さらわれ少女の消えた理由 12『さらわれ少女⑥ハーミット達の足取り』

「ピストスだってぇぇ──??!!!!」


 アレクシス達からの報告を聞いたあと、さっきの話をすると、彼は頓狂とんきょうな声を出した。声が大きい分、部屋の扉まで吹っ飛んでしまいそうだ。


「アレクシス、もうちょっと声を小さく。みんなが騒ぐだろ」

「悪りぃ、あまりにもびっくりして。なんでまた」


 この部屋には、もともといた俺とフィリズの他に、帰って来たことを知らせに来た、アレクシスとジュディがいる。

 そこに声を聞きつけたのか、セドオアが入ってきた。


 ああほら、もう。


「今、『ピストス』といいましたか?」


 コイツも普段は飄々ひょうひょうとしているおじ様だが、昔はだいぶ暴れん坊だったらしい。誰かを殺しにいく。そんな刃物のような鋭い眼光を放っている。


「そっちは法立館に任せる事にした。頼むから落ち着いてくれ」


 押し留めるように、俺は手を前に出した。


 なぜセドオアがそんなに怒っているのか。それは、彼が『奴隷の報復』を身をもって体験しているからだろう。講義で聞くだけでも、その胸くそ悪さは俺でも知っている。

 

「それで、エリュシオン達はまだ帰ってこないのか?」

「もうついていてもおかしくないんだが。何やってるんだ? あいつらは」

「何か問題でもあったのでしょうか?」


 フィリズが口に指をあてて言った。


「たとえ襲われたって、あの2人なら返り討ちだろ」

「それもそうだな」


 アレクシスが腕を組み大笑いする。


「あいつの事だ、また気になることがあるとかで寄り道でもしてるんだろ」

「その説は否定できない」


 俺は苦笑いを浮かべた。


 全く何やってんだか、と思っていると、アレクシスが思いたって扉に向かう。


「ん、どっか行くのか?」

「まだ帰って来てないなら、ちょっと街に行った奴らの様子を見て来ようと思ってな」


 そう言って彼は部屋から出て行く。相変わらず真面目なヤツだ。まぁでも、気にしていたところではある。エミュリエールの補佐官たちからの報告は、まだない。


 通信器で連絡することはできるが、あっちが今どんな状況か分からない以上、声をかけないほうがいい。もしかしたらそれが、行動を邪魔してしまうかも知れないからな。


 アレクシスが行ってくれ事だし、と受けた報告の内容を、忘れないうちに紙に書き出しておく事にした。


『おい、エミュリエールんとこの補佐官、見当たらんぞ?』


 だけど、少ししてアレクシスから連絡がくる。彼らに通信を繋ごうとして、俺はため息をついた。


 マジか。どいつもコイツも……どこ行ったんだ?

 どうしてか、彼らへの通話は通じなかった。

 


         ※



 レイモンドとハーミットの2人は大聖堂を出てから、周りの住人らに話を聞いて回ってみた。だけど情報はなく、いきなり行き詰まる。


「なぁ、これだけ人が居たのに見てないっておかしくないか?」


 年初めの今日。あの時間だと、通りにはだいぶ人が出ていただろう。誰にも見られずにここから連れ去るなんて、不可能に近い。


「見てないって言うんだから、見てないんだろうな、もぐもぐ」


 腹が減ったレイモンドが、大きなホットドックを食べながらハーミットの後をついてまわる。


「うーん」


 何をしているんだ、と気にしたらコイツとはやってられない。見て見ぬふりをして、ハーミットは通りを遠くから眺める。そうしていると、店の裏手だろうか、何か荷物を運び入れている人の姿が見えた。


「あっ! もしかしたら」

「ん、どうした?」


 手についたソースを舐めて、レイモンドがゲップをする。その緊張感のかけらもない様子に、飛び蹴りしたくもなったが。

 そうだ、気にしてはイケナイ。

 ハーミットは拳を固めてぐっと堪えた。


「レイモンド、行くよ!」


 そう言ってどんどこ進んだハーミットは、貧民街近くにある木造の小さな家の前に立った。


 エミュリエール様が、孤児を連れて外に出たのが5の刻(10時)位。そして、俺らが帰ってきたのは5の刻半(11時)頃だ。


 ドアをノックすると、程なくして一人の初老の男性が出てきた。


「突然すみませんバッブさん」

「おや、ハーミットさん。こんな所までわざわざ、負手際でもあったのですか?」

「いいえ。すこし、聞きたいことがあって」


 バッブは首を傾げていた。

 その僅かな時間に、大聖堂には小麦粉が届けられてあった。それを持ってきたのが、この人物である。もしかしたら、何かを知っているかも知れない。


「今日うちに来た時に、何か変わったことは無かったかと思って」


 ただ、この老人は、むかしわずらった病により、殆ど目が見えないらしい。だけど、挨拶をすれば、いつも誰なのか分かっているので、耳はかなり良いはずである。


「ああ、そういえば……暴れてる様だったな。年明けだから、子供たちがはしゃいでいるのかと思ってたんだわ」


 やっぱり!

 ハーミットは食いつくようにその後を続けた。


「うちの子が1人いなくなって探しているんです。他に何か気になることありませんでしたか? なんでもいいんです!」


「そう言われても、私は目が見えないんでねぇ、」


 バッブは上を見あげ、頭を掻いていた手を止めた。


「そういや……あの時、他にもそこに誰かいたみたいだったな」

「誰かいた?」


「ああ、何人だろうなぁ。少なくも2.3人はいたはずだなぁ。それなのに止める様子がなかったから、大した事ないと思ったんだわ。それに、すぐどっかに行っちまったから、関係ないかも知れない」


「なんで分かったんです?」

「だってほれ、足音」


 バッブは穴の開きそうな靴を打ち鳴らした。


「その人たち、何も言わなかったんです?」


 だって、ひとが攫われてんだし。きゃっ、とか、あ! とか、言ってもおかしくない。


「あぁ、なんか言ってたぞ。私もトシだからなぁ。大した事ない記憶はすぐ忘れちま……」

「思い出して!!」

「おぉう?! ちと、待ってな」


 食いつくハーミットにバッブも押され、難しい表情かおで腕を組み、うなり始めた。


「あ、そうそう。『早く捕まえるぞ!』って言ってたんだった。ありゃぁ、男の声だな」

「どゆこと?」

「それはさすがに分からんわ。もういいですかな? あんま頭を使うと痛くなるんでねぇ」


 そう言ってバッブは扉を閉めてしまう。目が見えない分、生活にはかなり気を使うのだろう。仕方ない。


「レイモンド!! 一度もど……あれ?」


 どこ行ったんだ?


 振り返ると、いつの間にか誰もいなかった。

 子供じゃあるまいし1人で帰ってくるだろうと、ハーミットは大聖堂まで戻ることにする。


 いたし。

 レイモンドが今度は飲み物を片手に突っ立っている。逸れてしまったと言うが、食べ物に釣られていたんだろう。口には串焼きのタレをつけていた。


「もうっ、真剣にやってよ! 王様命令なんだから」


 ハーミットは彼の鼻先に指を突きつける。

 何か功績こうせきを残したいわけじゃないけど『アイツらサボって食ってました』とか絶対言われたくない。


「腹が減っては、考えもまとまらないだろ」

「腹が満たされてたって、お前は何も考えてないだろ!」


 やめた。まともに相手している場合じゃない。

 集中、集中だ!

 はぁっ、と息をつきハーミットはもう一度、通路を眺める。誰も見ていない、という事は。


「……ここから飛んだということだよな、やっぱり」


 レイモンドは袖で口周りを拭いながら、ようやく足を動かし始める。


「それなら、向かったのはサウステアだよな。行くぞ!」

「あのさ、切り替えが早すぎん?」


 そうこうしている間にレイモンドが鳥に乗り飛びあがって、ハーミットを見おろす。


「早く来い、置いてくぞ」


 なんなの?! 特攻野郎なの??!!


「あぁっ、待ってよ!」


 だけど、そう思いつつもグリフォンを出してハーミットは慌ててレイモンドの後を追いかけていったのだった。

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