さらわれ少女の消えた理由 8『さらわれ少女②』

「あ……」


 そんな簡単なことに気づかないほど視野がせばまっていた。

 王族の『適合者』ならば貴重な人物とされる。確かにそれなら正当な理由にはなるが、そうすると春までの猶予は、なかった事になるだろう。


 今、エミュリエールは、いつ爆発してもおかしくないほど気が立っている状態だ。


 チラリと彼を見ると、あっちも俺を見ていた。そして、険かった表情を抜いたように穏やかにする。


「アシェル殿下、お願いします。あの子を助けてください」

「いいのか?」


 エミュリエールが頷く。アシェルは吹っ切れたようにエリュシオンへ向き直った。


「騎士を集めるぞ!」

「もう出すだけになってるよ♪」


 エリュシオンが手を上げると、部屋中に浮かしていた何通もの紙飛行機が、壁をすり抜けて一斉に飛んでいく。


「エミュリエール、お前らも加われ。迎えにいくぞ!」

「アシェル殿下……ありがとうございます」


 一瞬驚いた表情をしたエミュリエールは頭を下げた。




 くして、大聖堂に騎士団が召集される。

 年明けのこの時期でその数は多くない。だが、その中にはセドオアやジュディの姿もみられ、そこそこの戦力は確保できたと言えるだろう。


「サファちゃんが連れ去られたってどういう事ですか──!!!! 誰がそんな事したんですか! 私が! 私がっ!! ひねり潰してきまぁぁっ、」


「ちったぁ、落ち着け!」


 ドガァ!


「うっ!」


 フィリズが拳を掲げて暴れ出したのを見て、アレクシスが蹴りあげると、彼女は腹を押さえてうずくまった。もちろん、手加減はしているとは思うが痛そうだ。


「しかし、こんなだますような事して、平気なのか?」


 集まった騎士を眺め、アレクシスがこぼした。今回のサファの救出は『国が危険だから』と言っても過言ではない。それなのに、今回それを伏せる事にするのは、気がおけない事らしい。


「どうとでもなるでしょ? 嘘じゃないんだし。真面目だねぇ、アレクシスは」

「お前も見習えよ」


 アシェルは、手をヒラヒラとさせるエリュシオンを横目で見る。


「やだねー。だって、隠し隠され、貴族界こっちってそういうもんでしょ?」


 真実を言わないのはお互い様だし。

 エリュシオンが、髪をくるくると指に巻きつけてもてあそぶ。


「いざという時は、アシェル、頼んだよ」


 と言って、彼はにっこり、とうるわしい顔を見せた。


 お前、何かを代償にさせられる俺の身にもなれよ。

 でもまぁ、盾になってもらうより、ずっとこっちの方が気が楽か。

 よし!

 アシェルはニヤリとする。


「とりあえず各門だ。それとメルヴィル邸へ。その他は街で情報を集めてくれ」


「メルヴィル邸には私が行ってもよろしいですか?」


 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……

 さっきまで抑えられていた魔力の圧が、音を立ててエミュリエールをいかつくしている。ったく、笑ってるのにコワイのは、この兄弟の特技か何かなのか?


「あー……エリュシオン。お前も行ってこい」


 アシェルが顔をヒクつかせた。


「あー……まぁ、そうだよねぇ。もし死んだら許して」

「誰が?」

「そんなの決まってるじゃん、あっちだよ」

「それは全力でがんばれ。罰しなきゃいけないからな」

「えぇ〜!」


 シシシ、と笑いアシェルが頬杖をついて彼を見あげると、エリュシオンがため息をつき、腰に手をあてた。


「ま、やりますか。兄上行くよ!」

「いつでもいい」

「あぁそうだ。お前らこれを持っていけよ」


 アシェルがぽいぽいっと、エミュリエールに何かを投げてよこす。それは、通信用の魔道具である耳飾りだ。


「俺がここで情報を受ける。アレクシスは門組をまとめてくれ。エミュリエールの補佐官2人は街組で頼むぞ」

「ひ、ひゃい!」


 突然声をかけられたハーミットが、びっくりして体をのけぞらせる。

 噛んだ。

 ああ噛んだな、と密かに周囲が思っているのも構わずアシェルは続けた。


「二人以上で動けよ。報告はこまめにしてくれ」

「「「了解!」」」


 騎士が小隊を組んで散っていく。その様子を見ながら、ハーミットは緊張で汗を吹き出していた。


「えっと。誰がどうしたんだっけ?」

「俺の記憶をあてにするとは、お前ボケ……」


 ゴンッ、とレイモンドの脳天に、ハーミットのゲンコツが炸裂さくれつした。八つ当たりもいいところだ。


「痛い……」

「思い出したわ」


 確かに、こんなのは、前代未聞だろう。

 頭をおさえ、レイモンドが礼拝堂を眺めた。そこには、この国の王子殿下がチャーチチェアに座り、隣に立つ女騎士と話している。


 よく考えたら『孤児が居なくなった』ただそれだけ。なのに、まるで一国の姫君が居なくなったかのような状況。



「申し訳ありません、エミュリエール様」


 ペガサスを召喚したエミュリエールにハーミットが近づく。


 きっとサファはもう帰って来れない。いなくなったとわかり、承諾もなく真っ先に手紙を送ったハーミットは、強く責任を感じている頃だろう。


「残念だと思う気持ちがない訳ではない。だがもし、お前が伝えてなかったら、私が手紙を送っていた。気に病むことはない」


 今は、救出する事が先決だ、と首を振りエミュリエールは微笑む。そして彼はペガサスにまたがり、エリュシオンと共に、メルヴィル邸に向けて飛びたって行った。




「お前達は慣れないだろう? 出来る範囲でやっくれればいい。無理はするな」


 アシェルが見あげている2人の背中に声をかけると、ハーミットがビクッとして振り返った。


「あ、ありがとうございます」


 耳飾りをつけ大聖堂の扉から2人は出ていく。その様子をアシェルは関心して目で追っていた。


「いいんですか? 彼ら、グリフォンに乗っていきませんでしたよ?」


 フィリズが首を傾げる。


「あぁ、エミュリエールは良い部下を持ってる」


 捜索では、あらゆる視点で行うほうが情報が集まる。彼らは平民の視点で情報を集めることができる、貴重な人員となるだろう。


 さぁ、開始だ。みんな、頼むぞ!


 期待を込めた表情かおでアシェルは天井を仰ぐ。


 初めてだ、こんな年明けは。

 その強烈で長い1日の幕は、いま、切って落とされたのだった。

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