さらわれ少女の消えた理由 13『さらわれ少女⑦壊れた馬車』

 とうとう、ここまで来てしまった、とハーミットは頬杖をつき、白く息を吐いた。


 ここはメルヴィル家が治る領地 ”サウステア”


 南にある分あったかいのかと思ってたけど、そんな事はなく、ぶるる、と身を縮める。


 ハーミット達は、ここにくる途中で壊された馬車を発見し、そこから一番近いここの門番に、何か見てないかを聞きに来たところだった。


 昼をすぎて勤務者は変わったらしく、今担当していた門番が、帰った同僚を呼びに行っている。その間、ハーミット達はこの詰所で留守を預かっていた。


「腹が減った」

「もー、さっき食べてたじゃん!」

「その後、グリフォンを使ったから、エネルギー切れだ」

「どんだけ燃費悪いんじゃい!」


 ハーミットは手刀でレイモンドを斬りつけ、早く帰ってこないか、と門番が消えていった先を眺めた。すると急に視界が遮られる。


「だーれだっ」


 えぇっ?!

 この状況でこんなふざけた事をやる人物なんて、1人しか思いつかない。その人はここの領主邸を訪ねる事になっていたし。


「やめてください。エリュシオン様」

「なぁんだ、つまんないの」


 ぱっと視界が開けると、目の前にエミュリエールが立っている。表情には出ていないが、圧迫感があり、まだかなりお怒り気味のようだ。


「2人ともどうしたの? こんな所で」


 後ろからヒョコッとエリュシオンが顔を出した。コレが突然だったら飛びあがっていただろうが、予想はついていたので平常心を保つことに成功した。

 と言っても、鼻と鼻がくっつきそうな程、彼の顔が近くにある事については我慢が出来ず、ハーミットは勢いよく離れ取りつくろう。


「それが、」


 エリュシオン達に、今までの経緯を説明し、ひと通り話終わった頃、さっきの門番が、男をひとり連れて戻って来た。


「すみません、お待た……」


 行く時にはいなかった、エリュシオン達をチラッと見たあと、勢いよく二度見した。


「へ? アクティナの薔……バウスフィールド公?! おおお、お疲れ様です!」

「はい、お疲れさん」


 門番が慌てふためき口を押さえているというのに、エリュシオンは特に気にする様子もない。誰が言い始めたのか、バウスフィールド家の人間を、その美しさを例え世間では『アクティナの薔薇』と影で呼ばれ、いわば有名人である。


 もちろんエミュリエールもその対象だ。


「そんなに見たら穴が開いちゃう。それで、どんな話を聞かせてくれるのかな?」

「それが、あの」


 エリュシオンに微笑まれ、いい歳をした門番たちがポッと頬を染めた。

 効果は絶大らしいが。

 あんたら彷徨期(思春期)のこどもかー!! とハーミットは心の中で叫んでいた。



 門番の話では、ちょうど交代になる少し前、時間で言うと、6の刻(12時半)をすぎて少し経った頃らしい。光が打ち上がったと言う。それも、明るいのと、小さく消えて行ったのと、2回。


「君たちは見に行かなかったの?」

「も、申し訳ありません。少し様子を見て特に変化がなかったもので、後々の報告で良いと思いました」

「そう、今日ここ誰か通ったの?」

「いえ、今日は年初めですし。誰もこの門は通ってません!」


 胸を張って門番が答えた。


「そっか」


 エリュシオンが「ありがと」と笑いかけると、恥ずかしげに門番はうつむく。


「その壊れた馬車と言うのは、あっちの方角か?」


 今まで黙っていたエミュリエールが門の外に向かって指を差した。


「そうです。エミュリエール様は通った時、気づかなかったんですか?」


 ハーミットがその方向に顔を向ける。


「ああ、僕たち、途中から転移魔術つかったから通らなかったんだよね」


 エミュリエールは頷いた。


 転移魔術は、距離と連れて行く人数でつかう魔力の量が決まる。サウステアまでの距離は決して近くはない。だから、魔力もそれなりに消費するのに、サラッと使ったとか。やっぱり凄い、とハーミットは思っていた。


「気になるの? 兄上」

「いや……あっちの方角に、サファに渡した魔石の反応がある」

「ちょっと! もしかしたら、って思ってたけど『追跡』の付与つけてたんじゃ」

「頭に血が上っていて、すっかり抜けていた……すまない」


 もう、なんでそんな大事なこと忘れてるかなぁ、とエリュシオンは首を振り、指を1本立てる。


「これはもう行くしかないじゃん!」

「まぁ、そうなりますよね」


 レイモンドは空気吸ってるだけだし、自分だけでは考えるのにも限界がある。この2人に現場を見てもらえるなら、それはそれでありがたい。

 ハーミットも頷いた。


 リリン、リリンっ!


「うわっ、なに?!」


 突然鳴り響いた音にびっくりして、ハーミットがきょろきょろする。


「僕の通信器だよ。なんだろ」


 そう言って彼は通信器に手を添えた。


「はーい、エリュシオンでーす」


『お前らどこ寄り道してる────っ!!!!』


 めっちゃ怒ってる。


「わーお、アレクシス。久しぶり、元気してた?」

『冗談言ってる場合じゃねぇ! エミュリエールんとこの補佐官が行方不明だ!』


 周りに声が散っている。エリュシオンは耳飾りを外し片耳を押さえて、チラッとハーミット達を見た。


「その2人なら、ここにいるねぇ」


 ギクリ、ハーミットの心臓が飛び跳ねた。


『なに?! そこにいるだとおぉぉぉ!!』

「そんな大きな声で言わなくたって、聞こえてるから」

『いいか?! エリュシオン、それと、そこにいるのも! 勝手な行動すんじゃねぇ!!』


 ガミガミと聞こえていた声が、急に穏やかになった。どうやら、相手が変わったらしい。


『そういう事だ。エリュシオン』

『僕は鼓膜破れるかと思ったよ。アシェル』

『まぁ、そういうな。連絡とれんくて困ってたんだ』

「え、そうなの? まさかの、魔力通してなかったとか、」


 エリュシオンがハーミットの耳につく通信器をもぎ取った。


「え?!」

「ハーミット、それは起動させるのに一回魔力を通さないといけないんだ」

 

 エミュリエールが静かに言った。



 とにかく、全員の所在が確認できたからよかったらしく、エリュシオンがアシェルにまとめて報告する。


「それで、僕らはその現場まで見てから戻る事にするよ。あ、直接その部屋に戻るから隅の方開けといてね。後もしかしたら遠出する事になるかも知れないから、今のうちに休んでおいてね⭐︎」


「あ、おい! ど、」


 エリュシオンはいうだけ言って、プツっと通信を切った。


 なんか言ってた気もするけど。「ま、いっか」とエリュシオンはぺろっと舌を出した。

 いいんですか? いいんだろ? とハーミットとエミュリエールが目で会話をしていた。


「それじゃ、ササーッと、いって来ましょか!」


 4人は壊れた馬車があったところに向かう。辺りが暗くなり、かろうじて見える物体をハーミットが指差した。


「あれです!」

「これまた、随分とわざとらしく壊してあるね」

「フローガ」


 地面に降りて、周りを調べると、エミュリエールが炎で辺りを照らし、土に残るシミを眺めていた。生臭い匂いを微かに感じる。


「これは血か?」


 時間が経っているのだろう。それは、完全に乾ききっており、瘡蓋かさぶたのように固まっている。


「誰か負傷したんだろうね」


 サファじゃなければいいが。思っていてもみんな口には出さない。『追跡』がついた魔石は、投げられたのか、そこより少し離れたところに落ちていた。


「付与がついてると知って捨てたんだろうね」


 魔石につけた付与は、普通ならぱっと見ただけじゃわからない。


「『解析』持ちがいたんだろうな」


 エミュリエールが魔石を懐にしまった。


 だけどその奇矯があれば、見ただけで分かるらしい。魔石があったという事は、ここにアイヴァンがいたと見て間違いないだろう。それに、馬車ももしかしたら彼が壊したのかも知れない。


 小さくなっていった2回目の光。誰も通ってないと言う門番の証言。それに、息子は朝から帰って来てないと言ったメルヴィル。

 エリュシオンが目を細める。


「サファはきっと、サウステアには入っていない」


 でも、ここから行方が途絶えているという事は。


「まさかここから転移したのか」

「多分ね」


 だけど、場所を特定するには情報が少なすぎるし、数人をまとめて転移させるなんて、それなりの魔術の使い手じゃなければ難しいはず。


 アイヴァンなら可能かも知れないが、攻撃をされた相手を連れて転移したとは考えづらいか。

 ……全く手を焼かせてくれるんだから。


 バッ、とエリュシオンが顔をあげた。


「戻ろう。兄上出して!」

「あぁ」


 それを合図に、エミュリエールは大聖堂の執務室に合わせ、地面に転移陣をつくり始める。


 4人が大聖堂に戻った時には、日はもうすっかり落ちて、空は夜と言っていいほど暗くなっていた。

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