さらわれ少女の消えた理由 14『さらわれ少女⑧捜査のまとめ』

 大聖堂の執務室。


「あそこ、なにか、」


 感が働いたフィリズが部屋の隅に足を運んだ。


「ああ、おい!」

「あっ、何するんですか!!」


 全く騒がしい2人だ。アレクシスが力任せに引っ張ったためフィリズが尻餅をつく。転ばされた事にフィリズが食ってかかろうとしていると、ボワーンという音と共に床が光り始めた。


 それは魔法陣へと変わり、波紋のように表面が揺らいだかと思うと、ゆがんで見えた空間から人影が現れる。


「やっとお出ましか、おせーぞ、エリュシオン!」

「もう、寂しかったならそう言ってよね、アレクシス」

「なんでそうなる?!」


 出かけていったのが朝だというのに、そんな2人のやり取りに懐かしさを感じながら、アシェルは微笑んだ。


「4人ともご苦労だ。それで、何かつかんでこれたのか?」

「うん、まだ完全じゃないけどね」


 エリュシオンはメルヴィル邸でのことや、バッブという老人と、サウステアの門番の話。それと、壊れた馬車についてみんなに話した。


「魔石に『追跡』ついてただってー?! エミュリエール、なんでそんなこと忘れてるんだよ!」


 それが当初から分かっていれば、もっと早くに追いかけることができたかも知れないのだ。アレクシスが腹を立てるのも当たり前だろう。


「……申し訳ない」


 エミュリエールは頭を伏せた。


「過ぎてしまった事を今さら言っても仕方ない。それで、その転移していった場所については、エリュシオン、お前のことだ、おおかた目星はつけているんだろう?」


 アシェルが情報を書き出した紙を、エリュシオンに差し出すと、彼はそれを眺めて「さすが、アレクシス」と呟き、口もとに笑みを浮かべた。


「なんだ? 薄ら笑って。気持ち悪りぃ」

「もう、人がせっかく偉いなぁって思ったのに、台無しだよ!」


 エリュシオンはそこにあった椅子に腰掛け、一息つく。


「えっと。まず、サファが孤児院から連れ去られたのは、ハーミット達が帰ってくる少し前事だったとする」


 エリュシオンは紙を指差した。


「それと、北門から4の刻(8時)に入街したこの3人組と、6の刻(12時)頃に南門を出街した3人組は、同じと見てまず間違いないと考えていいんじゃないかな」


 それにはなんとなく、周りも予想がついていたので、頷く様子が見られる。


 この年初めに街を出入りする事は、普通だったらしない。迷信でも、この国の人間は、昔からある慣わしとして、そうするように育ってきているからだ。

 つまりそれを守らない人間は、そういう育てられ方をしてない。


 流れ者、弾かれ者といったあたりだろう。


「で、これが、バッブ老人が証言していた人物らと同じだと考えても、門を出た時間からして、つじつまが合うんだよね」


 しかも、街で聞き込みをした騎士が、ある平民から、大聖堂付近でその3人組を見たという情報を得てきている。


「ちょっと、待ってください。これは『イシュタルの使い』である少女が誘拐されたという話ですよね?」


 エリュシオンはジュディに頷いた。


「そうだよ。サファはアイヴァンに捕まったあと、魔封じの布で作られた袋に詰められたんだ。それも、たぶん気絶させられてさ」


「なぜそうだと分かる?」


 エミュリエールが不機嫌そうに口をはさんだ。


「考えてもみてよ。あの子がタダで連れて行かれる訳ないじゃん。意識があったら大暴れだよ? そう思っていたアイヴァンは素早くサファを気絶させたんだ」


 あのエリカという孤児を操って、ね。


「アイツは俊敏だからなぁ」


 と、アレクシスも、むふぅと頷いた。


「アイヴァンは、孤児院から出てすぐ、グリフォンを出して南門へ向かう。そして、その上を通り過ぎ、そのままサウステアに向かっていった。だけど、どうにかして追いついた3人組によって、奇襲を受けて落下する」


「どうにかって、魔術でも使ったのか?」

「おぉぉ! アレクシスすごいじゃん」


 目をまん丸くした後、アレクシスが自分の頭を撫でて目を逸らした。


 たしか、光は2回昇ったと言っていた。それは、魔術の威力に伴い発生するものだ。


「という事は……この『鳥を撃ち落とさないと』って言うのは」

「アイヴァンのグリフォンという事になるね」


 呟くように言ったアシェルに、エリュシオンが答えた。


「なんで魔術を使えるかは分からないけど。奇襲とはいえ、あのアイヴァンがこうも簡単にやられてるなんて、それなりの魔術の使い手なんじゃないかな。なんせ彼らは、そこから5人もの人間を連れて転移してるからね」


「それで、肝心の行先はどこなんだ?」


 アシェルが顔の前で手を組み、紙を見つめた。


「あくまで予想だよ?」

「構わない。話してくれ」


 ここで可能性だけでも出しておかなければ、今後の動きだって行き詰まる。それに、エリュシオンの予想は自分がするそれよりも、ずっと正確だ。

 アシェルに迷いはなかった。


「この南門のとこ。『雪』と『船』って言ったら、たぶん分からない人いないよね?」

「タラッサですよね?」


 答えたフィリズに、みんなが知っていたのか、という視線を向ける。


「そうだよ。だけど、これだけじゃなんだか弱いなぁと思って。僕は犯人の動機を、何通りか考えてみたんだ」


「それは、サファを使って上位精霊の召喚を、ってやつだよな?」


 アシェルの言葉に周りの顔色が変わる。

 

「そう、それがひとつ。あとは、そのおかしな3人組がなぜ、サファを狙ったのか」

「人身売買目的じゃないのか?」


 エミュリエールが、眉間のシワをさらに深くした。


「そういえば、前にそういう話をしたっけね」

「孤児とか浮浪児が行方不明になってるって、あれか。最近まで続いてたんだろ?」


 アレクシスも相槌あいづちを打つ。


「それも一つの理由だったんだけど。もし僕なら、人身売買が目的で、サファなんて選ばないなぁって」


「まぁな、ああいうのは、質より量で稼いだほうが利益が出るだろうし」


 腕を組み、アシェルが背もたれに寄りかかった。


 高く売ることはできるのかもしれない。だけど、商売という点からすると、エミュリエールという保護者がいるサファを、標的にするにはリスクが高すぎる。

 エリュシオンにはもっと、特別な理由があるような気がしてならなかった。


「……その3人組は、アイヴァンとグルだった、って事か?」

「アレクシス、おしい〜!!」

「俺もそう思ってたが、違うのか?」


 アシェルも首を傾げた。


「ねぇ、ハーミット。あの馬車を見てどう思った?」

「ひゃい!! ……ええと、少なくとも争った様子でした」


「そうだよねぇ。ここからはまだ、輪郭がはっきりしないんだけど。例えば、アイヴァンは親の命令でサファを拐ってくるようにいわれる。だけど、メルヴィル卿にも指示した人物がいたんだ。その人物は失敗しないように他にもルートも用意しておくことにした」


「なるほど、保険、という事ですな」

「まさか!! アイヴァンは捨て駒だった、って事か?」


 セドオアが頷くと、アレクシスが深く息を吐いた。


 アイヴァンはサファへの暴力でケチがついてしまっている。それは、あの家では真っ黒な汚点になったことだろう。役に立ち、死んでくれればメルヴィル卿としては一石二鳥だと思ったかも知れない。


 そう考えると、3人組が言ってた「船に乗る」というのは、依頼を終えた後、報酬を貰って逃亡するだけと考えた方が遥かに辻褄つじつまが合う。


「上位精霊だけなら、サファだけでもいい。そうなると、子供集めは人身売買じゃなく、なにか違う目的のためだったら、というところにたどり着く」


「違う目的? ……まさか!」

「そう、『悪魔ディアブロの召喚』だよ」

「あれは禁術だぞ?! ふざけやがって!!!」


 バーン!! とアレクシスが机を叩いた。


 召喚できる悪魔ディアブロの強さは、1人の魔力持ちの魔力の多さと、集めた魂の数で決まる。これで、みなし子達の集められた理由ができてしまうのだ。


「うん。それに、タラッサの郊外には、平民が近寄らないない別荘がいくつもあるでしょ? 夏は避暑地でも、冬に滞在する貴族はいないから、春になるまでは無人になる。儀式をするには打ってつけってワケ」



 ・・・・・・・・

 

 あまりにも、スケールが大きい話になり、一同はしばらく無言となっていた。


「……おいおい。それが本当ならヤバいぞ!」


 悪魔ディアブロの召喚術は、条件が揃っていても、上手くいくかわからない危険なものだ。失敗すればサファの命どころか、タラッサ全体が瘴気に沈んでしまうだろう。


「それなら、ますます急がなければなりませんな。あっちの方は、夜中にかけて吹雪きますし」


 いつもより険しい表情でセドオアが髭を撫でた。

 時計はもうすぐ4の刻(8時)をしめす。確かに急いだ方が良さそうだ。


「向かう体勢を整えるぞ!」


 アシェルが立ちあがった。


「タラッサまで結構あるけど、転移使わせてもらう?」

「いや……どこで密告者スパイがいるか分からない。動きを知られない為にも、出来れば使いたくないな」


「賛成だね。じゃあ、僕はタラッサのイースデイル殿に連絡しておくよ」

「うまいこと書いといてくれ」


 礼拝堂で束の間の休憩をしていた騎士達には、アシェルとセドオアから、かいつまんだ説明がされ、タラッサに向かうという命令が下された。

 

「エミュリエール。ここに魔法陣出すところあるか?」

「鐘のある、露台バルコンはどうでしょう。私がやります」

「それは、助かるな」

 

 感謝の代わりに、アシェルがエミュリエールの腕を軽く叩いた。露台バルコンまで移動し、全員が並んだところでアシェルが声を上げる。


「よし、魔法陣を出せ! 急いでタラッサに向かう!!」


「イクテリアシ・フォース」

「セラピフィス・アネモス」


 エミュリエールとエリュシオンがまじないを唱えると、魔法陣ができあがり、淡い光があたりを照らす。かなり規格の高いものにしてくれたようだ。ありがたい。


「そら、行け行け!!」

「サファちゃ────ん!! 今度こそ、待っててくださいね────!!!!」

「うるせぇ、早く行け!!」


 アレクシスの大声で、次々に鳥が飛び立つと、魔法陣を通り抜けて黒い大海原のような空を泳いでいく。


 フィリズが今度こそは、と意気込んでいる様子を眺め、アシェルも、よし行くぞ! と白虎にまたがった。


 向かうは、雪の港『タラッサ』 

 長い夜になりそうだ、とアシェルは上をみあげ暑い雲を睨みつけた。

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