さらわれ少女の消えた理由 3『奉納式』

 エミュリエール達がそんな話を交わした後、特に気になる事もなく、数日が過ぎた。結局、なんの確証もない話であるため、無駄に不安をあおぐ必要もない、とエミュリエールはサファと補佐官達に詳しい話はしない事にした。


 そして迎えた奉納式当日。

 他の祭事と違い、二日間に渡って行われる奉納ほうのう式は、式典というより、お祭りのようである。この日だけは大聖堂を中心にして出店が立ち並び、夜もその明かりで街がきれいに飾り付けられていた。


 孤児たちも年長者が引率して出かけることになっていだが、サファだけは、大勢が行き交う街中にいくのはさすがに危険だと思ったエミュリエールが、「目立って人攫いに狙われるかもしれない」とだけ説明し、大聖堂3階で過ごさせる事にした。


         ※



 前からよく居座っていた出窓に座り、少しだけ窓を開けると、もう冬だぞ、っと言っているみたいな風が入り込んできて、手を冷やしていく。


 キラキラした街の灯りが、去年とは違って楽しそうに見える。何故だろうと考えた時、それは、自分のことを、少しだけ好きになれたからなんじゃないかと思った。


 すこし残念。今年は自分が行事に関わっている分、楽しみにしてたから。

 貴重、と言えば聞こえはいいかもしれないけど。どうも、わたしの魔術はこの国では異常らしい。それに、目立つというのも本当のことで、そのせいで狙われるかもしれないという事も分かっている。


 仕方のない事だ。


 窓枠に寄りかかり、静かに息を吐きだした。ぼんやりと街の様子を眺めて、泣きたくなるような感覚を、抑えつけて沈めていく。


「サファ、いる?」 

「あ、はい」


 ハーミットとレイモンドが部屋にきたので、出窓から飛び降り彼らの前で立ち止まった。2人はこれから外に行くのか、街に馴染む恰好をしている。


「俺たちちょっと行ってくるからね」

「はい、楽しんできてください」


 わたしの分まで、なんていうのは野暮だ。サファはニコっと笑顔をつくった。


「本当は連れてってあげたいけど」


「いいんですよ、ハーミット様。みんな、わたしを心配しての事なのですから。ここから眺めているだけでもなんだか嬉しくて」


 淋しい。だって、補佐役の最後の祭事だもの。この役に選ばれた時は、こんなふうに感じるなんて思ってなかったけど。エミュリエール様の言った通り。


 やってよかった。


 と、素直に、そう、思える。


「こっそり連れてけば気づかれないんじゃないか?」

「レイモンド。それ、シャレになんないからな!」

「じゃあ、変装でもしていけばいいんじゃないか?」


 そんな事を簡単に言うレイモンドに、ハーミットは苦笑いを浮かべた。

 

「またそういう……ん?」


 口に手をあてた彼は、サファを見つめて「あっ」と声を上げる。


「俺、いいこと考えたかも」

「あまり下手なことすると、またエミュリエール様に怒られてしまいますよ」

「ま、それは怖いけど。エミュリエール様の許可が下りるならいいでしょ?」

「大丈夫なのですか? それ」

「まあ、物は試しだ」


 ハーミット様がとつぜんまじないを唱えるものだからビックリした。だけど前のように怖くはなく、視界に入る髪が、たちまち茶色に変っていく。


「わ、すごい。これは『変身メタファー』ですか?」

「あれとは比べ物にならない簡単なやつだよ」


 そう言ったハーミット様は得意げに笑い、その魔術を教えてくれる。だけど、こんな安易に教えるようなことしていいのだろうか。そんな事を思っていると、どこからか街の子供が着ているような服を持ってきて、わたしに持たせた。


「これ着て。それで、行ってもいいか聞いてみれば。もしかしたら許可してくれるかも」

「そうでしょうか?」


「エミュリエール様も、きっと特別な理由がなければ、行かせてやりたいと思ってるはずだからさ」


 確かに、これなら狙われる心配はないかもしれない。

 その服をじっと眺めて何回か瞬きをすると、サファはコクン、と小さく頷いた。


「あとは、君が可愛くお願いすれば、」

「えぇ……」

「だって、行きたいんでしょ? 顔に書いてある。それに、早くしないともう終わっちゃうよ」


 それはそうだけど、そんなに分かりやすかっただろうか。それに、可愛くお願いなんて、ちょっと自信ない。


 そんな不安はハーミットにより押しやられ、服を着替えたサファは、エミュリエールのところに連れて行かれる事になった。


 片付けでもしていたのか、後ろから声をかけられたエミュリエールは、振り返って一瞬止まった。


「…………『変色アポクロマティス』か」

「これなら、目立ちませんし。少しだけ外に行かせてあげてもいいですよね?」


 ハーミットが、ほら言え、とサファに視線を送った。


 もう……こうなったらヤケクソ。


 サファは胸の前で指をモジっとさせて、申し訳なさそうにエミュリエールを見あげた。


「少しだけだでいいのです。お願い、エミュリエール様」


 ぅ……やっぱり恥ずかしい。


 上目遣いで顔を真っ赤にしたサファを見て、エミュリエールが顔を覆い絶句している。しばらく黙ったままだから、やっぱりダメなんだろうとうつむいた時、エミュリエールはようやく口を開いた。


「……半刻だ。それと、メガネは絶対に外さないように」


え?


「大丈夫ですよ。もう、終わりまで半刻もありませんから」


 ハーミットがやったね、とサファに眩しい表情かおを向ける。


 え、いいの?


 不思議そうに見あげるサファの頭を、エミュリエールがぽふぽふと叩いた。


「逸れないように気をつけなさい」

「ほら、行くよ!」

「はい!」


 ハーミット達の後ろを走るようについていく。お許しをもらうことに成功したサファは、晴れて大聖堂から飛び出していったのだった。




 ────────・・・



「勝手に行っちゃわないで!」


 遠くで見ていた景色は近くで見ると、とても賑やかだ。立ち並ぶお店には色々なものが並んでおり、食べ物のいい匂いもしている。わたしが足をあらぬ方に向けては、補佐官の2人にひっ捕まっていた。


「すみません」


 そう言ってる側から、気になるものを見つけは、フラフラと寄っていく。


「ハーミット様、これはなんですか?」


 くるり、と振り返った。


「あれ?」


 こういう時、はぐれるのはあっという間だったりする。何度目かになる質問に返ってきたのは、道を行き交う人の無言。「いけな……」と呟き、まだ近くにいるだろうと歩きながら周りを見回した。


 どこだろ? 


 キョロキョロしていると、ドンッ、と人にぶつかった。


「すみま、」


 男の子だった。しかも、ボロをような服を着ていて、ぶつかった事にもだけど、それよりその子の姿に驚いていた。


「なんだ、何も持ってねーじゃん!」


 尻餅をついたわたしに謝りもせず、なぜか睨みつけ行ってしまう。


 そっちがぶつかってきたのに、ん?


 立ちあがってお尻を払っていると、何かが落ちているのに気づいた。今までなかったからきっとあの子のだろう。

 大事なものだろうか。

 むぅ、と拾ったキレイな石を眺め口を結ぶ。そこから諦めたように息を吐くと、わたしは落とし主を追いかけて走り出していた。




「待って!」

「なんだよ! 文句でも言いにきたのか?」


 息を切らして立ち止まる。ずいぶんひねくれた性格のようだ。わたしは首を振って手のひらを広げる。


「っ!!」


 落としているとは思わなかったのだろう。ポケットを探って「穴かよ!」と怒り、奪い取るように石を取ってその子は行ってしまった。


 できたら、大聖堂まで連れてって欲しかったけど、


 そう思いながら、消えていった路地の奥を眺めていた。


 だけど、あまりしつこく追いかけるのもよくない。


 仕方なくまた歩き出し、自分の足先を眺めながら、ほくそ笑む。


 大事なものだったのかもしれない。わたしも、無くしたと思ったペンダントが返ってきて、嬉しかったから。


 よかった、よかった。


「さて、」


 路地を出たところで、足を止めた。

 大聖堂の場所は分からないし、そろそろ半刻になる。人に聞こうか、このまま動かないで待っていた方がいいか。

 この時間この場所に1人でいる事が心細いはずなのに、とてつもなく特別な事のような気がしてくる。出店を片付けている人をぼんやり眺めていると、温かな喧騒けんそうでだんだん眠くもなってきた。


 ぶつかった男の子は、わたしと同じ孤児なのだろうか。あの姿が痛々しくて記憶から離れない。

 膝を抱えてにじんでいく街の灯りを眺めていると、それが急に黒くでさえぎられた。

 ん、だれ?


「あれ、こんな所にかわい子ちゃんみっけ!」

「はわっ!」


 急に視線が高くなる。暴れようか、と思ったけど、そのあまりにゆるい声にそんな気も起きず、サファは何者かに抱えられていったのだった。

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