだ。
「皆今すぐこの建物から出るんだ!こいつら何か企んでいるかもしれない…。この部屋以外に爆薬が仕掛けてあるのかもしれないぞ」
どたどたと足音を立てながら全員は外へと誘導された。私は服の乱れに気が付くこともなく、ジェレーナの手を握って走り出していた。
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