まさか祥子が

百々面歌留多

まさか祥子が

間坂祥子といえば、あれほど人付き合いのいい子はいないだろう。


学校では友達に恵まれて、家族とも仲睦まじい。彼氏との交際も順調で、誰ともトラブルを起こさない。


かといって他人に遠慮するとかいった卑屈なところはまるでなく、いつも堂々としていた。授業中だから声を小さくしたり、休み時間だから大声になったりすることもなかった。


他人は祥子を幸せな子だという。容姿も性格も非の打ち所がなく、誰にとっても眩しくない存在であった。


祥子の笑顔は誰に対しても向けられた。誰かを区別するわけではなく、一律に同じように接するのである。


また自分には厳しいところがあった。人よりも優れた資質を持ちながらも、努力を怠ることなく、結果を残してきた。


まさか祥子が突然いなくなってしまうなど、誰も想像しなかっただろう。


3月の終わり、高校二年生としての学校生活を終えたあと、祥子は置手紙を残して、いなくなってしまった。


桜の花びらをあしらった便箋には「ちょっと出かけてきます」と書いてあったそうだ。


置いてあったのは家族が集う居間のテーブルの上、発見したのは祥子の弟であった。


だが、祥子は戻ってこなかった。


警察に通報したのは、同日の夜、家族総出で周辺を捜索したあとである。


大勢の人々が捜索に参加したものの、ついぞ祥子を発見することができなかった。


なにか事件か事故に巻き込まれたのではないか、と推察された。祥子の性格から家ではないだろうと誰もが口を揃えて言ったからである。


とはいえ手掛かりは少なかった。


近所の人の証言によれば、失踪直前の昼間、祥子が地元のコンビニに出入りしている姿を目撃したという。


また駅前で祥子の姿を見たという声もあった。


祥子はリュックサックを背負って、電車に乗ったという。下り線のホームにいた、といたそうである。


彼女の通っている学校に行くには上り線に乗らなくていけなかった。それに下り線には用事そのものがないという。親戚縁者や友達は奥の駅にはいないのだ。


これ以外の手掛かりがない以上、調べなくてはいけなかった。地元の駅から奥には防犯カメラもないような無人駅もいくつもあるため、捜索はさらに難航した。


祥子がいなくなってから2週間、音沙汰もなく、時間ばかりが過ぎていく現実。突如として事態が動き出した。


家族や友人、彼氏たちのもとに突然祥子から連絡がきたのである。メッセージはなく、画像が一枚添付されているだけだ。


それは満開の桜の木であった。根元には祥子が背負っていたと思われるリュックサックが置かれていたのである。


ただいくら呼び掛けても、返事が戻ってくることはなかった。いったい何があったのか、みなが不安がったのも無理はない。


状況はひたすら不気味であったし、何より祥子自身の生死が不明なのである。端末から送信するだけならば本人でなくてもできるのだから。


――おかけになった電話番号は現在電波の届かないところに――


一部の人の間では祥子が自分の意志で出ていったのではないか、と囁かれた。


そもそも初めから出ていく気で置手紙をしたのだろう。ちょっとでかけてきます、と書いておけば時間稼ぎにもなる。それに突然いなくなるよりも、はるかに味気がある。


ならば祥子がなぜ人々の前から姿を消してしまったのか、その理由があるはずだ。


いつも笑顔で、人付き合いのよかった。人間関係のトラブルを何も抱えていなかった。他人がうらやむほど順調に歩んできた。


少なくとも負の感情に支配されそうな要素は、傍から見れば何もなかった。


もしかしたら祥子は人知れず悩みを抱えていて、ずっと抱え込んでいたのではないか、とも言われた。


他人には誰にでも隠し事があるものだし。


本人が隠しているつもりでも、表情や行動から筒抜けであるというのはよくあることだ。しかしながら祥子の場合、笑顔の記憶だけが脳裏に焼き付いていた。


――完璧すぎる。


この世界に完璧な人間など存在しない。それは理想の中だけで生きる幻想みたいなものだ。


幻想は時として、思いも寄らぬ効果を発揮することがある。


間坂祥子という女の子の本来の人格すらも隠してしまうような強烈な神格化であった。家族も友達も恋人もみな、祥子の上っ面ばかりに目がいって、根っこの部分があることすら気がついていなかったのだ。


――あの子がそんなことをするはずがございません。


つまるところ、理想の祥子とかけ離れた行動をすれば、それはもはや祥子ではない。ただの少女の行動だ。

それを容認できないのは周辺の人々なのである。


春先の雨の日、強い風雨にさらされて、桜の花びらは散りゆく。その姿を美しいと思うのは散り際の美学が心の奥底まで浸透しているからだ。


彼女が失踪した数日あと、山奥の村で事件が起きた。


そこは隠れた桜の名所と知られた地元の穴場であり、山を少し上ったところに悠然と広がる桜の園があった。


桜の木の下に横たわっていたのは一人の少女。そばにはカッターナイフが落ちていて、彼女を中心に血の池を形成していた。


散った花びらはすっかり赤く染まっていたのである。


――間坂祥子がそんなことをするなんて。


人々の脳裏に浮かぶ祥子の笑顔はすべて赤く染まっていった。

























































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