さらわれ少女の消えた理由 9『さらわれ少女③メルヴィル邸』

 時間は1の刻半(2時半)

 昼間が短いこの時期は、あと半刻もすれば日が暮れてしまう。夜の闇を連れての捜索は動きにくくなるため、早くしたいところである。


 エミュリエールとエリュシオンの2人は召喚獣に乗りメルヴィル邸までやってきた。兄と2人だけ、という久しぶりなこの展開に、エリュシオンは嬉しさと緊張で気分をたかぶらせていた。


「呼び出すね」

「それも、面倒だろう」


 ん? とエリュシオンは顔を傾けた。

 薔薇が模してある門。その前に立ち、エミュリエールが冷たい目で邸を睨みつける。そして、手を前に出すと、エミュリエールが魔術発動の体勢に入った。

 まさか!


「ちよ、」

「フォス・リーネア」


 ズゴォォォォォ────ン!!!!


 なんの躊躇ためらいも、止めることもできず、いきなり光線をちかました。その凄まじさは、目の前を塞いでいた門も、庭園も、遠く先にある入り口の扉さえも端微塵ぱみじんにして吹き飛ばす。


 辺りがようやく静かさを取り戻した頃、遠くでガランと金属音が響き、エリュシオンの頬からも汗がしたたった。


 これは……マジで怒っている。


「行くぞ」


 ちょっと乱暴だったけど、邸ごと破壊されなくてよかった。

 何食わぬ顔で歩き出したエミュリエールの後を、追うようについてくエリュシオンはそう思うことにした。


 ここへはサファ捜索のために来たが、エリュシオンは他にも調べたい事があった。成り行きではあったものの、この機会を逃す手はないだろう。


「なんだ! 貴様ぁっ、どういう事だ!! ンググッ」


 突然の襲撃にあぶり出されたメルヴィル卿が、動揺を誤魔化すようにわめき散らす。そこをエミュリエールが冷たく一瞥いちべつすると、彼は魔力でされ苦しそうに黙り込んだ。


「あんたさ、大聖堂での誘拐と襲撃について容疑がかかってるの」

「ぐ……何を! 証拠なんて無いだろう」


 メルヴィル卿が顔をゆがめて膝をつく。


「どうだろうね。とにかく、中入らせてもらうから」

「ま、待て!」

「面倒だから、殺しておくか?」

「ひっ! 化け物!」


 あんたの方がよっぽど気持ち悪いくせに、とエリュシオンが嫌悪の眼差しを向けた。


 確かに兄は根本的に単純で暴れん坊だ。勝手に穏やかで優しいなんて言ったのは周りである。

 自慢の兄を化け物呼ばわりされて、死んじゃってもいいか、とも思ったが。

 アシェルには生け捕りしてくるように言われているし、コイツに聞きたいこともある。

 仕方ない、とエリュシオンはため息をついた。


「兄上、らしめるのは後だ。行くよ」


 エミュリエールの背に手をつき進むよう促すと、頷くことも、言葉を返すこともなく黙って歩きだした。


 中では、使用人が怯え、護衛が睨んでいる。だが、エミュリエールの圧倒的な力の前では手を出すことができないらしい。そこは、さすが、というよか無い。


 2階で執務室らしき場所を見つけ2人は中に入っていく。


「兄上はここに立ってるだけでいいから」


 エリュシオンは兄を扉の前に立たせて、その首にあるペンダントに手をかけた。


「これは大事なものだ、なぜ外す?」

「なんでだと思う?」


 エリュシオンは兄に上目遣いをして、試すように笑顔を作った。


 エミュリエールはかけられた時に感じた、熱が引いていく感覚を思い出す。


「魔力抑制……か」

「あたり」


 壊れたペンダントを直した際、アシェル殿下から反射の付与をつけたと聞いていた。だが、もう一つ付与していたものがあったのだろう。それがこの『魔力抑制』


「お前が付けたのか」

「あーん、怒んないでよ。一応、国としての対応しておかなきゃいけなかったんだもん。仕方ないじゃん」


 仕方がないと言えばそうだが、なかなか不快な真似をしてくれる。


「フン」


 エミュリエールが鼻を鳴らし、大人しくペンダントを外す。すると放出する魔力がいっそう濃くなった。これで、この部屋に入れる人間は、いなくなったもの同然である。


「お前は平気なのか?」

「まあね。僕も兄上と同じくらい魔力のあるから」


 ふふっと笑いながら、エリュシオンは部屋の中を調べ始めた。だが、お目当ての物は、突然の訪問騒ぎで隠す暇も無かったのか、机の上に放置されていた。


 花のスタンプに、見覚えのある便箋。

 書きかけの文字は倒れたインクによって、半分は隠されてしまっているが、残っている部分でも内容の把握には十分だ。

 つまらない、と思ってエリュシオンが目を細める。


「あーあ、もうちょっと探し甲斐があると思ったんだけどな」


 見ている手紙をエミュリエールも覗き込んだ。

 物騒な言葉が連なっており、間違いなく自分も前に同じものを見た事があった。


「システィーナの脅迫状」

「怪しいと思ってたけど、まさか机におっ広げられてるとは思わなかったよ」


 と手紙をヒラヒラと振り、エリュシオンは机に腰掛けて足を組んだ。

 背にしている窓の、だんだん傾いてきている陽射しが、部屋を怪しくオレンジ色に染め、その光景をあおるように外で黒い鳥が飛んでいる。


「兄上、メルヴィル卿をお連れしてくれる?」


 その気持ち悪い笑顔を浮かべるエリュシオンの姿が、さながら陽気な悪魔のようだ、とエミュリエールは思い部屋を出て行った。

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